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『天使と悪魔』 上 中 下 Angels & Demons by Dan Brown 訳 越前敏弥

暮れからお正月にかけてダン・ブラウンの長編『天使と悪魔』を読みました。
本書は2000年出版。2003年日本語訳本出版

新年に読むのにあまりふさわしい本ではありませでしたが、面白くてどんどん読めました。そして、録画しておいた映画『天使と悪魔』を読み終えてから見ました。ちょうどダン・ブラウン原作の映画「インフェルノ」が公開されるので、放映されたのでしょう。(今公開中です)

以前、ダン・ブラウンの大ベストセラー『The Da Vinci Code』(2003年)を読みました。当時まだ翻訳が出ていなかったので、珍しく原書で読みました。たくさん辞書を引き、時間がかかりましたが、ストーリーに引き込まれて、読み終えました。苦労して読んだからか、これも珍しくストーリーを覚えています。

この『天使と悪魔』は『ダヴィンチコード』より先に書かれています。主人公は両書ともハーヴァード大学の宗教図像学の教授、ロバート・ラングドン。『天使と悪魔』はシリーズ第1作です。

主人公が同じ、そして問題解決には美しい有能な女性が同行、異常な死体の発見、その被害者はその女性の養父や祖父、不気味な暗殺者、それを操る人物、死体に残された暗号の解読、キリスト教や教会、秘密結社、後半のどんでん返しに次ぐどんでん返し、などなど、類似点があまりに多く、デジャブな気分で読みました。

「ハーヴァード大の図像学者ラングドンはスイスの科学研究所長から電話を受け、ある紋章についての説明を求められる。それは16世紀に創設された科学者たちの秘密結社”イルミナティ”の伝説の紋章だった。紋章は男の死体の胸に焼印として押されていたのだという。殺された男は、最近極秘のうちに反物質の大量生成に成功した科学者だった。反物質はすでに殺人者に盗まれ、密かにヴァチカンに持ち込まれていた。」とあります。

作者は注記として「ローマの美術品、墓所、地下道、建築物に関する記述は、その位置関係の詳細も含めて、全て事実に基づくものである。これらは、今日でも目にすることができる。イルミナティに関する記述もまた、事実に基づいている」としています。

このイルミナティとは、「光を与える、光から来たもの」、「啓蒙、開化」を意味するラテン語です。カトリック教会と対立してきた科学者の秘密結社で、フリーメイソンとの関係があるとされています。ダヴィンチコードではこのフリーメイソンとシオン修道会がその秘密結社でした。実在の有名人(ジョージ・ワシントン、ハミルトン、モンロー、ジャクソン、セオドア・ルーズベルト、フランクリン・ルーズベルト、トルーマン、フォード、ジョージ・ブッシュを含む米国の著名人)もフリーメイソンの会員だと作者は言っています。

消えたはずのイルミナティが実は地下で脈々と生き残っており、様々な陰謀に関与し続けているというのです。本書はこのイルミナティがキリスト教会に対して復讐するサスペンスです。

ローマ法王が急逝し、コンクラーベで次々と次期法王の候補である4人のプレフェリーティが失踪します。犯人は1時間ごとに一人ずつ公共の場で殺害すると予告してきました。ラングドンはガリレオの残した詩からイルミナティのメンバーだった思われる彫刻家ベルニーニの彫刻を手掛かりに、犯行現場を探します。4人は四大元素(Earth, Aire,Fire, Water)の残忍な方法で殺されてしまいます。(映画では最後のWaterの枢機卿のみが助かることになっています)

テーマは宗教と科学です。
『神は間違いなく存在する、と科学は語っている。自分が神を理解することは永遠にない、とわたしの頭は語っている。理解できなくていい、と心は語っている。』

さて、「天使と悪魔」の映画ですが、ダヴィンチコードと同様、著者のダン・ブラウンが制作に関わっています。主人公には同じトム・ハンクス。映画の方が色々な人物や事象が省かれていて(時に変更され)、シンプルになって、わかりやすいかもしれません。それに建築物やコンクラーベの衣装などの映像が、理解の助けになりました。原作の方がずっと映像的でアクションも華々しいです。

映画より原作の方が面白かったし、また、本書より「ダヴィンチ・コード」の方が鮮烈で、面白かったです。

本書はローマの観光ガイドブックのようでもあります。この本を頼りに、もう一度ベルニーニの彫刻を見ながら、ローマを歩いてみたいと思いました。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

明けましておめでとうございます

新年おめでとうございます。昨年中は拙ブログをお読みいただき、ありがとうございました。

今年の3が日は天候に恵まれ、穏やかなお正月でした。いかがお過ごしでしたでしょうか。
今日は早5日。昨日は初泳ぎをしました。

今年は一日に家族と近くの神社(熊野神社)に初詣に行きました。

今年の夫婦の願いは何でしょうか。

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境内の桜稲荷で祈る親子
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2日は小坪の船祝いに行きました。一昨年は腰越の船祝いに行って船に乗せてもらって、富士山を眺めました。
小坪の方が小ぢんまりしているようです。

日本晴れに大漁旗が旗めいていました。
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みかんとお菓子が大量に投げられました。老若男女がみかんを拾いました。私も3つ拾って食べました。汗ばむような天気だったので、冷たくて美味しかったです。

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小坪漁港から狭い階段を上がって、天照大神社に行きました。

そこから逗子マリーナと富士山が見えました。
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鎌倉に戻り、鶴岡八幡宮で参拝しました。大変な人出でした。根気よく待ちました。
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源平池のカモメくんの挨拶 今年は酉年ですね。
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今年も良い年でありますように

皆様のご多幸をお祈り申し上げます。
本年もよろしくお願いいたします。

イスラエル旅行 14  ハーン・ハシャロット&ヤッフォ&テルアビブ

11月1日

昼ごはんはベドゥンのテントで食べました。

ベトウィン おもてなしをすることを誇りに思っています。

おもてなしの準備をするために、旅人は音を立ててやってきます。長老が自ら迎え出て、旅人の手足を洗います。一杯の水を出し、お茶を出します。それから食事 薄いパンの上に野菜や羊の肉をのせ、リズミカルにトントン叩き、男たちが食べるのだそうです。食後にはコーヒーと音楽。

テントをハーンと呼んでいました。大商隊宿
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ベドウィンはアラブ人です。

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昼食は座って食べました。ご飯と野菜のピラフの上に丸鶏が乗って出てきました。丸鷄がピラフの上に乗っていた。大きなジャガイモ。ピクルス各種、オレンジジュース。コーヒー、ケーキなどなど。

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ラクダがたくさんいました。
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ベドウィンの青年がラクダを連れて砂漠を歩きました。
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女性が風のように砂漠を走り抜けて行きました。
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テルアビブに向かって出発です。

イスラエルはエルサレムを首都としていますが、国連はそれを認めておらず、世界各国の大使館(日本大使館も)はテルアビブにあります。テルアビブは経済の中心地でもあり、国際都市です。

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ロスチャイルド通り
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ヤッフォの街へやってきました。漁港です。

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ヤッフォの旧市街
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こんな小さな岩にもイスラエル国旗がありました。領土を主張しているのでしょうね。

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結婚式がふた組ありました。
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***
イスラエルメモ
イスラエルでは皆兵制で18歳から男性3年、女性は2年兵役があります。そのため、高校を出たら軍隊へいき、兵役終了後、大学へ進学します。高校まで義務教育。大学へ行きながら就職したり、会社に勤めていても、その間に大学へ戻ったりもします。女性が働きやすい環境があります。

ハイファは働く町、テルアビブは遊ぶ町、エルサレムは祈りの町と言われています。テルアビブはゲイの町でもあり、フェスティバルでは30万人集まったと言われています。一般の人のビーチ、超正統派のユダヤ人のビーチ、それにゲイのビーチと分かれています。ハイレグはユダヤ人は作ったのだそうです。

超正統派は3歳にして席を同じゅうせず。
ダイヤの研磨が有名です。ベルギーの研磨が有名ですが、それはユダヤ人が行なっていたそうです。イスラエルでダイヤの40%〜50%の研磨が行われています。ダイヤモンドの国際取引所になっています。今はほとんどがコンピューター化されている。

最後イスタンブールのトランジットで飛行機に乗り遅れ、空港に24時間滞在し(イスラエル旅行2)大変な旅行となりましたが、イスラエルは期待通り面白い国でした。今度はゆっくり個人旅行をしてみたいです。

****
今年も拙ブログをお読みいただき、ありがとうございました。
2017年もよろしくお願いいたします。

皆さま 良いお年を!

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

イスラエル旅行 13  エンポケック(死海地方)〜砂漠

11月1日 

死海地方のエンポケックのダニエルホテルホテルの部屋から撮りました。
いいリゾート地です。

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ホテル内の塩水プール
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朝から観光客は死海で浮遊していました。
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9時にホテルを出発。エンポケックはエルサレムの南東にありますが、エルサレムの北西にあるテルアビブに向かって出発です。

車窓から 白い部分が塩です。あたりは砂漠
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アラバ砂漠のソドム展望台から

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5月頃の風をハムシーンと呼びます。砂塵のようなものが舞い上がるだそうです。

ベングリオン記念国立公園に立ち寄りました。ベングリオンのお墓がありました。
こんな角を持ったアイベックスがたくさんいました。
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アイベックスの親子
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こんな長〜い蛇も
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チンの荒野が見渡せます。
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アカシカの木 地中深く根を張って、水分を吸収するのだそうです。
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テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

イスラエル旅行 12  マサダ(Masada) & 死海(Dead Sea)

エルサレム以外はかつては皆荒野だったそうです。

マサダはエルサレムの南東の死海の辺りにあります。マサダとは要塞という意味です。エルサレムは標高800m、ここは400m。一面赤茶けた丘陵ワディ(涸れ川)の間を進みます。

死海
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ワディ 乾燥した荒野です。
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頂上へはロープウェイで上がりました。
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まさに自然の要塞
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マサダは紀元前百年ごろから地形を利用した要塞として使われていて、ヘロデ王が豪華な冬の宮殿を建てました。
70年ローマ軍がエルサレムを攻撃し、ローマの手中に落ちたことで、ユダヤ戦争は終わり、ユダヤ人の離散の歴史がはじまることになります。このユダヤ戦争で最後967人が立て籠もったのがマサダです。1万ものローマ兵を相手に2年、堪えたが、最後は全員自決したそうです。

下に死海が見えます。
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要塞
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ここマサダでもバルミツバを見ることができました。

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マサダで死海の泥やミネラル豊富な海水から作られた石鹸、ハンドクリームなどを購入しました。アハバ(Ahaba) でお土産も買いましたが、高くてびっくり。

エンポケックのダニエルホテルへと向かいました。素敵なホテルでしたが、ここは一泊だけです。
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到着時間が遅くなり、残念ながらホテルのプライベートビーチは終了してしまい、パブリックビーチに行きました。

ここは海面下420m、世界で最も低地にある塩水湖。この湖の反対側はもうヨルダンです。塩分含有量が通常の10倍、33%もあるという。ちょっと舐めてみました。苦くてまずい。

早速浮遊体験。浅瀬で時間もほんのちょっと。文字どおり体験に終わりました。泳いではいけないと言われていたので、浮いていただけでした。ホテルの塩水プールは1m以上あったので、浮きすぎて、スリ足で歩かないと、足を取られてしまいます。

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貴重な経験をしました。

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イスラエル旅行 11  旧市街&成人式(バルミツバ)&マサダ(Masada)

今週は年末の大掃除と年賀状書きに精を出しています。今朝は冷蔵庫の掃除、正月の花や苗を買ってきて、活けたり、植えたりしました。日頃が日頃なもので、年に一度くらい、隅々まで綺麗にと張り切って掃除をするのですが、今年も時間切れで積み残してしまいそうです。

さて、まだイスラエル旅行は続きます。

10月31日(月)

今朝もホテルの屋上から日の出を見ました。
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ダビデの星の国旗が翻っています。
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こんな洗濯物が見えるとこの古い街に現代の人の息遣いが感じられます。
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また聖墳墓教会に行ってみました。奥がイエスの墓のあるアナスタシス(復活聖堂)で修復中でした。朝から並んでいました。
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一人静かに祈る女性
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路地を小学生が登校して行きます。一緒について行きましたが、ここは私有地だからと追い返されてしまいました。当然です。。。

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左下 万国民の教会(イエスが最後の夜祈って過ごした) 中央 マグダラのマリア教会 (ロシア正教の教会)
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さて、今日は月曜日、月曜日は毎週バルミツバ(Bar Mitzvah)という成人式の儀式が行われます。バルは息子、ミツバは神の掟という意味だそうです。13歳の誕生日(その1週間の)を祝います。13歳で宗教上は成人です。

バルミツバを見るため、嘆きの壁に糞門から入りました。


礼拝で、初めてトーラ(巻物の聖書)の一部を朗読し、ユダヤ人社会で成人になった証として祝い、楽団が先頭で、家族みんなで歌い踊ります。
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ミャンマーの得度式を思い出しました。。フッパという四角の布を広げ、その下に少年がいます。
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ショファールという角笛
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嘆きの壁の前では 何人もの成人式が行われていました。頭に山伏のような黒い箱を載せています。
こうして柵から女性は覗くことができます。
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少年も箱(テフィリン)をつけています。
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こんな成人式に出会え、心を旧市街に残しながら、死海地方へとバスで向かいました。

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『バラカ』 桐野夏生

本書は桐野夏生の650ページもの大作です。

著者は
「私の「震災履歴」は、この小説と共にありました。
重力に逆らい、伸びやかに書いたつもりです。
まだ苦難の中にいる人のために、ぜひ読んでください。」と言っています。

泉鏡花文学賞受賞の『グロテスク』同様、事実から発した事件を小説家ならではの発想で小説としてとして表現したものです。

「今、この時代に、読むべき物語。
桐野文学の最高到達点!
震災のため原発4基がすべて爆発した! 警戒区域で発見された一人の少女「バラカ」。彼女がその後の世界を変えていく存在だったとは――。
ありえたかもしれない日本で、世界で蠢く男と女、その愛と憎悪そして勇気。想像を遥かに超えるスケールで描かれるノンストップ・ダーク・ロマン!
子供欲しさにドバイの赤ん坊市場を訪れる日本人女性、酒と暴力に溺れる日系ブラジル人、絶大な人気を誇る破戒的牧師、フクシマの観光地化を目論む若者集団、悪魔的な権力を思うままにふるう謎の葬儀屋、そして放射能警戒区域での犬猫保護ボランティアに志願した老人が見つけた、「ばらか」としか言葉を発さない一人の少女……。人間達の欲望は増殖し、物語は加速する。そして日本は滅びに向かうのだろうか――。
桐野夏生が2011年夏から4年にわたって、危機的な日本と並行してリアルタイムに連載してきた作品が、震災から5年を経た今、ついに書籍化! 」

と書かれています。

とにかく面白く、どんどん読めました。

原発の被害がもっと壊滅的だったらという発想で書かれています。ひつと間違えば、十分可能性はあったと思います。本書で、著者の思いががうまく表現できたでしょうか。

本書はプロローグ、第一部、第二部、第三部、エピローグで構成されています。

タイトルの「バラカ」は主人公の少女の名前でアラビア語で「神の恩寵」という意味です。ドバイのベビースーク(子供マーケット)で売られていた幼児はみんなバラカと呼ばれていた。

プロローグで震災4カ月後、老人ボランティアたちは飼い主のいなくなった犬と一緒にいた、まだオムツの取れない少女を発見。少女の話した言葉は唯一「バラカ」。ボランティアの豊田は少女を引き取る。

あの日の震災で、福島第一原発がすべて爆発し、東京は避難勧告地域に指定されて住民は西に逃げ、首都機能は大阪に移り、天皇も京都御所に移住したという設定になっている。

第1章では、場面は変わり、震災前。
アラフォーの女性二人(テレビディレクター優子と出版社勤務の沙羅)、共に独身。その二人が大学時代に同じ男性(川島)と関係を持ち、共に堕胎の経験がある。そのことはお互いに知らない。沙羅は男にはうんざりしながらも、子供が欲しいと熱望する。

川島は外見もすっかり変わり、葬儀屋となり、二人の前に現れる。

またまた場面は変わり、群馬県太田市を思わせる町に住む、小さな女の子のいる日系ブラジル人夫婦。男は酒に溺れ、女はある教会にはまっていて、夫婦間には亀裂が走っている。

こうして主要登場人物が紹介される。ここまで書くと、大方のパッチワークが繋がるのではないでしょうか。

次は大震災から8年後。2020年のオリンピックは大阪に開催地が変更された。日本という国自体が西日本と東日本に分断され、西日本は大阪を首都としているのに対して、東日本は震災であたかも壊滅状態になっている。

豊田に発見されたバラカは被爆し、のちに甲状腺癌にかかります。それからもバラカの試練はまだまだ続くのです。その加害者には川島もいるし、バラカを自分たちの運動のシンボルとして利用しようとする原発推進派や反原発派もいます。
 
葬儀屋の川島は悪魔ともいうべき、とんでもない男で、バラカが超能力ともいうべき力を窮地に発揮します。この男がもう少し普通の人間だったら、そしてバラカがたまたまの幸運が重なって生き延びたようにした方(大災難の時に、実際こういう人がいます)が説得力があるように思うのですが、いかがでしょうか。

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イスラエル旅行 10 今日も旧市街 (嘆きの壁&神殿の丘)

10月30日の旧市街散策の続きです。太陽が燦々と照りつけていました。

嘆きの壁の上の通路を通って、「神殿の丘」にやってきました。ここは3つの宗教の聖地と言われています。丘に建つ金色に輝く岩のドームは7世紀末に完成し、エルサレムのシンボルともなっています。 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとって重要な関わりを持つ聖なる岩(Foundation Stone)を祀っています。ここはムスリム以外は入場できません。印象としてはムスリムが多く、イスラム教の聖地という感じがしました。

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オリーブの実を取る少年
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写真を撮っていたら、時間が限られているのか、集合時間の前に警備の人に追い出されてしまいました。

嘆きの壁へと向かいました。
嘆きの壁は男女柵で分けられていまが、椅子の上に乗って柵から自由に覗くことができます。

女性の壁
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椅子に座って聖典を読んでいる人もあり、小さなテーブルと本が置かれています。
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男性の壁
このように正装をして、祈る男性もいれば、
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体を揺すりながら、朗々と歌う男性もいました。帽子のない男性はそこに置かれたキッパを被らなければなりません。
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鳩もいました。石のつなぎ目のくぼみに願いことを書いた紙をねじ込みます。下にたくさん落ちていました。私も願いことを書きました。
神社の絵馬みたいに。
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嘆きの壁のそばのQuarter Cafeで昼食。

午後は再び旧市街のユダヤ人地区とカルド(ダマスカス門とシオン門を結ぶメインストリート)を散策
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カルドに若い兵士たちがたくさん集まっていました。リーダーは女性のようでした。
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お店では猫のお昼寝をパチリ
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旧市街内にある教会に入りました。入り口の写真を撮ったのに読めません。窓からは岩のドームが見えました。
その教会には十字架を背負って歩いた当時の石が教会の床の一部になっていました。

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イスラム地区の店先で、ムスリムの男性がマイカーペットを広げ、お祈りを始めました。
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再び夕方、嘆きの壁に行きました。このままここに残った人はライトアップされた壁をみられたそうですが、私は再びヴィアドロローサをさまよいました。もっとゆっくり隅々まで歩いてみたい街でした。

ホテルに戻り再び屋上から旧市街の夜景
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神殿の丘
Wikiによれば、
この場所には紀元前10世紀頃、ソロモン王によりエルサレム神殿(第一神殿)が建てられた。しかし、紀元前587年、バビロニアにより神殿は破壊される。その後、紀元前515年に第二神殿が再建されるが、西暦70年に今度はローマ帝国によりエルサレム攻囲戦が行われ、再び神殿は破壊される。また、このときの城壁の一部が嘆きの壁である。
ヨルダン支配下の東エルサレム(1948年~1967年)では、イスラエル人は旧市街への立ち入りを禁じられていた。現在、神殿の丘はイスラエルの領土内にあるが、管理はイスラム教指導者により行なわれている。そのため、ユダヤ人とキリスト教徒は神殿の丘で宗教的な儀式を行う事を禁止されている。2000年9月28日、右派リクードのアリエル・シャロン党首が神殿の丘を訪問し、これに反発したパレスチナ市民によりアル=アクサ・インティファーダ(英語版)(第二次インティファーダ)が引き起こる。この暴力の応酬によりキャンプ・デービッド合意は事実上、破綻している。

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

イスラエル旅行 9 今日も旧市街

すっかり間が空いてしまいましたが、イスラエル旅行も後半になりました。

10月30日(日) 

朝食前にホテルの屋上に登って、旧市街を上から撮影しました。今日もいい天気です。

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ダビデの塔とヤッフォ門
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前日に行った新市街のイェミンモシェの風車が見えました。
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朝食を食べて、7時40分にホテルを出発。今日も一日旧市街を歩きます。

アルメニア人地区
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ユダヤ人地区
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車はヴィアドロローサの段差をこうして上ります。
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この壁は嘆きの壁(Western Wall)、その奥で金色に光っているのがイスラムの岩のドーム
嘆きの壁も、その奥の神殿の丘も入場料はありませんが、セキュリティゲートがあって、荷物検査が行われます。そこからモロッコ門には入ります。

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通路から嘆きの壁の前で祈る男性たちを撮りました。ゲートの前でかなり並びました。
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テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

『伯爵夫人』 蓮實重彦

図書館に貸し出しを申し込んでから半年近く経って届きました。

本書の著者は元東大総長の蓮實重彦、1936年東京生まれ。仏文学者、映画評論家、文芸評論家、小説家。2014年『「ボヴァリー夫人」論』刊行。

元東大総長という肩書き、本書で三島由紀夫賞受賞、その時の「不機嫌記者会見」、80歳という年齢、話題にならないわけがありません。

三島由紀夫賞受賞の記者会見において不機嫌であったことから、受賞を喜んでいるかと記者から問われ、「はた迷惑な話だと思っております。80歳の人間にこのような賞を与えるという機会が起こってしまったことは、日本の文化にとって非常に嘆かわしいことだと思っております」と答え、いしいしんじのような若手が受賞に相応しいとし、自分を選んだことを「暴挙」とまで言い放ったそうです。

「世界の均衡は保たれるのか? エロスとサスペンスに満ちた文学的事件! 帝大入試を間近に控えた二朗は、謎めいた伯爵夫人に誘われ、性の昂ぶりを憶えていく。そこに容赦なく挑発を重ねる、従妹の蓬子や和製ルイーズ・ブルックスら魅力的な女たち。しかし背後には、開戦の足音が迫りつつあるらしい――。蠱惑的な文章に乗せられ、いつしか読者は未知のエクスタシーへ。著者22年ぶりとなる衝撃の長編小説。」


この本を手にし、パラパラとめくった時から、なにか違和感を感じました。段落が長く、1ページにほとんど隙がないくらい文字が埋まっているのです。そして読むと会話は多いのに、地の文の中に埋め込まれていて、いわゆる「」といった会話の区切りがありません。

ナレーターの視点が次々と変わっていくのに、誰の会話かわからないということはまったくなく、どうしたらこういう文が書けるのかいう不思議な本です。

そして、このブログに載せるのをためらうほどエロチックなのです。言葉がアラビアンナイトのように露骨で、ストレートでそのものズバリ表現されていて、ここに引用することもできません。

物語は日米開戦前夜の東京。主人公は二朗という帝大法科の受験を控えた旧制高校生と、二朗の家に住む「伯爵夫人」と呼ばれる得体のしれない女性。年上の女性が未成年の少年に手ほどきをするお話です。そこに、二朗の従妹の蓬子が背伸びして、好奇心いっぱいで、二朗を振り回すのです。

映画評論家でもある作者は古い映画のいろいろな主人公、俳優を登場させます。本書の二朗も作者を思わせる映画好きです。

何かを暗示するように同じ表現が繰り返し出てきます。例えば、「ばふりばふりと回って重そうな回転扉」と「尼僧が手にしている盆の上のココア缶にも同じ角張った白いコルネット姿の尼僧が描かれており、その尼僧が手にしている盆の上にも同じココア缶が置かれているのだから、この図柄はひとまわりずつ小さくなりながらどこまでも切れ目なく続く」のドロステ・ココアの缶。

本日、12月7日の朝日新聞の「回顧2016文芸」欄で、「青年と元高級娼婦とのエロチックな交流を自在な筆致で描いた怪作。日米開戦前夜を生きる女性たちのしたたかな強さが痛快で、若手作家たちが描き出す現在の息苦しさとの対照が印象的だった。」と書かれていて、片山杜秀氏が今年の3点の中の1点に選んでいます。

私には実験的な本だったようにも思えますが、ポルノ小説のようにも思えます。作者の狙いが今ひとつわかりませんでした。そんなにお薦めの本とは思えなかったのですが、読みが浅いですか。

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イスラエル旅行記が一向に進みません。年内には終えたいと思っているのですが。。。

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