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「百年泥』 石井遊佳

引き続き、芥川賞ダブル受賞作のもう一点の石井遊佳(1963年大阪生まれ)の『百年泥』です。

この石井遊佳さんと若竹千佐子さんは同じ師について小説を勉強していたそうです。その師の名は「海燕」の元編集長の根本昌夫さん。二人の小説の舞台は全く違うものの、現在といろいろな時期の過去が入り混じっているところがよく似ていて、ともにわかりやすいとは言えない構成になっています。

本としてはこの「百年泥」のほうがまだ読みやすかったです。舞台は混沌とした南インドのチェンナイ、主人公「私」はそこのIT企業で日本語を教えている日本語教師。作者石井も南インド在住の日本語教師だそうです。

「私はチェンナイ生活三か月半にして、百年に一度の洪水に遭遇した。橋の下に逆巻く川の流れの泥から百年の記憶が蘇る! かつて綴られなかった手紙、眺められなかった風景、聴かれなかった歌。話されなかったことば、濡れなかった雨、ふれられなかった唇が、百年泥だ。流れゆくのは――あったかもしれない人生、群れみだれる人びと……」

男に名義を使われ、多重債務者となって、やむなく泣きついた元夫より紹介されたのがこの南インドでの日本語教師の仕事。

インドの現状?や文化が紹介されています。

スクーターに乗るとき、スカーフで頭部をぐるぐる巻きにした上にサングラスをかけた月光仮面と化す女性たち。名状しがたい悪臭、ラッシュ時の想像を絶する混乱を避けるため、飛翔して通勤するエグゼクティブ。

細部はリアリティがあるので、私も作者の罠にはまって、飛翔するのはどんな乗り物かユーチューブを調べてしまいました。百年泥からはあり得ない話が発掘されます。それも大阪人のユーモアなのでしょうか。

私は南インドにはいったことがありませんが、18年前に北インドを友達と回りました。想像を絶するカルチャーショックを受けました。インドは南北で文化が違うと聞きますが、一部の場所の悪臭、混沌は共通しているようです。それに私もインド人に日本語を教えていたことがあるので、彼らの日本語の誤用やくせがよくわかります。母語に干渉された間違いなのです。

「私」は無口で愛想がない。借金返済のために日本語教師になり、時にうまく授業が進めなくなる教師ですが、生徒の助けを利用して、教え方もなかなか上手です。

チェンナイ生活3ヶ月半にして、100年に一度の洪水でアダイヤール川の堤防が決壊してしまいます。洪水3日目に、住んでいるアパートと川をはさんで対岸にある会社で仕事をするために、水が引いた後の、恐ろしく混雑した人に溢れ、悪臭のする橋を渡ります。その数十分間に「私」の頭を去来する出来事があちこちと時代も場所も飛びながら進んでいきます。

「私」はこの橋で、日本語の生徒、デーヴァラージに出会います。優秀だが扱いにくい生徒で、デーヴァラージは交通違反の罰則として、橋の清掃の労務を科せられているのです。カースト上位の子息が多いこのIT企業で、デーヴァラージは地方の村々を巡回して熊と相撲をとっていた父親と一緒に旅をして育ったのです。彼は投げ銭を拾い集める係でした。

「私」は日本語の授業の中で、デーヴァラージのそんな話の誤用から、職業を表す「〜ています」を「相撲をとっていました」、やりもらいの「〜てくれます」を「お金を入れてくれました」と導入します。なかなかいい導入の仕方です。

掻き出されるゴミの中から、「私」もまた、自分の過去 ー 元夫との別れのいきさつを象徴する「サントリー山崎12年」や、極端に無口だった母を思い出す「小さな、古ぼけたガラスケースのようなもの」や「大阪万博のメモリアルコインペンダント」を見つけていきます。

中学生時代の無口な友達、誕生日に近くのおばあさんがプレセントしてくれた運動靴。

「私」の頭を去来する日本語教室の授業からインドの文化が紹介されています。

「私にとってはるかにだいじなのは話されなかったことばであり、あったかもしれないことばの方だ。この世界に生れ落ちてから、ついに『なぜ』が私を見つけだす以前の、二度ともどらない母との無音の時間の方だ」

一気に読む時間がない読者にはわかりにくいですが、小説としての組み立てが実に上手だと思いました。次作を読んで見たいです。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

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