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『イスラーム国の衝撃」池内恵

久し振りにちょっと硬めの本を読みました。池内恵のよる『イスラーム国の衝撃』です。池内恵は1973年、東京生まれ。日本のアラブ研究者で東京大学先端科学技術研究センター准教授。専門は、イスラーム政治思想です。 2015年1月20日発行。

『既存の国境を越えて活動し住民から徴税し、「国家樹立」をも宣言した「イスラーム国」ーなぜ不気味なのか?どこが新しいのか?組織の原理、根本思想、資金源、メディア戦略、誕生の背景から、その実態を明らかにする』と書かれている。

本書はイスラム教、名前、地名などアラビア語の由来、第一次世界大戦後に問題があるとされる当時の中近東の地理と歴史、イスラーム国(池内式表記)の設立由来、今後の見通しまで素人にもわかるように解説されています。本書は後藤健二さんと湯川遥菜さん殺害の直前に出版になっているので、これについては触れられていません。でも後藤さんの事件勃発のため、この本読んだ人が多かったのはないでしょうか。

今まで断片的な知識で新聞を読んできましたが、ちょっと整理されたように思います。国際的に大きな問題となっているイスラム教スンニ派過激組織「イスラーム国」がどのような土壌から生まれたか、今後どうなっていくかの予想が書かれています。

アル=カーイダ(池内式表記)との関係も解説されています。

2011年以降、国際テロ組織アル=カーイダは米国の対テロ作戦で拠点や指導者を次々に失い、地下に潜ったが、「グローバル・ジハード」という旗印を挙げた。まず対テロ戦が続く不利な状況下では、被害を抑えるため、小集団が先進国でばらばらにテロを行う形を取る。指示系統がないため、いくら調査しても上層部に辿り着けはしない。「ローン・ウルフ」「指導者なきジハード」と言われている。

2014年の6月にイラク第2の都市のモースルを陥落させてまだ半年しか経ってない。後藤さんたちの事件が起きたのはそんな時だった。

ヨルダン生まれのテロリスト、ザルカーウィーは2006年米軍の爆撃により死亡したが、彼が次のような構想を抱いていたと、2005年、ヨルダン人ジャーナリスト、フセインがロンドンのアラビア語紙に掲載している。

それによれば、イスラーム国、またはカリフ制国家を樹立するための7つの段階を踏んだ行動計画を構想していた述べている。
1.目覚め(2000年ー2003年) (2001.9.11のテロ)
2.開眼(2003年ー2006年) (若者たちのジハード参加)
3.立ち上がり(2007年ー2010年) (各地で治安の乱れ)
4.復活と権力奪取と変革(2010年ー2013年) (アラブ諸国政権の崩壊の予期 2011年アラブの春)
5.国家宣言(2013年ー2016年) (2014年6月 カリフ制国家の宣言)
6.全面対決(2016年ー2020年)
7.最終勝利(2020年)

指導者のアブー・バクル・アル=バグダーディーがカリフに就任した発表。つまり全世界のイスラム教の最高指導者は自分だと宣言したのだ。これは世界のイスラム教徒にとっては衝撃的だった。そして翌月7月には、世界中のイスラーム教徒に向け、「ヒジュラ」というイスラム国への移住を呼びかけた。

この呼びかけに呼応して世界80ヵ国からおよそ1万5000人が呼びかけに応えたと言われている。ボランティアで若者が集まっているわけで、勧誘は組織的には行われているわけではないという。日本からもそういう青年がいましたね。

この外国から移住した人々は、チュニジア、サウジ、ヨルダン、モロッコ、レバノンなど中東やアフリカのほか、ロシア、フランス、英国、オーストラリアなどそれぞれ数百人規模でアメリカは70名程度ではるかに少ない。

欧米からなだれ込んだ優秀な頭脳が最新のIT技術を駆使し、宣伝や広報を行っている。映画で見せる効果を巧みに援用しているとのこと。

イスラーム国の教義は目新しいものではなく、古い時代の原理、用語、地名をそのまま使っているので、世界中のムスリムに取っての共通語で、すっと入ってきやすいという。

池内は第一次世界大戦から1世紀の間にいくつかの転換点があったと述べている。 

1916年、ベルサイユ条約前、に英仏にロシアが加わった秘密の取り決め「サイクス=ピコ協定」により、戦後の中東の大枠を決めた。そこに現在の中東諸国の機能不全の遠因があると見る。その後トルコ独立戦争により、国家と国境が形成され民族浄化、民族移動が行われた。

1952年 エジプトナセルのクーデターと民族主義 王制を打倒し、英国軍を排除した。このあと共和制諸国は革命の理想を掲げてはいたものの、独裁、長期政権となり腐敗を生み、アラブの春へとつながる。

1979年 イラン革命とイスラーム主義 イランで王制が打倒され、武力闘争を志向するようになる。この年ソ連のアフガン侵攻。

1991年 湾岸戦争と米国覇権 過激派は米国を最終的な敵とみなし、ジハードを展開していくようになる。

2001年 9.11事件と対テロ戦争 対テロ戦争により壊滅状態にあったアル=カイーダはフセイン崩壊後のイラクで再生

2011年 「アラブの春」とイスラーム国の伸張 反植民地主義、民族主義、宗教原理主義を現実に実践。
イスラム圏が内戦などで中央政府の統治が及ばなくなった空白地帯に大規模に組織化したジハード(聖戦)を行うとしている。「アラブの春」で政権を獲得したイスラム主義穏健派は失敗し、社会が荒廃し、イスラム国が拡大していったと見ている。

池内は最終章で地域大国が影響力を発揮して沈静化していくことが残された選択肢としている。しかしこの1世紀の間、大国による綱引きで国境が線引きされてきた。パレスチナ、クルド、アジアではロヒンギャが民族の土地(国家)を持てないために民族問題が起き、大量の難民が発生している。歴史を前に戻すことができないので、解決方法が見つけられない。
当事国ではない超大国家(または国連)が自国の利益を謀らずに、妥協点を見いだす方法が探るしか道はないように見えるのだが、国連、米国にそれができるとは思えない。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

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