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福島県いわき市(2)

今回のバス旅行は「東北観光復興応援ツアー」ということで参加しました。

いわき市は以前仕事で行ったことがありました。あのときの人たちはあの大津波でどうしただろうと案じておりました。

いわき市で約350人以上がなくなりました。福島では地震津波の被害に加えて原発事故が起こり、さらに風評被害まで加わりました。
今春に裏磐梯に行った時、地震の被害はなかったけれど、すっかり観光客が来なくなったと言っていました。平日だったとはいえ、閑散としておりました。

今被災地はどうなっているのだろうか。
豊間海岸、塩屋崎灯台へ行きました。ここは磐城海岸県立自然公園に指定され、海水浴場でもあり、サーファーに人気の海岸です。

東日本大震災から2年8カ月。瓦礫はさすがに撤去されていますが、未だに家々の基礎が広範囲に広がっておりました。村が土台だけを残して、人も暮らしも、根こそぎ消えてしまったのです。

遠くに見える白い建物が今は廃校となった薄磯海岸の海沿いにある豊間中学校、
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塩屋崎灯台を境に分けられる北側の薄磯海岸と南側の豊間海岸
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岬が防波堤となり、被害を受けずに残った美空ひばりの碑
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波に抵抗する壁がなくてやはり残った見張り台
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男性が津波の被災状況を語ってくれました。(写真撮影の許可を得ました)

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被災後、テレビで被害のインタビューをたくさん見ましたが、画面で見るのと肉声で聞くのでは全然心に響くものが違うと思いました。

この語り部の男性は姉をなくし、たくさんの友をなくし、被災後救出活動、遺体捜索に携わっていた方です。お話を正確には覚えていないのですが、まず海の水が引き始め、ずっと沖まで陸地が見えたと言います。そして第1波が押し寄せました。全部で11波来たそうです。大きかったのが第3波と10波(?)。小さい波となりホッとしかけた人々をさらっていったと語りました。地震の後、こんな大きな津波を予測できず、普通に毎日の仕事を続けたということでした。遺体は衣類はすべてはぎ取られ、損傷がひどく、男女の別も分からなかったと言います。

DSC_9353.jpg

私たちは幾ばくかの募金をし、小名浜の海鮮市場「ら・ら・みゅう」で少し買い物をすることしかできませんでした。被災地の人たちはダメージが大きかったので、なおも被災状況は続いています。その後も伊豆大島の台風による被害も発生し、秘密保護法が衆院を強行通過し、そして私たちは日々の日常に追われています。

関東南部に住む私たちが大きな揺れを体験するにとどまったのは偶然でしかありません。被災した人々を忘れてはいけないと再認識した旅でした。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

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