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友とのお別れ

8歳の時からの友達が亡くなりました。

亡くなったのは6月、最後にお会いしたのが4月25日。ご連絡をいただいたのは12月4日でした。
今日お嬢さんとお会いし、可愛い仏壇に納まってしまったSさんとお別れをしてきました。卵巣がんでした。

なが~いおつきあいでした。小学校の3年から6年まで同じクラス。ずっと交互に学級委員をやっていました。Sさんは子供の頃から可愛い人でした。今日はお嬢さんが昔のアルバムを用意してくださっていて、写真を見ながらいろいろなお話をしました。

私達は別々の私立中学に進学しましたが、大学に入ってすぐ、一緒に英会話を習い始めました。Sさんは卒業後、花のM商事に就職し、OL生活を謳歌し、よく海外旅行にも行っていたようでした。頭のいい、何でもできる人でした。私より10年遅く結婚し、1人お嬢さんをもうけました。子育て時期がずれていたので、その頃は会う機会があまりありませんでしたが、細々と続いていました。

20年前、偶然に都バスの中で再会。勤め先がすぐ近くとわかり、時々ランチを一緒にするようになりました。その後彼女は転職、私はオフィスの移転がありましたが、またもやビルがすぐそば。何かが引き合っていたとしか思えません。

1999年、ひょんなことから一緒にダイビングを始めることになりました。奄美大島でライセンスをとり、同じ機材を買って、沖縄本島、伊豆、慶良間諸島、サイパン、フィリピンと一緒に潜りました。

カスミチョウチョウウオの中を泳ぐSさん
カスミチョウチョウウオ4_convert_20111219001054


私の帰国後、彼女から卵巣がんであること、癌の場所が悪く、全部摘出できなかったことを告げられました。それでも抗がん剤治療の合間は元気で、一緒に美術館に行き、ランチを食べて夕方までおしゃべりしました。会うたびに「大丈夫よ」というので、まさかこんなに早いお別れがあるとは思いませんでした。私が受け入れられなかっただけなのかもしれません。Sさんからあと2、3年だと思うと聞かされていました。

最後に会った時も元気でおしゃべりし、お食事を楽しみました。「Sさんの大好きだった沖縄のANAホテルにもう一度一緒に行こうね」と言ったら、「ありがとう」と言ってぽろぽろと涙をこぼしました。その2日後にメールで「病院の予約が入ったので沖縄は無理みたい」というので、前回と同じ「12月にまた行こうね」と返信しました。

その後もずっと気になっていたのですが、こうちゃんの川崎病、旅行、娘の切迫早産とつづき、会う時間がなく、連絡を滞っていたところへお嬢さんから訃報のメールが届いたのでした。最後に会って1ヶ月半後には逝ってしまったのです。

駅のプラットフォームでお嬢さんからのメールを見たのですが、涙が止まりませんでした。
お嬢さんに彼女の知らないSさんの話をしたくて、そして私の知らないおかあさんとしてのSさんを知りたくて、会いたいとお電話しました。

アルバムを見るとずっとお洒落で華やかだったSさんの笑顔がいっぱい。いろいろなことにとっても強いこだわりのある人でした。最後まで下の世話にならず、自力でお手洗いに行ったそうです。

今も南の青い海と一緒に、彼女の声が聞こえてきます。お嬢さんから形見にスカーフを夏の帽子をいただきました。さっそく首に巻いて帰りました。50年来の友達が逝ってしまうなんて心に穴が空いたようです。ご家族はこの寒さがこたえているでしょうね。

お嬢さんは美しく、落ち着いた立派な女性に成長されていました。ご結婚もされたし、安心して旅立たれたことでしょう。ご冥福をお祈りします。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

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