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『おらおらでひとりいぐも』若竹千佐子

思いがけないボタン雪が舞いましたね。もう桜も3〜5分咲き、日曜日には満開になるかもしれません。

さて、話題の芥川賞受賞作品を読みました。主人公の74歳の桃子さんの頭の中の会話が岩手弁で、声優のように音読しながら読みました。いや、音読せずには読めなかったというのが正しいかもしれません。

「あいやぁ、おらの頭このごろ、なんぼがおがしくなってきたんでねべが (中略)あいやぁ、そういうおめは誰なのよ 
決まってっぺだら。おらだば、おめだ。おめだば、おらだ」と始まります。

作者若竹千佐子(63歳、岩手県遠野市生まれ)は受賞の言葉で「人にはそれ抜きにして自分を語れない決定的な「時」があるのだと思う。私の場合、夫の死だった。悲しかった。絶望しかなかった。それでも、私は喜んでいる私の心もを見つけてしまった。悲しみは悲しみだけじゃない、そこには豊穣がある、と気づいた。このことを書かずに私は死ねないと思った。」と語っています。(文藝春秋より)

「結婚を3日後に控えた24歳の秋、東京オリンピックのファンファーレに押し出されるように、故郷を飛び出した桃子さん。
身ひとつで上野駅に降り立ってから50年――住み込みのアルバイト、周造との出会いと結婚、二児の誕生と成長、そして夫の死。
「この先一人でどやって暮らす。こまったぁどうすんべぇ」
40年来住み慣れた都市近郊の新興住宅で、ひとり茶をすすり、ねずみの音に耳をすませるうちに、桃子さんの内から外から、声がジャズのセッションのように湧きあがる。
捨てた故郷、疎遠になった息子と娘、そして亡き夫への愛。震えるような悲しみの果てに、桃子さんが辿り着いたものとは――」

無数にいる脳内の「柔毛突起ども」と話す声、桃子さんの標準語とが入り交じり、現在と過去が入り混じって書かれています。
夫が亡くなった後、ずっと一緒だった老犬もいなくなり、桃子さんは一人。人は皆一人になる、桃子さんはこの一人のゆったりした時を楽しみ、心地よさを感じています。理屈っぽくて、意味を探したい人なのです。桃子さんは娘とも近づくとうまくいかない。ああ、きっとそんなもの。

桃子さんは強い。桃子さんに限らない。私の周りの先輩女性たちは強いのです。落ち込むこともあるでしょうが、前を向いて生きています。春の匂いを感じながら。

千佐子さんが桃子さんの年になった時に書かれた本を読んでみたいです。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『遠い山なみの光』 "A Pale View of Hills" カズオイシグロ

三寒四温 朝夕は寒いですが、日中の日差しはすっかり春めいてきました。それとともに花粉が飛び始め、風邪だか花粉症だかはっきりしない症状が現れています。

この2月、インフルエンザは猛威を振るい、あと少しで6年間皆勤となるはずだったゆうたんが、とうとうインフルエンザB型にかかり、欠席してしまいました。我が一族の快挙とみんなで見守っていたのですが、残念なことでした。39度の熱が3日も続きました。

さて、ノーベル文学賞受賞作家、カズオイシグロ(1954年、長崎生まれ)の『遠い山なみの光』を読みました。『日の名残り』以来の2冊目です。

「故国を去り英国に住む悦子は、娘の自殺に直面し、喪失感の中で自らの来し方に想いを馳せる。戦後まもない長崎で、悦子はある母娘に出会った。あてにならぬ男に未来を託そうとする母親と、不気味な幻影に怯える娘は、悦子の不安をかきたてた。だが、あの頃は誰もが傷つき、何とか立ち上がろうと懸命だったのだ。淡く微かな光を求めて生きる人々の姿を端正に描くデビュー長編。王立文学協会賞受賞作。『女たちの遠い夏』改題。」

文庫の解説を池澤夏樹が書いていますが、さすがで、それを読んだ後では感想文など書きにくいですが、あくまでも本の紹介と、私の感想を書いてみました。

5歳で渡英したイシグロ氏の母語は英語。原文では登場人物はローマ字表記ですが、翻訳では漢字が当てられています。主人公の悦子、長女の景子、次女だけカタカナでニキ、長崎時代に出会った親子は佐知子と万里子。

この本はほとんどが女性同士の会話で綴られています。自死した姉景子の葬式に出席するため、次女ニキが実家に戻ってきます。ニキが冷淡なようでいて、母親悦子を気遣っている様子がうがかがわわれるところから始まりました。娘を亡くした悦子は取り乱したりなどしていません。苦しみがとても静かなのです。悦子の長崎時代の回想と今とが交錯しながら進んでいきます。

悦子はイギリス人の夫の国に住んでいます。その夫ももう他界したようです。長崎時代は原爆の傷跡がまだ生々しい時代。悦子は景子を身ごもり、平凡だが幸せそうな新婚生活を送っています。佐知子と万里子という母娘に出会います。佐知子はアメリカ軍人の愛人となっていて、娘のためと言いながらも育児放棄の気味があります。

悦子は今の自分を当時の佐知子に投影させています。母娘の心の動きのさりげない描写がなんとも言えません、悦子と佐知子のそれぞれの立場と、なんとも噛み合わない二人の会話。

悦子と夫となるイギリス人男性との出会いやイギリスに渡った経緯やなどは一切書かれていません。佐知子はアメリカに渡ったのでしょうか。

5歳で渡英したというイシグロが日本的な霞んだような余白や空気感が書けるいるのが不思議です。
静かな映画のシーンのような小説でした。

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