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緑内障 (網膜中心静脈閉塞症) 4度目の入院 8  & 膝痛

右目
再び眼底出血が始まり、網膜が腫れて、視力が落ちて来ました。そして23日から2泊3日入院し、手術を受けてきました。

以前手術は3回がセットと聞いていたので、3回が終わり、この治療は一休みと思っていたので、また新たな3ヶ月が始まるのかと思うとがっかりしました。

ルセンティス注入に加え、新しくマキュエイド(トリアムシノロンアセトニド)をテノン下に注入しました。今度は麻酔が効きにくかったのか、今までで一番痛かったです。

今回もお隣のベッドの方は軽い認知症のようでした。家族をとても恋しがっていました。テレビはイヤホンでと看護師さんに言われても、不愉快なのでしょう。すぐ外してしまい、ずっとテレビの音が小さく聞こえて来ました。そんなで、入院初日、私は暇でロビーでずっと本を読んでいました。

翌日は土曜日午後の1番の手術でした。3人の患者さんが退院し、5人部屋は二人になりました。手術が終わり、前回同様1時間の安静時間。その後はベッドから出られますが、大きな眼帯をしているので、鬱陶しいです。

同室の人は私より一回り若くて、病名は違うものの、同じような治療を受けた様子。なぜか意気投合し、退院の時間までおしゃべりしました。

手術前はかなり見えなくなっていましたが、視力が第3回目の手術の後より見えるようになった気がします。少し大きなフォントだと見えるように思います。思うというのは変な表現ですが、右上の視野が欠落しているので、普通の左目のように見えるわけではありません。

術前に説明がありましたが、今までの手術と違い、目頭の白目の部分が充血しています。もう10日経ちますが、まだ充血が取れていません。嫌だなあ。以前の術後は目薬(クラビット)をさしても、しみたり、痛いということはありませんでしたが、今回は同じ抗菌目薬がさすのが嫌になるほど痛いのです。それが日に4回。

それもだいぶ痛みが減ってきました

本日、術後の診察がありました。
腫れがすっかりなくなりました。視力検査では相変わらず見えるとは言えないのですが、術前に比べて、だいぶ気分が違います。
でもプールはすっかり沁みなくなって、あと2週間ぐらいは入らない方がいいと言われてしまいました。


膝痛はかなり良くなってきました。でも、100%ではありません。まだ正座はできないし、屈伸すると違和感があり、なめらかではありません。

脚の屈伸運動を続けています。プールに入れないので、数年ぶりに恐る恐るヨガとマシーンをやりました。ヨガは脚を折るポーズがありますが、膝が折れません。ヨガクラスの参加は難しいと思いました。
入院、退院後(短い間ですが)と運動制限があり、毎月こんな日々を過ごすのでは筋力の低下が進みます。
筋力アップは大変なのに、筋力低下の早い事。年をとるって大変。。。

まず体重を減らさなくっちゃと思うのですが、今まで通りに食べていては運動量が足りないので、減量どころか増量となってしまいます。つまり普通の一人前の量では多すぎるのです。大変だなあ。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『私の消滅』 中村文則

作者、中村文則(1977生まれ)の長編「教団X」がすごく面白かったので、本書を読んでみました。
本書は私好みの作品ではなく、最後まで私が誰か混線したまま読み終えました。
わからないからといって、もう一度読み直す気持ちにもなれませんでした。

「このページをめくれば、
あなたはこれまでの人生の全てを失うかもしれない。

一行目に不気味な文章が書かれた、ある人物の手記。
それを読む男を待ち受けるのは、狂気か救済か。

『掏摸 スリ』『教団X』を越える衝撃。
中村文則が放つ、新たな最高傑作!」 と書かれています。

「僕」が小塚亮大に成り代わろうとするところから始まる。
「僕」とは誰なのか。「小塚亮大」とはどんな人物なのか。僕が小塚の手記(ここでの一人称は私)を読んでいく。

本文は時々太字ゴシックとなり、斜体字となります。この太字ゴシックは僕が小塚の手記を読むとき印象付けるために小塚がわざわざそのようなフォントを使ったのか。

本書の参考文献に連続幼女殺人事件の犯人宮崎勤の著書やこの事件についての本、他に『マインドコントロール』、『記憶のしくみ』といった本が並んでいます。

小塚は手記の中で宮崎勤の事件に言及していきます。
宮崎に対する精神鑑定は揺らぐが、「解離性同一性障害(多重人格)」の鑑定が出てくる。

7章で僕は自分を明らかにしていく。心療内科の医師であると。そこでうつ病患者のゆかりと出会い、ゆかりに惹かれ、治療と称して、ゆかりに催眠や脳に電流ショックのETCをかけ、彼女は記憶を失ったり、戻ったりするようになる。ゆかりの以前の医者吉見が重要人物として登場する。

「でも疑念が浮かんだ。彼女は、本当に僕のことが好きなのだろうか? 僕のあの催眠がきっかけで、こうなってるのでは? いや、そもそも、これは医師と患者の転移現象であるから、本当は彼女は僕のことが好きではないのでは? これは洗脳でないのだろうか。でもこれが恋愛でないなら、本当の恋愛とは何だろう?」

男(和久井だと思われる。和久井はゆかりの最後の恋人)は
「あなたはその木田と間宮に復讐することになる。恐ろしい復讐です。あなたの存在そのものを彼らの脳内に埋め込もうとした。・・・わかりますか間宮さん」

ってことは僕は間宮?? 小塚が心療内科医? 間宮が小塚に入れ替わる?

作者にとって「私」が誰かわからせることは必要ないのか?記憶が操作され、入り乱れ、私が誰だかわからなくなる。
最後は和久井と小塚の登場で、「僕」も「私」も出てこない。手記も終了し、「僕」はもう死んだからか?
「私」、「僕」とは何者なのか?
ここまで読んで分からなかった私が頭が悪いのか?

悪意、暴力、記憶、人格。サスペンス的に展開され、精神分析や洗脳の歴史も詳しく紹介されている。話が入り乱れて、深い意味で「私」とは何かを読者に問うているようです。

自殺者がたくさん出てくる本ですが、あとがきの最後で「読んでくれた全ての人達に感謝する。この世界は時に残酷ですが、共に生きましょう」と結んでいます。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

梅雨の晴れ間の鎌倉

梅雨時に咲く花は雨が似合う花が多いですね。紫陽花も菖蒲も強い日差しはちょっと辛そう。

よく晴れた6月15日、誘われて鎌倉へ行って来ました。入院する前日のことです。
藤沢から江ノ電に乗ると隣の車両には可愛い乗客がおとなしく座っていました。

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そして駅でこんな風に降りて行きました。ずっとおとなしくいい子で乗っていました。

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混む前に長谷寺に入りました。長谷寺には紫陽花の小道があり、ちょうど見頃でした。
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苔も木漏れ日も綺麗でした。
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御霊神社へ行きました。定番の写真です。
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鎌倉の近代文学館へ行って、お弁当を食べ一休みしました。

途中の小道の木漏れ日が綺麗でしばし撮影しました。
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日差しが強く、早々と疲れてしまいました。

昨日のように雨が降れば大雨、なかなか情緒ある小雨模様にはならないものです。

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

『みかづき』 森絵都

作者 森 絵都は1968年東京都生まれ。06年『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞を受賞。この受賞作を読んだことがあります。

本書『みかづき』は467ページの長編ですが、面白くて読みやすく、どんどん読めました。

「『私、学校教育が太陽だとしたら、塾は月のような存在になると思うんです』昭和36年。人生を教えることに捧げた、塾教師たちの物語が始まる。胸を打つ確かな感動。著者5年ぶり、渾身の大長編。

小学校用務員の大島吾郎は、勉強を教えていた児童の母親、赤坂千明に誘われ、ともに学習塾を立ち上げる。女手ひとつで娘を育てる千明と結婚し、家族になった吾郎。ベビーブームと経済成長を背景に、塾も順調に成長してゆくが、予期せぬ波瀾がふたりを襲い――。」

主人公が誰と特定できない塾をめぐる家族の群像劇です。

戦中から戦後にかけての熱い教育論が飛び交います。千明(昭和9年生まれ)は戦前の教育の反動から公教育に対し強い不信を抱いており、一方大島吾郎はソ連の教育家スホムリンスキー(1918年生まれ)に魅せられ、理想の教育を追い求めます。

私はその少し前のヴィゴツキー(発達心理学)について少し勉強をしたことがありますが、このスホムリンスキーについては全く知りませんでした。

戦後の教育史が綴られています。

昭和36年、用務員の大島吾郎は小学校の用務員室で、勉強の分からなくなった子供達に補習を行なっていました。子供達の自発を促す待ちの指導を行い、「大島教室」と評判になっていました。ある日1年生の蕗子は母・赤坂千明に頼まれ、生徒として大島教室に教え方を偵察に行くのです。そのあと、吾郎は蕗子の母、千明から学習塾立ち上げの協力を求められます。そして千明と吾郎は千葉の一軒家を借りて塾を始めます。

昭和30年代の教室や先生、自分自身や子供達の教育を追想しながら読みました。

千明は母親頼子と娘蕗子の女3人暮らし。5歳年下の吾郎と結婚し、二人の娘をもうけ、家族総出で塾を経営していきます。女5人の女系家族です。千明は熱く燃えた鋼鉄のごとき女性で、自分の意志を曲げることを知らず、「学校教育が太陽だとしたら、塾は月のような存在」、「太陽の光を十分に吸収できない子どもたちを、暗がりの中で静かに照らす月」と自分の塾を位置づけ、信念を持って突き進んで行きます。

吾郎と千明の塾が大きくなって行くにつれ、吾郎はあくまで規模を広げない補習塾、千明は受験競争に勝つ経営規模拡大と、二人の方針の違いが明確になり、千明は夫であり塾長でもある吾郎を追い落とします。

長女蕗子は義父を慕い、母への反発から「理想理想ってお母さんは言うけど、本当にそんなものがあるんですか。あるとしたら、どこに?」と言って家を出て、学校の教師となります。

母親似の強さを持つ次女の蘭、自由マイペースな三女菜々美、そして、蕗子の長男一郎と話は続いていきます。一郎はおっとりしていて、卒業後も漫然と日々を過ごしていましたが、厳しかった千明の死後、恵まれない子供達への教育の道を見つけていきます。

ひたすら強い女性陣に対し、器の大きさの感じられるおっとりした吾郎、学生時代の信念を貫く蕗子の夫の上田など、男性陣がなかなかいい。
そうかなあ。私は女性の方が男性より柔軟だと思ってきたけど。。。

夫婦、親子、子育て、老後、死、学校、教育史、教育論、女性・男性の生き方、どの観点から読んでも面白かったです。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

季節は変わって

最近撮った花の写真です。

4月5日撮影 ハナミズキ 庭

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5月17日撮影 バラ 港の見える丘公園
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ポビー 同上
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6月7日 紫陽花 開成町
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タチアオイ 同上
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季節が移るのが早いですね。もうすぐ夏です。

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

緑内障 (網膜中心静脈閉塞症) 7  & 膝痛

もう梅雨入りしました。日が長くなってきましたね。

長くブログを更新しなかったので、メールをくださったり、ご心配をしてくださった皆さま、申しわけありませんでした。元気に過ごしております。

まずは膝痛から
4月の初めに痛めた右膝は少しずつ痛みが減り、階段を降りるとき以外は問題がなくなってきました。そこで草取りをし、こわごわ平泳ぎをしてみました。両方ともやっているときは問題がなかったのですが、翌日再び痛み始めました。

膝の痛みには足の屈伸がいいそうです。椅子に座って片足を伸ばして10を数え、それを両方を3回ずつ、日に何回かするといいそうです。確かに注射より効果があったように思います。

当初から2ヶ月過ぎました。未だに下りはできるだけエレベーターやエスカレータを使うようにしています。下り階段にはまだ違和感があるものの、降りられるようになりました。これで日薬で治っていくといいのですが。

それから右眼です。

いっときは少し見えるようになったかなと思いましたが、5月下旬ごろからまた霞がかかったようになってきました。また眼底出血が始まっているそうです。今週末から8月までまた3回入院し、手術を受けることになりました。それぞれ2泊3日です。

今までのルセンティス注入に加え、マキュエイド(トリアムシノロンアセトニド)をテノン下に注入するのだそうです。薬はなんでも副作用がありますので、不安がないと言えば嘘になりますが、まな板の鯉のような心境です。

この入院で前回のように筋力が落ちないようにするにはどんなことをすればいいのでしょうか。今回は退院後少し動いたほうがいいのでしょうか。入院中は暇ですので、楽しい計画でも立てることにしましょう。

ご心配いただき、ありがとうございました。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

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