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写真の整理

写真の整理をどのようになさっていますか。

パソコンに写真があふれています。一回撮影に出かけると200枚から700枚。お祭りなど動きのあるものを撮影すると1000枚ぐらいになることもあります。写真の整理が滞っていて、そのためブログの更新も滞っています。

私のパソコンはマックで、写真の整理にiphotoを使っています。(新しいマックはもうiphotoではなく「写真」になりましたが、私はiphotoが好きで、まだこちらを使っています)撮影から帰えると、2テラの外付けに入っているiphotoに、写真を取り込みます。

まず、ピンボケやひどいショット2割ほど捨てます。時間があるときは☆印をつけながら選び、さらに捨てて、2割ぐらい残します。でも、時間がなくてそのまま残っているホルダーが沢山あります。このiphotoに写真がたまりすぎてiphotoだけで1.6テラぐらいになってしまいました。それ以外にも他の写真等もはいっているので、もう新しい写真が取り込めないという事態が始終発生し、その度に古い写真を別の外付けに移しながら作業をしています。

iphotoが重すぎるので、なんとかしようとここ数日写真を捨てまくっています。300ギガ、1万枚ぐらい捨てたでしょうか。他のこともできず、目も疲れ、もううんざりしてきました。

もうこの辺でとりあえずやめて、桜でも見にいきましょう。

写真の整理、どのようになさっていますか。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

3.11 福島

東日本大震災から5年すぎました。福島は被災地の中でも地震津波被害にさらに放射能汚染というとんでもない被害が加わってしまいました。

3月11日、被災から5年後の福島に行ってきました。まず三春で「原発いらない福島の女たち」の集会に参加しました。
『日本と原発 4年後』という昨年制作されたフィルムを見ました。昨年7月同日同時間帯に測定した放射線量ですが、新宿で毎時0.0319 マイクロシーベルト、福島双葉郡浪江町では5.0とのこと。4年半経ってもまだこんなに放射線量が多いのです。

三春の街で
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その後で、国から交付された復興予算で建設された「福島県環境創造センター」を訪ねました。本棟がやっとオープンしたところで後の2棟は工事中でした。総工費は約200億円で、誘致がままならない工業団地の一角の広大な土地に建設されました。

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これは福島県とIAEA(国際原子力機関、国連の安全保障理事会の傘下機関で、「原子力(核)の平和利用」の促進を使命としている」)の間で覚え書きが交わされ、「原発事故による放射性物質で汚染された環境を早急に回復し、県民が将来にわたり安心して暮らせる環境を創造することを目的として、福島県が建設し運営する施設」です。

私はIAEAは各国で原子力の査察を行っている機関として認識していました。県内の小学生を見学させる教育機関としての役割もあり、原発に反対する福島の人たちはこの設立や意図に強い不安を覚えていました。

施設を見学させていただきました。
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有機農家のコミュニティショップに立ち寄りました。そこでコーヒーを飲みながら、奥さんの演ずる人形劇を見たり、ご主人の弾き語りを聴きました。
三春の滝桜のすぐ近くのお話です。

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長い年月をかけて椎茸栽培に成功し、おいしい椎茸を販売できるようになった農家が放射能に汚染され、離農せざるを得ないという実話でした。このお店では汚染の少ない土地で採れた野菜をすべて線量を測って測定値を付して販売しているとのことでした。

三春泊 朝もやがかかってきれいでした。
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日中は暖かでも、朝夕は東京、横浜とは違います。お宿の庭は霜が降りていました。
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郡山に移動しました。バスに被災者のWさんが同乗し、田村市都路の現状を見ながら、今日までのお話ししてくれました。都路は自然豊かな里山で、福島第一原発から20キロから30キロの区域に入っています。都路は原発事故に伴い、警戒区域に指定され、2014年4月避難指示が解除されました。東電からの慰謝料が打ち切られ、早期帰還者賠償により、帰還した高齢者が多いということでした。

汚染土を覆ったフレコンバッグ
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線量計は刻々と数値を変えます。時間あたり0.42マイクロシーベルトを示しています。
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古代カメ石 ここの線量計は0.56を指していました。
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避難により、もう既に廃墟になってしまった竹細工工房
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工房の中はすっかり荒れ果てていました。
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郡山市の「2016年原発のない福島を!県民大集会」
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その後のデモ行進
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太陽光発電、バイオマス、風力発電、地熱発電など、再生可能エネルギーの更なる研究,開発、有効活用が行われますよう。
原発による被害は津波による被害とは違い、目に見える形で残っていません。被災地以外に住む私たちは福島を忘れずにいるしかできないのでしょうか。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『日々の光』by ジェイ・ルービン " The Sun Gods" by Jay Rubin

作者ジェイ・ルービンは1941年ワシントンD.C.生まれ。ハーバード大学名誉教授で翻訳家。村上春樹、芥川龍之介、夏目漱石の翻訳家として世界的に有名。本書は著者初めての小説。

460ページの長編ですが、大河ドラマのようなスケールの大きな展開で、寸暇を惜しんで読みました。

第2次世界大戦を挟む激動の時代、根強いレイシズム、宗教の欺瞞、戦争に翻弄されながら、懸命に残酷な時代を生きる人々の愛の物語でもあります。

「日系人収容所で生き別れた「母と子」の、愛と苦悩の運命――戦後七十年、日米両国で注目の長編! 忘れえぬ「母」の記憶を抱いて日本へ――戦争で引き裂かれ、数奇な運命に翻弄される主人公ビル・モートンと「母」光子の愛と苦難に満ちた人生が、戦前のシアトル、戦時下のアイダホ州ミニドカ日系人収容所、昭和三〇年代の東京・九州を舞台に交錯する。」 

原題の"The Sun Gods"は光子が手を合わせ感謝する昇る朝日の神々で、他を排斥するキリスト教の一神教と対比しています。

プロローグで戦後8年経った1953年、第1部1959年、以下、1939年、再び1959年、開戦の年1941年、再度1959年、最終章1963年東京オリンピック直前で終わります。訳者も2名ですが、1959年とそれ以外という分担で、違和感はありませんでした。

1959年、米・シアトル。聖職を目指す大学生のビルは、引き寄せられるように東洋人街の日本レストランなどに通い、そこで働き、日本語を学び、日本で伝道したいと思い始めます。牧師の父トムの猛反対にもめげず、フィアンセもいるのに、牧師とはならず、フルブライト生として来日します。

1939年、母を亡くした幼いビリー(ビル)は初めて会った時から、姉夫婦を頼って渡米した光子を慕いました。光子はビリーのシッターになり、ビリーの父トムより聖書を通して英語を学ぶ。やがてトムと光子は結婚し、光子はビリーを愛おしみ、慈しみます。しかし真珠湾攻撃により、日米が開戦し、在米日本人は財産も失い、強制収容所に送られてしまいます。トムは日本人を憎むようになり、光子は光子と離れたがらないビリーと一緒に環境劣悪の収容所暮らしをすることになります。そしてビリーは父親の元に帰ることになり、光子は一人帰国します。

終戦から15年、ビリーは光子を探すために東大に留学。光子の歌っていた「五木の子守唄」をバーで聞き、光子のふるさとは五木だと思い、九州へ光子を探す旅に出ます。

戦争に振り回された光子の運命はさらに数奇の人生を歩みます。

当時のアメリカ人の日本人感、日系人の収容所の過酷な暮らし、クリスチャンの日本人、敵国人と結婚した出戻りの娘を迎えた九州の田舎、長崎原爆投下下の人々、キリスト教の棄教、子を思う親の愛、母への思慕、これが村上春樹の翻訳者であるアメリカ人の手によって書かれたことにさらに感銘を受けました。

感動的な結末で、この続きをもう少し読みたいと思いました。ぜひお読みになってください。

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『死んでいない者』by 滝口悠生 & お葬式

昨年は喪中のハガキが少なかったのに、年明けから1月、2月と続けてお葬式がありました。一つは58歳でまだ現役で活躍中の男性でした。著名な方だったので、盛大なお葬式でした。遺稿が列席者に配布されました。

先週末、またお葬式がありました。82歳の写真の先生。入院して2日でお亡くなりになりました。最後の写真講評は11月。病気だと伺ってはいましたが、こんなに早いお別れがあるとは思ってもみませんでした。私はご指導を受けてからまだ数年ですが、私たちのクラブは34年になるそうです。亡くなる数日前まで現役でご活躍なさり、長患いもせずにご逝去されました。

先生には奥様、お子さん二人、お孫さんが4人いらっしゃいました。

合掌 お世話になりました。ご冥福をお祈り申し上げます。


今回の芥川賞受賞作品、滝口悠生(1981年東京生)『死んでいない者』もお通夜も集まった家族と幼馴染のお話です。子供が5人、孫、ひ孫もたくさんいます。縁遠くなったいとこや叔父叔母、どういう関係かもう定かではなくなった親類縁者たち。

その人たちが故人を偲んだり、そこに列席している人たちとの思い出を追想したり、未成年が飲んだくれたり、みんなで温泉に入ったり。

子供を二人残して行方不明になった息子。その子たちを育てた故人。引きこもりの男孫。その子も故人の別棟に住むようになるが、通夜の日も引きこもり。アメリカ男性と結婚した孫娘。そんな人たちが通夜に集ってきて飲んでいます。吞んべいの集まるお通夜はこんなものなのでしょうか。

語り手はひきこもりの美之の年のはなれた妹知花のようでもあり、時々他の人の目からもこのお通夜や思い出が語られています。

芥川賞を受賞したということは玄人受けする小説なのでしょうか。

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