プロフィール

wako1202

Author:wako1202
FC2ブログへようこそ!

進行中の趣味:写真、旅行、水泳、読書
中断中の趣味:ダイビング、書道

Nest: 横浜

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

カレンダー

07 | 2014/08 | 09
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

Welcome from 020311

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード

月別アーカイブ

花火 at 二子玉川

まだ8月も残っているというのにすっかり秋の風情。子供たちはこの週末、夏休みの宿題の追い込みをしていることでしょう。もっとも最近はもう始まっている地域も多いとか。

この夏は孫たちが来てうちの庭で花火をしました。大騒ぎをしましたが、あっという間に終わってしまいました。

DSC_2521_convert_20140830115042.jpg

それから一週間後の23日、三脚を持って二子玉川の花火を見に出かけました。この日は昼過ぎまで雨が降っていましたが、午後から雨も上がり、電車の中から見る河川敷は例になく、空いていました。ちびっ子がいるので、私たちは娘のマンション8階のベランダからです。

川崎側の花火は新しくできた二子玉の高層ビルに遮られ、ちょっとしか見えませんし、世田谷側も目の前に建つビルでちょっと欠けてしまいます。それでも15年振りの花火鑑賞を楽しむことができました。

ダダが夕食を作ってくれました。

暗くなる前 18:22
DSC_3938_convert_20140830115121.jpg

夜空に花が開きます。眼下の街の灯りもきれいです。
DSC_3978_convert_20140830130226.jpg

DSC_4018_convert_20140830115204.jpg

レリースも持ってきましたが、どういうわけか接続できず、指で押すことになり、シャープさが足りません。(あとでゆっくりやったらできました。。。)
DSC_4032_convert_20140830115234.jpg

同色の花火も素敵です。
DSC_4078_convert_20140830115253.jpg

ズーミングを試してみたけれど、お試しで終わりました。技術を要することは苦手です。室内で落ち着いて撮れるはずがこの案配。ダメですね。。。
DSC_4088_convert_20140830115326.jpg

DSC_4092_convert_20140830115350.jpg

今年は神奈川の花火も、長岡の花火も申し込みましたが、行かれませんでした。来年は行ってみたいと思っています。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

水掛祭り 富岡八幡宮

東京都江東区の富岡八幡宮の祭礼。今年は、8月13日(水)~ 8月17日(日)に行われ、17日の日にちょこっと行ってきました。

毎年、10万人近くの見物客が訪れ、50基以上の神輿が参加し、氏子町内を練り歩きます。神輿や担ぎ手に水をかけることから水掛け祭りとも呼ばれています。水がかけられると温度も下がるのですが、それでも暑くて、なかなか始めから終わりまでと見物する体力がありません。でも、東京下町のお祭りは行ってみようかという気になります。きっと下町生まれで、祭りが好きだった両親の血かもしれません。

富岡八幡宮 大きなわらじ
DSC_2869_convert_20140828235206.jpg

参道前の下町らしいお店
DSC_2918_convert_20140828235324.jpg

もう祭り姿のおねえさんが行きます。
DSC_2889_convert_20140828235259.jpg

大通りに出るともう水掛けが始まっています。
DSC_2932_convert_20140828235358.jpg

こんな大きなトラックに水を積み、その下では子供たちがプールで遊んでいました。
DSC_2997_convert_20140828235428.jpg

永代橋の方へ行きました。
もうすでにこんな人、人、人
DSC_3032_convert_20140828235503.jpg

昼を過ぎ、いよいよ神輿が通ります。その前に、お囃子、木遣り、手古舞いなどが先導します。

永代橋の塀に上ると危ないため柵やら、テトラやら、邪魔なものがいっぱい。それに見物人やカメラマンの数も半端じゃない。

まずはお囃子から
DSC_3039_convert_20140829001511.jpg

ビルを背景に木遣りの男衆
DSC_3047_convert_20140828235535.jpg

手古舞いのお姉さんたち、
DSC_3052_convert_20140829001541.jpg

レインボウブリッジを背景に神輿が行きます。
DSC_3092_convert_20140828235604.jpg

モダンなビルに神輿が映えます。
DSC_3121_convert_20140828235640.jpg

遠く人ごみの奥で、神輿に水がかけられています。
DSC_3193_convert_20140828235710.jpg

DSC_3270_convert_20140828235756.jpg

すごい放水でもうびしょびしょ
DSC_3404_convert_20140828235834.jpg

町中びしょびしょ
DSC_3671_convert_20140828235916.jpg

びしょびしょを楽しんで
DSC_3712_convert_20140828235947.jpg

バケツで水掛け、掛ける方も掛けられる方も夏を、祭りを楽しんでいます。
DSC_3736_convert_20140829000029.jpg

町中の人が応援している感じの町でした。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

青龍祭 清川村

清川村で行われた青龍祭を見に行きました。時々小雨煙る夏の日でした。8月9日。

青龍祭は江戸時代天保のころから昭和初期にかけて、煤ヶ谷地区で行われていた雨乞いの祈りでした。

昭和61年に昭和4年を最後に姿を消した「雨乞いの龍」を復元したそうです。お祭りは、青龍太鼓の連打の中、雌雄2頭の龍が厳粛に舞い降り(降龍の儀)、子供を始め多くの人たちに担がれて会場、村内を練り歩きます。

校庭にはもうすでに藁で作られた2頭の龍が並んでいました。午後から緑小学校で入魂式が行われました。
DSC_1665_convert_20140827171129.jpg

子供たちに担がれ、いよいよ校庭を出ます。
DSC_1761_convert_20140827171158.jpg

2頭順に町に繰り出しました。
DSC_1793_convert_20140827171227.jpg

畑の中も
DSC_1849_convert_20140827171307.jpg

町の中も
DSC_1907_convert_20140827171337.jpg

雨が振り出し、見ている人もカメラマンも傘やレインコートを来て、龍に付いていきました。龍もレインコートをきました。DSC_2063_convert_20140827171457.jpg

神社の周りをめぐり、運動公園に着き、日が落ちるのを待ちました。かがり火がたかれ、隅ではハワイアンダンスなどのアトラクションが始まり、屋台も出ました。

レインコートも外され、薄暮に生える2頭の龍
DSC_2427_convert_20140827171618.jpg

龍に点火
DSC_2630_convert_20140827171737.jpg

燃え盛る龍
DSC_2649_convert_20140827171803.jpg

龍が昇天していきました。
DSC_2671_convert_20140827171836.jpg

そして最後は花火です。龍が天に昇っていくようでした。
DSC_2761_2_convert_20140827171904.jpg

『二重らせん DNAの構造を発見した科学者の記録 The Double Helix』by James D. Watson

本書はDNA(デオキシリボ核酸)が二重らせん構造になっていることを発見し、ノーベル賞を受賞したジェームス・ワトソン(1928生)著の「DNAの二重らせん構造はどのように発見されたのか 共同発見者のフランシス・クリック、モーリス・ウィルキンスらとの出会いから、「多才な巨人」ライナス・ポーリングの猛追をかわして、二重らせん構造の発見に至るまでの、その舞台裏をワトソン博士が赤裸々に綴った感動のドキュメント」です。

科学関係の本を読んだのは子供の時以来です。周りに理系の人がほとんどいない文系環境で、私はうんざりするほどの科学音痴です。なぜ本書を読むことになったのかというと、以前読んだ『知の逆転』のインタビュイーの一人がこのワトソン博士で、その本で参考文献として『二重らせん』が挙げられて、興味をもったからです。

DNAのヒトゲノムの全塩基配列を解析できたというニュースが流れたのは2003年(数年前かと思っていたら10年以上前!)。それはワトソン博士がDNAの二重らせん構造を発見した1953年から50年目のことでした。山中伸弥博士がiPS細胞が初期化され多能性を持つことの発見によりノーベル生理学・医学賞を受賞したのが2012年。そして今年はスタップ細胞の存在や如何、小保方晴子さんの論文の問題は自殺者まででる大騒ぎとなりました。

そんな意味でも、本書は科学者たちがどのように生活し、研究し、仲間と議論し、新発見し、発表するのかがとてもよくわかる本でした。物理学、化学、生物学、医学、数学は別々の学問だと思っていましたが、科学はみなリンクしていて、科学者が自分の興味の向くまま、あれこれ研究を進めていく様子がよく分かりました。

若い研究者たちは奨学金が下りなかったり、研究に行き詰まって、興味が逸れたりしながらも、先行研究を読み、知らない分野の教えを請い、議論を重ねながら、研究を進めていきます。いい研究発表ができなければ、予算の獲得ができません。理研の再生科学総合研究センターの今回の「事件」も成果を急ぎすぎたからだと思われます。

ロザリンド・フランクリンという女性科学者がワトソン、クリックと同じキングスカレッジ・ロンドンで結晶学の研究をし、DNAのX−ray写真を撮り、データを収集していました。しかし、彼女は上司モーリスとの確執もあり、研究室を去り、二重らせんに到達せず、ノーベル賞の共同受賞から漏れ、37歳で早世してしまいます。彼女ついては『ダークレディと呼ばれて 二重らせん発見とロザリンド・フランクリンの真実』という本があります。

かれらは時に普通の学生のようにキャンパスライフを楽しみ、研究し、世紀の発見をしました。時に研究をめぐる人間関係の悪化もありました。大声で自分の研究内容をしゃべりまくるフランシス。

ワトソンはフランシスと毎日4、5時間議論をする。

紙と鉛筆の代わりに道具として使われたのは一見幼稚園の子供の玩具そっくりの分子模型だった。彼らはいつも上司の許可を得て、工作室に模型づくりを頼み、その模型を動かしながら、議論しながら考えを進めていった。

DNAの二重らせんを発見し、『ネイチャー』に論文を発表したのは若干25歳の時でした。

本書の出版は古く1968年ですが、2012年に新書として出版されました。きっと今タイムリーだからでしょう。
せめて常識程度にでも化学がわかっていたら、読後、理解は深まっていただろうに。。。

****
一ヶ月もすれば忘れてしまうので、以下は自分のためのメモ書きです。自分の文すると間違えそうなので、基本、引用としました。

アメリカ人ワトソンが「1951年春、すでにDNAの虜になっており、その生化学を勉強するために学位取得後の特別研究員の資格でヨーロッパに来ていた。遺伝子の実態を知りたいという願望を持って」時は23歳。

「細菌のウィルス(バクレリオファージ)は裸の遺伝子の一形態ではないだろうか」
「細菌は交配し、遺伝子組み換えをする」 ここから遺伝子組み換えが出てくるんですね。

ロザリンドは「糖とリン酸の骨格は分子の外側に証拠がある」これは二重らせんの構造にぴったりと当てはまった。
彼女はDNAをA型とB型に分類し、B型と呼ぶ3次元形態の写真を撮ることに成功する。「彼女はX線による構造解析の研究がしたかったので、たまたま対象がDNAだった。」

「遺伝子の複製は、始めに二本の同じ鎖が分離する.それからそれぞれの親の鎖を鋳型にして、二本の新しい娘の鎖が作られ、それによって元の分子とまったく同じ二個のDNA分子ができることになる」

「アデニンとチミン、グアニンとシトシンが対を作るということは、二本のねじれ合った鎖の塩基の配列がお互いに相補関係にあるということ」

ときに教科書の出ている図はみんな間違っていた。

「モーリスのDNAに対する熱意はそれほど強くはないように思えたので、フランシスはいつもイライラしていた」

モーリスは当時から「多重らせん」という言葉をつかっていた。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

高ボッチ高原草競馬

高ボッチ高原で草競馬が始まりました。

カメラマンも地元の人もいましたが、大方は馬と騎手の関係者が家族総出で楽しんでいる感じです。

出走前の馬たち
DSC_0958_convert_20140822232213.jpg

砂地(ダートコースを走ります)3周1200mです。
DSC_1017_convert_20140822232233.jpg

DSC_1111_convert_20140822232331.jpg

落馬も何度かありました。
DSC_1190_convert_20140822232357.jpg

ちびっ子たちもポニーに乗って走ります。3歳児の出場もありました。
DSC_1095_convert_20140822232300.jpg

ちょっと流し撮りの練習などもして、流し撮りをするのにいい場所ではなかったみたい。
DSC_1303_convert_20140822232421.jpg

元JRAジョッキー谷中公一さん、
DSC_1348_convert_20140822233045.jpg

ちびっ子ジョッキーはあこがれの騎手に握手をしてもらったりしていました。

そしてあちこちでバーベキューしていて、いいにおいがしていました。
涼しい高原で競馬を見ながらバーベキューだなんて素敵です。
DSC_1376_convert_20140822233114.jpg

いい写真は撮れませんでしたが、その後、田園風景を見たり、ワイナリーに行ったり、平出遺跡を見学したり楽しい夏休みでした。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

高ボッチ高原

残暑お見舞い申し上げます。
前回からもう一週間も経ってしまいました。

さて、奈良井宿から高ボッチ高原に行きました。
高ボッチ山(標高1665m)はなだらかな傾斜に広がる高原です。やはり頂上は涼しいです。

翌日のイベント、草競馬の準備がもうなされていました。
DSC_0759_convert_20140820003445.jpg

野アザミ
DSC_0768_convert_20140820003504.jpg

DSC_1405_convert_20140820003831.jpg

オミナエシ
DSC_0778_convert_20140820003546.jpg

DSC_0788_convert_20140820003608.jpg

もう夕方
DSC_0776_convert_20140820003523.jpg

少女が石積みをしていました。あたりには霧が出てきました。
DSC_0806_convert_20140820003634.jpg

重い雲間から光が射してきました。
DSC_0854_convert_20140820003708.jpg

残念ながら夕方まで待ちましたが、空は焼けてきませんでした。
そして夜景が有名だそうですが、その時間までいませんでした。残念。。。

翌朝 薄い靄がかかっていました。
DSC_0881_convert_20140820003735.jpg

DSC_1390_convert_20140820003809.jpg

***
いつまでも残暑が厳しいです。暑くてうちに籠っていると気持ちがめげてきます。外へ出ると、強い陽射しで疲れます。みなさまもご自愛ください。

奈良井宿

暑さも厳しい8月2日、信州の奈良井宿に行きました。本当は灯りの灯る頃、または小雨煙る時に行きたい街でしたが、この日は薄曇りの空でした。

中山道の木曽路には11の宿場があります。江戸寄りの奈良井宿は初めてです。中央本線奈良井宿駅から約1キロの街並みです。塩尻からレンタカーで入りました。

数十年前に京都側の妻籠、馬籠に行ったことがありますが、やはり夏で、埃っぽくて暑く、泊まった宿も床が傾いていたのを思い出します。が、奈良井宿はきれいでした。きれいすぎるぐらいでした。ほとんどが観光のためのそば屋、宿屋、木曽漆器屋です。夏休みだというのにとても空いていました。

この街はどうも生活感が感じられません。なにかディズニーランドの西部劇の宿場街のようなのです。子供たちはどこにいるのでしょうか。

DSC_0557_convert_20140812161716.jpg

DSC_0578_convert_20140812161934.jpg

信州と言えば、そば。

DSC_0613_convert_20140812162026.jpg
お蕎麦をいただきましたが、お値段の割にはどうもイマイチ。

DSC_0628_convert_20140812162119.jpg

防火対策のない木造の家がびっしり並んでいるので、火災には気をつけているのでしょうね。
DSC_0674_convert_20140812162218.jpg

一番京都寄りに鎮神社がありました。
DSC_0707_convert_20140812162253.jpg

DSC_0747_convert_20140812162324.jpg

DSC_0751_convert_20140812162356.jpg

高ボッチに移動しました。

『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』by 伊集院静

ベストセラー『大人の流儀』は何冊もシリーズで出版されましたが、およそ伊集院らしくない、つまらない本だと思いました。もう伊集院静の本を読むのは止めようと思っていました。

でも、『いねむり先生』がよかったので、これと同系統の本だと思い、この長い題名の『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』を読んでみました。

「妻の死後、アルコールとギャンブルに溺れ、生きる軸を失ってしまったユウジは関西に居を移し、スポーツ紙の競輪記者エイジと出会う。淋しがりやで、ケンカっぱやい男だった。他人と折り合うことの苦手なユウジもなぜかエイジだけには気を許せ、奇妙な安堵感を覚えた――。
CMディレクター時代の後輩、今は芸能プロダクションの社長である三村と再会した。ユウジを慕い、妻の病室に入れた唯一の男だった――。
「私はあなたの小説が読みたいだけなんだ」と編集者木暮は執拗に迫った――。
まっとうな社会の枠組みでは生きられない三人の“愚者"たちとの濃密な時間、友情を越えた男と男の愛を描いた著者渾身の自伝的長編小説! 」

作者の分身ユウジが愚者たちとともに過ごした場所、奈良、梅田、函館、小倉、新宿、立川、難波、浅草、歌舞伎町、六本木、神楽坂、天王寺、京都、向島、横浜など、たくさんの地名が章立てになっている。この横浜が作者が一番思い出したくないという、少年時代を決別し、彷徨した場所だ。「いねむり先生」こと色川武大こと阿佐田哲也も登場。

始めは関西弁の会話文が読みにくかった。

競輪記者のエイジが言う。
「人間はな、人の前で馬鹿ができへんかったら…、しょうもないんと違うんかい」「他人に笑われてなんぼのものと違うんかい!」
「ユウさん、わしもあんたもパチモンや、決まっとるやないか」
「生き恥を晒しとうないんや」
「反省なんぞ誰がするかいな。大丈夫やと思うて一生懸命杭につかまっとったら、いつの間にか潮が満ちてきてもうて水が首のこのへんまで来とんのや。ぺちゃぺちゃ波の音がしてアゴを上げてもうとる自分が居てんのや」

ユウジは思う。「淋しいと思わない人間がいるのか」愚者をいとしいと思う。

競輪の旅打ち、酒、ギャンブル、女、喧嘩。
愚者たちは病に冒されたり、失意の中にあってユウジに逢いたいと思い、ユウジも懸命に探すが、「生き恥をさらしとうない」ため、逢うことなく別れのときを迎える。そしてユウジは死後それを知らされる。

自分の美学の中で生きる男たち。男たちがこんな絆を紡ぐことができるのなら、脱帽するしかありません。
『流儀』シリーズなんて読まずに、男たちよ、この本を読んでみてください。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『サクリファイス』by 近藤史恵

作者近藤史恵は1969年生れ。本書は2007年刊行。本屋大賞2位、大藪春彦賞受賞。

これはロードレースの青春サスペンス小説と呼んでいいでしょうか。
主人公白石誓は23歳、プロのロードレースチームの所属する新人ロードレーサー。

私自身は自転車はママチャリにしか乗れませんが、我が家には夫の愛車のロードレーサーが室内に4台も鎮座ましましているのです。夫は毎年のツールドフランスはテレビの前に釘付け、そして自転車ツーリングのブログを書いているので、私はそれを読んでいるうち、自転車用語は耳慣れてきていました。そして我が家のテーブルには、あんぱんやら、どら焼きがちょっとつぶれた状態で置かれています。
そんなで些末な自転車用語で引っかかることなく、この本が読めました。

「ぼくに与えられた使命、それは勝利のためにエースに尽くすことーー。陸上選手から自転車競技に転じた大石誓はヨーロッパ遠征中、悲劇に遭遇する。アシストとしてのプライド、ライバルたちのとの駆け引き。かつての恋人との再会、胸に刻印された死。」

主人公の白石誓は、ロードレースで「エース」を勝たせるために走る「アシスト」という役割を担う。エースのために献身的に身を犠牲にして、最後エースがゴールを切るのをアシストする「サクリファイス」、自己犠牲。

誓は中学時代将来を有望視される陸上選手だった。が、「一着でゴールを切っても、感じるのは困惑だとか、居心地の悪さだけだった。(中略)ただ、走るだけ走って、あと放っておいてくれれば、どんなにいいだろうかと思ったほどだった。」と語る。一位になるためのプレッシャーや注目を好まない。ただひたすら走ることが好きなのだ。そんな誓は自分が「アシスト」に向いていると思っている。

誓は最後、かつての恋人の彼氏に「偽善者」と言われるが、穏やかで、スポーツマンらしい爽やかさを持つ「いい人」なのだ。

そしてチームのエース石尾は「アシストを徹底的に働かせるとこ。それがかつためには必要だ。自分のために働かせて、苦しめるからこそ、勝つことに責任が生まれるんだ。奴らの分の勝利も、背負って走るんだ」と言う。勝者として記録に残るのはエースの名前だけ。エースは「力つきたぼくの背中を踏みつけて飛び立つ鳥のように、彼はゴールに向って走っていった」。「捨て駒」、それこそがアシストの仕事だ。

そしてヨーロッパのレースで大事故が起こる。それは単なる事故なのか。誰かに仕組まれたものなのか。

いつか世界報道写真展で世界の王者アームストロングのシリーズ写真を見ました。彼もドーピングで自転車の世界から消えていきました。

あっと言う間に読み終えました。面白かったです。

今は通っているジムがメインテナンス日で5日間休業です。仲間は他店のジムへ行くようですが、私は暑いし、ゆっくりとうちで、たまった写真の整理をしています。でも、最近光るような写真が撮れません。。。。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

暑い鎌倉

鎌倉の『ポアジェ』というレストラン(大巧寺近く)で久々のフレンチランチをいただきました。鎌倉にしては人通りも少なく、落ち着いたくつろげるお店でした。

せっかく来たので、鎌倉の町を歩きました。海に近いからかじっとしているとさほど暑くないのに、歩き出したら暑いこと。止まると汗が噴き出してきます。

大巧寺の庭の蓮 強い陽射しを受けています。
DSC_0418_convert_20140804180653.jpg

路地を走る人力車 元気なおにいさんも暑そう。
DSC_0436_convert_20140804180819.jpg

小町通を通って、寿福寺へ行きました。人ッ子一人いません。
DSC_0451_convert_20140804180852.jpg

影も濃く、コントラストを下げて
DSC_0456_convert_20140804180922.jpg

入ってみると
DSC_0457_convert_20140804180955.jpg

暑さでもやっていて、どこか山奥のお寺のよう
DSC_0475_convert_20140804181044.jpg

化粧坂を上って源氏山の上まで上がりました。
鬱蒼とした木立
DSC_0500_convert_20140804181118.jpg

DSC_0514_convert_20140804181153.jpg

DSC_0520_convert_20140804181242.jpg

こんなに人のいない静かな鎌倉は初めてでした。でも、暑かった。。。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

| ホーム |


 ホーム  » 次のページ