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ゆうたんの運動会

ゆうたんの小学校の運動会も今年で3回目です。ゆうたんは3年生になりました。

600人強(19学級)の全校生によるラジオ体操 
5、6年はほぼ男女同数ですが、ゆうたんの学年は男子対女子が3:2で男子が多い。全体には1割ほど男子が多いようです。ゆうたんは赤組です。

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"Rising 3 オガザイルプライド one hundred" もちろん音楽はExile の“Rising Sun" 

出番待ちの3年生
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こんなフォーメーションで
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あの棒を狙え 棒取り合戦 ルパン三世の音楽に乗って。赤の勝ち!!
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可愛い1年生の徒競走の始まり
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ついでに流し撮りの練習などもして。なかなか思うように撮れない。
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全校生とによる大玉送り 2回とも白の勝ち
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花の騎馬戦 女の子も強い。怪我のないように少しずつ、馬数と見守る先生の数は同じくらい。今の時代、大変だなあ。昔は擦り傷ぐらい当たり前だったけど。
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1年生の玉入れ これも白の勝ち
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ゆうたんは徒競走も頑張りましたが、結果は内緒です。
ゆうたん、1番になる子は噛み付きそうな顔をして走っているんだよ。

昼までは赤が圧倒的にかっていましたが、大玉送りと一年生の玉入れで白の逆転勝ちでした。

今年も楽しませてくれてありがとう。顔の分かる写真は掲載できず、残念です。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

公演「ウィングズにて」

友達の劇団が6回目の公演をしました。劇場はとっても小さなスタジオで40人入るといっぱいです。座ってしまったら身動きが取れません。

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客席を階段状にセットし、ちょっと高いところにディレクター席、そこで音響、照明などすべて取り仕切る演出家。

出し物はノエル・カワード作「ウィングズにて」。3日間5回、2時間弱の公演でした。
三田和代が主役をやっていたことがあるようです。そこでのタイトルは「出番を待ちながら」、原題は「Waiting in the wings」。ウイングスはホームの名前ですが、「舞台の袖」の意味もあるので、『出番を待ちながら』という題になっているようです。

「ウィングズ」はロンドン郊外にある引退した女優専門の慈善(養老)ホームです。                      
かつての名女優ロッタが新しく入居することになり、そこに暮らすメイとの長い間の葛藤と和解。個性的な女優たち、痴呆症が始まった女優。ウィングズで生まれる新しい人間関係。喜びと悲しみに満ちた人生と晩年へと向かう女優や管理人、スタッフの哀歓が浮かぶ。

 医者が訪ねてきて、ボヤ騒ぎをおこした痴呆女優を病院へ連れていく。クリスマスの夜、突然、一人の女優が倒れる……。
 みんなの待ち望むサンルームが完成して日差しが温かい。そこへロッタと33年前に別れた娘が訪ねてくる。“カナダで一緒に暮らそう”という申し出に、ロッタはここにとどまる決意をする。

友達のMさんは主役のロッタです。年配の女性の多い劇団で、客員を入れての公演でしたが、見違えるほどみな「女優」になっていました。俳優たちもとても自然に感情移入ができたのでしょう。とてもいい公演でした。

演劇は総合芸術。いままでいろいろなことを勉強し、身につけてきたMさん、長い台詞も覚え、人生の素晴らしい集大成に向っているようです。

お芝居中は写真は撮れませんでしたが、終わった後外でみんなで歓談する姿を撮らせてもらいました。みんなホッとした明るくて爽やかな笑顔が印象的でした。きっと充実感でいっぱいだったのでしょう。(写真掲載は控えます)
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Mさんはご主人とお嫁さんが応援にいらっしゃっていました。

また次期公演を楽しみにしています。

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浅草三社祭

5月18日午後から下町で友達のお芝居があるので、その前に浅草へ立ち寄ろうと思いました。三社祭の最終日です。

朝6時から宮出しがあるとのことですが、そんな早くは起きられないし、疲れてしまうので、朝の用事を一通り済ませてうちを出るとやっぱり着いたのは10時過ぎ。

人が散らばってしまったのか思いのほか混雑していません。それでも少し歩きやすい仲見世から一本はずれた通りを通って浅草寺へ向いました。

お囃子が聞こえるので路地を覗くと
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スカイツリーを背景に法被姿の人、ラムネやアイスキャンディー売りが見えます。
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浅草寺前は欧米人、中国人、韓国人が多いのに驚かされます。
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浅草神社へ行くと神輿を担ぐ人がいっぱい。一休憩といったところです。
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五重塔を背景ににぎやかなギャルたち
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大きな神輿が3基あるはずですが、どこをうねっているのやら。法被姿の人に聞いても分かりません。
ここでも小さい神輿を担ぐ人々が
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犬にも鉢巻き、祭りが大好きなダックスフンド
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お腹もすいてきて、屋台の食べ物を買って食べながら写真を撮りました。

担ぎ手も腹ごしらえ
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午後から芝居のスタジオのある志茂までは近いのに不便で、2回乗り継いで行きました。

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Nostalgic Journey (2)

前回の続きです。同級生Hくんの店の地図で私の住んでいたところを確認しました。

昔からの街道は同じですが、電車が高架となり、駅が移動したため、辺りはすっかり変わってしまいました。変わらず角に郵便局はありましたが、交差点が広くなり、上を電車が通っているので、どのみちを曲がるのか全く分かりませんでした。

地図を見ると、懐かしい姓が並んでいます。ほとんどの家は引っ越しせずに暮らしていたのです。Moさん、Uさん、Muさん、Snさん、Smさん、今どなたが住んでいるのでしょうか。

玄関先を掃いている女の人がいます。「どちらをお探しですか」と声をかけてくれました。「Muさんのお宅はどちらですか」と尋ねると、「うちです」とのお答え。Muさんちは母が一番親しくしていただいたお宅で、三姉妹でした。真ん中の同学年のKyoちゃんは結婚して横浜にお住まいと知っていました。お会いできたのはよく遊んでもらったおねえさんのKさんでした。

ここでもご近所の消息をお聞きしました。大変お世話になったMuさんのお母さんは2年前に他界されたとのこと、そしてご近所の小母さんたちはもうどなたもいらっしゃいませんでした。不義理をしているうちに、誰もいなくなってしまった。。。

Uさんのお宅から覗くネコちゃん
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Uさんちはおねえさんが、Snさんちは弟さんが家を継いでいるとのこと。この地域で同学年が5人いたのですが、この地に残った人は誰もいませんでした。Muさんの写真を撮らせていただきました。

辺りはうっそうとした草が生い茂っていたのに、すっかり整備され、会社のビルがたくさんできていました。
地元の中学校は生徒数日本一だそうで、立派な大きな校舎にスポーツ部の活躍の横断幕がたくさん掲げられ、音楽室から歌声が聞こえてきました。広〜い校庭を一周して歩きました。田舎でもこんなに広い校庭を持つ学校は少ないだろうと思いました。

この松の木は私の記憶するかぎりありました。
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昔は駅まで7〜8分かかったと思うのですが、今じゃ3分ぐらい。こんなに便利じゃ、みんな引っ越さないわけです。駅のプラットフォームから見るとほんとに駅のすぐそばです。
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まだまだ会いたい人もいるので、またいつか再訪しようと思います。でも、こう道(地図)の記憶がなくて、探し出せるのでしょうか。。。。

Nostalgic Journey

この春、長い闘病生活を送っていた旧友が亡くなりました。会いたいと思っていながら、とうとう会えることなく。奥様から正義感あふれる人だったこと、誠実で優しい家庭人だったというお手紙をいただきました。

思えばこのブログを始めてから、親しかった友がもう数名向こうの岸へ渡っていきました。平均寿命を考えればあまりに早い別れです。なんらかの出会い、ふれあいがあって、私の心に何かを残して、逝きました。

心の中に引っかかっているものの、ずっと不義理をして会えずにいる人がたくさんいます。人と会うことを優先したいと思いながらも、もう連絡先も分からなかったり、あまりに唐突すぎて、連絡しにくかったりしています。

今日思い立って私は生まれ育った町へカメラを持って出かけました。といっても電車で数十分のところです。でも、その町を出てもう40数年経ちました。両親は東京下町生まれ、戦後この町へきたそうです。

駅は移動して高架になり、駅前はすっかり変わり、面影もありません。
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通った小学校がどこにあるのかも分かりませんでした。駅で案内図を見て歩き始めました。すぐに小学校がみつかりました。田舎だったら、懐かしい校舎が見えるのでしょうが、我が家の子供、孫たちの小学校と同様の校舎で、かつての面影もありませんでした。
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卒業生だと言ったら、中に入れてくれました。
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特殊学級(卒業後にできた学級)が校庭でこじんまりと運動会をしていました。見ている人はなく、全員参加です。
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それからお母さんたちが花壇の手入れをしていました。どうして子供たちがしないのかしら。
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小学校を挟んで鳥居が2つありました。あれっ!神社がこんなに小さくなっちゃったのと思って先生に尋ねると、学校の敷地に沿って歩くとありますよとのこと。
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ありました!。
お祭りや盆踊りをした懐かしい神社です。学校はすっかり変わってしまっていたけれど、神社は面影を残していました。

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この神社の塀は私の子供の頃から変わっていません。
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神社でお祈りをしている男性が写真を撮っている私に話しかけてきました。
この狛犬は珍しいそうです。砲弾を抱えています。戦争前に造られたものなのでしょう。
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この男性に子供の頃この辺に住んでいた、まだ同級生がいるはずだと話しました。彼が同級生の一人のお店を案内してくれたのです。神社の左にあると思っていた店は右にありました。そして彼は店番をしていたのです。

以前のクラス会から15年振りとのこと。肉付きが良くなりずいぶん変わりました。地元に残った彼はいろいろな人の消息を地図を見ながら、教えてくれました。びっくりするような話も聞きました。亡くなった方もいました。

またみんなで会いたいねと話し、彼の店を後にしました。

泣き相撲 at 神鳥前川神社

5月5日に近くの神社で泣き相撲が行われています。1歳前後の裸ん坊の赤ちゃんが可愛くて、毎年見に行っています。

こんな若いお相撲さんが数名
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本殿の前で泣き相撲の始まりです。
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この日赤ちゃんは泣かされっぱなし。知らない大きなおにいさんに抱かれ、大きな声で脅かされ、泣くまで変な顔をされるのですから、受難の日です。
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鯉のぼりにも見守られていました。
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やっと土俵から下りるとまたまた泣かされ、
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お気に入りの赤い長靴を履いて、ちんまりお座りしてお供えみたい
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手形を取って
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お姉ちゃんのところへ戻ってきても、まだ大声で泣き続けました。
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今年もたくさん赤ちゃんが集まりました。
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健康で大きく育ってとおじいちゃん、おばあちゃんも駆けつけていました。赤ちゃん、万歳!

でも、夜泣きしないといいけれど。。。

『LOVELESS ラブレス』by 桜木紫乃

『ホテルローヤル』に続く、桜木紫乃(1965)の「ラブレス』(2011)を読みました。しみじみとした余韻の残る、何とも味わい深い作品でした。読了後、いつまでもこの百合江の人生、百合江の家族の世界に浸っていました。そして、もう一度後半部分を読み返してしまいました。

桜木は2013年『ホテルローヤル』で直木賞を受賞したが、本書はその前年度直木賞候補となった作品。

「謎の位牌を握りしめて、百合江は死の床についていた――。彼女の生涯はまさに波乱万丈だった。道東の開拓村で極貧の家に育ち、中学卒業と同時に奉公に出されるが、やがては旅芸人一座に飛び込んだ。一方、妹の里実は道東に残り、理容師の道を歩み始めた……。」

現在の出来事から始まり、過去にさかのぼり、現在と過去が交錯しながら展開されるので、始めは人間関係が分からず読みにくい。まず、序章、舞台は『ホテルローヤル』同様、釧路。序章にこの作品のすべてが凝縮されている。

清水小夜子(百合江の妹里実の娘だが、夫の愛人の子、市役所勤めで45歳独身で、妊娠中)と従姉の杉山理恵(百合江の次女、新人小説家、札幌在住)。二人とも母親とは疎遠になっている。そんな理恵が母親百合江と連絡が取れないと小夜子に連絡し、里実と一緒に百合江の部屋へ行くと、百合江は病の床に臥せっていて、もう話ができない。百合江は「杉山綾子」の位牌を握りしめていた。そして、そこには一人の老人がいた。という場面から始まる。

二人の従姉同士は百合江の病床で「百合江は不幸そうな感じがしない」と話す。

極貧の北海道の開拓暮らし。百合江、里実の母ハギは文盲で、父親は酒浸り、3人の弟があり、7人の地を這うような暮らし。そんな暮らしの中、百合江はドサ周りの旅芸人一座の歌手に憧れ、弟子入りを切望し、奉公先を飛び出す。数年後その一座が解散し、女形の宗太郎と東京へ出て流しをし、旅生活を送る。だが、百合江が身ごもり、出産する段になると、縛られた生活のできない宗太郎は姿を消し、百合江は釧路の妹里実の元で出産する。(その子が位牌の綾子)その後里実の口利きで綾子を連れて再婚し、次女理恵を生むや離縁される。出産のため夫に預けた綾子が消える。泣き暮らした中で立ち上がり、一人で旅館で仲居をしながら歌を歌って祝儀を得たり、仕立てをしたりして、娘理恵を育てる。

妹里実は利発で口八丁手八丁のやり手だが、母ハギも百合江も必要なことすら言わない、語らない。ひたすら目の前のみを見て働き続けた。百合江は父が死んだ時、ハギを引き取る。そのハギは孫理恵に字を習い、理恵にだけ自分を語る。

旅一座の座長は宗太郎を柳のように折れず、「たくましくどんな強い風にもしなやかに吹かれてくれる」という。私には先のことは考えられない百合江こそ柳のようだと感じる。百合江は自分が不幸かどうか考えるよりも先に、その都度、日々に折り合いをつけて、懸命に生きる強さがある。そして、私はなぜかそういう人が好きだ。

百合江の人生に次々と大波が襲う。本書の最後のまとめはちょっとやり過ぎ。いくら何でもねえという感じ。それから3人の弟が何ともひどい。女(百合江と里実)は極貧の家から出られたから、人間性を失わずにすんだが、貧困に縛られた長男はとこんなに荒んでしまうといっているのか。最後の結びが納得できるもので、さらにもう少し枝葉が切り落とされていれば、本書が直木賞を取ったのではないだろうか。

それにしても、なぜタイトルが「LOVELESS」なのかな?
とにかく、お読みになってみてください。

作者桜木は開拓三世。百合江たちが暮らした開拓小屋は桜木のおばあちゃんの家そのままだそうです。この作者にとても興味があります。

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引地川 鯉流し

鯉のぼりは五月の空に子供たちの成長を願って泳ぎます。引地川の鯉のぼりはコイと同じように川の中を泳ぐのです。
昨年Mさんの写真を見て、一度見てみたいと思っていました。

鯉流しの準備が見られるというので、4日、引地川のほとりにある円行公園(湘南台駅から徒歩7〜8分)に行ってみました。とても手作り感のあるローカルなイベントでした。

円行公園は流す鯉のぼりの準備と我が子の名前をつけて流す鯉の申し込み会場になっていました。
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橋の上から鯉のぼりを降ろします。
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川にも空にも鯉を泳がせます。
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橋の上も川縁もカメラマンがたくさん来ていました。顔見知りの人に何人もお会いしました。
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鯉をセットしていた男性、とうとう鯉のぼりの中を泳ぎ始めました。水もそれほどきれいじゃないのに。市会議員だそうです。
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注文のあった「ボクの鯉」の名前がよく見えるように結び直してくれていました。
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テッセンがきれいに咲いていました。
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塩船観音寺つつじまつり&火渡り荒行

ゴールデンウィーク後半初日、青梅にある塩船観音寺へ行きました。青梅線河辺(かべ)駅から臨時バスに乗りました。バス停から徒歩7〜8分。高尾山の火渡りは何度か見たことがありますが、塩船観音へ来たのは初めてです。

http://www4.ocn.ne.jp/~kannonji/index.html

塩船観音寺本堂(観音堂)
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火渡り荒行をする修行僧たち
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行事を撮影するには遅すぎました。もう観客の列は何十にもなっていました。そこでつつじの山を上っていきましたが、そこも人人人。
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一面つつじの山 行事会場はつつじの山のすり鉢場になっている船底で行われます。
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神事が始まっています。
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点火しました。煙がモクモク
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つつじ越しに行事を撮影
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山の上でお弁当を食べながら観覧する人々
いい撮影場所でもないので、同じところで撮っても背景が同じ。場所を移動することにしたら、もう行事は全然見えなくなってしまいました。

山の頂上の観音様
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火渡りが始まりました。なんとお仲間のTさんが火渡りをしていました。
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老いも若きも
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靴を持って、足を運びます。熱いんですね。
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やけどを冷やし、汚れた足を洗います。
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外国人家族も
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つつじの花
ゴヨウツツジ
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オオムラサキツツジ
<br"DSC_4082_convert_20140509131030.jpg" border="0" width="370" height="246" />

いいお天気で夏日でした。

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『海賊とよばれた男 上』by 百田尚樹

本書は2003年本屋大賞を受賞した本です。百田尚樹の作品を読むのは『永遠の0』以来です。

この間都知事選があり、立候補した田母神俊雄を応援し、演説で他の候補を「人間のくずみたいなもの」と発言したなどの「事件」がありました。ああこんなレベルの人なんだと、なんか読むのが嫌になっていましたが、長いこと待って入手したので、読み始めました。

「「ならん、ひとりの馘首もならん!」--異端の石油会社「国岡商店」を率いる国岡鐵造は、戦争でなにもかもを失い残ったのは借金のみ。そのうえ大手石油会社から排斥され売る油もない。しかし国岡商店は社員ひとりたりとも解雇せず、旧海軍の残油浚いなどで糊口をしのぎながら、逞しく再生していく。20世紀の産業を興し、人を狂わせ、戦争の火種となった巨大エネルギー・石油。その石油を武器に変えて世界と闘った男とは--出光興産の創業者・出光佐三をモデルにしたノンフィクション・ノベル。」

本書上巻は第1章「朱夏 昭和20年〜昭和22年」の敗戦直後の経済混乱期の国岡鐵造の血のにじむような奮闘努力の時代と第2章「青春 昭和18年〜昭和20年」の国岡が生まれて起業して、石油会社を大きくしてから終戦までが描かれている。

骨太で気骨あふれる、並外れたスケールの大きな男のお話です。読みやすく、面白く、あっという間に読み終えました。会う人を魅了する「人たらし」。息子の家庭教師をした鐵造の人柄に惚れ込み、起業するという鐵造に何も言わずに財産を処分して資金を提供する日田重太郎。日田はとことん鐵造を支える。

人の何倍も働く国岡と国岡商店の店員たち(社長は店主、社員は店員と書かれています)。軍隊もびっくりするくらい統制の取れた機敏に動く組織。よく史実を調べて書かれているので、状況がよくわかり引き込まれます。

しかし、彼に敵対する人物はすべて「悪」として描かれており、それがこの本をつまらなくしています。結婚12年目に子供ができなかったために、鐵造の元を去る妻。当然夫婦の機微があったはずですが、こうした部分の掘り下げが乏しい。

モデルとなった出光佐三の興した出光興産は、福岡県門司で石油小売を業とする「出光商会」として1911年(明治44年)に創業された。1940年(昭和15年)に現法人が設立され、戦後高度経済成長の波に乗り、石油の輸入・精製を手がける民族資本の元売大手として発展した。2000年代前半まで、サントリーなどと同様、“非上場の大企業”として知られていたが、時代背景から開かれた企業を目指すべく、2006年(平成18年)10月24日に東京証券取引所一部に上場した。
創業時より上場前まで「大家族主義」という日本的経営を標榜し、タイムカードや定年制が無かった(勤務時間管理及び定年制は、数年前より導入)。また、上場まで長らく資本金10億円という過小資本状態であった(但し相対する負債も創業家及び創業家関係会社による劣後債務であり過小資本とは断言できない)。(WIKIによる)

ゼロ戦から降り立ち、敬礼する『永遠の0』の宮部もちょこっと出てきます。

出光にお勤めの知り合いから「非上場、家族主義」という社の方針をお聞きして独特な会社と知っていました。いま出光は東証1部に上場し、社風は変わったのでしょうか。
自ら前向きに仕事に取り組めるよう、目的意識を持って働く国岡商店の店員たち。鐵造の家族主義がなかったなら、国岡商店は3Kをものともしない社員を酷使する「ブラック企業」すれすれ。いまの成果主義を追い求め、殺伐とした企業の実態を鐵造が見たら、何というのでしょうか。

そして出光美術館には鐵造の愛した仙厓をはじめ陶磁器、書など素晴らしいコレクションがあります。私の大好きな美術館の一つです。

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