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蓮田

この夏、蓮を3カ所で見ました。

上野不忍池の蓮 朝早く行きました。

弁天堂
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スカイツリー
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蓮池の生き物たち
スズメ
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トンボ シロとクロがくっきりしているけど、これもシオカラトンボかしら?
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ちっちゃなカメ
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コイ
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町田市の薬師池公園で国際サロン写真展をやっていたので見に行きました。
あまりに暑くて蓮の花はちょっとだけ 薬師池の蓮は大賀ハスと呼ばれる古代ハスです。私には不忍池のハスとの違いがよくわかりませんでした。
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暑い中、おじいさん、えらいなあ。夏休み、公園で男の子の相手をしてやっているおじいさんを多く見かけます。
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それからベトナムで見たハス
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よく朝早く蓮の花が咲く時ポンという音がすると聞きますが、私は一度も聞いたことがありません。真偽のほどは???

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『知の逆転』by J.Daimond, N. Chomsky, O.Sakcs, M. Minsky, T. Leighton, J. Watson and 吉成真由美

ジャレド・ダイアモンドとノーム・チョムスキーの2人の名前に引かれて、この本を読み始めました。NHK出版新書

これはなにやら新聞のインタビュー欄のようです。
吉成真由美氏が現代の知の巨人とも言われる6人に行ったインタビューです。その抜粋は2010年8月から2011年12月までに雑誌『中央公論』に掲載されました。2012年に追加インタビューを行い、加筆、編集を加えたものと知って納得。

6名それぞれたくさんの著書があり、それに基づき、質問をしている訳ですがが、それぞれの本のダイジェストのようなもので、ここでさらにダイジェストをするなどできません。そこで、この6人の紹介を抜粋するにとどめたいと思います。

ジャレド・ダイアモンドー「文明の崩壊」(「 」は各章のタイトル)
カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授。ベストセラーとなった『銃・病原菌・鉄』著者で、「西洋の覇権が、民族の能力の違いのよるものではなく、単なる地理的な有利性の結果に過ぎない」「文明は、わずかの決断の誤りによって、もろくも崩壊する」と見抜いた。

「現在のように消費量の格差がある限り、世界は不安定なままです。ですから安定した世界が生まれるためには、生活水準がほぼ均一に向かう必要がある。たとえば日本がモザンビークよりも100倍も豊かな国であるということがなくなり、全体の消費量が現在より下がる必要があります。」

ノーム・チョムスキーー「帝国主義の終わり」
MIT名誉教授。言語学者、「すべての言語には共通する数学的な普遍文法があり、人はそれをあらかじめ持って生まれてくる」という生成文法を提唱した。ベトナム戦争以降、反戦、反暴力の姿勢を貫いて、「エリートは必ずや体勢の提灯持ちに堕する」と米国の覇権主義を批判してきた。

「生物学でノーベル賞をとるような人は、論文を片端から読むような人ではなく、何を探すべきか、何が大事か、ということがわかっている人です。(中略)世界事情も同じで、垂れ流しの情報があってもそれは情報がないのと変わりません。何を探すべきか知っている必要がある。そのためには、理解あるいは解釈の枠組みというものをしっかり持っていなければならない。」

チョムスキーの生成文法のさわりを勉強したことがありますが、難しかった。さわりだけだったからいけなかったのかな。。。

オリバー・サックス−「柔らかい脳」
コロンビア大学メディカルセンター脳神経科医、神経学、精神医学教授。『レナードの朝』の著者。
あくまでも個人に寄り添うことで脳障害のそれぞれのケースに、限りない深い個人の物語があるという。音楽は人を救う力があるといい、「人間の声には人生の記憶や感情を呼び戻す力があるという。

重要なことは先生と生徒の間のポジティブな関係だと思います。そして、もちろん情報を教えることも重要ですが、最も生徒を生き生きと興奮させるのは、先生の情熱です。(中略)もっと積極的に好奇心や想像力、心の自立ということを刺激するべきだと思います」

マービン・ミンスキーー「なぜ福島にロボットを送れなかったか」
MIT教授。人工知能の創設者。コンピューター科学者。「膨大なメモリー力にばかり頼って方向を誤ったために、役に立つロボットを福島に送ることができなかったと、現在のコンピュータ研究を批判する。

トム・レイトンー「サイバー戦線異状あり」
MIT応用数学科教授。ネットワークへのアルゴリズムの応用における世界的権威。数学者として、自らの理論を実践すべく、インターネットのインフラを一手に引き受けている。

私もレイトン教授の設立した会社「アカマイ社」(誰も知らないインターネット上最大の会社だそうだ)にサーチするたび、日々お世話になっているらしい。

ジェームズ・ワトソンー「人間はロジックより感情に支配される」
分子生物学者、ノーベル生理学、医学賞受賞。25歳でDNA二重らせん構造の解明と題するたった1ページの論文でダーウィンに並ぶ偉業を成し遂げた。科学という視点から、人間の本質を鋭く、現実的に見据える。

「本来、人はみなそれぞれ異なっているのに、同じだとみなさなければいけなくなってきている。同時に、あるもののほうが別のものよりもいいという言い方は避けて通るようになってきてもいる。だから、どの花も全て同じように咲くんだという。ごまかしです。」

特に面白かったのがチョムスキーとワトソンのインタビューです。6人に共通する「限りなく真実をもとめて」という姿勢。

推薦図書をそれぞれに尋ねていますが、答えた人と、答えられないと答えた人、またはSF以外の本は読まないと答えた人などがいました。
推薦図書の中からまたはその著書から読みたいと思ったのはダーウィンの『種の起原』とワトソンの『二重らせん』です。

科学に疎い私ですら、すぐ読めましたので、ぜひお読みください。

私はジャレド・ダイアモンドの『昨日までの世界』が入手できたので、明日から読もうと思っています。大作のようなので読了できるかな。。。

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ペット

先週はかいくんのお世話に行っていました。

かいくんのうちはかいくん(1歳半)、こうくん(4歳)、それより前からいる大きなアメリカンショートのモモ、最近もらった子猫のミミ。それに熱帯魚数匹とカブトムシ(ふりかけの瓶かと思ったら、カブトムシが入っていた)がいます。さらにマンションのベランダには植物がいっぱい。

悠然としているモモ
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まだ母親恋しくて自分の肉球を吸うミミ 人の手もよく吸っていて不憫になります。母親のネグレクトで他の兄弟姉妹は死んでしまったそうで、ミミだけが助かって、かいくんちにもらわれてきました。
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行くたびに何かが増えているようです。

パパもママも働いている上に子供も手がかかる年なのに、こんなに生き物がいるのですから、その世話だけでも大変です。

太っちょのモモもがっつきなミミもあっという間に餌を食べ終えてしまいます。ミミはまだ小さくて、どこかに隠れて寝てしまうと見つかりません。起きていると飛び跳たり、走り回ったりしていて、食卓に食べ物を並べると跳んできて、お皿に顔を突っ込み始めます。時にかいくんにひどい目に会わされて、ギャと泣いたりしています。

かいくんとミミ
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かいくんの椅子に座るモモとミミ
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飼ってしまえば、みな家族。どれもかわいいのでしょうが、忙しいのによくやるなあと感心してしまいます。「子供にいいと思って」とはパパの弁。パパは子供の世話をはじめ、よく面倒をみていて感心します。えらいなあ。


そして我が家はと言えば、ネコ、ムギが一匹います。人馴れしないアビシニアンで夫にしかなつきません。お客があると2階に上がったきり姿も見せません。面白い格好をしていることもないため、めったに写真を撮ることもありません。今日もカメラを構えても。。。。

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手足口病

手足口病に罹りました。これは子供の病気と誰もが思っていると思いますが、大人も感染するんです。

先週の月曜日(12日)の晩、かいくんが熱があるので、明日保育園に行かれなかったらお願いという電話がありました。

火曜日、かいくんは熱があって保育園に行かれないということでした。鼻を垂らしているので、風邪だと思いました。娘が帰宅後お医者さんに連れて行きましたが、お盆でどこも休院でした。

水曜日、朝保育園に行かれる程度の体温(37度3分)で登園しましたが、案の定、呼び出しがかかり、パパもママも忙しかったので、急いで保育園に引き取りにいきました。先生から手足やお腹にボチボチができているので、手足口病だと思われますと言われました。パパが夕方救急で成育医療センターへ連れて行きました。やはり手足口病と診断されました。娘が喉が痛いとダウン。発熱です。

木曜日かいくんよりママの方が具合が悪そうです。熱も次第に上がって39度以上ありました。かいくんは微熱。

金曜日、娘から発疹が出たので、手足口病だというのです。

私は土曜日の午後プールに行きました。夜何やら喉が痛い。。。

日曜日、発熱、7度6分ぐらいだけど、だるくて、体中痛い。夜中からだがだるく、かゆくて寝られない。電気をつけると両腕に発疹が出ていて、私も感染したと分かりました。

今日は火曜日、私は娘のように重篤化せず、落ち着いたようです。月曜日はずっと微熱が続き、体中が痛く、だるく、うつらうつらしていました。発疹もそれほどたくさんでませんでした。喉の痛み、鼻水など風邪の症状とよく似ていますが、通常の風邪より不快です。かいくんが不機嫌だった理由がよくわかりました。気分が悪かったんだよね。

今年手足口病は昨年の10倍の患者数で大流行だそうです。タオルの共用を避け、こまめに手を洗うのが予防だそうです。みなさまもご注意ください。

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ベトナム旅行 11 ( 雑記)

15年ぶりのベトナムでした。以前ゆっくり回ったホーチミンもちょっと覗いただけだし、同じところを回った訳ではないので、一概に比較はできないのですが、ベトナムは確実に豊かになっていました。

「積ん読」だったベトナムの本を持参しましたが、結局4分の1しか読めませんでした。帰国後読もうと思ったのに、まだ読んでいません。

バイクの数は以前同様圧倒されるような数でしたが、以前はバイクが埃まみれだったのにきれいになっていました。多分それは道路舗装が完備したからでしょう。それに軽トラでもバイクでもバスでも一台に乗っている人の数が減っていました。

バイク数が多いからか、車はあまり多くありませんでしたが、これから車が増えるのでしょうか。

人々はカメラをも向けて、写真を撮ってもいいかと聞くと柔らかい笑顔をこちらへ向けてくれました。人々は親切で、人懐っこい。裸足が好きで、履物をどこでもすぐ脱いでしまいます。それに円錐形のわら帽子は相変わらず現役でした。同行の何人かはそれを買ってかぶっていましたが、快適とのこと。日差しを避けるのにちょうどいいのかもしれません。

商品の価格は相変わらず交渉次第なので、面倒であまり買い物もしませんでした。1ドル2万ドン。市場ではドンが必要ですが、他の買い物はドルでできます。お釣りは繰り上げ計算で端数は戻ってきません。桁数が大きすぎて、高いのやら安いのやらわからなくなってしまいます。。。。2000年ごろには、1円=約130ドン程度だったのが、現在では1円=約215ドンほどです。日本企業が中国から撤退してベトナムやミャンマーなどへ軸足を移しています。東南アジアの国々は政治も経済も変化が大きいので、どうなるのでしょうか。

ニャチャンでスーパーに行きました。アメリカ風のスーパーで、ここは定価販売で、クレジットカードが使えました。きっと価格は市場より高いのでしょうが、きれいで買い物がしやすかったです。ここでニュクマムや春巻きの皮などを買いました。

ベトナム料理はもとより好きですが、中国料理よりはるかに食べやすく、美味しく、今回水に要注意の国で初めて胃腸を壊さず、帰国できました。

いくら調べてもよくわからないのがベトナムの乾季と雨季。南北に長い国なので地域によって違うようです。ホーチミンは雨季だったようです。情報では5月〜10月が雨季となっていますが、ホーチミンで出会った長めの豪雨は珍しいとのことでした。飛行機で一時間離れたニャチャンでは10月から12月が雨季なので、7月は乾季だったらしい。

訪れた漁村の家々も立派な作りの家が多かったのですが、裏路地には日常のゴミが放置され、衛生状況がいいとは言えませんでした。ゴミは気にならないのか、このギャップが不思議なところです。

くわえ煙草で仕事をする男性が多いのに気がつきました。世界保健機関(WHO)によると、ベトナムは男性の約半数が喫煙する、世界で喫煙率が最も高い4カ国に入る、タバコの価格が安く、世界最低水準に近いことが原因だそうです。

ベトナム人の80%が仏教(大乗仏教)で、フランスの統治下にあったことからカトリック教会もあちこちで見られます。訪れた遺跡はヒンドゥ教でした。家々に神さま(?)を祀ったものが多く見られ、信仰心が厚いと思いましたが、あれは仏様だったのでしょうか。聞きそびれてしまいました。

次は農村に行ってみたいと思いました。

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ベトナム旅行 10 (5日目 白い砂丘からホーチミンシティーへ)

ファンテッットのホテルを早朝出発し、4時40分に白い砂丘に着きました。
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何と先客がいて、薄暗い夜明け前からバイクが爆音を立てながら砂丘を乗り回しているではありませんか。砂丘の夜明けの静寂や風紋を撮影するどころではありません。やはり観光地なんですね。人が次第に増えてきます。

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こうなったら撮る対象を変えるしかありません。実際のところ、風紋をどうやって撮ったらいいかよくわからない私としてはバイクが走っている夜明けの砂丘は結構面白いものでした。場によって判断するって写真の面白いところですね。

刻々と変わる朝焼けの空もきれいでした。
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朝焼けにシルエットがぼんやりと浮かび上がります。
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だいぶ明るくなってきました。
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家族でバイク
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白い砂丘に生き物の足跡が
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砂丘の近くには蓮が見られました。日本の蓮より力強さを感じさせます。
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近くの農家の庭先には
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ホテルに戻ってチェックアウト。バスでホーチミンへ向かいました。

バスの中では講師が撮影のレクチャーをしたり、質問を受け付けたりしてくれました。私はこの時講師の後部座席にいて、いろいろ伺うことができました。(連日の早朝起床で、寝ている人が多かったです)たくさん撮った写真の保存管理の仕方など、プロならではの工夫に感心することばかり。デジカメができて、プロとして生きるのは大変と日頃から聞いていましたが、どんな場合でも顧客の要望に合わせて、的確な写真を撮り、きちんと納期に間に合わせるのが本当に大変なんだと知りました。

ホーチミンに到着。ベンタイン市場へ行きました。いつも大きな市場では撮影じゃなくて買い物客となります。
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市場を出て、ドンコイ通りに入ると突然の土砂降り。前も見えない大雨。カメラを構える人もいましたが、いい写真が撮れたのかしら?

私は無精してバスの中から
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汗にまみれて飛行機に乗るのかと思っていましたが、夕食前に1時間ほど時間を取って、シャワーと足つぼマッサージを受けることができ、さっぱりました。

Indochinaレストランで懐かしい生演奏を聴きながら晩ご飯を食べました。皆さん、かなり個性的な方が多かったですが、無事に和気藹々と旅行することができました。年配者が多かったからか、時間の5分以上前には全員揃っていて、いつも定刻より早めの出発となっていました。

1ヶ月後、写真の講評会があり、再び近郊に住む10名が新宿に集まりました。

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ベナトム旅行 9 (4日目 2 赤の砂丘)

ホテルに戻り朝食(ファンティットで泊まったパークダイアモンドホテル)
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部屋の窓から見るとこんな素敵なプールが二つ。
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ニャチャンのホテルでも泳げなかったので、泳ぎたいと思っていましたが、泳いでいるのは子供だけ。

町を散歩するという提案があり、暑い中歩くかプールで泳ぐか葛藤の末、散歩を選びました。

警察署を通るとこんな道路標識の一覧表がありました。
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歩道で子供達がボール遊びをしていました。
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路上でTOTOのようなくじを売っていました。ケースの中には神さまがいました。お祈りして買うと当たるかしら。
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公園を通るとハンモックでお昼寝。いいなあ。
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ちょっと休憩した後、バスに乗って海岸沿いのレストランCay Bangでランチ
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こんなカニが一人一匹。美味しかったです。
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ちょっと休憩 お茶が飲めるところではハンモックで昼寝をするスペースがあり、ずらっとハンモックが並んでいました。
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砂漠は観光地のようでたくさんに人の足跡だらけ。赤い砂です。
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ベトナムは空と雲がとてもきれいでした。
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赤い砂を下りてくる親子
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雨が降ってきそうな黒雲。なんとか天気は持ちこたえました。
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ホテルで夕食。 

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ベトナム旅行 8 (4日目 ファンティットの漁港)

もう帰国後一ヶ月以上過ぎてしまいました。何かと忙しくて写真を整理する時間がなくって。。。
早く書かなくっちゃ忘れちゃう。

4日目も朝早く起きて、小雨降る中、ムイネ岬へと向かいました。

海で働く人々は朝早くから仕事をしています。

お椀の舟でこれから沖の船まで獲れた魚を受け取りに出ます。
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空は
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反対側の空が明るくなっていたので、間もなく雨が上がるでしょう。
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雨宿りをしながら、戻ってくる舟を待っている女性達
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お椀舟が魚を積んで戻ってきました。
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朝が早いので、仕事をしながらお食事。ベトナムの女性はよく働きますね。
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お椀舟の背で唐辛子を干しています。
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子供達も遊んだり手伝ったり。みんな笑顔です。
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商いも成立。ベトナムの貨幣ドンは1米ドル約20000ドン。単位が大きくて滞在中慣れませんでした。

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その後市場へ行きました。川を背にお店を出しています。
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このおばさんから私はマンゴスチンを2ドル半で買いました。15個以上ありました。手で割って食べられます。中身は乳白色です。
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1988年頃266%というインフレを経験し、その後数年間、二桁のインフレがあり、日本に来ていたベトナム人は貨幣を信用していませんでした。貴金属を身につけている子供達も多かったので、びっくりしたことがあります。持っているお金(円)を金のアクセサリーに替えてしまうので、日本ではお金で持っていた方がいいと思うよと話しました。

今も8%のインフレだそうです。

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『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』by 村上春樹

またまた旅行記を中断して、村上春樹の話題作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Colorless Tsukuru Tazaki and His Years of Pilgrimage』です。発売当初は図書館の予約機能も停止させた人気作をTさんが貸してくれました。一気に読みました。


主人公多崎つくるは36歳。高校時代の固い絆の5人(つくるを除く他の4人の姓には色があり、男性はアカ、アオ、女性でシロとクロでお互い色で呼び合っていた。)から理由も告げられることなく、大学2年の夏に突然絶縁されて、それから半年自己喪失状態となり、死の淵をさまよった。16年経ってもそんな過去を心のどこかで引きずるつくるは年上のガールフレンド木元沙羅に過去を無視せず、直面すべきだとうながされ、16年ぶりに4人の仲間を訪れる。この年が「彼の巡礼の年」。

つくる達は名古屋の高校生。どうして名古屋が場面なのだろうか。村上は京都出身、兵庫県で育っている。

筋だてそのものは、前回読んだ駅伝の『風が強く吹いている』同様のあまい懐かしい青春小説のようでもあるが。

主人公つくるは東京に進学し自由が丘に住み、高校時代から好きだった駅の設計を勉強すべく、東京工業大学?に進学する。完全な共同体だと思われた4人に絶縁され、外見も見分けられないほど変貌し、死の淵から浮上する。大学時代にも灰田(シロとクロの中間色)というまた色の名を持つ友達もできる。この友達も何も言わずにつくるから去っていく。

つくるは鉄道会社に就職して駅を「作る」仕事をする。真面目であまり感情を表出しないつくるは人間関係も希薄だ。

そして36歳になった主人公は、恋人に励まされて、封印されていた歴史と向き合おうとする。明らかになっていく衝撃的な事実。

本書は東日本大震災と津波、原発事故の後に書かれた本です。しかし村上はあえて直接的には何も語っていません。村上特有の乾いた文体で、痛みを抱えつつも、形あるものをつくることで、前に進んでいこうとする人間の姿を描いていて、爽やかでもあります。

バックに流れるクラシックやジャズ(ジャズピアニストは緑川)、それにプールで泳いでいるときの静寂、それぞれの持つ色彩と色彩を持たないつくる。それぞれのエレメントが際立っています。読後私にはどれも曖昧なままですが、そのどれも淀んだものではなく、余韻の残る小説です。

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ベトナム旅行 7 (3日目 漁港)

3日目も早く起きました。

明け方のホテルの部屋から
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朝5時、魚市場のある小さい漁港へ行きました。
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まだ薄暗い市
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その足で渡し船でニャチャン近くのミウ島へ渡りました。そこは小さな漁港と漁村がありました。

ベトナムの小学校は夏休みです。島にきれいな小学校があり、制服を着た人懐っこい子供たちがいました。
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島の床屋さん、開店準備です。
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島(田舎)の人々は私生活を隠そうとしないようです。それで、朝からお昼寝の子をちょっとパチリ
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家族でテレビ、朝ドラかしら?
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再び漁港前の市から船に乗って本土に戻り、ホテルで朝食を取りました。
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9時、ポーナガル遺跡に行きました。この遺跡には1つの祠堂と3つの副祠堂があり、主祠堂は9世紀、副祠堂は10世紀から11世紀にかけて建てられたという。主祠堂は女神、左側の副主祠堂は夫、その左側は子供の神、奥は父母の神が祀られているそうです。

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遺跡の前からはカイ川とニャチャンの市街が一望。
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遺跡に中でこんなダンスが行われていました。
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踊り子さんとモデルさん
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ホテルに戻りチェックアウトしてから、Nha Hang Ngoc Trai で昼食。それから次の地、ファンテットへと長いバス移動となりました。高速道路がないので、町が近づくと30キロぐらいにスピードを落とします。

途中牛や羊の群れを見付け、バスを降りました。
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牛を飼う人々
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草を食む羊たち
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途中で立ち寄ったホテルのトイレにこんなものが。vomitng,こんなものが必要なほどベトナムの人はよく吐くのかしら。何も便器に形をしていなくてもいいのでは。。。
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夏空が広がっています。上空は風が強そうです。
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突然俄にかき曇り大雨になりました。
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250キロ、4時間と聞いていましたが、7時間ぐらいかかりました。夜8時Park Diamond hotelに到着、夕食をとって部屋についたのは9時半。
明日も朝早いですzzz

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