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ダルマ市

1月28日、昨年に引き続き、麻生区の木賊(とくさ)不動尊のダルマ市に行ってきました。
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人の数も屋台の数もすごいこと。不動尊の周りの道すべて屋台で埋め尽くされていました。

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ダルマ屋の数も大変なものです。小さいダルマから巨大なダルマまで。去年のダルマを返して,また新しいダルマを買い求めています。
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私も小さいダルマを一つ買いました。
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昨年とちょっと写真の取り方が変わりました。よくなったかどうかわかりませんけど。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

アラ還世代

団塊の世代は60代となりました。私の周辺では最近まで仕事をしてきた人が多いのですが、迷いの時を迎えています。

現役続行の人、退職の準備に入った人、退職し暇なようで毎日慌ただしく過ごしている人,いろいろです。老親介護を抱えている人、子育て支援をしている人、病と伴走している人、趣味に没頭している(?)人、地域活動をしている人などなど。100%の重責を担っている時はしんどいものですが,やはり充実感に溢れています。でも、関わりの比重が軽くなると充足感も今一なのです。

大半の人は老いを感じ、体の不調を訴えながらも元気です。自分で老人の仲間入りをしたと思っている人はほとんどいないでしょう。一方で、10年前と明らかに仕事の処理能力が落ちてきたことを自覚しています。もう大きなストレスは背負いたくないとも思っています。

昨日Kさんと会いました。Kさんは雇われて10年、その後自立して10年、愛してきた仕事をこの春畳む決心をしました。痛いほどその心境がわかります。

吹っ切れて、もう一度一花咲かせる日を捕まえられるのでしょうか。それとも次第に老いていって、現状を受け入れる日がやってくるのでしょうか。

私はと言えば、今、手一杯の忙しさで、これ以上は無理という状態ですが、社会との関わりにおいてこれでいいのかなと思ってしまうのです。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

チヂミ

先日チヂミの素のような韓国産の小麦粉を買ってきたので,今日は海鮮チヂミとスープをつくりました。

粉は500g入っていました。250g使いました。水、たまご、ごま油、塩、白ごまとこの粉を混ぜました。野菜は長ネギ、ニラ、人参、それにキムチ。イカとエビを入れました。たれは,ポン酢、味ポン、砂糖、粉唐辛子、ごま油、ニラ、ワケギでつくりました。2人で残りました。

お味はおいしいのですが、なんかどうしてもお好み焼き風になってしまいます。具を入れ過ぎのるのかなあ。

スープは豚肉、長ネギ、しょうがを炒め、エノキ、ブロッコリー、ワケギで、ごま油、塩、酒で味つけました。

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梅の花 at 砧公園

厳寒の中,もう梅が咲いています。

こうちゃんがひどい鼻風邪で,青い鼻水を流しています。鼻水が流れっぱなしで、拭いても拭いても追いつきません.もう鼻の周りはカビカビ。耳鼻科に連れて行くことになりました。

病院に着く前にもうぐっすりお休み。眠っているところを起こされ,のどを診てもらうにも大泣き。家を出る前おにぎりを握ってきたので,そのまま歩いて砧公園へ20数分。途中ライトバンのパン屋さんでたまごを使っていないパン(こうちゃんはたまごアレルギー)を購入。

冬の公園は人もいなくて寒々しい。ひろ~い公園に時折散歩する老人や大きな望遠レンズを構える男性がいるくらい。自分の視野に人がいない、こんな砧公園は初めて。(息子は千歳船橋で生まれたので,砧公園まで乳母車を押してよく来たなあ。昔の乳母車は大きくて重かった)

もう満開の白梅もあり、
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紅梅も咲いていました。
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遊ぶこうちゃん
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こうちゃんはベビーカーに乗るやまた眠ってしまいました。氷のような冷たい手を出したままで。

夕方テレビを見ながら,こうちゃんとダンスをしました。一緒に踊れというのです。こうちゃんと一緒の時間は眠くなるようにゆったりと時が流れます。私にとって非日常の不思議な流れです。

6時過ぎにおとうさんとおかあさんが帰ってきて、二人でこうちゃんを歯医者に連れて行きました。以前テーブルにぶつけた歯の神経の治療です。その間に私は餃子を作り、一緒に食べてから家に帰りました。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『銃・病原菌・鉄ー1万3000年にわたる人類史の謎 上下』ジャレド・ダイアモンド

原題『Guns, Germs, and Steel-The fates of Human Societies』by Jared Diamond 倉骨彰訳 草思社 2000年

上巻は昨年7月に読み終えているので、半年がかりで読了です。(上巻の詳細はおおかた忘れてしまいました)

同書は先日朝日新聞でゼロ年代の本の中からNo.1に選ばれ、大きく取り上げられた本です。スケールの大きな本ですが、残念ながら読みやすい本ではありません。自説を展開するために繰り返し多様な資料の立証が行われています。

著書のダイアモンドはカルフォルニア大学ロサンゼルス校医学部教授。医学、生理学、進化生物学、生物地理学、鳥類生態学など学際的な研究を行っている学者で、さらに地理学、考古学、歴史学、言語学、人類学などにも踏み込んでいます。
 
同書は97年にアメリカで刊行され、98年度のピュリツァー賞を受賞。研究フィールドはどれも面白そうで、もし高校時代にこの本に出会っていたら,人生が変わっていたかもしれないと思われる本で、影響力の大きな著作だと思います。

ヨーロッパ人がアメリカ大陸やオーストラリアに入植し,征服して行ったが、どうしてネイティブアメリカンやアボリジニがヨーロッパを征服したのではなかったのか。

以下本書から抜粋しながら紹介しましょう。

歴史を振り返ると狩猟採集の民は文字を発達させることはなかった。最初の文字が登場したのは肥沃三日月地帯、メキシコ、中国だが,文字が誕生するには数千年にわたる食料生産の歴史が必要だった。食料が生産されるようになると、人は定着し,人口が増え、より複雑な社会的集団が形成されていった。(ダイアモンドによると,野生植物の栽培化に独自に成功した地域はたった9カ所だそうだ。文字のような難しい発明は伝播によって広がる)食料が生産されるには環境や地形的障壁の少ない地形と地理上の位置が重要だと述べている。

著者ダイアモンドは技術の発達の違いは人の脳の作りに差異によるものではなく、環境に違いのよるものだと繰り返し力説している。

「今日では,南極大陸を除いて,世界のどの土地もいずれかの国に属している。そして,現代社会を統治しているのは,人類史上、どこよりもさきに集権化と宗教の体制化をなしとげた社会の人々の子孫である」
「国家を形成するに至った集団は食料生産によって市民を支えることのできた集団だけである」

「アメリカ合衆国は、多様性において,まったく『ふつうの』国である。」「この土地が,一つの政府によって統治されるようになったのは,たかだかここ100年のことに過ぎない。」ロシア、インド、インドネシア、ブラジルもそうである。

「近年になって政治的に造り出された国ではない,いわば例外的な存在は中国である。(中略) 中国は、紀元前221年には政治的に統一されていた。それ以来,中国が統一されていなかった時代はあまりない。」この中国がどうしてヨーロッパを征服しなかったのかを論じている。中国本土にいた人々が台湾からフィリピン、東はインドネシア,イースター島,西はマダガスカル島まで分布しているオーストロネシア語ファミリーが拡散していった。

日本についても文字、土器、鉄砲伝来に触れて語られている。

また,病原菌については、「人が密集して暮らす社会ではやる感染症の大半は,人々が食料生産を開始し,家畜と日常的に接するようになった約1万年前頃に,元々家畜がかかる病気から変化する形で現れたからである」と今日の鳥や豚のインフルエンザのような病原菌は1万年前から起こっていたのだ。

「ユーラシアがアメリカを征服することにあった直接の要因のうちでもっとも重要なものは病原菌を巡る状況の違いであり、技術や,政治システムや,文字システムを巡る状況の違いであった。」と語っている。さらに「ユーラシア大陸では定住生活がずっと早くから始まっていた.家畜化や栽培可能な野生動植物がずっと多様で,食料生産をより効果的に行うことができた.地理的障壁や生態的障壁が少なく発明や技術が様々な地域に伝播しやすかった」とまとめている。南北であるアメリカ大陸、アフリカ大陸は南北で気候環境が違いすぎて文化の伝播が行われにくいと述べている。

目から鱗の事例がたくさん書かれています。こうしたことに関心のある方,是非お読みください。

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母の祥月命日

今日は母の命日です。1991年に亡くなったので、今年は21回忌になるのでしょうか。

その年息子は大学受験、娘は中学2年。私は転職したばかり。まだ我が家は慌ただしい時期でした。病の床にあった母としっかり向き合うゆとりも時間もありませんでした。もっと母と話をしたかった。
母が遺した30冊の日記も年を取ったらゆっくり読もうと思っていましたが、まだ一部を除き,まだそのまま残っています。

20年前の今日は寒い日曜日でした。お通夜は嵐のように風雨が荒れ狂う日でしたが、多くの人が見送りに来てくれました。その人たちの多くも母の方へ渡って行きました。姉も妹も友達も。

どんな時も私たち家族を見守り,支えてくれた母。惜しみなく愛を注いで孫の世話をくれた母。子供たちはおばあちゃんが大好きでした。

おばあちゃん、あなたの孫はおとうさんとおかあさんになりましたよ。あなたのひ孫は可愛いいい子たちですよ。

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ノロその後

ご心配をいただきありがとうございました。ノロが結構流行っているようなので,ノロの回復経過をご報告します。

前回アップしたのが月曜日、この日はかなりよくなってきていて、もうベッドから出て,リビングでテレビを見たり本を読んだりしていました。日曜日にはもう嘔吐も下痢も止まっていましたが,ちょっと飲んだり食べたりするとムカムカしているという状態でした。結局薬はむかつきが始まった金曜日の夜飲んだだけです。(でもすぐ戻してしまったので,何も飲まなかったのと同じ)

今回のノロは以前生ガキで食中毒を起こしたことがありますが,それよりはるかにひどかったようです。年のせいでしょうか。

胃腸にダメージを与えた様子はあまりなく、急速に回復し、今晩初めて普通に食事ができました。ただ食後なんかまだちょっと不快感が残っていましたけど。

体重は2キロ減(4キロ減ったという人の話を聞きました)。水のような下痢が突然止まって以来(土曜日),便通がありません。出し切ってしまうと,しばらく出なくなるもの?(軟便は一度もなし)それから顔のシミが濃くなったみたい。。。。

体の水分がまだ戻ってこない感じだし、脳味噌もうまく回っていない感じ。(だって,月曜日にお花をいただき,それを花瓶に活けようとしましたが、玄関に花瓶が2つも飾ってあるのに,それは念頭になく,「ないない」と家の中を探し、やっと仏壇の裏にあるとんでもない花瓶を引っ張り出してそれに入れ、しばらくたってから,他の花瓶と花瓶の在処を思い出す始末)

気分転換もあって今日は美容院へ行き、帰りにジムでアロマヒーリングのクラス(ただ座ったり寝てストレッチをするだけだけど,いい気持ち)に参加、そしてマッサージチェアに座り30分マッサージを受け、お風呂に入って帰りました。

まだ心もとない感じと疲労感が残っていますが,昨日に比べずっと元気にパソコンに向かっています。ありがとうございました。

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ノロ OR 細菌性胃腸炎?

こうちゃんもゆうたんも元気になって保育園に行かれるようになりましたが、今度は誰かのノロを私が受け取ってしまったようです。(ノロの潜伏期間は24時間から48時間ということで、こうちゃんに最後に会って4日たっているのでピッチャーはこうちゃんではなさそうです。)

金曜日の夜,それは何の前触れもなく突然現れました。元気に家に帰って夕飯の支度をしようとジャガイモの皮を剥き始めたら突然のむかつき。なにかお昼に食べたものが消化されず胃に残っていて上がってくるような感じです。晩ご飯はつくれず,食べられず。

夜10時頃第1回目の嘔吐。お昼に食べた天ぷらが少しと後はほとんど水、胃袋にこんなに入っていたのかと思われるほど大量に戻しました。朝までに6回。厳冬の真夜中,脂汗で寒いどころではなく,トイレにへたり込んで動けませんでした。途中から下痢も始まりました。下痢もまるでおしっこ。

気持ちも悪いのですが,喉がからからに渇くのでスポーツドリンクをちびちび飲んでいました。最後は胃液だけになりましたが、飲んでいたので少し戻すのが楽だったと思います。

土曜日の朝からは発熱。吐き気はだいぶおさまりましたが下痢はまだ続いていました。もう疲れきっていて体もだるく、起きているのか寝ているのか分らない状態。この日は一日中スポーツドリンクを飲むだけで何も食べられませんでした。上から下から体中から水分が大量に奪われているのが分りますが、ムカムカして胃も痛くてあまり飲めません。のどはとても乾いていました。だから脱水症状をおこすのね。

日曜日は午後からでけかる予定があったので、なんとかお風呂に入りましたが、吐き気とめまいで外出を断念。
昼ご飯の時に、プリンを半分食べたのが5食振りでした。食べた後もムカムカしていましたが,戻すことはなく収まり、夜うどんをほんの少しとお餅を一つ食べました。

もう下痢も止まりましたが、体力の消耗がひどく、ちょっと食べれば気持ちが悪いし、めまいがするし、お花を持ってお見舞いにきてくれた義姉に「年取ったね」って言われてしまいました。自分で顔を触っても小さくなった感じ。体重もだいぶ落ちたというかしぼんだみたい。

いやはやノロの威力は凄まじいものです。(医者に行っていないので診断を受けたわけではありません。医者に行くどころじゃないって)それにしてもゆうたんはすごいなあ。夜通し戻した後で「『お腹が空いてたまらない』と言ってふりかけご飯をたっぷり食べた」そうですから。

この冬、風邪、目の手術、風邪、ノロと続き,ちょっと気弱になっています。インフルエンザのワクチンも打っていないし。。。

皆様も気をつけて

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フィットネス(3)

先週4ヶ月ぶりにフィットネスチェックを受けました。

11月、12月には旅行、風邪、目の手術、風邪、子育て支援と続き、ほとんどジムに行かれず,それなのに忘年会,お正月と食べることだけはしっかりやっていました。ですから測定を受けるのは嫌だなあと思っていたのですが、運動をしていない時の状態も知っておいた方がいいし、久しぶりに運動する時のメニューを作ってもらった方がいいと言われ、受けることにしました。

測定のとき,いつも血圧を測るのですが、私はジムに行ってすぐ測ると血圧が高くてフィットネスチェックを受けられないことが多いのです.この日も150以上あって,始め、受けられませんでした。少し落ち着いてから測ったら130台に下がったので受けることにしました。(朝晩ときどき測っているのですが、体調の悪い時を除くとおおむね正常です)

そこで,持久力測定を受けることになりました。こうしたテストは毎回良好です。今回はウォーキングマシーンを使いました。10分から15分,心拍計を付けてだんだんスピードと傾斜を上げて測ります。どんどん負荷がきつくなっていきました。でも心拍数は110から上がっていきません。インストラクターが心拍数が上がりませんと他の人に相談に行きました。さらに負荷が上がり,14分やりましたが、心拍数が上がらないままギブアップしてしまいました。測定できず。負荷に対応できないほど体力が落ちたのでしょうか。

さて、IN BODYです。前回に比べ,体重0.5キロ増加(最小だった7月に比べ2キロの増加)体脂肪量が1.2キロ増加、筋肉量も落ちました。ほとんどすべての数値が悪くなりました。たった4ヶ月で。。

これはどう考えればいいのでしょうか。

私にとってジムへ行くことは生活のメインではありません。入会当初は減量の意味もあって空いている時間は熱心に通っていましたが,ほぼ目的が達成できた昨年4月より、行く回数,運動の時間も大幅に減らしました。(これが常識の範囲(?)かと思います)

そしてたった2ヶ月のブランクで,数値上のこれまでの努力(?)が消えてしまうなんて。。。運動できなかったら食事の量を減らさなければならなかったし、せめて家でストレッチぐらいはしっかりすべきだったのです。

一度達成したことは体が覚えているので,すぐ元に戻るからと慰められました。でも,体は運動を開始する前(1年半前)のたくさんの体脂肪のついた体のことも覚えていて,体はそちらへ戻りたがっているのではないかしら。

これからもっと年をとっていくのだし、病気などで運動できない時期も多々あると思いますが、こうした時の過ごし方も考えなければなりません。

今日も午後,ちょっとジムへ行ってこよう。

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ニューイヤーコンサート

ジムでご一緒のEさんはピアノの先生で、9日、お仲間の先生と合同で近くのコンサートホールでお弟子さんの発表会を開催しました。
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私は写真の撮影を頼まれていて、2階席で三脚を構えました。出演者は小さい子から年配者まで、ピアノ、バイオリン、フルート、二胡、それに声楽。このようなコンサートを聴くのは自分の子どもの発表会以来だったことに気がつきました。

ステージでスタインウェーのピアノが弾けることは次へのいいステップになるんだろうなあ。

先生との連弾、友達との連弾、家族の合奏など暖かいコンサートでした。先生方もじっくり演奏を聴かせてくれました。

楽器が弾けるっていいですね。子供の頃に習った人は星の数ほどいるけれど(私もその1人)、先生になった人を除くと、大人になってからも弾ける人はほんのわずか。

そんな中でおそらく大人になってからスタートをしたと思われる出演者が何人かいました。習い始めて3年、10年という人たちです。途中で止まってしまったり、音が転んでしまったりして、聴いているこちらがドキドキしましたが、音楽を愛し、一生懸命取り組む姿勢に熱い拍手が送られました。素晴らしい演奏をした人たちに劣らず,聴く人の心を打ちました。

3時間半に渡る、延べ40人近い人たちの演奏を恙無く終了しました。Eさん、お疲れさま!

写真のほうは狭い場所に三脚を立ててしまっているので,露出を変えにくく、また強いスポットライトが当たっているため、アンダーになったり,白飛をしたりして,苦労しましたが、全員の写真が撮れていたのでホッとしました。


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ご心配をおかけしたこうちゃんはやっと快方に向かいました。ほっ!

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