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よさこい & 私にとっての「祭」

どうして「スーパーよさこい」がWAKO好みじゃないのというコメントをいただきました。

10年以上前にやはり銀塩で写真を撮っていた頃、花火や三社祭を撮りに出かけましたが、祭は嫌いじゃないけれど、原則、人ごみは苦手で、長いこと、祭には足は向きませんでした。

所属している二つの写真グループから、撮影のためのイベント情報をいただくので、この近郊のイベントがいつ行われるのか知るようになりました。

この「よさこい」は野毛大道芸についで、路上パフォーマンスとしては質の高いものだったと思います。ステージとしての道路、コースの長さを目一杯使い、躍動感溢れるダンスを見ることができました。

おそらく各連ごとに衣装もデザインし、振り付けもし、練習を積んで、この日を迎えたであろうと思われました。衣装を見ているだけでも楽しく、特に若い連はダンスが上手だったし、おばさんたちの連は民謡のかおりを残していました。そして、出場者たちは十分楽しんでいるように見えました。

そして写真を撮る側としても表参道のケヤキ通り、高さを押さえた表参道ヒルズがバックとあって、夾雑物もありませんでした。(唯一の夾雑物は特別許可を得ているプロのカメラマンたちでした。)

日本で一番モダンな街である表参道で、土佐のよさこい。土佐からの連もたくさん来ていました。きっと土佐で見れば、土佐の土のかおりがしたでしょう。龍馬の声も聞こえたかもしれません。

私のとっての祭は、その土地の人たちが参加する、その土地のかおりのするものなのです。「スーパーよさこい」は「よさこい」という共通テーマを掲げた、ダンスパフォーマンスでした。

ですから、新しい形のイベントで、祭と呼ぶべきものではないのかもしれません。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

スーパーよさこい

8月最後の週末は夏を惜しむように,都内でいろいろなイベントがありました。何を見ようか迷ったのですが、結局表参道の「スーパーよさこい」を見に行きました。今年で10周年ですが、私は初めてです。

主宰者は明治神宮の奉納祭だと言っています。違和感を感じた照明に掲げられた日の丸だけが、それを表しています。「明治神宮・表参道・代々木公園、この未来の都市を想像させる緑の環境の中で行われる『スーパーよさこい』」と銘打っています。青山通りから明治通まで表参道ヒルズを中心に行われました。(他の会場は見られませんでしたが、いろいろなイベントがあったようです)


この夏、大和の阿波踊り、三軒茶屋のサンバを見ました。ストリートパフォーマンスという点では同じ流れのものです。しかし、大和は阿波の国ではなく、三軒茶屋ももちろんサンバの国ではありません。群舞のパフォーマンスとしては規模も小さく、練習不足に思えました。まあ、衣装を整えた、素人の文化祭、体育祭の趣でした。子供たちもたくさん練習をしたのでしょうが、暑くて、ただ体を動かしている子が多かったように思います。(シャッターチャンスがなかったなあ)

本場土佐の「よさこい祭り」は56周年だそうです。「鳴子を手に持って前進する踊りの振付けを基本」。「よさこい=夜に来い=今晩いらっしゃい、という解釈が一般的。よさこい鳴子踊りには、「よっちょれよ!」というかけ声が入っているのですが、これは土佐弁で「そこどけ・寄れ!」という意味」だそうです。

「スーパーよさこい」は新しい種類のお祭りだと思いました。現代版盆踊りですが、「盆踊り」というより、表参道アベニュを練り踊るモダン群舞(表参道の広い通りが通行止め)で、動きの激しい,迫力あるものが多かったです。ときどき「よさこい」のメロディーが入り、鳴子が鳴るので、よさこいだと分るぐらいです。

スーパーよさこいでは連の数は40ぐらい。1連の人数も多く、相当練習を積んでいて、衣装も振り付けも音楽もそれそれ工夫を凝らし、この暑い夏にエネルギーを爆発させている感じでした。早稲田大学など若者の連、企業の連、年配者の連(動きについてこられない年配者が多かったです)、都内の連、近県の連、そして土佐からもいくつもの連が来ていました。どの連も笑顔がはじけ、笑顔で踊るようにと言われているようでした。

審査も行われていました。まずは写真をたくさん撮ったので、ご覧ください。

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ロッテガーナチーム (African数名の参加)

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原宿表参道元気連 (笑顔満開)

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ぬまず熱風舞人 (おばさんたちが頑張りました)

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千葉 よさこい旋隊 龍連者(旗舞が素晴らしかった)

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東京 かなばる

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東京 舞華
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東京メトロシーブルー

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早稲田大学 踊り侍
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もっともっとたくさんの連を撮ったけれど、疲れたのでもうやめます。

スーパーよさこいは私好みではありませんでした。

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髪の毛

ここ数年、髪質が悪くなってきていて,困っています。髪の毛って年とともに白髪になったり,少なくなったりするだけじゃなくて,皮膚同様、変質するんですね。

私の髪はもともとは黒くて,太くて,とても多い直毛でした。高校時代はすごくぶっとい三つ編みをし、大学時代はストレートで、腰近くまで伸ばしていました。結婚したとき、夫の家族から「いい髪の毛をしていていいね」とほめられました。

髪質が変わってきたのは30歳ぐらいからでしょうか。髪がすごく抜けだし、そして少しずつ、白髪が増えて来ました。はじめは白髪を抜いたりしていましたが、40歳になるのを待って、毛染めを始めました。まだ当初は白髪も少なかったので、半年に1度染めれば目立たないぐらいでした。

そして、いつしか縮れた髪が目立つようになりました。これが最大のくせ者です。ウエーブなんてものではなく、髪は広がるし、ぱさぱさ感があります。年に2回ぐらい縮毛矯正をかけ始めました。でも,これが髪質悪化を加速させてようなきがして、今はしたいのを我慢して止めています。さらに悪化の原因は週に何度か入るプールです。(でも水泳はやめられない)

今は白髪も増え、3週間に1回は染髪が必要です。自分では髪の量が随分少なくなったように思いますが、人にはまだ多いと言われています。長めのボブなので、美容院は2ヶ月に1度ぐらい。その間2回、自分で染髪しています。洗髪直後、風に吹かれると山嵐状態。流さなくてもいいというトリートメント剤をつけていますが,まだ足りないみたい。

べとつかない保湿剤をご存知の方、教えてください。

今は暑いので,バレッタ一つで、髪をまとめ上げています。そうすれば、一応まとまってすっきりします。(さらさら髪の時はとめるとすべり落ちてすぐ、ほずれてしまっていました)

母は赤毛で,髪が細かったので,私と全く違う髪質だと思っていました。晩年も、白髪がそれほど多くなく、髪染めをしていませんでした。でも、やはり年と共に、髪に癖が出て,いつも髷を作っていました。私も白髪染めをやめるタイミングを探していますが、途中が汚いし、見た目が5歳違うと言われているので、なかなかやめられません。

あと10年もしたら、母のようにするしかないのかな、なんて思っている今日この頃です。

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線香花火

この夏は何度か庭で小さな花火をしました。いつも最後は線香花火です。

この線香花火,風情がなくなってきたように思います。もっと華やかな花火の方がきれいですが、消えそうで,続き、最後の小さなまあるい火の玉を楕円にさせ、チカチカさせて音もなく落ちていくのは趣がありますね。

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中国製の安物セットを買うからなのか,最近の線香花火はあっという間に終わってしまうし、何より最後の落ちそうで落ちない火の玉が見られなくなってしまいました。

まだどこかで職人芸の生きた線香花火も売っていることでしょう。

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子育て支援

娘がアルバイトをするため、この3日間、こうちゃんのお世話をしました。

そもそも娘が家の近くの歯医者に行くため,こうちゃんを連れてやってきたのです。いつも治療の間3時間ぐらい、こうちゃん面倒を見ています。今週はその間に会社から翻訳の仕事の依頼が入ったと言うのです。今までより分量が相当多いというので,そのまま泊まることになりました。

こうちゃんはよく食べるし,健康ないい子なのですが、要求が通らないと,泣きわめき、活発で,好奇心が旺盛で、片時もじっとしていません。そのこうちゃんを飽きさせず、泣かせず遊んであげるには、こうちゃんに合わせてテンションを上げるしかありません。

本当はどこかへ連れ出せればいいのですが、この暑さです。どこへも行かず、お水大好きなこうちゃんのために、庭のプールが大活躍することになりました。朝水をはると、水温自体も高いので、お昼には十分暖かくなります。初日と今日は3回、昨日二回プールに入りました。パラソルで日陰を作り,私も日焼け止めを塗って,水着を着て、こうちゃんと一緒にプールに浸かりました。

晴れ渡った夏空,プールに寝そべるとほどよい風もあって、いい気持ちです。夕方にはシオカラトンボ、モンキチョウがやってきました。
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姿は見えませんがツクツクホウシが鳴いています。1時間以上も一緒に入っていました。

この夏歩けるようになったこうちゃんは水の中で歩くのも上手になりました。

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手をついて,顔を出して前に進めます。また、パチャパチャしぶきを上げたり、プールの外の石を拾って,中に入れてたり、おもちゃを投げて水に落として拾ったり、鼻を水につけて息を吐いてブクブクという音や泡を楽しんだりしていました。次いでにときどきプールの水を飲んだり。。。

プールの縁にお腹を乗せると足が浮きます。ばちゃばちゃすることを教えたら,早速バタ足、そして足首をつかんで、蛙足をしてあげたら、それもしようとします。満点の笑顔です。怖がっていないので体に力が入っていません。すごいなあ!!


そしてこうちゃんの食事と大人3人分,1日3食、山のような洗濯物、飯炊きばあさんになったようでした。

こうちゃんは一日に人参を一本、大根10cm、他タマネギ、カボチャ、ブロッコリー、キャベツなどいろいろな野菜を入れて鍋一杯作ると1日で全部食べます。それに肉や魚とご飯です。おやつはほとんど果物で、桃も一人で一つ食べます。こんなに食べるのにこうちゃんはやせっぽち。動きすぎるので体重が増加しないのでしょうか。

仕事をしている娘はと言えば、こうちゃんに見つからないように、私の書斎でパソコンで仕事をしていました。こうちゃんは姿が見えなければ、泣くことはありません。1泊では終わらず、2泊することになりました。3日目の晩、やっとメドがついたと言って帰りました。こんなに根をつめて仕事をしたのは久しぶりのことでしょう。復職への助走になればいいのですが。

こうちゃんもたくさんプールに入って疲れたようです。寝てしまってそのまま抱かれて帰りました。私も2000m泳ぐより疲れました。

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サンバカーニバル

21日、ゆうたんとゆうたんのおかあさんを誘って、三軒茶屋にサンバカーニバルを見に行きました。サンバはブラジルのダンス(音楽)。明るくて、躍動的で,ラテンの太陽そのもの(南米に行ったことないけど)

まず、ブラジル風タコスやポテトを食べてから、サンバパレードが通る道路の縁石にシートを敷き、腰を下ろし、焼きそばを食べました。始まるまでにまだ時間があったので,日陰で腰を下ろすことができました。

第1グループは,本場から来たブラジル人のグループ、衣装もダンスも別格、
DSC_8185_convert_20100823150024.jpg 警備の人の手が入っちゃった。

初めて見るゆうたんは露出度が高いダンサーの衣装にびっくり。「おっぱい、おっぱい」と大騒ぎ。やっぱ,男の子だ。(夜その話を聞いた夫は「おっぱいか。おじいちゃんも行けばよかった!」)

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DSC_8245_convert_20100823175749.jpg いくらサンバの衣装とはいえ,男性が着ているのをみると恥ずかしくないかなあなんて思ってしまいます


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ブラジルの国旗もサッカーウエアーも黄色にみどり。この祭の衣装もブラジルらしい色。きっとブラジルの空気,青空に映える色なのでしょう。先月見た,阿波踊りも化繊の着物でしたが,それでも,日本の色でした。

サンバはまさにブラジルのダンスです。ジムのラテンのインストラクターの話ではサンバをマスターするには10年かかるのだそうです。代講でときどき来る南米人のインストラクターはヒップが日本人と違います。当然腰の振り方(回転)も。セクシーで芸術的。


出場者は南米から来た日系人が多いように思いました。在日南米出身者数は増減しますが、ブラジル、ペルー出身者を中心に約30万人と言われています。(南米に住む日系人は約300万人)日本の経済が低迷により、失業の憂き目にあった日系人たちが大量に帰国したと聞きました。こうした祭は彼らに元気を与えてくれたでしょうか。

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シャーロッツビルにいた時、数名のブラジル人ドクターと同居しました。細かいところにこだわりがなく、明るくて,元気でした。ブラジルは行ってみたい国の一つ。そして住んでみたい国の一つです。



来週の土日、都内はイベントが盛りだくさん、高円寺の阿波踊り、表参道のスーパーよさこい、浅草のサンバカーニバル。浅草のサンバは迫力が違うんだろうなあ。(本場リオのカーニバルは毎年死者まで出る騒ぎ)。う~ん、暑いなあ。どうしようかな。

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きれいな体

きれいな体っていう時,どんな体をイメージするでしょうか。

私がずっと持っていた「きれいな体」のイメージは若くて、肌がきれいで,足がカモシカのように長くほっそりしていて、ウエストが細く、洋服がよく映えるボディでした。なんせ私の若い頃のトップモデルはミニスカートの元祖、ツイッギーでした。当時私もかなり痩せていましたが、痩せすぎだと思ったことはありませんでした。

最近バランスよく鍛え上げたからだが美しいと感じます。バレーやヨガ,エアロビクスのインストラクタ―の体のきれいなこと。肩が下りて首が長く、腰が安定していて、背すじがすっと伸び、立ち姿も,座り姿も後ろ姿も美しい。

若いときにそれに気づいていたら,人生はきっと変わっていたしょう。

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いい汗,悪い汗

このところまた猛暑が戻り,暑いですね。

私は暑さに弱く,ギンギンに冷えた冷房大好き、冷たい飲み物大好き人間ですが、(Mさんは私をペンギンと呼びます。),この夏、体質が変わったように思います。というのは今までほど,暑さがつらくなくなったのです。体調がいいからかもしれません。減量した(昨年8月比4キロ減)からかもしれません。

汗をすごくかくのですが(これはこれでえらく困ったものです)、知らないうちに汗が出ているといった感じで、当然汗で服もぬれるのですが,以前ほど不快じゃなくなったように感じます。

テレビでは、今、「いい汗,悪い汗」というのがブームになっているそうですね。残念ながらテレビを見ていないのですが、悪い汗というのは、汗とともにミネラル(塩分)が出てしまう汗で、塩分濃度が濃いのでベトベトし、汗臭く、一方,いい汗はさらっとしていて塩分濃度が低く、すぐ乾く汗を言うのだそうです。悪い汗をかく人が熱中症になりやすいのだそうです。

私の汗はいい汗に変わってきたように思います。運動効果の一つでしょうか。

でも、あまり汗をかくとお化粧も,日焼け止めもみんなハンドタオルで拭き取ってしまい、よそいきになりません。あなたの汗はどんな汗?

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育休明け

こうちゃんが1歳2ヶ月になりました。この秋の終わりに。娘の育休が終わります。

娘の住む世田谷は有数の保育園待機児童が多いところで、4月の段階で認可保育園にどこも入れず、育休を1年半まで延長しました。

母乳ということもあってか、べったり育児をしています。だいぶ離乳が進んできましたが、それでもこうちゃんは自分からお乳を取りに行くといった感じでお乳を飲みながら,もう一つのお乳で遊び、至福の時を過しています。

先々週から、娘は会社から翻訳の仕事をもらっています。急に復帰といっても、頭と心のリハビリも必要だと思い、こうちゃんと一緒に我が家に来て、仕事をしています。今週は2本の仕事があるそうです。

今日は家じゃ捗らないと言って、こうちゃんをおいて、PCを持って、喫茶店に行ったので,プールに入れて,昼寝をさせました。

子どもができる前の仕事ぶりを見ていると,連日深夜まで仕事をし,大きなお腹で出張をこなしていました。夜中に会議が始まるような会社で、体を壊す直前という状態でした。どうやって育児と仕事を両立させられるのか見当もつきません。

とにかく12月から無認可保育園に入れ、4月に開園する保育園に申請して,入れるのを待つことになりました。仕事の形態を変えることができるのか、やむなく退職することになるのか、転職することになるのかやってみなければ分らないという状況のようです。

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『水死』大江健三郎

大江健三郎の『水死』を読みました。大江自ら「最後の小説」と言っている作品です。

私にとって大江は懐かしい作家です。最後に読んだ本は『静かな生活』で,もう長~い間、読んでいませんでした。
私の学生時代、大江健三郎は11歳年上の安部公房(晩年ノーベル賞候補だった)と人気を二分していて、当時流行っていた読書会でよく取り上げられたりしていました。私はどちらかと言えば大江派でおそらく『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』までの作品は全部読んだのではないかと思います。自分の書棚を見ると大江の初版本がかなりあるようです。

大江の作品は一文が長く,連体修飾が多用されていて,翻訳本を読んでいるようだと思いました。小説家の文体というものを意識し出してから,何という悪文なのかと思いました。すんなり読めず、行きつ戻りつしながら、読んでしまうのも作家の戦略なのではないかと思ったくらいです。でも,引きつけられるものがたくさんありました。

この本は大江の私小説とも言えるものです。最近の本を読んでいないので、現実の誰をなぞったものか分らない主要登場人物が何人もいました。
長江古義人 大江健三郎
千樫    大江ゆかり
アカリ   大江光
六隅先生  渡辺一夫
塙 吾良  伊丹十三

劇団主宰者の穴井マサオと主演女優のウナイコはモデルのいるのでしょうか。

この本はレイトワークと称し、過去のいろいろな本が引用されたり,その背景が描かれています。大江の勧めるリリーディング(再読)をしてみたくなりました。若い頃読んだ印象とかなり違うことでしょう。(でも、ちょっとしんどい。やはりそんな作家です)

「9条の会」は大きく育ってきましたが、発起人の小田実、加藤周一、そして今年は井上ひさしが亡くなりました。大江についてはいろいろな批判も耳にしますが、「小説家」を卒業し、「民主主義者」として,どんな「レイトワーク」をしていくとか楽しみにしています。

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