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ああ,終わっちゃたね

W杯、こういう結末で終わるとは。

誰のせいで負けたと分るPKは嫌ですね。両国の5人の選手,ゴールキーパーの重圧はいかばかりだと思いますが。
駒野を見ていると心が痛いです。0対0で延長戦も終え,よくしのいでいたのに。延長戦の最後のチャンスをものにできなかったのが残念!!

外は大雨、選手の涙のようです。

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

室内での写真撮影

室内写真がうまく撮れません。できればストロボをたかずに撮りたいのですが。もっとも日中シンクロ以外の時のストロボの使い方がよくわかっていないんですけど。

水泳マスターズのとき、張り切って写真を撮りまくりました。そして被写体になってくれた人にプリントをあげたら、水泳の写真を撮ってもらったのは初めてと、とても喜んでくれました。自分なりに気に入った写真もいくつか撮れていたはずですが,どれも多かれ少なかれブレているのです。ぶれていたり、焦点が定まっていないのは、それだけでダメ。

日曜日の水族館の写真もそうですし、室内の子どもの写真も同様です。ISO感度を1600に上げて、Aモードにしたり,プログラムにしたりして、撮ったのですが、水族館の写真ではノイズ削減をしても、A4以上に伸ばせる状態ではありません。

以前、アトランタで水族館へ行ったときは一眼レフを持っていなかったので,コンパクトデジカメで撮りました。この時はきれいに撮れたんですけどね。

写真愛好家のみなさま,プロのみなさま、室内の動きのある写真はどうやって撮ればいいでしょうか。

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

初めてのお泊まり

あと少しで5歳になるゆうたんが初めて一人でお泊まりしました。

27日は息子の家族と娘の家族と新江ノ島水族館へ行きました。男性陣3名は自転車で,残りの5名は電車で行きました。あいにく天気で時々パラパラと降っていました。そのためか水族館は人で一杯でした。二人のおチビちゃんはかなりハイテンション。
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ガラスの壁も上って行かんばかりの興奮状態。

イルカのショーも楽しみました。
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晩ご飯は皆で家で食べました。

夕食後、ゆうたんが今日は「おばあちゃんのうちに泊まっていく。おばあちゃんと一緒に寝る」と言うのです。おかあさんが大好きで,「おかあさんがいい」と言って、今までは何としてもお泊まりができなかったのに,固い決意をしたかのように言うのです。

親の話ではこの夏、保育園のキャンプに参加したいと言ったそうです。

シャワーを浴びて、10時半頃、もうみんな帰る時間になりました。おじいちゃんもこうちゃん達を送って行くので,ゆうたんは初めてうちの玄関でお見送りをすることになりました。おとうさんもおかあさんも,みんな一斉に引き上げました。ただでさえお別れの挨拶は悲しいものなのに、大人たちは「じゃ,ゆうたん,いい子でお泊まりするんだよ」などと口々に言って帰って行きました。

ゆうたんの目はもう涙で一杯。でも絶対に泣かないと決心しているようでした。玄関のドアを閉め、一緒に2階に上がり、シングルベッド2台、ぴったりくっつけて、一緒に横になりました。うちには子どもの本は英語の本しかありません。息子と娘が小さいとき,大好きで繰り返し読んであげた本です。その本の中から二つお話を読みました。

それから、スタンドの電気をつけたまま(ゆうたんは暗いのが嫌いです),ゆうたんと手をつないで、目をつむりました。いつもなかなか寝つけないゆうたんより私のほうが先に寝てしまったかもしれません。1時半に目が覚めたときには、ゆうたんはぐっすり眠っていました。

朝,8時少し前にゆうたんは目を覚まし、私の首に抱きついてきて、「おはよう」と言いました。

9時半頃、保育園に行きました。
今日,家に帰ってから,おとうさんとおかあさんにどんな話をしたでしょうか。

4歳児の小さな自立です。自分で決心して,揺らぐことなく実践しました。小さい心の中はきっと不安や揺らぎで一杯だったことでしょう。でも,そんなことは一言も口に出さず、毅然とやってのけたゆうたん、今朝は一段と大きく見えました。

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梅酒

今年も梅酒をつけました。(梅酒をつけるって言うかしら。まだできていないので、梅酒を造りましたとも言えないし)

去年つけた梅酒がおいしくなりました。ちょうど去年のその頃、孫のこうちゃんが生まれました。こうちゃんのおとうさんがこうちゃんが20歳になったら生まれた年の梅酒を一緒に飲みたいと言ったのです。ワイン醸造所で瓶に詰められたワインですら、20年経っておいしく飲むには温度管理が難しいのに、素人が作った梅酒をどうやって保存すればいいのでしょうか。

また、今年の梅酒を造るため瓶をあけるため、梅を取り出し、梅酒をワインの空き瓶に移しました。冷蔵庫にいつまでも入れておくわけにもいきませんので、床下にしまいました。このままでいつ頃までおいしく飲めるのでしょうか。

また、今年の梅は買って来た日に準備ができず、ちょっと日が経ってしましました。このままつけましたが、大丈夫かしら。

毎年、梅酒づくりをしていらっしゃる方、教えてください。

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サッカーで寝不足

今日は寝不足でやっと仕事をした,なんていう人多かったんじゃないでしょうか。なんせW杯の開始時間が朝の3時半ですものね。

我が家は2時まで起きていたのですが、リアルタイムでは見られませんでした。6時に起きて,ビデオで見ました。結果が分からないようにテレビ、ビデオのスイッチを入れたのですが、何となく勝ったみたいという気配は感じてしまいました。

今日は会う人会う人みんな、テレビ見ました?という話。選手たちみんな,いい顔していましたね。
決勝トーナメントでも勝ち上がってほしいものです。今大会はフランス、イタリアなど優勝候補が1次リーグで脱落していっているので,ひょっとするとひょっとするかも。

ディスタンスという距離を泳ぐ水泳のクラスで,今日はみんな寝不足で体力がない、これ以上泳ぐと心拍数が上がりすぎるということで最後の100Mが削られました。

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ヒップダンサー

お誕生を迎えたばかりのこうちゃんがビートのきいた音楽を聴くと、膝でピコピコ調子を取って、おむつのお尻を振ります。まだ歩けないのにです。体中でリズムを表現しているのです。
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このキーボードは自動演奏の曲もなるし、自分の叩くキーの音も出ます。お尻を振りながら、演奏しているこうちゃん。ホンにかわいい。

音楽に合わせ、喜びを体で表現するのは人間の本能なのでしょうね。犬や猫もしっぽで拍子を取ったりするので、動物の本能でしょうか。

体で表現する喜びを実践している人は大人の何パーセントいるのでしょうか。

ソーシャルダンスがブームになりましたので、楽しむ大人も多いのでしょう。ジムでもフラダンス、ジャズダンス、バレエ、ズンバなどのダンス系のプログラムもたくさんあります。また音楽に合わせてステップを踏む,ステップ,エアロなどもあり、私も時々参加しています。体をゴムまりのごとく躍動させて、ステップ、エアロを指導している20歳前後の若いインストラクターを見ていると、体を動かす楽しさが伝わってきます。

私も子供の頃はダンスが好きだったのに。
若い頃,ツイストやゴーゴーが流行ったり、ダンスパーティー(当時はダンパと呼んでいた)に行ったことはありますが、やはりその場限りで終わってしまいました。なんか気恥ずかしかったなあ。

ジムでも,まだ楽しむという状況にはなっていません。大人になると楽しめるようになるにはそれなりの練習が必要なんですよね。いまからでも楽しめるようになるでしょうか。

ダンスは言葉も入らないし、音楽さえあれば、世界中の人がその場ですぐに打ち解けます。

こうちゃんもこのまま自己を開放できるなにかができるようになったら(そんな人になれたら)、いいと思います。恥ずかしがらないで。

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一歳の誕生日

6月17日は孫の一歳の誕生日で,誕生祝いに呼ばれました。この一年特に問題もなく、大病もせず,無事に誕生日を迎えられて,本当によかった。

こうちゃんは食物アレルギーがあるので,娘が小麦の代わりに上新粉を生クリームの代わりにヨーグルトを使ってお誕生日ケーキを作りました。マフィンのような食感で,バナナ,イチゴ,ブルーベリーのたくさん入ったケーキでした。(少し大きくなるとアレルギーもよくなるそうなので、学校へ上がるまでに小麦粉や卵が食べられるようになるといいね)
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料理はフレンチで、鯛のアクアパッツァ、オニオングラタンスープ、サラダ、その他各種オードブルです。家にいた時は包丁も持ったことのない子でしたが、その気になれば作れるものですね。どれもおいしかったです。

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こうちゃんはたくさん誕生日プレゼントをもらいました。おじいちゃんからキーボードをもらい大興奮で,早速キーをたたいていました。未来の音楽家誕生?です。私は自分で作成したこうちゃんのフォトブックを上げました。

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背中に背負っているのは一升餅

サプライズがありました。紫陽花、シャクナゲ、バラの大きな花束を抱えて帰って来たこうちゃんのおとうさん、「おかあさん一歳、おめでとう」と娘に渡したのです。そう,娘もおかあさん1年生で、今日から2年生です。こんな心遣いのできる人と結婚できて,娘も幸せ者だと,また嬉しくなりました。

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こうちゃんの家族にこの幸せが続きますように。

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友と『1968」

11日夜,私は駒込にいました。7時近くになり、お腹がすいたので,なにか食べて帰ろうと思いました。友達が関わっているお店があるのを思い出し,そこで軽く食べようと思いました。大学時代のクラスメートのOさんです。Oさんは他に仕事を持っているので,会えるとは思っていませんでした。
店は「どぅたっち」という沖縄の店です。

Oさんは沖縄出身で、闘争で逮捕歴がありました。当時沖縄出身者はパスポートを持っていました。卒業後も組合の専従で,本を執筆したりしながら、ずっと沖縄闘争を続けています。

行ってみると入り口の所に受付のようなテーブルが出ていて、Oさんが座っていました。何やらパーティーが始まるようです。このお店の開店10周年記念のパーティーでした。「入れてもらってもいいの?」と聞くと、「ライブをするからどうぞ」ということで、狭いお店の中央に沖縄料理がいくつか並んでいるテーブルを囲み、オリオンビールを渡され、皆で丸座になって椅子に座りました。Oさんの三線と沖縄の歌のワンマンショーです。

お店は沖縄出身者のベースとなっています。私の隣に座った人は沖縄タイムスを見て,初めてきたと言っていました。自然発生的に集まった人たちのようでした。

私たちの大学時代はバリケード封鎖があったり,ロックアウトされたりして、長期間授業がなく,試験もレポートで代用され,卒業式も行われず、卒業証書を学部事務室の窓口で受け取っただけでした。あきれるほど専門知識のないまま卒業しました。

卒業後も毎年ずっとクラス会が行われていました。大学のクラスとしては珍しくまとまりがあるのは、Oさんがいたからでしょうか。

そして今、普天間基地の移転先を野辺古とする日米共同宣言を発表し、政権を放り出した鳩山内閣。Oさんの活動は1968年からずっと続いています。この40年間いろいろなことがあったことでしょう。
参院選前で,Oさんは本当に忙しそうでした。

集まった人たちは沖縄のお酒を飲んで,沖縄料理を食べて,Oさんの三線に乗って、沖縄の歌を歌って,基地問題を話して、そして闘争への決意を新たにしていました。

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『1968』

『1968』上下巻2000ページ、やっと読み終えました。

折しも、今日6月15日は60年安保、国会前を埋め尽くしたデモ隊の中にいた樺美智子さんが亡くなって、50年ということで、当時を振り返る記事が出ています。この本はこの辺りから書かれています。

この時代の出来事(『1968』の年表より)

65年:ベトナム戦争北爆開始、日韓基本条約調印、中国文化大革命始まる、慶大闘争、べ平連、中大学館闘争
66年:紅衛兵、米原潜横須賀入港、ビートルス来日、横浜国大闘争、早大全学スト、三派全学連結成、明大闘争
67年:ミニスカート、水俣訴訟、第一次羽田闘争、三里塚くい打ち
68年:キング牧師暗殺、フランス5月革命、ソ連チェコ侵攻、東大入試中止決定、中大学費値上げ闘争、東大闘争、日大闘争、安田講堂バリケード封鎖、新宿10.21事件
69年:アポロ11号月面着陸、自民勝利、安田講堂攻防戦、神田カルチェラタン、ベ平連、新宿西口フォークゲリラ、沖縄デー全国全共闘、国際反戦デー,赤軍派、
70年:大阪万博、三島由紀夫自決、よど号ハイジャック、安保自動延長、ウーマンリブ
71年:沖縄返還協定調印、成田代執行、連合赤軍
72年:横井庄一帰国、あさま山荘銃撃戦、リブ新宿センター開設
73年:ベトナム和平協定、オイルショック、トイレットペーパー騒動
74年:東京べ平連解散

キーワード(上記以外)
高度経済成長、戦後民主主義、主体的、現代的不幸、疎外、アイデンティティーの危機、自己否定、機動隊、セクト

67年に大学入学、大学は立て看板が溢れていました。学費値上げ闘争があり、値上げ白紙撤回になり、学生が勝利しました。毎日毎日、わたしたちは部室、教室、喫茶店で討論に明け暮れていました。その討論のすべてが分っていたわけではありません。話していた人もどれだけわかっていたか。少なくとも必死で分ろうとしていたし、行動を起こそうと思っていました。考える時間だけはたくさんありました。

活動家ではありませんでしたが、埃っぽいバリケードの中、デモの熱気や友の声、催涙ガスのにおい、本を読みながらリアルに思い出していました。

こんな時代の渦中にいましたが、『1968』を読んで,そうだったのか,知らなかったことがたくさんありました。べ平連の小田実氏も亡くなりました。

自分の関わりあい方に自分自身を見ました。「自己否定」。この時代が過ぎ、一見大学が静かになったあと,ひどい敗北感と挫折感だけが残りました。

私を含め、ほとんどの学生が会社員や公務員になっていく中、今日までずっと学生時代の生き方を貫いた友がいます。先週偶然会いました。

次回書きます。

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大往生

叔母が亡くなりました。母の妹で、享年92歳の大往生でした。

次男夫婦,孫と同居し,自宅で介護されながら,寝たきりになることもなく、あっという間に逝ってしまいました。

東京下町の第4子、3女として生まれ、下町の気っ風を持った,明るい威勢のいい肝っ玉母さんでした。向田邦子の本に出てくるような家でした。おかあさんを中心に、子供たちはそれぞれ、小さい頃から自分の役割をはたしながら、まとまっている,そんな家庭でした。

叔母は老いてもその気性は変わらず、お世話をした人たちは罵倒されたり,時にはたたかれたりしたようですが、長い年月にわたり、家族総出で自宅介護をし抜いた家族に心より脱帽です。

叔母もいつも身ぎれいにしてもらい、その病床も掃除が行き届いていました。皆に大切にされているのがよく分りました。

震災、戦災に家を焼かれ,老いては病気に苛まれ,苦しい時期も多々あったと思いますが、3人の子どもと,6人の孫、4人のひ孫に恵まれ、いい人生だったと思います。「おばさん、おばさんは幸せ者だったよ」

葬儀では叔母の人生を綴った略歴が列席者に配布され、孫のお嫁さんの音頭で、叔母の愛唱歌を皆で歌って、おくられていきました。

冥福を祈ります。そして介護をした家族の皆さま,お疲れが出ませんように。

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