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娘の結婚

1月29日

娘の結婚式が明後日、1月31日にホノルルの教会で行われる。私がここバージニアにいるため、会場がホノルルになったそうだ。しかし、Charlottesvilleは大きな町ではないので、アトランタで乗り換えて、ホノルルへ向かうことになる。これが唯一のアトランタからの直行便で、13時間40分。帰路は2回乗り換えなければならず、それぞれ乗り換え時間が4時間以上あり、18時間以上の長旅となる。成田からは直行便があっていいなあ。

渡米後に娘の結婚が決まったため、遠く離れ、何一つ母親らしいことはしてやれずに、結婚式を迎えることとなった。ドラマのように親娘でウェディングドレス選びを楽しんでみたかったなあ。夫の話では幸せそうだというので、よかったと思うしかない。

考えてみれば息子の結婚の時も、ひどく忙しい時期で、何もしてやれず、息子に式の日を忘れないでと言われ、ただゲストのように出席した。きっとこういう運命にあるのだろう。
娘が結婚するのは、息子が結婚する時とはちょっと感慨が違う。同姓だからだろうか。

東京からこんな遠く離れたところで式を挙げるのに、出席者が30名近くいるという。いい友達に恵まれ、ありがたいことだ。

母親として出席するというのに6か月も美容院へ行っていないため、髪は伸び放題、式のための服もない。こちらで服を探したが、着たいと思う服は皆無だったので、日本から手持ちの服を持ってきてもらうことになった。靴もないし、バッグもない。子供の結婚のため、留袖を新調する人もいるというのに。。ハワイだからまあいいか。

仕事は暗礁に乗り上げ、グラントのための書類はほぼ完成したものの、大学内の調整がついておらず、期日に間に合いそうもない。期限延長願いを電話でしたというが、大丈夫なのだろうか。私のできる仕事は片づけた。あとは私の及ぶところではないが、パソコンは持っていくことになるだろう。

明日は朝4時半に出発、2日間降った雪も止み、道に雪は残っていない。車を通りに出して、早目にエンジンをかけ、フロントガラスの霜が溶けるのを待って出発だ。

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大統領就任式

1月25日

日本からオバマ大統領就任に沸き立つ変な日本というメールをもらった。

1月20日は大学ではこの就任式を見るために11時から2時まで休講となり、学生は大学内のスタジアムや教室に集まって大きな画面でInaugurationを見ることになった。

私はテレビをもらったばかりなので、自分の部屋で見ようかと思ったが、アメリカ人の様子が見たくて、ファディラとオルガ(ロシア人)と9時40分に近くのJohn Paul Stadiumに行った。数人が会場を待っていた。10時半開場だという。外で待っていると凍えるような寒さだ。毛布を纏う人もいた。
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早すぎたので、近くのスタジアムで寒さよけをした。この寒さの中、多くの学生がバスに乗ってDCに向かったという。国会の前で夜明かしをした人も多かったそうだ。

このスタジアムはエルトンジョンのコンサートやマッケンロ―のテニスの試合が行われたという、大きな室内スタジアムだ。大きなテレビ画面が3方に設置されている。
設置された会場が多かったからか、2方の座席のみが人で埋まった。
IMG_1413_convert_20090125225621.jpg

人気のある元大統領(クリントン、カーター)が画面に映されると、拍手が起きる。オバマ新大統領が現れると「オ・バ・マ」とかけ声がコーラスとなる。
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国会議事堂の前に人たち同様、こちらでも画面の前で、国歌斉唱時などには起立し、立ったり、座ったりして、1時頃まで見た。

11月末にワシントンに行ったばかりなので、ワシントン記念塔から国会議事堂までの広さがよくわかる。DCに200万人の人が集まったという。ケネディー大統領就任式以上のフィーバーだそうだ。経済が低迷する中、新大統領に対する期待が熱となる。オバマ大統領の家族に対する思いに共感を寄せる人も多い。新大統領に夢を託せるアメリカ人がうらやましい。日本にも未来の子供たちを託せる指導者が現れないものなのか。

日本からはいいニュースが聞こえてこないなあ。

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身辺雑記

1月19日

先週から大学が始まった。月曜日はMartin Ruther King Dayで休み、20日はオバマ大統領の就任式で3時間休講だ。私は4月のジャパンウィークの準備と近くの学校でのプレゼンテーションの準備で忙しい。

こちらは先週末は寒波が襲い、ー14℃,―15℃と気温が下がった。ここは「南部」。「南部」がこんなに気温が下がるなんて。。顔の皮膚が切れそうな冷たさだが、思いのほか寒くない。

そんな金曜日の夜、中学校で3校合同のDiverse Celebrationがあり、私は着物を着て、運転し、途中高校の先生をピックアップして、中学校へ行った。着付けと運転は少し上手になったかな。。地元の高校生、先生たちの協力を得て、Japanese Room をオープン。
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折り紙、書道、浴衣、日本文化DVDの上映。大盛況で、名前をカタカナで書いてあげ、日本流の読み方を教えて渡すと「cool」と大喜び。
IMG_1375_convert_20090120020834.jpg高校生が着付けが出来るようになった。そして着物もたためるようにもなった。すごい!! 
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浴衣を着て写真を撮る子供、折り紙に熱中する人たち、この寒波の中、大汗をかきながら、このイベントは夜9時まで続いた。

日曜日の夜じゅんこさんが餃子パーティーに誘ってくれた。じゅんこさんの家はどこに行くのかと思われる山の中に入り、ひろ~い敷地に建っていて、じゅんこさんの趣味のインテリアに包まれた素敵な家だ。全員で12名。餃子パーティーは私の家でもよくやっていたので懐かしかった。こちらの餃子の皮は厚く小さい。肉とエビの2種類の具が用意されていて、皆でビールを飲みながら,包み、ホットプレートで焼いていただいた。エビは大人気で、おしゃべりしながら,楽しいひとときだった。夜外に出たら星のきれいなこと。オリオン座、カシオペア座が降ってきそうな夜だった。

餃子パーティーで、テレビがないといったら、やすこさんが古いテレビを貸してくれるという。月曜日の朝,明日の就任式が見られるようにとご主人(生物学の教授)が早速テレビとアンテナを持って設置しに来てくれた。部屋にケーブルのシステムがないので、1チャンネルしか見られないが、それでも部屋で英語が聞けるようになったので、少しでも聴解力がよくなれば。。。
聞けば、23年のアメリカ生活の中で就任式の前からこんなフィーバーは初めてだそうだ。

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異文化適応(2)

1月10日(土)

前回のブログで、一人で海外で働く上での異文化適応について書いたところ,私のことを心配して何人かの方がメールをくださいました。ありがとうございます。持つべきものは家族,友と感謝しています。

私の仕事の方は前回書いたように、Japan Week の会場がこの地域で集客力の優れた Fashion Squareに決まりました。ひろ~いモール部分を一日中借りることができ,なお広報宣伝にそこの宣伝媒体を使わせてくれると言ってくれたのは願ってもないことでした。さらにわずかですが、大学からファンドが取れ、目下Japan Foundation に提出するGrantの申請書を書いているところです。最大5000ドル下りるので、来週中に予算を見積もって、grantがもらえるようなプロポーザルを書かなければと思っています。

こちらへ来てから私にとって一番大変だったのは9月でした。この頃のブログにこの間の経過を書いてきましたが、Social Security Numberと大学のIDがなかなかもらえなかったため、インターネットのアクセス、車、自動車保険、電話の購入、運転免許の取得にとても時間と精力を費やしました。携帯電話のセットアップ、日本からの送金手続き一つとっても、何一つ日本のようにスムースにことが運びませんでした。気の短い私はそのうちにできるようになるとのんびり構えていることができずに、その度にイライラし、情けない思いをしていました。
それにこちらでの自分の仕事内容(派遣されたサイトによってみんな違うので、サイトに来てみるまで具体的には分かりません)が今一つ把握できず、この国で自分ができることなのか、自分が大学内でどんな立場なのか分からず、不安ばかりが募りました。夜もよく寝られず,食欲もなく,体重も急に減少したのはこの頃です。(せっかくダイエットができたのですが、すっかり元に戻ってしまいました)
ご心配をかけましたが、(前回そんなつもりで書いたのではなかったのですが)それ以降、こんなひどい落ち込みはありません。

今異文化の中で苦しんでいるのは私よりの同居人のファディラです。自信に溢れ,忙しそうに分刻みに仕事をしていた彼女が昨年ニューヨークから帰って,ひどいインフルエンザ(?)にかかりました。それ以降、仕事のペースを落とし、私たちとも無駄話をするようになりましたが、このクリスマス休暇が始まった頃から(ファディラも私も数日の休みでしたが)、始終体調不良を訴え、顔色も悪く、元気がなくなりました。励ますと“I am a loser. I need a rest"というようになりました。

今日はファディラを誘って、モンティチェロに行き、トレイルを1時間半ほど歩きました。いろいろな話をしました。来週から春学期が始まり、すごく忙しくなるんだと言っていました。きっと忙しさに紛れて,ファディラは元気になれると思いました。
私もがんばらなくっちゃ。。。

ご心配ありがとうございました。
前回書いたこのイベントについて少しでもアドバイスがあったら,ぜひ教えてください。

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異文化適応

異文化適応 2009年1月7日

異文化適応について、かつて修論を書くために何冊か読んだが、本に書かれていたことは皆忘れてしまった。これは全く関係のない個人的な話。

こちらへ来てから気持ちのアップダウンが激しくなった。これは異文化によるものか,年齢のせいかよくわからない。こんなじゃもうここでやっていかれないとひどく落ち込んだり、数時間後に少しでも助けてくれる人が現れると,みんな頑張っているんだから,私も頑張らなくっちゃと気を取り直す。その気持ちの振幅が日本もいた時よりずっと大きく,周期も短い。

言語が不自由なところで仕事をすると、自分が子供になったような気がする。まず話の理解力、表現力が子供並みだ。日常会話においては子供以下だ。人生で築いて来た人脈もここに何もない。あげくにどこへ行けば適切な情報が得られるのか、そしてその情報を取捨選択し、咀嚼する能力も子供並だ。その上、言語は非常にメンタルな部分が大きく、落ち込むと聞き取る能力が低下する。異文化の中では自立すること自体が難しいのだ。

同居人のファディラが今ひどく落ち込んでいる。ファディラについては何度かブログにも書いたことがあるが、モロッコ出身、40歳、モスリム、独身の優秀な癌研究の科学者だ。故国を出て20年、パリでPhDを取り、ここに来て8年になる。アラブ語、仏語、英語が堪能で、人への心配りもできる素晴らしい人だ。そんな彼女が毎日、国の家族に電話をしていたが、ホームシックに苦しんでいる。体調が優れないこと、仕事の成果がなかなか見られないこと、論文が書き上がらないことなど、要因はいろいろありそうだ。でもそばで見ていると、たった一人の異文化生活に疲れたように見える。時々声をかけたり、ドライブに誘ったり、彼女の好きな日本料理を分けてあげることしかできない。

私はと言えば、4月に始まるJapan WeekのOpening Eventをする会場探しが難航して落ち込んでいたが、Fashion Square というこの地域では一番大きなショッピングモールのモール部分を一日200ドルで借りることができたのだ。日本だったら予算が先にあって(または会費を取って)、その予算内でよりよいイベントを考える。こちらでは会場探し、協力してくれるボランティア募集、ボランティアアーティストとプロのアーティストとの交渉、さらに大学にお金が全くないので、そのfunding(資金集め)、すべて同時進行で進めていく。それがアメリカ流だそうだ。私から見るとまさに綱渡りだ。これをするのが私の仕事だと言う。できるのかできないのかわからないが,できると思って進めるしかないのだ。何人、何組かのプロアマの参加承諾も得られた。何人かの人に協力もお願いできた。

やっと会場が決まったので、これから具体的なプログラム作成、広告宣伝、チラシ作成、資金集め(これが一番の難関)、それに日常のアウトリーチ活動。。。

できるだけ多くの人を巻き込み,成功(人を多く集める)へ導くためにはどうすればいいのだろうか。資金集めをするコツは?

誰か教えて!!

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明けましておめでとうございます。

2009年1月1日

明けましておめでとうございます。日本の自宅にお年賀状をくださった皆様、帰国しませんでしたので、ここで新年のご挨拶とさせていただきます。
今年もよろしくお願いいたします。


新しい年にふさわしい穏やかな元旦だ。朝家族からの電話で起こされた。家に子供たちがみんな集まり,一人ずつ声を聞かせてくれた。夫がおせちを作ったと言う。息子曰く「お父さん、すごいよ」

こちらは静かだ.昨晩吹き荒れていた風も嘘のように静まり、音一つ聞こえない。大きなターキーが焼ける大きいオーブンにお餅を3つ入れて焼いた。そして小松菜はないが、ほうれん草で例年同様とり雑煮を作り、大晦日につくった煮しめをつまみながら、一人の正月を祝った。

午後からファディラと一緒に空港近くのChris Greenlakeへ行った。DSC_0037_convert_20090102095103.jpg
気温は低いが寒くなく、風もなく、いいお正月だ。gooseが青空に舞い上がり、湖に飛び込み、また陸に上がって列をつくって歩いていた。
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今更ながら、水鳥ってすごいなあ。泳げて飛べて歩けて。。
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4月にJapan Weekをすることになっている。明日から前を向いて、早速仕事だ。

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よいお年を

後数時間で今年も暮れようとしています。(日本はもう新年ですね)

大晦日の天気は晴れ。最高気温華氏47度(8℃)、最低気温華氏20度(―6.7℃)台風一過のような風がゴーゴーと音を立てて吹き荒れています。

年内最後のブログとなります。私のブログはいかにも書き慣れない人の文章で、読みにくく、後から読み直すと添削したくなりますが,(実際、何度か自分で添削しました)辛抱してお読みくださった皆様,写真を見てくださった皆様、そしてコメントやメールをくださった多くの皆様、本当にありがとうございました。一人落ち込んだとき,どんなに励まされたかわかりません。「電車男」になったような気分でした。皆さんと一緒にこのヴァージニア生活をおくっているような気すらしています。

今年は何となく日記というよりテーマ別の書き方になってしまいましたが、日々感じたこと,カルチャーショックを受けたこと、感嘆したことなど、不安に思ったこと、もっともっとたくさんありました。以前にも書きましたが、私はアメリカ人より、この地に暮らす外国人と多く接してきました。彼らはこの異文化の中で、時に友好的に、時に自分をしっかり持って毅然とし、自分自身に誇りを持ち、前に向かって昂然と歩いています。私にはまぶしく,圧倒されるような思いで見てきました。もしかすると、こうした彼らとの出会いがこちらへ来た最大の収穫だったのかもしれません。

12月の家族が来ている時に私は還暦を迎えました。60歳の女が持病を抱え、家族を日本に残して、一人、進歩の見えない英語と格闘しながら一体ここで何をやっているのかと何度も自問自答してきました。

仕事もそこに転がっている訳ではなく、自分で日本を紹介できる場を開拓して行かなければなりません。不安を抱えながらも、多くの人の協力を得て,ここまでやってきました。

今日は朝ファディラと買い物に行きました。私は結局みかん,里芋、人参、こんにゃく、タケノコ、豆腐、ほうれん草と日本にいたときと同じようのものを買い、お煮しめをつくりました。(ごぼうや黒豆は売っていませんでした)それから日本の食材屋に行かなかったので、そばは買えませんでしたが、うどんを買ったので、それとこの煮しめで年越しをしようと思います。

今日は一段と気温が下がりそうです。

皆様よいお年を!

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