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クリスマス

12月28日(日)

日本の友達はみんなヴァージニアのクリスマスはどうかと聞く。こちらのクリスマスはサンクスギビングが終わらないと始まらない。12月10日ごろから、切り落とされたクリスマスツリーがスーパーや特設のテントで売りに出される。私の背のより少し高いもみの木が約50ドルだ。正月のための特段の飾りがないので、1月もクリスマスのデコレーションは続く。

大学の授業が終わり,15日ごろから一日一日人は少なくなり、大学の周りは車もなくなり、クリスマスのイルミネーションもほとんどなく、取り残されたように静かだ。

のりこさんが19日金曜日の夜レストランに誘ってくれた。のりこさんの生徒がウェイターのアルバイトをしているというクラシックなB&B(Bed and breakfast)のホテルのダイニング(Silver Thatch Inn)だ。
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家から車で30分、以前プレゼンテーションをした小学校のすぐ近くだ。落ち着いたアーリーアメリカンの建物で家庭的なクリスマスのデコレーションが施されていた。
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車で行ったのでワインも飲まず、アピタイザーとサーモンとデザート。ちょっと塩分が濃かったが、おいしかった。ウェイターのBen君のサービスもあって、クリスマスの雰囲気が味わえ,楽しいひと時が過ごせた。

その周辺は、私の住む地域とは違い、家の周りをイルミネーションで飾った家が何軒もあり、写真を撮りたいと言ったら、車でさらに10分も行ったところに、とてもイルミネーションのきれいなうちがあると案内してくれた。
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なんと広い敷地内にイルミネーション見学者のための駐車場があり、敷地内の建物、木々、花壇、至る所豆電球が光っていた。
日本のテレビで時々紹介されるアメリカのイルミネーションの家だ。
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全体の写真が撮れないのが残念だった。クリスマス人形、エンジェル人形を集めた部屋も町の人に開放されていた。
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クリスマスイブの日、私の住むInternational CenterではChristmas Eve Luncheonが開かれると言う。24日、Michaels (日本のユザワヤのようなところ)に行って6割引となった大きいクリスマスリースを買い、家の玄関に飾った。帰るところのない留学生が70名以上集まった。焼きそばにサラダ、ブラウンライス、デザート、果物、飲み物もコーヒーと紅茶があるだけだったが、これも主催者(Caroline)の篤志によるものだろう。彼女はHOLLYと呼ばれる南天に似ている枝ともみの木をたくさん持って来て飾った。
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私はそれを剣山を使って生け花風に生けた。剣山に生けるというだけで,彼らには目新しく,日本風となる。皆おしゃべりをし,帰って行った。

そして私はここで出会った中国人の謝さん、トルコ人のSamel君と翌日クリスマスミサに行くことになった。アメリカで、アメリカ人のようにクリスマスを経験してみたかったのだ。翌朝謝さんが車で迎えに来てくれた。東京ユニオンチャーチの牧師が生徒だったときに列席した時以来のクリスマスミサだ。St. Thomas Aquinasというカトリック教会だ。
IMG_1309_convert_20081229015346_convert_20081229015550.jpg次第に人が集まり,教会がクリスマスを祝う人でいっぱいになった。
短いスピーチとクリスマス聖歌の1時間のミサだった。聖体拝領が行なわれ、前後左右の手の届く限りの人とメリークリスマスと握手をして教会を後にした。

25日は日本流に言えば,クリスマス日和とでも言うのだろうか。暖かくてコートいらず、さわやかな青空が広がっていた。午後一人でHollymeadの湖に行ってみた。

ここはForest Lakes と呼ばれている,小さい湖が点在している別荘地のような住宅地だ。
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散歩をしたり,ジョギングをしたりしている人と行き交う。私のような年配の人と,その息子や娘が連れ立って,ジョギングをしている。すれ違いに皆、にこっと笑って「Merry Christmas」という。
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今晩は家族が集まってクリスマスディナーを食べるのだろう。

ファディラが家族のようにつきあっているポーランドから来たお医者さん一家があり、そこには10歳と19歳の男の子がいる。私も何度も顔を合わせていて、家族中知っている。クリスマスにInternational Centerに来るというので、小さいパヴロにはクレヨン色鉛筆セット、ルーカスには写真立てを用意した。パヴロは練習し始めのジングルペルをピアノで弾いてくれた。

27日の夜、近くのレストランがオープンとなり、そこでジャズとアフリカンミュージックのライブがあるという。キーボード、ベース、ドラム、それにヴォーカルだ。ファディアがその歌手から招待を受けたという。マークとファディラは知っている曲がなかったようだが,私には懐かしいヒットナンバー(サマータイム、キャラバン、枯葉、スタンドバイミー、ベサメムーチョにボサノバ)ばかりで、パンチの効いた歌(ボサノバなどちょっと合わなかったが)を満喫した。日本のクラブ歌手より上手だった。

こうしてアメリカでの私のクリスマスは終った。

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Washington DC (3)

11月30日(日)DC 最終日

昨日上天気だったのに、今日は一転して雨。しかも晴れそうもない雲行き。そこで,チェックアウトをすませて、再び美術館巡りをすることになった。一番来館者数が多いという航空宇宙博物館に行ってみた。一階はアポロ11号などの宇宙船の実物が展示されていた。
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宇宙船の中は非常に狭い空間だ。
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ライト兄弟の人類初の飛行機や零戦などの展示もあった。
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飛行機好きにはたまらない展示だろうが、豚に真珠で、余りに基礎知識がなくて、へえ~って感心してみただけで終わった。

ここはかつてエノラゲイ(広島に原爆を投下したB29爆撃機)が展示されたが、退役軍人の反対で記述修正を重ね、現在ダレス空港近くに新設された別館にあるという。

この博物館も荷物預かりがなく,旅行荷物を抱えての見学は疲れ、休めるところを探していたところ,国立美術館の彫刻庭園に中にレストランらしきものを見つけ入ってみた。ゆっくりコーヒーを飲みながら彫刻と庭園を楽しんだ。少し早めにユニオン駅に戻った。

心配性の我々は30分早くバス乗り場でバスを待った。待つ人は次第に増えてきたが、1時間待ってもバスは来ない。屋根はしっかりあるものの、風が吹き抜け、次第に気温も下がり、しんしんと冷えてきた。アナウンスは全くなく、UVaの学生らしき人たちは誰一人不平も言わず待っていた。

定刻より45分も過ぎた頃だろうか。AMTRAkの人が,列車に乗れるのでプラットフォームに移るようにと言いに来た。渋滞でバスが来ないのだと言う。サンクスギビング4連休の最終日で、日本のゴールデンウィークのようなものなのかもしれない。AMTRKは座席がないと言っていたのに変だなあと思いながら、全員プラットフォームに移動した。一両増結したのか,誰も乗っていない車両が1両あった。とにかく暖かい座席に座れ、ほっとした。でも,列車も動かない。今度はエンジンにトラブルがあって,エンジンを取り替えるのだと言う。列車のエンジンを取り替える?。列車はジーゼルなのだ。"An engine has arrived"とアナウンスに来てやっと列車は走り出した。

車内放送ではなく、一車両ずつ回ってアナウンスをすること、車両に乗る前に座席番号を書いた手書きの小さい紙を一人一人に配ること、それぞれの荷物棚に行き先を書いた(これも手書きの)シールを貼って行くなど、アメリカ流のやり方は妙にアナログで面白い。

予定より2時間遅れてシャーロッツビルについた。

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Washington DC (2)

11月29日(土)快晴 ワシントンDC

素晴らしい天気なので、今日は外を回ろうということになった。まずはテレビでおなじみのホワイトハウス。
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ホテルから15分ほど歩いたところだ。議員から特別許可をもらわないと,入館できない。1月のバラク・オバマ新大統領の就任式のための準備が行われていた。
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議事堂でも、ここでもポリスの動きが物々しい。こちらの警備はわからないようにではなく、いかにも屈強な警官が銃器が見えるように携帯して警備している。新大統領は選挙戦中から暗殺計画者が逮捕されたりしていたので、Secret Service は映画以上に警備に力を入れることになるのだろう。

次にワシントン記念塔の整理券をもらうのに並んだら,1時半からの切符が手に入った。それまでアーリントン墓地へ行こうということになり,National Mall をずっと歩いて、第2次世界大戦記念碑、リンカーン記念堂へと回った。
DSC_0430_convert_20081220230815.jpg第2次世界大戦記念碑から見るワシントン記念塔
IMG_1187_convert_20081220231521.jpgリンカーン像を撮るアメリカ人

それから徒歩でポトマック川にかかるArlington Memorial Bridgeを渡り,バージニア州にあるアーリントン墓地へと向かった。広大な敷地なので、園内バスを利用してケネディー家の墓、無名戦士の墓を回った。
DSC_0475_convert_20081220232304.jpg燃え続けるケネディー家の炎。手前はジョン・F・ケネディー家の墓碑銘。小高い丘の向こうにロバート・ケネディーの十字架がある。
DSC_0486_convert_20081221001045.jpg無名戦士の墓の前

帰りはメトロの一日券を買ってロナルド・レーガン駅で降り,ワシントン記念塔へと向かった。朝、塔の前でえさをついばんでいたたくさんの渡り鳥(?)はいなくなったいた。また列に並び、エレベーターで一番上の展望台へと上った。どこでもセキュりティーは厳しく,厳重な荷物検査が行われた。展望台からはぐるりとDCが見渡せる。東京のような高層ビルはなく、この塔のみがそびえ立っている。
IMG_1207_convert_20081221032655.jpgWashington Monument(167m, 1885年完成)から見渡す,National Mallとその周辺-

その後,たまたま通りかかったFreer Gallery of Art で日本の展示があるのをみて入ってみた。日本美術を始め、アジアの美術品の個人のコレクションだ。焼き物など、仏像など。あまり大きな美術館ではないので、ゆっくり見られ、掘り出し物のような1時間だった。

そろそろ帰ろうとメトロに乗り、中華街で降りた。中国人でにぎわっていれば、おいしいだろうとカジュアルなレストランに入った。(初日はあまり疲れて、外に出る元気がなく、ホテル内のレストランで食事をした。)DCはおいしいと聞いていたので、期待していたが,残念ながら両方とも外れ。おいしい物を食べるには事前調査が必要だ。

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Washington DC(1)

忘れないうちにワシントンDCの旅行について書いておきたい。

飛行機の席がないという新聞記事を見て、AMTRAKも Greyhoundsも座席がなくなったら、車で2時間なので、車で 行けばいいと思っていた。しかし、運転に自信がなければ、DCの運転はCRAZYだし、駐車場を探すのが大変だから、やめた方がいいという。みんなが到着した日にまずAMTRAK Stationへ行ってみた。Thanksgiving の翌日の金曜日に2泊の予定で出発予定だ。行きのキップは買えたが、帰りの座席はもうないというので、帰りはGreyhounds のキップを買うことにした。残り後1座席と言う.危ないところだった。

金曜日の朝まだ暗いうちに駅に行き、列車を待つ。何と列車は電車ではなくディーゼルだ。
IMG_1104_convert_20081217121659.jpgAMTRAK
時間どおりに列車は到着、DCの駅名は Union Station。帰りのバス乗り場を確認して外に出た。
DSC_0286_convert_20081217115518.jpgUnion 駅前
降りるとすぐ、Washington Memorial Tower, 国会議事堂が見えた。全部徒歩圏内だ。ただ一つのビルが大きく、1ブロック歩くのにも時間がかかる。Washington DCの見ものは国会議事堂とSmithsonian 美術館だ。

まずは,目の前に見えるCapitol,国会議事堂だ。いつもテレビでおなじみの建物だ。思っていたより遥かに大きい。長さ229m、幅107m、1793年着工。
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見学をするには整理券が必要だ。そのための人が長い列をなしている。翌日並ぼうと思ったが,今回は見送りとなった。

次は事件ドラマでおなじみの最高裁判所だ.日本の最高裁に入ったこともないのに,見学自由というので入ってみた。歴代の最高裁長官の彫像が並んでいた。
DSC_0311_convert_20081217125057.jpgSupreme Court

美術館の始まりは、アメリカインディアン博物館だ。でもここは昼ご飯を食べただけ。ざっと見て,National Gallaryへ.国立美術館は3館に分かれていたが、古典絵画の展示のある西館に入った。
オランダの画家の特集が行われ、今日本で人気のフルメールの絵が3点展示されていた。DSC_0341_convert_20081218223559.jpgNational Gallery 前
Rubens, Jan Lievense, レオナルドダビンチ、モネ、ルノアールなど。順路がわかりにくく他、たくさんの部屋を行ったり来たり。写真撮影が許可されているのにびっくり。ここが唯一荷物預かりのある美術館だった。それでも,展示作品が多く,途中円形ドームなど,くつろげるところはあるものの、ぐったりしてしまった。
ホテルへの便が良くないので、結局中華街を通って歩いてワシントンプラザホテルに向かった。

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冬休み

冬休み 12月13日

大学は期末試験が終わり,学生たちは帰省し始め、公立の学校も秋学期が終わりに近づき、私も暇になった.といっても私は休みでなく、日頃できなかったアウトリーチ依頼のメールやアウトリーチ先のリスト作り、予算作成、次年度の計画、まだ未作成のプレゼンのための資料作成など、少しずつ進めなければならないと考えている。 

こちらへ来てから、いままでしたことがない習い事をしてみたいと考えていた。Charlottesvilleには乗馬クラブや牧場があちこちにあるので、乗馬を始めたいと思っていたが、そんな矢先、職場の人が落馬して,腕を骨折したのだ。こちらへ来て4ヶ月あまり,全く運動をしていないので体力が落ちているのが感じられ、乗馬を始める気が萎えてしまった。それにいろいろ用具もそろえなければならないし、月謝も高いので,分不相当とあきらめ、水泳を再開した。
みんなが休みのところ、私一人働くのも気がめいり、水泳でもして,気分転換が図れればいいと思い入会したのだ。

プールは大学内の大きなフィットネスセンターの地下にある。オフィスから徒歩で20分ぐらいさらに奥にある。5時以降と週末は駐車できるというので、車で行くことにした。地下にプールが3つある。一つは泳げない人や子供のための3フィート(90センチ)プール、それから水球をする深さ120センチぐらいの小さいプール.それに50mのオリンピックサイズプールだ。通常それは横にコースロープが貼られ、25ヤード(22.5m)ぐらいになっている。コースロープで幅を広くとってあり、一コース、2人で並んで泳げる。このプールは深さが傾斜になっていて、一番浅いところで140センチ、一番深いとところでは5m以上あり、ダイビングの練習ができ、見ると海のように深く見える。

プールに入る前にシャワーを浴びるという規則もなく、スイミングキャップ着用も自由。ビート板、ブイ、フィンなど借りるのも自由だ。それに銭湯より大きいジャクジーがある。日本語の学生はこれを温泉と呼んでいる。競泳着の人もいるが、ビギニの女子大生もいる。男性のほとんどはビーチで着るようなデカパンだ。5ヶ月ぶりなので、おそるおそる水に入り、泳いでみた。泳ぎ方を覚えているだろうか。ゆっくりではあるが、溺れることなく,そして疲れることもなく、泳げたのだ。この冬休み中、プールも休みが多いが、できるだけ行くことにしよう。

今日はモロッコのファディラに誘われ,医学部で行われるというコンサートに出かけた。入ると正面にMUMBAY Remembrance というスクリーンがかかっていた.見るとインド人が多い。ファディラの同僚のインド人科学者の息子さんがバイオリンを弾くと言う。まず,テロの被害者に対する追悼のメッセージが述べられて,演奏が始まった。聞いたことのある曲だがプログラムがなくて曲名はわからない。力強いバイオリンで、追悼の気持ちが感じられてよかった。一分間の黙祷を挟み、Peter Paul and Mary 風のフォークソング、最後にインドのドラムと歌で締めくくられた。

その後でファディラが研究室を見るかというのでこんな経験はめったにないと思い、見せてもらった.ファディラは国を離れて18年、脳腫瘍の研究をしている科学者だ。がん細胞を顕微鏡で見せてくれた。ひかっているがん細胞と,繋がったがん細胞だ。いろいろな機械や用具について説明してくれたが、医学英語がわからず,子供のように感心するばかりだった。基礎医学の機械はみんなコンパクトだった。

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Thanksgiving holidays

12月11日
久しぶりのブログです。11月25日から10日ほど、夫とその姉たち総勢4名、来米していました。その後、たまった仕事を片付けていたら、12月も中旬になってしまいました。こちらへ来て,ワークショップでノースカロライナへ行った以外,遠出はしたことがなかったので、私も渡りに船で、観光を楽しみました。義兄は私より一回り以上年上なのですが,遠路よく来てくれと思います。どこへ行くにも直行便がないので,乗り換えに時間がかかるのです。

来米した翌日は午前中、モンティチェロに行った。前回訪れた時と違い、建築中だった銅板を貼ったレストハウスが完成していた。私はUVaのIDを見せると入場無料。気温は低く、寒かったが、凛とした空気の中のジェファーソンハウスから見える町もまたよかった。リンゴ園にも寄ったが、リンゴは少し並んでいたものの、リンゴ取りはもう終わってしまっていた。

夕方近くの湖へ行った。ボートでつりをしていた2人の男性がちょうどつりを終え、上がってきて、釣った成果を7匹もくれたのだ。
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23~5センチぐらいの魚だ。ぴちぴち跳ねるの抱え、ホテルのキッチンで夫が捌いた。川魚なので臭いのではないかと心配して、ショウガを入れ煮て食べた。(こちらでは焼物ができないのだ。)淡白な白身の魚で、新鮮(当然)でおいしかった。スープ皿に豆腐のみそ汁を入れ、なかなかの晩ご飯となった。

3日目に以前から行きたかったシェナンドー渓谷へ行った。約60マイル、90キロのドライブで、アパラチアン山脈の麓だ。John Denver のCountry Roadsに出てくるShenandoahだ。(「シェナンドー」と哀調を帯びたカントリーを歌ったのは誰でしたっけ。)Thanksgiving Dayで祝日だが信じられないほど人がいない。10月から寒くなっていたので,紅葉は盛りを過ぎ、ほとんどの木々はもうすっかり冬木立。前日に雪が降ったのか道路の両端は雪、そして流れる湧き水は凍ってつららになっていて美しかった。
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途中何度かシカの群れに出会った。アメリカでもオオカミ、プーマといった天敵がいなくなり,鹿が繁殖しているという。穀物にも被害が出るのでハンティングシーズンには個数調整が行われているそうだ。車にはねられた鹿の遺体もいくつか見た。
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Dark Hollow Falls という滝があるというので,下ってみた。
DSC_0149_convert_20081212034237.jpgここで珍しくオハイオのクリーブランドから来たという日本人の家族に出会った。小学生の男の子が2人いるお医者さんの家族だった。まだ滝水は勢いよく落ちていたが,間もなく凍結するだろう。

西部劇に出てきたアパラチアン山脈はもっと険しかったように思うが、冬のアパラチアン山脈は抜けるような青空の中に、水墨画のように幾重にも重なる、どこまでも続く、低くてなだらかな山脈だった。西部開拓史の時代には道もなく、ネィイティブアメリカンとの戦い,そして夜は獣との戦いを繰り返しながら、西へ西へと向かって行ったのだろう。
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ここからさらに西にあるLuray Cavernという鍾乳洞へと向かった。Luray Cavern は大きなアメリカ人が入ってもつっかえることがない、いくつもの大きな部屋を持つ鍾乳洞だった。水に映える鍾乳洞は古代都市のように幻想的だった。

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山の冬は日が落ちるのが早いので、暗くなる前に山道を下りたいと3時頃には帰路に向かった。

今回の写真はほとんど私のカメラを使った夫の作品です。
翌日はみんなでワシントンDCへ行きました。また後日アップします。

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