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自動車免許取得

自動車運転免許試験

車がやっと買えたのが9月8日、その翌日,7時50分にDMVに免許の試験を受けにいった。すでに10人ぐらい外で並んでいた。書類審査が厳しいことで有名なヴァージニア州のDMV。受付の人が書類を慎重に見ていく。パスポート、ビザ(DS2019),Social Security Number、それに銀行からの書類で、住所の書いてある振込記録のレポート。しかし,却下。銀行のMonthly report ならいいと言う。出直し。どうしてなのかさっぱりわからないが,お役所の言う通りするしかない。Monthly Reportを取りに戻った。もう一度列に並び、書類審査も最初から。今度はOKが出て、番号を渡された。DMVには住所が変更になった人,車を買い替えた人,免許の書き換えの人、いろいろいるようだ。

またまた書類の審査。それが済むと、各カウンターの上にある覗くと電気が付いている視力検査だ。あわてて眼鏡を取り出し、両目でアルファベットを8つばかり読み、左右の光が見えるかという検査で終わった。

いよいよ学科試験。渡米して試験まで1ヶ月近い時間があったが,結局インターネットの模擬試験を繰り返しやったぐらいだった。いろいろテキストに出てくる数字は必要とのことだが、単位が違うので距離感が今いちピンと来なくて覚えられない。みなメートルに直してみたが、今度は一つの答えに数字が二つになり,ますます混乱。心配だな。私の前にベトナム人らしいカップルが背中合わせに通訳付きでみんなの見えるところで回答していた。辞書が持ち込めると聞いていたので、許可を求めたが、私の電子辞書を見て、紙の本ならOKだがと、却下。コンピューターブースが10程並んでいる。
まず最初の10問は標識問題。これで1つでも落とすと,ここから進めないという。慎重に答え,とりあえず、10問は無事通過。次は25問。見たことのない問題が続く。始めの5問で3つも間違えてしまった。見たことのない問題で、紛らわしい英語表現が続くとなんだかよくわからなくなってしまう。しっかりテキストを読まなかったからだ。最後の1問を含め、6問間違えたため不合格。思ったよりずっと難しかった。まじめに取り組まないと合格しないことがわかった。

1週間後の15日、自分で車を運転して,受けにいった。250号線という片側3~5車線もある道の右側車線を90キロぐらいスピードで運転していく。(変でしょう。国際運転免許証があるので違法ではないのです)。また書類審査も視力検査も始めからだ。

学科試験。まず、始めの10問、最後の10問目がよくわからない。祈る気持ちでエイとボタンを押す。無事通過。まずはホッ。
次の25問、また答えがよくわからない。あっていると思った問いも INCORRECTと出る。だんだん緊張してきて英語が読めなくなってきた。これをもう一度受けるのは嫌だ。気を取り直して,とにかく選択肢をゆっくり読もう。(時間制限はありませんでした)また最後の問題がわからない。祈りを込めてまたエイ。4問間違えたが,合格。もう受けないで済む。やれやれ。

このまま続けてロードテストも受けられると言う。車は受験者が持ち込み,それに試験官が乗り込んで採点する。
試験官は女性だった。まず車のチェック。ブレーキを踏む,ウインカーを左右出す.ライトをつける。ワイパーをまわす、ハザードをつける。ホーンを鳴らすなどやった後で、試験官が乗り込み、おもむろに試験についての注意事項を読み始めた。シートベルトをつけ,出発。駐車場が大きいので,右左折を何度かし、turn leftと言われたのに右折車線に停めてしまった。分離帯が見える.左折は分離帯の向こうだ。と思って進めたら,駐車場に入ってしまった。始めの駐車場に戻り,危なくてしかたない、緊張しているのはわかるけれど、練習してもう一度受けなさいと言われ駐車場からでないうちに不合格。帰りは試験コースになりそうな道をあちこち運転して帰った。

練習しろって言ったって、時間はないが、23日からはノースカロライナへ行くので,その前にケリをつけなくっちゃ。

19日、試験場に着いてから、またその近くを2周して,受付へ。書類審査はまた時間をかけて厳重に。視力検査は適当に終わり、かなり長い時間待たされ,いよいよロードテスト。今度は男性の試験官だ。Right とlightを聞き間違え,嫌な顔をされる。これで落ちることはなかった。心配だなあ。
Turn right と言われたら,rightと繰り返すことにした。この周辺の地図が少し頭に入ったので、落ち着いて運転できた。多分ミスはなかったと思う。You passedと言われ、ホッとした。また20分ほど待ち、写真を撮り,サインをした。その10分後にはもう免許証を渡された。アメリカでは運転免許証が写真入りのIDカードとして,いろいろな場面で活躍するものらしい。やっと最初の関門を通過した。

あとはAAA(日本のJEFのようなもの)だ。今日中に手続きに関するものを終えよう。右折するところを間違え、また長いドライブとなってしまった。予算が50ドルなので、45ドルのに加入。これで、初期のしなければならない義務は完了だ。
でも運転、下手だなあ。

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英語

英語

こちらで私が耳にする英語は、特に南部訛りでわかりにくいということはない。(まだ町の人と買い物以外で話をしていないからかもしれない。)ただ私が聞き取れないだけだ。1ヶ月半すぎたが、よくなった気すらしない。でも、その時,その時、わからなければいけないことのみを必死で聞き、あとはもう聞き流している。わからないということに慣れてきた。学生たちも,日本人の先生たちもみんな同じ感じの英語を話すが,どうもイントネーションが映画などや日本で聞いていた英語と違い,ヴァージニア風のリズムがあるような気がする。

暇な間に英語を習いたいと思って日本語の先生たちに学生とexchange lessonsをしたいと申し出た。ところが学生そのものがまだキャンパスに帰ってきておらず,難しいと言う。大学が始まる前の8月20日、ともみさんがボランティアで教えてくれるところがあると教えてくれたので,ネットで調べ、電話してみた。なぜかその時は滑らかに自分の状況が説明できて、あなたは私たちの対象者ではないと言う。対象者はもっと英語に困っているお金のない難民、移民なのだと言う。私もボランティアでお金がないし、この英語力では日本文化のプレゼンテーションができないと言ったら、とにかくインタビューに来いと言ってくれた。
場所はトロリーでダウンタウンから10分ぐらい行ったところだ。インタビューアーはJET Programで横浜に一年住んでいたことがあり,横浜はきれいないいところだったと言う。そしてまた行ってみたいけれど,この年で(45歳)で仕事があるかというので、もうすぐ小学校でも英語が必修になるので,町の英会話スクールも繁況だし、こういうキャリアのあるあなたならきっと仕事が見つかると話した。ほんとなら,彼女のような人に英語を習いたい。私は夜しか習えない。今ボランティアの先生は中年の男性しかいないというが、UVaに勤めているらしいというので、その人と始めることになった。(9月3日開始の予定が17日に延期となり,まだ会っていない)

それ以外にTeaching Assistantをしている女の子が日本語を勉強したいと言って日本語科に来たと言う。そして私を紹介してくれた。でも、フランス語のTAだというので、フランス人なんじゃないかと尋ねたところ、アメリカ人の発音だったし,アメリカ人だと思うと口を揃えて言う。しかし、やっぱりフランス人だった。会ってみるとかわいい人で、語学の先生を目指しているので、「語学」の教え方がよくわかっていることがわかり、とりあえず,週に2回exchange lesson をやってみることにした。しかし,日本のことを全く知らないし、若くてフランス人なので(23歳)語彙に問題がある。私が知っているはずだが、引っかかっていて思い出せない語彙はほとんど知らない。う~ん。

みちこ先生が4年生のクラスでexchange lessonの希望者を募ってくれたところ、二人の女子学生が名乗り出てくれた。まず、アメリカ人のLaurieと始めた。クラスを見学した時、彼女がクラスについていくのが大変な状況だと言うのがわかった。Virginia出身、美術史専攻、昨年夏は日本語を勉強しに東京へ来て,ホームステイをし、この夏は9週間のイタリア語集中授業を受けたと言う。偉いね。こちらの学生はほんとによく勉強する。自分の学生生活を振り返ると。。。

他のサイトに赴任した人たちは英語が上手になったんだろうな。私は日本人と日本語を学習している学生に囲まれているので、英語のストレスがあまりない代わりに英語を話すチャンスがあまり多くない。それに若くないからなあ。でも,これを言い訳にしてはいけない。

実際,他の問題が山積していて、英語どころではないのだ。まだ大学のオフィスも居場所が安定しないし、今の部屋はインターネットに繋がらないし、まだ車の免許も取らなければならないし。。。でも,本格的に仕事が始まったら,この英語じゃ泣くようなことが起きるだろうな。

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車の購入(その3)

9月13日、久しぶりのアップです。車のことやら、仕事のことやらで忙しくて書く時間がありませんでした。
車購入については多くの方、(特にアメリカ人,またはアメリカ在住に日本人)から親切なアドバイスをいただきました。ありがとうございました。アドバイスそのものもそうですが、親身に心配してくれるその気持ちがとても嬉しかったです。ちひろ、あなたからもDonによろしく言ってください。

車の購入(その3)

大騒ぎしたが,白のカローラは空振りに終わった。即決した人がいて,売れてしまったのだ。こちらの買い物の仕方はすごい。インターネットで売りに出て、出物だと思うと,何もチェックもせずに、買ってしまう人がいるのだ。月曜日にcomprehensive inspectionを頼むと言っていたので,その後で,と思っていたら,消えてしまった。でも,これであきらめがついた。1997年のカローラにしよう。UVaの日本語の先生のご主人の中古車店なので,中古車の当たり外れはあるものの,信頼するしかない。2年間の保障(1200ドル)もつけてもらった。これで外れたら仕方がない。
9月8日、一括小切手で支払いをした。保険に入らないと車を移動できないので、そのまま帰宅した。

今度は自動車保険だ。日本だったら,保険会社がディーラーに入っていて、その場で保険に入れるのに、こちらはそんなシステムがない。また、ナビをつけてほしいと言ったら、WalMartで買って,自分でつけろと言う。日本は商売ではまだまだアメリカに負けません。ずぶの素人の私にだって,営業成績を上げられるアドバイスがいくらでもできそうだ。

保険会社の見積もりもみんなインターネットだ。いくつかの会社から既に見積もりをもらっていたが、こちらは対人無制限なんていう保険はない。通常の保険では上限が50万ドルだ。それ以上を望むなら,アンブレラ保険に入らなければならない。これはとても高い。
結局,ケンタッキー州のけいこさんのおすすめの日本の会社が扱う保険に入ることにした。保険契約は日本語だってよくわからないのに、保険のシステムも違う上に英語だなんてとんでもないと思ったからだ。これも1年1200ドル出してくれるので、full coverで免責額の一番小さい保険に入ったのだが、それでも半年で100ドル余ることになった。車が古いこと、私が若くないこと、この地域は保険料が安い(多分交通事故が少ない)ことなどの理由による。インターネットで見積もり申込書を作成し、メールで見積もりをもらい、2回電話で話をして契約完了だ(11日)。

12日、朝、40分歩いて車をとりにいった。
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とにかく事故を起こさないようにしなければ。IMG_0736_convert_20080914115540.jpg
中古車って車を手に入れたという感激がないものだね。でもこちらの人は車を買ったと言うとみんなCongratulationsと言ってくれる。

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車の購入(その2

9月4日、5時からネットで見つけたカローラを見に行くことになった。昨晩、車のオーナーと電話で話をした。男性だと思い込んでいたが、女性でUVaの学生だという。声で聞く限り,アメリカ人じゃない.そしてそんなに若くない。日本語を勉強している2年生のポールがボランティアとして付き添ってくれることになった。19歳だが一生懸命サポートしてくれようと言う気持ちが伝わってくる。事前に車の購入経験豊富な自分の父親に電話をし、いろいろなアドバイスを聞いてくれた。彼のおとうさんも熱心に説明してくれていた。交渉も6900ドルぐらいから交渉したらというアドバイスだ。

でも個人売買は手続きも全部自分でやらなければならないからなあ。そしてその後のメインテナンスも。私は日本で中古車どころか、車も買ったこと,ないんだよ。私に個人から車を買うなんてこと、できるだろうか。ディーラーだったら、税金、メインテナンスサービス(1200ドル)など全部含めて見積もりを出し,手続きを代行してくれる。代行手続き費用は195ドルだ。そして安いとは聞いていたが,個人売買は危険が伴うので,探していなかった。車の見分け方もわからないし、アメリカだし,英語だし。。。でも、ディーラーで今ひとつ買いたい車が見つからないのだ。

所有者の家はグーグルで探したので,だいたい見当がついている。大学から歩いて向かった。所有者は中国人のPhDが終わった、Bio Medicineの科学者だった。感じのいい人だ。(車と関係がないが、私はこういうのに弱いんだよね)月曜日迄に全体の検査を済ませ、その結果を見せてくれると言う。その時、試乗させてもらうのだが、またポールが同行してくれると言う。交渉事にはちょっと若すぎるが、英語がわかり、付いてきてくれるだけでも,ありがたい。0102020104050116132008082977451dcf37ff58e90c00a689.jpg
これは2001年、トヨタカローラ、走行キロ数、33300マイル、7560ドルで売りに出された車だ。
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バンパーに傷が残り,プレートが歪んでいる。プレートは買えば取り替えなければならないものだけど。室内はとてもきれいだ。彼女は3年間で5000マイルぐらいしか乗っていない。一度事故を起こし,バンパーを取り替えたと言っていた。

どなたかアドバイス、いただけませんか。




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ネット接続

ネットの接続

何度も書いたように私のマックはずっとインターネットに接続できないでいた。これはUVaのセキュリティーが厳しいからだ。インターネット接続のためのページは見られる。どういう理由でだか、いまだに(8月27日現在)大学のIDもcomputing IDももらえていないのだ。そこでゲストのためのアクセス方法を試みる。行けそうで入れない。コンピュータに強い人にやってもらってもだめだ。いろいろな方法を試みてきたが,どうにも入れない。

先週の金曜日にやっとオフィスにPCが入り、SEのSusanがセットアップをしてくれた。これで一応日本語でうてるが、最新のウィンドーズのソフトが入っていて、メニューバーがすっかり変わり,英語なので,よくわからない。特にエクセルなど、隣でマックを立ち上げて比べながら作業をしてみた。初めてuser name とPIN numberをもらったので、マックでも接続できるかと思い,夜中の2時半まで格闘するが,繋がりそうで繋がらない。パソコンに強い人が大学に電話してやってみてくれてもだめだ。Susanにマックも接続してほしいとメールを書いたが、個人のものは見られないと言う。学生がこんなに多いのだから,それは仕方がない。ITC(information Technology Center )に行くようにアドバイスのメールをくれた。

午後1時からだとネットに書いてあったので、昼を食べて早速行ってみた。男性が1時間いろいろやってみたが直らない。今度はHelp Desk へ行けと言う。かんかん照りの中、てくてく30分近く歩いてやっとついた。Jeff(ちょっとジョンレノンに似ていた)が見てくれた。繋がっている印の緑の電気がつくのに、繋がりそうでやっぱり繋がらない。これは私が一人でやっていた時もそうだった。でもとにかくwireをつければ繋がるようになった。繋がったとたん,突如メールの受信が始まった、届くこと届くこと、750通あまり。それもジャンクメールはWebメールを見たときにすでに削除済みなので、ジャンクなしでこの有様だ。部屋ではネットに接続できないけれど、Computing IDをもらうまで、まあ仕方ないか。これでやっと図書室で日本語でメールが書けるし、ブログも更新できる。

9月1日、やっとcomputing IDがもらえた。これでやっと部屋でも使えると思ったが,やはり繋がらない。やはりもう無駄な努力をするのはやめて、やってもらおうと翌日マックを持って大学のITC行った。今度はUVaのIDかSSNがないと接続できないと言う。
あ~あ。一体いつになったら、生活のセットアップができるのだろうか。

9月4日、ICに電話したら、Social Security Administration から手紙が届いてると言う。許可をもらって帰宅し、SSNを確認して,マックを持ってそのまま、ITCに向かった。またなぜか繋がらない。前回と同じNoelが対応してくれ、システムに電話をしてくれた。そこでfakeのSSNを作り、接続した。成功。これって一体何? やっとSSNをもらったので,急いで来たのに。まだ大学に登録されていないので,本当の番号じゃ繋がらないらしい。システム部と番号を捏造して、つないだのだ。それで繋がるならもっと早く繋がったんじゃないの?なんだかさっぱりわからないけど、とにかく、やっとワイヤレスでウェブに接続できたのだ。
こちらへ来て初めて自室からブログを書いている。

*************
今日はSSNが届き、wirelessでネットに繋がり、さらに、出発前に発送した最後の荷物も届いていた。
今日を境に、少しは「いい日」に変わるのだろうか。日本語の学生と一緒に個人売買の車を見に行った。車のところでも書いたが、売り手はUVaのBio MedicineのPhDを卒業して帰国する中国人女子学生で、良さそうな人だった。車もバンパーの傷以外なく、きれいで、かなり気に入った。こんな動機で車を選んでいいのかな。。。

うれしくなってポールを誘って,日本食レストラン「さくら」へ行った。彼は餃子と焼き鳥,私は海鮮うどんを食べた。おいしかった。これについてはまた後日。

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The Social Security Number

The Social Security Number

アメリカではSocial Security Numberがないと何もできない。通常、銀行の口座開設,運転免許、車購入、保険加入など、自分の生活のインフラを固めるためになくてならないなのだ。わたしのビザの種類はJ-1、これを持つ外国人はSSNがもらえるが、J-1の配偶者はJ-2ビザで、SSNがもらえない。そのため運転免許をあきらめる人、またはたくさんの書類をかき集めて,免許取得に成功した話など、ネットにいろいろな体験談が出ている。2001.09.11の犯人の一人がヴァージニアの偽造運転免許証を持っていたとかで、他州と異なり、免許の審査(免許試験ではない)が格別に厳しいらしい。

8月13日にみえこさんがThe Social Security Office連れて行ってくれた。ICの同居人のサブリナが4週間経っても届かず、最後入国した場所、Washington DCに行き、結局もらうのに3ヶ月かかったと言って怒っていた。そして、おぎしまさんはたくさん質問されるからと言っていたが、拍子抜けするほど簡単に終わった。受理され、とにかくほっとした。

しかし、それから待つこと2週間、郵便で届くはずのSSNが届かない。27日、新学期早々で忙しいのに、ともみさんがThe Social Security Officeに連れて行ってくれた。受付時間は4時迄なのだ。係の人が調べてくれたところ、わたしのapplicationはsuspendedだと言う。その理由にびっくり。同姓同名が何人もいて,その確認のためだという。だからこの名前嫌いなんだよね。出向いたことで,手続きが進んだと信じたい。。。。でもサブリナのことを考えると心配。SSNが遅れたことで,車の購入も、免許の試験も受けられない。いつまでたってもスタートできない。これって何だろう。
かつてはその場で発行されたそうだ。2001年以降厳しくなったのだ。
何一つスムースに行かない。ここではスムースに行くと思わないほうがいいそうだ。ここはどこ?

ついに届きました。アメリカに上陸して2週間後の8月13日に、申請書を提出した。今日は9月5日、3週間と3日かかった。

これでやっと一歩が踏み出せる。シャーロッツビルに来て、ちょうど1ヶ月。今日届かなかったら、またオフィスに出向くつもりでいた。大学からICに電話したら、ローレンが届いているというではないか。やっと取得できたのだ。

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車の購入と運転練習

車の購入

8月15日(金)、本日も人生初体験。こちらへ来てからこの年で毎日初体験を繰り返している。自分で望んで来たこととはいえ,疲れること、この上ない。

ともこさんのご主人(イギリス人)が中古車販売をしているというので、連れて行ってもらうことになった。歩いても行ける距離だ。(こちらへ来てから30分は歩く距離となった)見せてくれた車は2台。アメリカ初ドライブ。3人を乗せて運転してみた。3人とも私が右に寄りすぎるので怖かったらしい。
交通量の少ない道をそれぞれ一回りした。車はトヨタカローラ1997年で走行キロ数(これをmileageという)72,317miles 価格は5250ドルに税金、保証などいろいろついて7001ドル。もう一台は日産サントラ(サニーのことらしい)2000年、走行キロ数101,675miles, 8317ドルだ。日本だったらもう廃車寸前の車だ。それが百万円近くするなんて嘘だろう。どうやら需要と供給のバランスでこういう値段がつくらしい。仕入れれば売れるのでオークション価格がどんどん上がるということだ。そしてホンダは入手すら難しいと言う。これって何だろう。ビッグスリーは故障が多く、燃費が悪いから中古も売れなくなってきている。

日本の皆さん,自分の車を売りにアメリカにきませんか。もしかすると買った値段より高く売れますよ。

新車などはプレミアムがついて、値引きなんてとんでもないらしい。マツダは?と聞いたところ、マツダはフォードだから、トランスミッションに問題があるから薦めないと言われた。とにかくおすすめはホンダとトヨタだそうだ。
私はとりあえず,見に来たのだが,このカローラはlow mileage(10万マイルいっていないのはlowなんだって!!) だから滅多にない出物だと言う。昨年来、あわてて買った買い物はすべて失敗している。16日は土曜日なので売れてしまうかもしれないが、ここは慎重にしなければと見送ることにした。そしてKelly Blue Book や他のディーラーの検討を開始した。でもいくら調べたって所詮車のことなんて何にも知らないからなあ。

SSNがなかなか取れないので,車購入も何となくストップしている。みえこさんがあらたにネットで2001年トヨタカローラ、33000マイル、7560ドルという車を見つけて送って来てくれた(8月31日)。情報を見つけるのが上手な人だ。個人で自分の車を売買するので,心配だが,見に行ってみよう。

これに付随する傷害保険の検討も始めた。


運転練習

こちらへ来た翌々日の8月7日、大学のMaxWell氏が運転の教本をくれた。当然ながら英語ばかりで読む気すら起きない。それで図やイラストの書いている“Behind the wheel。。"から読み始めた。同時に,ネットでその模擬試験が受けられる。繰り返しているうちにだんだん正答率が上がってきて,その後でマニュアルを読むとよくわかる。試験もSSNがないと受験できない。

8月20日7時、ともみさんが、夕方車の運転をさせてくれると言ってきてくれた。
家の周りを回ってから29号線に出て,そのままウォルマートまで運転した。ウォルマートはもうCharlottesvilleではない。だいぶ運転に慣れてきた。
ウォルマートで引き出しを整理するためのボックスやクッションを買って外へ出たらもう真っ暗。片道4、5車線あって、どんどん左に車線変更していくのは難しい。ともみさんの誘導のもとでなんとか家にたどり着いた。これも道をよく知っていて早めに指示を出してくれるから出来たのだ。私が一番左車線を走ると右からどんどん抜いていく。つまり遅いので,本来なら一番左車線なんて走っては行けない車なのだ。(でも早めに車線を変更しておかないと心配で。。。)
それにしても怖がっている私の隣に座っていた車のオーナーのともみさんはこわかっただろうな。感謝です。

右折、左折の際のコース取りが難しい。どの車線に入っていいのか、瞬時に判断できないのだ。とにかく,運転試験に合格するためには上手であるより,安全確認を怠らず,危険行為をしないことだ。教習所で習ったことを思い出そう。

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The University of Virginia (UVa)

The University of Virginia

ヴァージニア大学は1819年にThomas Jeffersonによって創設された伝統のある州立大学だ。Thomas Jeffersonは誰でも知っているとおり、アメリカ独立宣言の草案を作成し、ヴァージニア州法の宗教の自由を掲げた人で、フランス大使、アメリカ副大統領を歴任し,第3代のアメリカ大統領になった人だ。政界を退いてから、教育に力を注いだ。キャンパスはGrounds、全体はAccademical Villageと呼ばれ、彼の生地Monticelloとともに世界遺産に指定されている。Rotunda,Pavilionsを中心とする建築物、造園もJeffersonの設計によるものだ。
DSC_0062_convert_20080901083421.jpgロタンダとジェファーソンと私

医学部を含む総合大学で、キャンパス内に医学部とともに大きな大学病院がある。

あ、そうそう、Virginia州の名前の由来をご存知ですか。Virgin Queenと呼ばれたElizabeth 1世の名に因んで名付けられた。また、この町、Charlottesville はGeorge 3世の妻Charlotteの名に因んでものだ。(9月末のWorkshop が行われるNorth Carolina のCharlotteもそうだろう)。Charlottesvilleの人口は約4万人、その3分の1が大学関係者だそうだ。そしてここの住民はみんなこの大学をヴァージニアの、そしてアメリカの誇りだと思っている。大学には閉ざされた門はなく、24時間市民に開放されている。

Rotunda と、語学関係のofficeや教室のあるCabell Hall は向かい合い,その両側にはかつては教室として使われたPavilionと呼ばれる学生の宿舎と重厚な部屋がある。
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部屋のドアを開けると通路だし、エアコンもないし、古くて暗くて狭い部屋なので、住みやすそうには見えないが、優秀な学生にしか与えられないそうで,ここに住めるのは名誉なことだそうだ。暑いので通路に向けて開けっ放しになっている部屋もあるので,丸見えだ。
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これらの建物に囲まれた長方形の空間はLawnと呼ばれる芝生で、夕方には犬や、子供を連れた市民が訪れ、週末にはLawnでピクニックをする家族も見られる。
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時に犬がリスを追いかける光景も見られる。
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キャンパスの中をトロリーやバスも通り,バス停もいくつもある。大学が広大な敷地を占めている。私の住むInternational Centerも大学の建物の一つだが、町のあちこちに大学の美術館や,フィールド、スタジアムや宿舎がある。どの建物も茶色に白のギリシャ風のデザインで、地図を持ち歩かないと迷子になったときに自分の居場所がわからなくなってしまう。近代的な建物は病院だけだ。

私は徒歩のときにはRotundaからPavilionを通って、Cabell Hallへ向かう。
DSC_0031_convert_20080901085006.jpgロタンダから見たキャベルホール
LawnはCabell Hallの4階に当たり、そこからエレベーターで地下一階まで降りる。
そこに日本語科,(先生5名)中国語科(同6名)韓国語科(2名)チベット語科(1名),それにEast Asia研究部門と事務部門とがある。長は中国文学の背の高いAnn先生だ。
25日の早朝、新学期に先立って,学科のミーティングがPavilionの2階で行われた。古い油絵が飾られた重厚な部屋に16名が集まり、みちこ先生より紹介していただいた。
私のofficeは韓国語の先生と一緒だ。3人では狭すぎるということで、私は後日East Asia 研究の部屋に移ることになる。

アウトリーチができそうな場所を拾い上げてリストを作成しているが、毎日いろいろなハプニングがあって一向に進まない。

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携帯電話購入

携帯電話購入

いつまでたってもSSNがもらえないので、普通の携帯は購入できず、とうとうプリペイド携帯を買うことにした。AT&Tで機種はSamsung。
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意外なことに日本で使っていたのより遥かに小さく,キーボードも使いにくいほど小さい。バックの携帯のポケットにすっぽり入ってしまう。それにストラップをつけられるところがどこにもない。ストラップの穴がない携帯なんて嘘みたいでしょう?
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日本では店の人がやってくれる設定を,こちらの店の人は売るだけで、全部自分でマニュアルを読みながら接続のための(アドレスや,着メロの設定ではない)設定しなければならない。チップを入れ、いくつかの操作が必要となる。チップの入っているカードをプリペイドのためのカードだと思って一番最初に財布に入れてしまっていた。それを忘れて、探しまくり、突然思い出したのが夜中の2時。それから気になって寝られないので、起き出し、設定を始め,なんとか機能が使えるようになったのが朝の6時。

翌日、みえこさんにPINCITYという安く国際電話をかけられる会社を教えてもらったので、その会社のアカウントを作った。クレジットカードを使ってなんとかやってみた。成功というメールが来たので,多分これでOKと思い、家に電話をしようしたが繋がらない。成功と思ったがとんでもない。Verifyするためにはまだまだすべきことが続いていたのだ。やれやれ。

次に、ともこさんに電話をかけたけれど繋がらないと言われて,やってみた。本当に繋がっていない。プリペイド携帯を使ったことがあると言うカーディーラーの太っちょのBさんが豆のような小さい字を見ながら太い指でやってくれた。(チップを入れるのだって,小さくて大変だった。アメリカ人もこれができるんだから、言われているほど不器用じゃないよね。ーー 折り紙への期待)そんなもの読んでみてもいなかった。securityのためにすべてに確認作業が必要だったのだが,それがなかなかネットで完了しない。

日本のCITIBANKからこちらのBank of Americaに送金する手続きが必要なので、電話で申し込むことになった。国際電話の契約をしたので、そのまま電話をすれば安くかけられると思っていたのに、あっという間にプリペイドの20ドルがなくなってしまったのだ。それでようやく気がついた。PINCITYに電話してからつながなければならなかったのだ。

今度は入金したprepaid分がなくなってしまったので、AT&Tのプリペイド携帯に料金をrefillしなければならなくなった。ネットでしようとしたが、パスワードが違うというサインが出てできない。わたしがノートに記したパスワードじゃないというのだと言う。昨日やったんだから、いくら私が忘れっぽいって言ったって間違っているはずがない。とうとう覚悟を決めて大嫌いな電話をすることにした。男性が電話に出て、ヘルプしてくれたのだが、クレジットカードがrejectされたりいろいろなノーサインが出て、とうとう1時間半。AT&Tのサポーターのお兄さん、わけのわからない英語の下手なおばさんに根気づよくつきあってくれて,ありがとう。最後に’Ms. Suzuki , よくがんばったね。ラッキーだった。Have a nice day’ ってなことを言ってくれた。最後、なかなか電話を切らない彼にどう電話を切っていいかわからず、少し話をして電話を切った。こんなことも面白い。

こちらの携帯は受信をしてもお金がかかる。通常の電話だと市内通話無料だが,携帯電話は基本的に有料だ。よく広告の電話がかかってくるが、それにもお金がかかる。次回入金するときにスムースにできるか心配だ。あのお兄さんも,もう一度私と話したくはないだろうから。

日本と違うところはとにかくどこでも会話があることだ。日本人から見ると「よけいな話」をしているのだ。だから予定の時間に遅れたりするんだけれど、日本よりずっと人間的だ。日本では店の人はマニュアル通りの問いかけのみで、それ以外誰も余計な口をきかない。これじゃ,この国の人が日本へ来たら、寂しいだろうなと思った。日本人の私はここではどう反応していいかわからないことが多い。簡単な挨拶すら難しい。必ず挨拶以外の言葉があるのだから。ここではそれも含めて「挨拶」なのだろう。この文化の違いはどこから来たのか。
ご存知の方、教えてください。

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