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膝痛 (整形の痛み)

膝はだいぶ良くなってきましたが、いつまでも違和感が残っています。でも、階段も普通に降りられるようになったので、日常生活では困ることはなくなりました。初めて歩けなくなった時から3ヶ月経ちました。

前回の右眼の手術で新しくマキュエイドの手術が加わり、術後2週間過ぎましたが、目頭の白目部分の充血が取れません。まだ抗菌と炎症の2種類の目薬をさしています。そして水泳を止められています。

まだこのあと8月までに2回手術があるので、暑い時期にとても残念なのですが、水泳は諦めるしかありません。そんなわけで、ジムを開始しました。

水泳仲間にジムスタジオで会い、「珍しいね」と言われながら、お勧めクラスを教えてもらって、ヨガ、ピラティス、ボール、BITs, トータルシェイプなどのクラスに出てみました。数年前には1〜2年やったことがあるのですが、体も頭もすっかり忘れてしまっていて、インストラクターの指示に反応できません。それにマシーンも以前より軽目に、上半身、下半身と合わせて7〜8種類やってみました。

特にBITS(長い棒、ポール、マット使用)は筋膜リリース、バランスにいいように思いました。週に2回クラスがあります。このポールを使った筋膜リリースですが、痛い左膝のあたりは体重をかけることができないくらい痛いのです。腕で力を加減しながら、やりました。
脚が軽くなったようでした。

膝そのものの骨が減り、関節軟骨がすり減っているのですが、それ以前に周辺の筋肉が皮膜にくっついてしまっているようです。それに私は見た目でわかるほどではありませんが、少しX脚なのだそうです。それで、膝の外側に負担がかかったようです。トレーナーは私が立ったり、歩いたりするのを見ているだけで、的確に指摘します。プロはすごいなあと思いました。

長年癖のついた動作や姿勢は簡単に治るものではありませんが、違和感を感じた時だけでも気をつければ、悪化しないで済みそうです。自分の体の状態を知ること、そしてそれを矯正を心がけることが必要だと思いました。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

緑内障 (網膜中心静脈閉塞症) 4度目の入院 8  & 膝痛

右目
再び眼底出血が始まり、網膜が腫れて、視力が落ちて来ました。そして23日から2泊3日入院し、手術を受けてきました。

以前手術は3回がセットと聞いていたので、3回が終わり、この治療は一休みと思っていたので、また新たな3ヶ月が始まるのかと思うとがっかりしました。

ルセンティス注入に加え、新しくマキュエイド(トリアムシノロンアセトニド)をテノン下に注入しました。今度は麻酔が効きにくかったのか、今までで一番痛かったです。

今回もお隣のベッドの方は軽い認知症のようでした。家族をとても恋しがっていました。テレビはイヤホンでと看護師さんに言われても、不愉快なのでしょう。すぐ外してしまい、ずっとテレビの音が小さく聞こえて来ました。そんなで、入院初日、私は暇でロビーでずっと本を読んでいました。

翌日は土曜日午後の1番の手術でした。3人の患者さんが退院し、5人部屋は二人になりました。手術が終わり、前回同様1時間の安静時間。その後はベッドから出られますが、大きな眼帯をしているので、鬱陶しいです。

同室の人は私より一回り若くて、病名は違うものの、同じような治療を受けた様子。なぜか意気投合し、退院の時間までおしゃべりしました。

手術前はかなり見えなくなっていましたが、視力が第3回目の手術の後より見えるようになった気がします。少し大きなフォントだと見えるように思います。思うというのは変な表現ですが、右上の視野が欠落しているので、普通の左目のように見えるわけではありません。

術前に説明がありましたが、今までの手術と違い、目頭の白目の部分が充血しています。もう10日経ちますが、まだ充血が取れていません。嫌だなあ。以前の術後は目薬(クラビット)をさしても、しみたり、痛いということはありませんでしたが、今回は同じ抗菌目薬がさすのが嫌になるほど痛いのです。それが日に4回。

それもだいぶ痛みが減ってきました

本日、術後の診察がありました。
腫れがすっかりなくなりました。視力検査では相変わらず見えるとは言えないのですが、術前に比べて、だいぶ気分が違います。
でもプールはすっかり沁みなくなって、あと2週間ぐらいは入らない方がいいと言われてしまいました。


膝痛はかなり良くなってきました。でも、100%ではありません。まだ正座はできないし、屈伸すると違和感があり、なめらかではありません。

脚の屈伸運動を続けています。プールに入れないので、数年ぶりに恐る恐るヨガとマシーンをやりました。ヨガは脚を折るポーズがありますが、膝が折れません。ヨガクラスの参加は難しいと思いました。
入院、退院後(短い間ですが)と運動制限があり、毎月こんな日々を過ごすのでは筋力の低下が進みます。
筋力アップは大変なのに、筋力低下の早い事。年をとるって大変。。。

まず体重を減らさなくっちゃと思うのですが、今まで通りに食べていては運動量が足りないので、減量どころか増量となってしまいます。つまり普通の一人前の量では多すぎるのです。大変だなあ。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

緑内障 (網膜中心静脈閉塞症) 7  & 膝痛

もう梅雨入りしました。日が長くなってきましたね。

長くブログを更新しなかったので、メールをくださったり、ご心配をしてくださった皆さま、申しわけありませんでした。元気に過ごしております。

まずは膝痛から
4月の初めに痛めた右膝は少しずつ痛みが減り、階段を降りるとき以外は問題がなくなってきました。そこで草取りをし、こわごわ平泳ぎをしてみました。両方ともやっているときは問題がなかったのですが、翌日再び痛み始めました。

膝の痛みには足の屈伸がいいそうです。椅子に座って片足を伸ばして10を数え、それを両方を3回ずつ、日に何回かするといいそうです。確かに注射より効果があったように思います。

当初から2ヶ月過ぎました。未だに下りはできるだけエレベーターやエスカレータを使うようにしています。下り階段にはまだ違和感があるものの、降りられるようになりました。これで日薬で治っていくといいのですが。

それから右眼です。

いっときは少し見えるようになったかなと思いましたが、5月下旬ごろからまた霞がかかったようになってきました。また眼底出血が始まっているそうです。今週末から8月までまた3回入院し、手術を受けることになりました。それぞれ2泊3日です。

今までのルセンティス注入に加え、マキュエイド(トリアムシノロンアセトニド)をテノン下に注入するのだそうです。薬はなんでも副作用がありますので、不安がないと言えば嘘になりますが、まな板の鯉のような心境です。

この入院で前回のように筋力が落ちないようにするにはどんなことをすればいいのでしょうか。今回は退院後少し動いたほうがいいのでしょうか。入院中は暇ですので、楽しい計画でも立てることにしましょう。

ご心配いただき、ありがとうございました。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

緑内障 (網膜中心静脈閉塞症) 3度目の入院 6  & 膝痛

前回3月27日に入院し、右目の硝子体にルセンティスを注入手術しました。

そのあと、4月2日に小湊鉄道のバスの撮影会に出かけました。医者の承諾を得て出かけたのですが、目には全く問題がなかったものの、左膝に痛みが生じ、整形外科で治療を開始しました。これについては前々回のブログで書いたとおりです。簡単に治ると思っていたのに、出かけては悪化するということを何度も繰り返していました。特に階段の下り、坂の下りが辛いです。

こんな状態で、4月26日より3回目の右目の手術のため、入院しました。もう慣れたもので、手順もわかっているし、病院の様子もわかっているので、精神的に落ち着いていましたし、治療効果に過剰な期待もありません。自分では一番見えなかった時より、少し視力が出ているように感じる(近くの大きめの字が読める)のですが、視力検査では特に視力が出てきたということはありませんでした。

前回、前々回と同じ説明を聞いて、先ほど退院しました。今回は6人部屋で6人入室、みなさん静かでしたが、それでもよく寝られなかったのか、眠くて眠くて。

さて、今一番問題は左膝です。膝を痛めている人、特に女性はとても多いです。筋力不足が原因なのでしょうか。

膝を痛めるまで、特にエスカレーターやエレベーターを探すということはありませんでした。目の前にあれば使うし、なければ階段を使っていました。どこの駅にあるのかないのか、どの辺にあるのかといった知識が全くありませんでした。地下鉄は出口によってあったりなかったり。JRは下りか上りの1方しかない駅が多いように思いました。足の不自由な人の外出は大変だと身にしみました。

3度目の入院する前の1週間、やっと眼科から水泳が解禁になったので、こわごわ泳いでみました。こわごわというのは目ではなく膝です。ほとんど足を動かさず、腕で泳ぎました。それでも体の動きで足もゆったりと動きます。はじめは余計なことをして大丈夫かなと心配したのですが、100mも泳ぐうちに違和感もなくなってきました。初日は30分、10分ずつ増やしていって、1時間泳ぐようになっていました。

そしてまた水曜日に入院。

膝は完治するものなのか、これも自分の体の一部として受け入れていかなければならないのかわからないのですが、入院中ほとんど足を使わなかったからか、膝はまだ頼りないものの、よくなってきたと思います。

これからが問題です。1週間は安静(といっても家事はしてもよし)なので、その間に膝の痛みは消えるといいのですが。そして筋力が落ちてしまっているので、無理をすれば簡単にぶり返してしまいそうです。どのようにしていけばいいのでしょうか。今は痛い時に湿布薬を貼ったり、自宅にある低周波(スクランブルウェーブ)をかけるだけで、もう治療はしていません。

早く普通に散歩や撮影ができるようになりたいです。

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緑内障 (網膜中心静脈閉塞症) 5 & 膝痛

術後1週間の検診に行ってきました。

担当医が変わりました。若い女医さんで、却っていろいろ聞きやすいかもしれない。

視力検査をしました。少し見えてきているように思うのですが、検査で視力は改善していませんでした。
網膜の腫れはだいぶ治まってきているようです。完全に出血が収まり、腫れがなくなれば、もう少し見えるようになるかもしれないということですが、期待は持てそうにありません。

もらった術後の注意書きに一貫性がないので、先生に質問すると、今度の先生はもう目薬もやめて良い、あと1週間すれば、水泳をしても良いと言います。???とりあえず、目薬を終了しましょう。

2日の日曜日、手術前に先生の許可を得、バスの撮影旅行に参加しました。バスで移動しているので、たいして歩いたわけではありません(それでも1万歩ぐらい?)が、翌日、以前から少し違和感のあった左膝がはばったく、曲げ伸ばしがうまくできなくなってしまいました。1週間家から一歩も出ず、室内を歩いていただけだったからか、自分が思っていたよりずっと筋力が落ちてしまったのでしょう。

翌月曜日、久しぶりにペインクリニックに行きました。処方はヒアルロン酸注射と温熱と漢方薬ツムラ20と23。私はすっかり忘れていましたが、以前にもこのヒアルロン酸注射をしたことがあるそうで、その時、効果がなかったと言ったそうです。今回は打った時から痛く、違和感がありました。時間とともに良くなるどころか、腫れてきて、動かなくなったしまいました。

それなのに火曜日朝、よくなっていたので、大して歩かないからと目黒川に出かけました。歩いているときはいいのですが、上り下りがうまくできません。何やら一日中足を引きずって歩いていたようです。我ながらいい年してバカですね。どうして慎重さに欠けるのでしょうね。

寝ている間に回復するということは使ってはいけないということなのでしょうか。翌水曜日の朝だいぶ具合がいいと思いましたが、大学病院の眼科からはやっとの思いで帰り着きました。庇っていたからか、左ばかりか右膝も痛くなり、身体中、筋肉痛を起こしてしまいました。

体は一箇所具合が悪くなると、次々と連鎖するようです。相変わらず肋間神経痛は疼いています。動いていないので、体重の増加も気になります。増加すれば膝への負担も増します。何事もほどほどというペースを守れない自分に責任があります。

さて、今日、かなり良くなってきました。違和感は残っているものの、膝の存在を忘れています。今日じっとしていたら、明日には治っているでしょうか。

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緑内障 (網膜中心静脈閉塞症) 4 2回目の入院

前回の手術から40日過ぎました。手術後少し見えるようになったかなと思った時期もありましたが、再び眼底出血を起こしてしまい、また見えなくなってきていました。前回ほど急激に視力が低下したという感じではなかったので、それほど不安はありませんでした。

予定通り3月27日に入院しました。今度は造影剤の検査も、診察もありませんでした。入院した日は体温、血圧などを測り、目薬をさしただけでした。

今度は大部屋に入りました。5人部屋に私を入れて3人でした。隣のおばあちゃんにはご主人と息子さんが付き添っていました。「手術は何時からなの?」「今日はここに泊まるの?」「あなたは帰っちゃうの?」「こんなところに入ったことがないから、一人じゃどうしていいかわからないよ」「トイレはどこにあるの?」とずっとエンドレステープのように、止まることなく質問し続けているのです。その度にご主人は「3時からだよ。」「そうだよ」「だいじょうぶだよ」と優しく答えています。会話は成立していますが、繰り返し同じことを質問しているので、認知症なのでしょう。昨晩は入院しましたが、宿泊できずに自宅へ連れて帰ったそうです。

私は途切れることのない会話から逃げ出してロビーへ行きました。入院患者のほとんどが白内障のようです。白内障でもかなり見えなくなってから手術を受けた人は、あまり見えるようにならなかったと言っていました。

網膜剥離の人は2週間の入院だそうで、術後ずっとうつむいていなければならないそうです。

今回は大部屋なので、ノートパソコンも持たず、スマホと本のみ持って行きました。前回の個室の時は冷蔵庫、テレビは無料でついていましたが、今度は千円のカードを買ってカードを挿入します。イヤホンを持っていったので、夜はテレビを見ました。

ちょうど、孫のゆうたんがお父さんと広島旅行に出かけていて、Lineで写真入りで報告してくれます。時々返事をしたりして、とてもいい気晴らしになりました。ありがとね。とにかく初日は何もすることがありませんから。天候には恵まれなかったようですが、いい旅行ができたようです。

夜消灯は10時です。その前から眠っていたお隣のおばあちゃんは11時過ぎに目を覚まし、「ここはどこなの?」と大パニックに陥りました。看護師さんが飛んできてトイレに連れて行きました。結局個室に移されたようです。本人曰く、「足はとても丈夫なの。どこまでも歩けるの」と言っていました。認知症になってからの治療は家族も大変ですね。明日自分がそうならなとも限りません。私は夜中に薬を飲んで寝ました。

朝6時から目薬をさしました。昼前に手術が行われました。前回と同じく手際よく手術がすみ、車椅子で病室に運ばれました。同室の二人は退院し、新たに3人が入室しました。ほとんどの人が私と同じ2泊3日ですから、病棟は入れ替わりが激しいです。

手術も終わり、前の晩眠れなかったからか、午後はうつらうつらと眠り続けていました。ゆうたん達は厳島神社を楽しんでいたようで、潮の引いて鳥居の前で潮干狩りしている写真が届きました。

3日目の朝、眼帯が外されました。しばらくすると目の下方からキラキラと無数の金色の星がキラめています。どんどん星の数が増えてきます。診察の時に話しました。そのうち消えるでしょうとのことで、退院する時間にはきらきら星は消えました。

次回の診察は1週間後です。年度が変わり、担当医も移動で、変わるそうです。人が目まぐるしく変わる病院で、手術も担当医ではありませんでしたし、もとよりよく見えない目なので、看護師さんも含め、どの人が自分の担当なのかさっぱりわかりません。これでいいのでしょうか。

無事退院し、視力はちょっと出てきたように感じます。これで少し見えるようになると嬉しいのですが。

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緑内障 (網膜中心静脈閉塞症) 3 & 花粉症

2月17日に退院し、その後、クラビット1.5%(抗菌目薬)を一日3回、ブロムフェナクNa0.1%(非ステロイド抗炎症目薬)一日2回さすことになりました。

目が覚めると昨日よりちょっと見えるようになっていないかなあと思うのですが、右目は退院時よりはいくらか見えるようになったものの、ちょうど見ようとするところの視野が欠けたので、見えそうで、見えません。ですから残念ながら文字は読めないのです。でも、左目で見ているので、日常生活に不便はありません。

27日に診察があり、薬が効いているということで、出血は止まり、網膜の炎症も治まってきてるとのことで安心しました。

退院時にもらった注意事項が書類によって違っていて、自分の都合のいいように解釈したいところですが、慎重な方は安全を期してということなのでしょう。術後2週間でプールはOKという書類もあったのですが、担当の先生がプールの水は汚いから1ヶ月はやめたほうがいいというご意見でした。

運動不足の上に、うちにいる時間が長いとついつい食べ過ぎてしまいます。ここはなんとか運動をしたいところ。中間をとって、しっかりゴーグルをつけて、顔をつけずに背泳ぎを板キックのみすることにしました。
うん、やっぱり体がスッキリして、気持ちがいい。

くすぶっているそんな時、3月5日野田市で行われる「Flight 2017」というイベントに誘われました。航空ショウかと思ったら、鷹匠の大会でした。これについては後日アップします。

先週末から盛んに飛び散っている花粉、関東平野の真ん中の野田では大量の花粉が舞っていたのでしょう。翌日は目が腫れ、目やにがいっぱい。そしてすごくかゆい。手術した目が炎症を起こした恐れもあるので、かかりつけの眼科に飛んで行きました。診断は花粉症でした。

目薬をさらに花粉症用の2種類、リボスチン1日4回、フロメトロン(かゆみがひどい時)さすことになりました。こちらは両目、以前からさしているのは手術した目のみ。間違えそう。。。

現在は痒みも治まり、抗炎症目薬と、このリボスチンのみをさしています。
それにしても今年の花粉はひどい。アレグラを飲んでいますが、朝からくしゃみが出ていて、くしゃみが始まると鼻水が出てきます。こちらも後1日月以上は続きますね。

手術から3週間が過ぎました。早く普通に泳ぎたい。こうして考えると私には写真より水泳の方が大切のようです。

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緑内障 (網膜中心静脈閉塞症) 2

手術の三日前から1日4回クラビット1.5%の抗菌目薬をさしました。術法は抗血管新療法で、ルセンティスという薬を硝子体に注入することになりました。

入院した15日には次々と看護師さん、薬剤師さんが説明に来ました。簡単な検査があっただけです。暇で、持って行った雑誌やノートパソコンを見ていました。緊急入院でしたから、個室でした。

翌日16日正午前に手術が行われました。強い光を当てられていましたが、当然眼をつぶることもできませんから、まな板の鯉です。手術室に入ってから出るまで30分ぐらい。大きな眼帯をして車椅子で病室へと運ばれました。痛みもありません。一人部屋ですから話す人もいません。ぼうーとテレビを見ていました。

翌朝、簡単な診察の後、退院後の注意を受けて、退院となりました。
注意点は洗顔、洗髪は3日後から、運動は2週間禁止ということでした。食事の注意点はありませんでした。顔や髪が洗えないと外出する気にもなれません。洗髪でき、やっとさっぱりして外出しました。でも、泳げないので、いまいち元気が出ません。ぼんやりと撮り溜めた映画を見ていました。

目の状態はといえば、裸電球ひとつの暗い部屋からやっと出て来たような感じです。視力は現状維持で、視力の回復は難しいと言われています。相変わらずよく見えませんが、手術をする10日ぐらい前にもどり、大きな字なら見えるようになりました。手術した右眼は左眼より少し黄色がかっています。せめて、よく見えないと眼科を訪れた1月半ば、欲を言えば、12月半ば(免許がかろうじて更新できた)ぐらいに視力がもどったら嬉しいです。

27日に術後の診察がありました。出血は治まっており、網膜の浮腫もずいぶん改善したようです。3月28日に2回目、4月29日に3回目の手術をすることになっています。それぞれ二泊三日です。

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緑内障 (網膜中心静脈閉塞症) 1

長らく更新を怠っているうちにスポンサーサイトが出てしまいました。

このブログをアップするか迷いましたが、同じ病気の人のブログを探しても見つかりませんでした。同病の人のお役に立てるよう、アップすることにしました。

ずっと元気でしたし、今も元気です。ですが、眼を患っていましたので、パソコンに向かう時間を軽減していました。

私の最大の弱点は眼です。早くから白内障を患いました。このブログによると、1999年に右目をしたようです。(記録がなくてはっきり覚えていません)その11年後の2010年12月に左目の白内障の手術をしています。

そして数年前に緑内障と診断されました。右目の視野が欠け始めたようです。

そして2015年夏、慈恵医大で1日入院して、涙管の手術を受けました。

昨年末ごろから右目が見えにくくなっていました。12月は誕生日月で、免許の更新がありました。その時右目が見えにくかったのですが、なんとか視力検査に合格しました。

年末でもあり、忙しく、年が明けて1月13日に眼科に行きました。かなり視力が落ちていて、眼底出血を起こしていると言われました。病名は網膜中心静脈閉塞症です。網膜の中心部分が詰まっているため、血液が血管から溢れ出ている状況だそうです。そうすると新生血管ができてしまうのですが、この血管は細く脆いので、危険なのだそうです。

近くの大学病院を紹介され、予約が取れたのが、23日。そこでも同様、瞳孔を開いて、眼底の写真を撮りました。左目にもその兆候はあると言われました。

造影剤を注入する検査が必要だそうです。その検査日が2月8日。その間どんどん見えなくなってきました。大学病院に電話しても、混んでいて検査を早めるのは難しい。担当の先生がいないと言われ、かかりつけの眼科に行きました。かなり眼底出血がひどくなって網膜が腫れていると言われましたが、検査の日まで待つほかありませんでした。

8日、蛍光眼底造影検査は特に問題もなく終了しました。次の診察日が翌週16日だったのですが、13日11時半の予約に早めてもらいました。

13日、随分と急に悪化したことを認識した先生は入院を早めるため、レントゲン、心電図と撮り、入院の手続きを進めてくれました。

急なので個室しか空いていませんでしたが、そんなことを言ってはおられません。提出書類、入院に必要な荷物を準備しました。旅行の支度より面倒です。

2月15日入院しました。

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涙があふれる 涙管の手術

ここ数年、眼に涙があふれ、モノがよく見えないことがありました。特に車に乗ると、エアコンの風が刺激になるのか涙が止まりません。特に夜はライトや信号が光って、距離感がつかみにくく、夜の運転は避けていました。

日中もポロポロ涙が出るので、始終涙を拭いていました。涙は塩分が濃く、眼に周りまでくちゃくちゃしていて、とても不快です。

7月6日にかかりつけの眼科医でいつもの定期検診。ずっと涙の症状を訴えてきましたが、この日はあまりにひどかったのでしょう。13日に涙管に針を通す手術をすることとしました。が、詰まっていて空気も送れず、西新橋の慈恵医大を紹介されました。担当となったG先生はネットで見る限りその専門家のようです。

24日、慈恵医大の予約が取れ、診察を受けることになりました。そこでもう少し丁寧に通過を試みましたが、やはり涙管は通らず、完璧に詰まっていると言われ、8月21日に手術をすることになりました。病名は「涙管閉塞」です。この日に心電図、血液検査、レントゲンも撮り、手術日も決まりました。半日がかりでしたが、手際にいいことでした。

先生によると成功率は6割とのこと。「えっ、4割も失敗があるの」と不安がる私に「6割は高いでしょう?治ればめっけ物でしょう。私も頑張りますから』と言われました。先生は40代ぐらいの自信にあふれた先生で、やってみようかという気になり、その場の流れで、手術を受けることにしました。一種の賭けのような気分です。慈恵医大の涙器科は関東で手術症例が一番多いようです。

大学病院の眼科は子供の多いのにびっくりしました。きっと先天的な視力障害があるのでしょう。ご両親が一緒に付き添い、たぶん遠方からも来ているのでしょう。大変なことだと思いました。

私の場合、一泊入院することになりました。もともと睡眠障害があるので、ちょっと贅沢かと思いましたが、1泊だしと個室を取りました。(ところが、病院の場合、一泊すると二日とカウントするんですね。うちへ帰って、領収書明細を見るまでわかりませんでした。それなら、6人部屋にするんだった。。。)

朝9時半過ぎに病院につきました。手続きを済ませると体温を測ります。2回測りましたが、2回とも34°7〜8しかありません。「いつもこんなに低いんですか」と聞かれましたが、熱のある時しか測っていないので、わかりません。(私の暑がりの原因はこの低体温にあるのでしょうか)

さて手術室です。手術服に着替え、顔を洗いました。手術室の人数を数える暇もありませんでしたが、看護師さん数人、お医者さんが二人いたと思います。眼の消毒をします。まず左目に麻酔注射を打ちました。おお、痛いこと!眼を開けろと言われても自分で開けているのかどうかすらわかりません。上を見ろ、右を見ろと言われます。「水が来たら言ってください」と言われました。しょっぱい水が口の中に流れてきました。通過したようです。

涙管にチューブを通します。「チューブが入りましたよ」と先生の声が聞こえました。成功したようです。

今度は右目です。「癒着がひどいねえ」という声が聞こえます。左目の倍以上の時間がかかりましたが、塩水が口に流れてきました。こちらにもチューブが入りました。こちらは丁寧に洗い流す必要があったのでしょう。もう飲めないというほど塩水が流れ込んで来て、しょっぱい水をたくさん飲みました。(血圧が上がっちゃう)

手術時間は両眼で30分ぐらいでした。

右に顔半分隠れるくらいの大きな眼帯をして、車いすに乗せられました。左眼は塞がってはいないというものの瞼が下がっていて眼が開きません。先生は「自分の指で開けて」というのですが、眼自体が腫れているようで開けられません。

病棟から看護士さんが迎えに来てくれて、病室へ連れて行ってくれました。病室では夫が待っていてくれました。もう12時が過ぎていたので、昼ご飯が用意されていました。昼ご飯を食べ、夫が帰ったので、夕方まで何度か人の出入りはあったものの、うつらうつら眠り続けておりました。

晩ご飯が終わってから担当のG先生が病室に診に来てくれました。右眼の眼帯を外してくれました。瞼が腫れ上がり、左の眼の下は内出血を起こしていて、ひどく不細工です。目玉の手術じゃないので、血膿が収まったら、もう行動に制限はありませんよと言ってくれました。他の看護師さんは水(顔を洗うことなど)は厳禁ですと言うことでした。

9時消灯だと聞きましたが、個室なのでテレビをつけました。日頃テレビをあまり見ないので、番組を知りませんが、ジブリの「おもいでぽろぽろ」というアニメをやっていました。見えない眼でぼんやりと眺めました。昼間寝てばかりいたので、寝られないかと思いましたが、テレビを消すとすぐ眠ってしまったようです。

院内はとても静かでしたが、夜中に何度も目が覚めました。朝6時起床と聞いていたので、起きて荷物の片付けをしました。朝食は8時。9時過ぎに同じフロアで診察を受け、会計を済ませて帰れることになりました。

外の蒸し暑さと言ったら。車で迎えに来てくれた夫と途中イタリアンで食事をして、帰宅しました。新聞を読んでいましたが、そのまま夕方まで眠り続けました。

まだ眼はゴロゴロしているし、腫れているし、内出血の跡があるし、右眼は時々涙があふれます。

涙目の人を良く見かけます。中高年の女性に多いようです。原因は特定できないそうですが、アレルギー(花粉症あり)や鼻風邪(私は風邪を引くとティシューボックスが2つ空になるほどひどい鼻風邪になる)、老化などが原因のようです。私は白内障の術後、目薬がひどくしみ、それ以降に発症したように思います。(お医者さんはそれは原因ではないと言います)

同じような症状で飲み薬と目薬で症状が治まったという人もいますが、ネットで見る限り手術以外に治癒はしないと書かれています。一方ドライアイで涙管を詰めたという人もいます。でも、友達はとれてしまったそうです。

視力と関係のないところでも眼のトラブルは多いようです。

私は小学高学年の時から近視や眼のトラブルが頻繁にありました。近視も強かったし、白内障の発症も早かったです。眼から老化が始まったようで、眼は私の最大の弱点です。(目薬を差すのだけは上手です)それなのに読書やパソコンで眼ばかり酷使ばかりしています。失明したら困るのは自分なので、気をつけていかなければならないと思います。

最後に病院について。出産以来の入院でした。これまで入院経験がないというのはありがたいことです。

慈恵医大はあちこちに病棟が建ち、廊下でつながっていて、まるでタコ足の迷路のようです。病院内にローソン、スタバがありました。

人間の病気を相手にしているので、待たされるという問題は解決されていませんが、いろいろなところが電子化され、システマチックに動いているようです。退院するまで左手首にバーコードのついたビニールバンドをさせられていました。薬、治療、看護などでいろいろな人が関わりますが、その引き継ぎで間違いが起きないよう、チェック機能が働いているようでした。

やはり病院ではベッドにいる以外することがないので(よく見えないので出歩けない)、必然的にベッドの上でゴロゴロするしかありません。もう翌朝は腰が痛くて、病人みたいでした。これで1週間も入院すれば、本当に病人になってしまうと思いました。

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