プロフィール

wako1202

Author:wako1202
FC2ブログへようこそ!

進行中の趣味:写真、旅行、水泳、読書
中断中の趣味:ダイビング、書道

Nest: 横浜

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

Welcome from 020311

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード

月別アーカイブ

緑内障 (網膜中心静脈閉塞症) 5 & 膝痛

術後1週間の検診に行ってきました。

担当医が変わりました。若い女医さんで、却っていろいろ聞きやすいかもしれない。

視力検査をしました。少し見えてきているように思うのですが、検査で視力は改善していませんでした。
網膜の腫れはだいぶ治まってきているようです。完全に出血が収まり、腫れがなくなれば、もう少し見えるようになるかもしれないということですが、期待は持てそうにありません。

もらった術後の注意書きに一貫性がないので、先生に質問すると、今度の先生はもう目薬もやめて良い、あと1週間すれば、水泳をしても良いと言います。???とりあえず、目薬を終了しましょう。

2日の日曜日、手術前に先生の許可を得、バスの撮影旅行に参加しました。バスで移動しているので、たいして歩いたわけではありません(それでも1万歩ぐらい?)が、翌日、以前から少し違和感のあった左膝がはばったく、曲げ伸ばしがうまくできなくなってしまいました。1週間家から一歩も出ず、室内を歩いていただけだったからか、自分が思っていたよりずっと筋力が落ちてしまったのでしょう。

翌月曜日、久しぶりにペインクリニックに行きました。処方はヒアルロン酸注射と温熱と漢方薬ツムラ20と23。私はすっかり忘れていましたが、以前にもこのヒアルロン酸注射をしたことがあるそうで、その時、効果がなかったと言ったそうです。今回は打った時から痛く、違和感がありました。時間とともに良くなるどころか、腫れてきて、動かなくなったしまいました。

それなのに火曜日朝、よくなっていたので、大して歩かないからと目黒川に出かけました。歩いているときはいいのですが、上り下りがうまくできません。何やら一日中足を引きずって歩いていたようです。我ながらいい年してバカですね。どうして慎重さに欠けるのでしょうね。

寝ている間に回復するということは使ってはいけないということなのでしょうか。翌水曜日の朝だいぶ具合がいいと思いましたが、大学病院の眼科からはやっとの思いで帰り着きました。庇っていたからか、左ばかりか右膝も痛くなり、身体中、筋肉痛を起こしてしまいました。

体は一箇所具合が悪くなると、次々と連鎖するようです。相変わらず肋間神経痛は疼いています。動いていないので、体重の増加も気になります。増加すれば膝への負担も増します。何事もほどほどというペースを守れない自分に責任があります。

さて、今日、かなり良くなってきました。違和感は残っているものの、膝の存在を忘れています。今日じっとしていたら、明日には治っているでしょうか。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

緑内障 (網膜中心静脈閉塞症) 4 2回目の入院

前回の手術から40日過ぎました。手術後少し見えるようになったかなと思った時期もありましたが、再び眼底出血を起こしてしまい、また見えなくなってきていました。前回ほど急激に視力が低下したという感じではなかったので、それほど不安はありませんでした。

予定通り3月27日に入院しました。今度は造影剤の検査も、診察もありませんでした。入院した日は体温、血圧などを測り、目薬をさしただけでした。

今度は大部屋に入りました。5人部屋に私を入れて3人でした。隣のおばあちゃんにはご主人と息子さんが付き添っていました。「手術は何時からなの?」「今日はここに泊まるの?」「あなたは帰っちゃうの?」「こんなところに入ったことがないから、一人じゃどうしていいかわからないよ」「トイレはどこにあるの?」とずっとエンドレステープのように、止まることなく質問し続けているのです。その度にご主人は「3時からだよ。」「そうだよ」「だいじょうぶだよ」と優しく答えています。会話は成立していますが、繰り返し同じことを質問しているので、認知症なのでしょう。昨晩は入院しましたが、宿泊できずに自宅へ連れて帰ったそうです。

私は途切れることのない会話から逃げ出してロビーへ行きました。入院患者のほとんどが白内障のようです。白内障でもかなり見えなくなってから手術を受けた人は、あまり見えるようにならなかったと言っていました。

網膜剥離の人は2週間の入院だそうで、術後ずっとうつむいていなければならないそうです。

今回は大部屋なので、ノートパソコンも持たず、スマホと本のみ持って行きました。前回の個室の時は冷蔵庫、テレビは無料でついていましたが、今度は千円のカードを買ってカードを挿入します。イヤホンを持っていったので、夜はテレビを見ました。

ちょうど、孫のゆうたんがお父さんと広島旅行に出かけていて、Lineで写真入りで報告してくれます。時々返事をしたりして、とてもいい気晴らしになりました。ありがとね。とにかく初日は何もすることがありませんから。天候には恵まれなかったようですが、いい旅行ができたようです。

夜消灯は10時です。その前から眠っていたお隣のおばあちゃんは11時過ぎに目を覚まし、「ここはどこなの?」と大パニックに陥りました。看護師さんが飛んできてトイレに連れて行きました。結局個室に移されたようです。本人曰く、「足はとても丈夫なの。どこまでも歩けるの」と言っていました。認知症になってからの治療は家族も大変ですね。明日自分がそうならなとも限りません。私は夜中に薬を飲んで寝ました。

朝6時から目薬をさしました。昼前に手術が行われました。前回と同じく手際よく手術がすみ、車椅子で病室に運ばれました。同室の二人は退院し、新たに3人が入室しました。ほとんどの人が私と同じ2泊3日ですから、病棟は入れ替わりが激しいです。

手術も終わり、前の晩眠れなかったからか、午後はうつらうつらと眠り続けていました。ゆうたん達は厳島神社を楽しんでいたようで、潮の引いて鳥居の前で潮干狩りしている写真が届きました。

3日目の朝、眼帯が外されました。しばらくすると目の下方からキラキラと無数の金色の星がキラめています。どんどん星の数が増えてきます。診察の時に話しました。そのうち消えるでしょうとのことで、退院する時間にはきらきら星は消えました。

次回の診察は1週間後です。年度が変わり、担当医も移動で、変わるそうです。人が目まぐるしく変わる病院で、手術も担当医ではありませんでしたし、もとよりよく見えない目なので、看護師さんも含め、どの人が自分の担当なのかさっぱりわかりません。これでいいのでしょうか。

無事退院し、視力はちょっと出てきたように感じます。これで少し見えるようになると嬉しいのですが。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

緑内障 (網膜中心静脈閉塞症) 3 & 花粉症

2月17日に退院し、その後、クラビット1.5%(抗菌目薬)を一日3回、ブロムフェナクNa0.1%(非ステロイド抗炎症目薬)一日2回さすことになりました。

目が覚めると昨日よりちょっと見えるようになっていないかなあと思うのですが、右目は退院時よりはいくらか見えるようになったものの、ちょうど見ようとするところの視野が欠けたので、見えそうで、見えません。ですから残念ながら文字は読めないのです。でも、左目で見ているので、日常生活に不便はありません。

27日に診察があり、薬が効いているということで、出血は止まり、網膜の炎症も治まってきてるとのことで安心しました。

退院時にもらった注意事項が書類によって違っていて、自分の都合のいいように解釈したいところですが、慎重な方は安全を期してということなのでしょう。術後2週間でプールはOKという書類もあったのですが、担当の先生がプールの水は汚いから1ヶ月はやめたほうがいいというご意見でした。

運動不足の上に、うちにいる時間が長いとついつい食べ過ぎてしまいます。ここはなんとか運動をしたいところ。中間をとって、しっかりゴーグルをつけて、顔をつけずに背泳ぎを板キックのみすることにしました。
うん、やっぱり体がスッキリして、気持ちがいい。

くすぶっているそんな時、3月5日野田市で行われる「Flight 2017」というイベントに誘われました。航空ショウかと思ったら、鷹匠の大会でした。これについては後日アップします。

先週末から盛んに飛び散っている花粉、関東平野の真ん中の野田では大量の花粉が舞っていたのでしょう。翌日は目が腫れ、目やにがいっぱい。そしてすごくかゆい。手術した目が炎症を起こした恐れもあるので、かかりつけの眼科に飛んで行きました。診断は花粉症でした。

目薬をさらに花粉症用の2種類、リボスチン1日4回、フロメトロン(かゆみがひどい時)さすことになりました。こちらは両目、以前からさしているのは手術した目のみ。間違えそう。。。

現在は痒みも治まり、抗炎症目薬と、このリボスチンのみをさしています。
それにしても今年の花粉はひどい。アレグラを飲んでいますが、朝からくしゃみが出ていて、くしゃみが始まると鼻水が出てきます。こちらも後1日月以上は続きますね。

手術から3週間が過ぎました。早く普通に泳ぎたい。こうして考えると私には写真より水泳の方が大切のようです。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

緑内障 (網膜中心静脈閉塞症) 2

手術の三日前から1日4回クラビット1.5%の抗菌目薬をさしました。術法は抗血管新療法で、ルセンティスという薬を硝子体に注入することになりました。

入院した15日には次々と看護師さん、薬剤師さんが説明に来ました。簡単な検査があっただけです。暇で、持って行った雑誌やノートパソコンを見ていました。緊急入院でしたから、個室でした。

翌日16日正午前に手術が行われました。強い光を当てられていましたが、当然眼をつぶることもできませんから、まな板の鯉です。手術室に入ってから出るまで30分ぐらい。大きな眼帯をして車椅子で病室へと運ばれました。痛みもありません。一人部屋ですから話す人もいません。ぼうーとテレビを見ていました。

翌朝、簡単な診察の後、退院後の注意を受けて、退院となりました。
注意点は洗顔、洗髪は3日後から、運動は2週間禁止ということでした。食事の注意点はありませんでした。顔や髪が洗えないと外出する気にもなれません。洗髪でき、やっとさっぱりして外出しました。でも、泳げないので、いまいち元気が出ません。ぼんやりと撮り溜めた映画を見ていました。

目の状態はといえば、裸電球ひとつの暗い部屋からやっと出て来たような感じです。視力は現状維持で、視力の回復は難しいと言われています。相変わらずよく見えませんが、手術をする10日ぐらい前にもどり、大きな字なら見えるようになりました。手術した右眼は左眼より少し黄色がかっています。せめて、よく見えないと眼科を訪れた1月半ば、欲を言えば、12月半ば(免許がかろうじて更新できた)ぐらいに視力がもどったら嬉しいです。

27日に術後の診察がありました。出血は治まっており、網膜の浮腫もずいぶん改善したようです。3月28日に2回目、4月29日に3回目の手術をすることになっています。それぞれ二泊三日です。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

緑内障 (網膜中心静脈閉塞症) 1

長らく更新を怠っているうちにスポンサーサイトが出てしまいました。

このブログをアップするか迷いましたが、同じ病気の人のブログを探しても見つかりませんでした。同病の人のお役に立てるよう、アップすることにしました。

ずっと元気でしたし、今も元気です。ですが、眼を患っていましたので、パソコンに向かう時間を軽減していました。

私の最大の弱点は眼です。早くから白内障を患いました。このブログによると、1999年に右目をしたようです。(記録がなくてはっきり覚えていません)その11年後の2010年12月に左目の白内障の手術をしています。

そして数年前に緑内障と診断されました。右目の視野が欠け始めたようです。

そして2015年夏、慈恵医大で1日入院して、涙管の手術を受けました。

昨年末ごろから右目が見えにくくなっていました。12月は誕生日月で、免許の更新がありました。その時右目が見えにくかったのですが、なんとか視力検査に合格しました。

年末でもあり、忙しく、年が明けて1月13日に眼科に行きました。かなり視力が落ちていて、眼底出血を起こしていると言われました。病名は網膜中心静脈閉塞症です。網膜の中心部分が詰まっているため、血液が血管から溢れ出ている状況だそうです。そうすると新生血管ができてしまうのですが、この血管は細く脆いので、危険なのだそうです。

近くの大学病院を紹介され、予約が取れたのが、23日。そこでも同様、瞳孔を開いて、眼底の写真を撮りました。左目にもその兆候はあると言われました。

造影剤を注入する検査が必要だそうです。その検査日が2月8日。その間どんどん見えなくなってきました。大学病院に電話しても、混んでいて検査を早めるのは難しい。担当の先生がいないと言われ、かかりつけの眼科に行きました。かなり眼底出血がひどくなって網膜が腫れていると言われましたが、検査の日まで待つほかありませんでした。

8日、蛍光眼底造影検査は特に問題もなく終了しました。次の診察日が翌週16日だったのですが、13日11時半の予約に早めてもらいました。

13日、随分と急に悪化したことを認識した先生は入院を早めるため、レントゲン、心電図と撮り、入院の手続きを進めてくれました。

急なので個室しか空いていませんでしたが、そんなことを言ってはおられません。提出書類、入院に必要な荷物を準備しました。旅行の支度より面倒です。

2月15日入院しました。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

涙があふれる 涙管の手術

ここ数年、眼に涙があふれ、モノがよく見えないことがありました。特に車に乗ると、エアコンの風が刺激になるのか涙が止まりません。特に夜はライトや信号が光って、距離感がつかみにくく、夜の運転は避けていました。

日中もポロポロ涙が出るので、始終涙を拭いていました。涙は塩分が濃く、眼に周りまでくちゃくちゃしていて、とても不快です。

7月6日にかかりつけの眼科医でいつもの定期検診。ずっと涙の症状を訴えてきましたが、この日はあまりにひどかったのでしょう。13日に涙管に針を通す手術をすることとしました。が、詰まっていて空気も送れず、西新橋の慈恵医大を紹介されました。担当となったG先生はネットで見る限りその専門家のようです。

24日、慈恵医大の予約が取れ、診察を受けることになりました。そこでもう少し丁寧に通過を試みましたが、やはり涙管は通らず、完璧に詰まっていると言われ、8月21日に手術をすることになりました。病名は「涙管閉塞」です。この日に心電図、血液検査、レントゲンも撮り、手術日も決まりました。半日がかりでしたが、手際にいいことでした。

先生によると成功率は6割とのこと。「えっ、4割も失敗があるの」と不安がる私に「6割は高いでしょう?治ればめっけ物でしょう。私も頑張りますから』と言われました。先生は40代ぐらいの自信にあふれた先生で、やってみようかという気になり、その場の流れで、手術を受けることにしました。一種の賭けのような気分です。慈恵医大の涙器科は関東で手術症例が一番多いようです。

大学病院の眼科は子供の多いのにびっくりしました。きっと先天的な視力障害があるのでしょう。ご両親が一緒に付き添い、たぶん遠方からも来ているのでしょう。大変なことだと思いました。

私の場合、一泊入院することになりました。もともと睡眠障害があるので、ちょっと贅沢かと思いましたが、1泊だしと個室を取りました。(ところが、病院の場合、一泊すると二日とカウントするんですね。うちへ帰って、領収書明細を見るまでわかりませんでした。それなら、6人部屋にするんだった。。。)

朝9時半過ぎに病院につきました。手続きを済ませると体温を測ります。2回測りましたが、2回とも34°7〜8しかありません。「いつもこんなに低いんですか」と聞かれましたが、熱のある時しか測っていないので、わかりません。(私の暑がりの原因はこの低体温にあるのでしょうか)

さて手術室です。手術服に着替え、顔を洗いました。手術室の人数を数える暇もありませんでしたが、看護師さん数人、お医者さんが二人いたと思います。眼の消毒をします。まず左目に麻酔注射を打ちました。おお、痛いこと!眼を開けろと言われても自分で開けているのかどうかすらわかりません。上を見ろ、右を見ろと言われます。「水が来たら言ってください」と言われました。しょっぱい水が口の中に流れてきました。通過したようです。

涙管にチューブを通します。「チューブが入りましたよ」と先生の声が聞こえました。成功したようです。

今度は右目です。「癒着がひどいねえ」という声が聞こえます。左目の倍以上の時間がかかりましたが、塩水が口に流れてきました。こちらにもチューブが入りました。こちらは丁寧に洗い流す必要があったのでしょう。もう飲めないというほど塩水が流れ込んで来て、しょっぱい水をたくさん飲みました。(血圧が上がっちゃう)

手術時間は両眼で30分ぐらいでした。

右に顔半分隠れるくらいの大きな眼帯をして、車いすに乗せられました。左眼は塞がってはいないというものの瞼が下がっていて眼が開きません。先生は「自分の指で開けて」というのですが、眼自体が腫れているようで開けられません。

病棟から看護士さんが迎えに来てくれて、病室へ連れて行ってくれました。病室では夫が待っていてくれました。もう12時が過ぎていたので、昼ご飯が用意されていました。昼ご飯を食べ、夫が帰ったので、夕方まで何度か人の出入りはあったものの、うつらうつら眠り続けておりました。

晩ご飯が終わってから担当のG先生が病室に診に来てくれました。右眼の眼帯を外してくれました。瞼が腫れ上がり、左の眼の下は内出血を起こしていて、ひどく不細工です。目玉の手術じゃないので、血膿が収まったら、もう行動に制限はありませんよと言ってくれました。他の看護師さんは水(顔を洗うことなど)は厳禁ですと言うことでした。

9時消灯だと聞きましたが、個室なのでテレビをつけました。日頃テレビをあまり見ないので、番組を知りませんが、ジブリの「おもいでぽろぽろ」というアニメをやっていました。見えない眼でぼんやりと眺めました。昼間寝てばかりいたので、寝られないかと思いましたが、テレビを消すとすぐ眠ってしまったようです。

院内はとても静かでしたが、夜中に何度も目が覚めました。朝6時起床と聞いていたので、起きて荷物の片付けをしました。朝食は8時。9時過ぎに同じフロアで診察を受け、会計を済ませて帰れることになりました。

外の蒸し暑さと言ったら。車で迎えに来てくれた夫と途中イタリアンで食事をして、帰宅しました。新聞を読んでいましたが、そのまま夕方まで眠り続けました。

まだ眼はゴロゴロしているし、腫れているし、内出血の跡があるし、右眼は時々涙があふれます。

涙目の人を良く見かけます。中高年の女性に多いようです。原因は特定できないそうですが、アレルギー(花粉症あり)や鼻風邪(私は風邪を引くとティシューボックスが2つ空になるほどひどい鼻風邪になる)、老化などが原因のようです。私は白内障の術後、目薬がひどくしみ、それ以降に発症したように思います。(お医者さんはそれは原因ではないと言います)

同じような症状で飲み薬と目薬で症状が治まったという人もいますが、ネットで見る限り手術以外に治癒はしないと書かれています。一方ドライアイで涙管を詰めたという人もいます。でも、友達はとれてしまったそうです。

視力と関係のないところでも眼のトラブルは多いようです。

私は小学高学年の時から近視や眼のトラブルが頻繁にありました。近視も強かったし、白内障の発症も早かったです。眼から老化が始まったようで、眼は私の最大の弱点です。(目薬を差すのだけは上手です)それなのに読書やパソコンで眼ばかり酷使ばかりしています。失明したら困るのは自分なので、気をつけていかなければならないと思います。

最後に病院について。出産以来の入院でした。これまで入院経験がないというのはありがたいことです。

慈恵医大はあちこちに病棟が建ち、廊下でつながっていて、まるでタコ足の迷路のようです。病院内にローソン、スタバがありました。

人間の病気を相手にしているので、待たされるという問題は解決されていませんが、いろいろなところが電子化され、システマチックに動いているようです。退院するまで左手首にバーコードのついたビニールバンドをさせられていました。薬、治療、看護などでいろいろな人が関わりますが、その引き継ぎで間違いが起きないよう、チェック機能が働いているようでした。

やはり病院ではベッドにいる以外することがないので(よく見えないので出歩けない)、必然的にベッドの上でゴロゴロするしかありません。もう翌朝は腰が痛くて、病人みたいでした。これで1週間も入院すれば、本当に病人になってしまうと思いました。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

風邪薬と便秘

旅行記をちょっと中断して

ミャンマー旅行の最終日から風邪気味でした。帰ってから忙しく休む暇がなく、それなのに無理して泳いだりして、すっかり風邪をこじらせてしまったようです。
熱はなかったと思うのですが、咳がひどく、夜もよく寝られず、喉から血が出そうだし、もう腹筋も痛くて、とうとう8日目に医者に行きました。

抗生剤クラリス、鼻水アゼプチン、咳止めフスコデを6日間処方されました。4日服用したところで、風邪の諸症状はだいぶ緩和されてきました。
翌日トイレに行ったところ、便意はあるものの出ないんです。いやあ、固くて、とうとうトイレにこもること数時間。数年振りの格闘(格闘振りを詳細に書きたいところですが、さすがに控えます)で、疲労困憊でした。そしてその翌日も。

特に食欲がなかったとか、繊維質のものを食べなかったとか、毎朝トイレに行く暇がなかったとかという原因に心当たりもありません。はてと気がつきました。風邪薬だと。
5日飲んだところで1日分を残して止めました。

止めて3日経って、やっと通常に戻りました。ネットで調べたところ、咳止めの副作用に「便秘」があるようです。薬名は「フスコデ」です。
風邪のシーズン突入です。みなさまもご注意ください。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

ぎっくり腰&神経痛&花粉症

2週間前に突然発症した腰痛はぎっくり腰でした。でも動けたので重症ではなかったようです。ブロック注射、鍼、マッサージ、湿布薬、コルセットなど、いろいろなもののお世話で、だいぶよくなってきました。

肋間神経痛に座骨神経痛も併発しています。でも不思議なことに腰痛がひどい時には、神経痛の痛みは治ったかのように隠れていました。鍼灸師のお話では2番目の痛みは隠れるのだそうです。全く違う種類の痛みなので、そう言われても信じがたいのですが、専門家が言うのだからそうなのでしょうね。

座骨神経痛と肋間神経痛も同じ神経痛だと思えないほど痛みの種類が違います。肋間神経痛は右脇から指先へ電気が走るような痛みだったり、ぐじゅぐじゅという痛みだったりしています(これは首や背中から来ているそうですが、首や背中は全く痛くありません)。座骨神経痛は左腰、左臀部、左腿が筋肉痛のように鈍く痛みます。

神経痛は腰痛がよくなってくるとまた出てきました。神経痛は暮れに発症しましたから、もう3ヶ月です。暖かくなると治るのでしょうか。

そして先週あたりから花粉、花盛りです。アレグラを飲んでいます。朝飲むと夕方には薬の効果は切れるのですが、いままで飲まずに過ごしていました。でも、おとといからは我慢できずに、夕方も飲み始めました。目薬はパタノール。
花粉症は期間も長いですが、服用すると楽になるし、流れるような鼻水とくしゃみは我慢のしようがありません。
それでも症状は昨年よりずっとましです。

ぎっくり腰がよくなったので、行動再開で〜す。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

腰痛

久しぶりの更新です。

慌ただしく過ぎ、今週の月曜日(昨日)の朝、トンと食卓の椅子に座ったとたん、背骨の下がズキンとし、思わず「痛い!」と声を上げました。突然の腰痛でした。動けないほどではないのですが、痛くてうまく歩けないし、座ったら腰をきって立ち上がることができません。なんとかやりかけの洗濯物を干しました。

なんとしてもかかりつけの整形外科まで行きたいと思いました。やっと車に乗り込みましたが、痛くてシートベルトもできません。ハンドル操作も危うく、そろそろと運転して行きました。タクシーで行くべきだったかな。やっと着きましたが、車から出るのが一苦労。病院ではすぐにベッドを用意してくれました。

痛み止めの注射、温熱、それに鍼をうち、レントゲンを撮り、湿布薬をもらいました。下の方の骨が2つ変形が始まっているそうです。疲れが溜まっていたのかな。平泳ぎのせいかな。2日ほど前に重いテーブルを運んだからかな。

注射のせいか高熱があるかのごとく、一日中眠り続けておりました。

今日は昨日よりは少しよさそうです。今日も車に乗りましたが、シートベルトができました。昨日と同じ治療を受けました。かばって動いたせいか体中がこった感じ、帰りに水泳仲間がやっているボディーマッサージに行きました。
体中のこりをほぐしてくれました。腰の痛みはよくなりませんでしたが、上半身が軽くなりました。

ゴロゴロと本を読んで過ごしました。少しよくなってきたようです。後2〜3日で外を歩けるようになるといいのですが。
今までも腰痛を起こし、治療を受け、腰痛ベルトをもっていますが、こんなに動けなくなったのは初めて。世間の人のいう腰痛の痛み(程度はいろいろでしょうが)を初めて知りました。

腰痛は突然やってきます。みなさまもご注意ください。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

肋間神経痛

また年末の大掃除の頃から、肋間神経痛が再発しています。

正月明けに以前にもかかった整形外科ペインクリニックに通院し始めました。痛い箇所は右胸脇で、そこから小指と薬指に痛みが走り指がしびれます。以前と同様、温熱療法と鍼治療を受けています。1週間に2回通いましたが、次第にひどくなってきます。

車のハンドルを回しても痛みが走ります。椅子から立ち上がって体を動かし始めるときがとりわけ痛いです。それなのに、泳げます。泳いでいて、時々指がしびれることがありますが、痛みは感じません。こんな時に泳いでいいかどうか分からないのですが、血流をよくした方がいいと思って泳いでいます。

痛みが頻繁に起きるので、温熱と鍼に加えて、初めて痛み止めの注射を首と肩にうってもらいました。今日で2度目です。
少し効いているようです。

先生には言われなかったのですが、注射をうった日の昼下がり、すごい睡魔が襲いました。よく飲み薬は眠くなるからという注意書きがありますが、注射も眠くなるんですね。
運転中にとろけるような眠気に襲われ、やっとの思いで家に辿り着きました。注射は能書きがありませんから、要注意です。


初めて肋間神経痛が起きた時は寒い頃だと思っていたのですが、真夏でした。2011年8月だったことがこのブログを読み返して分かりました。こうした健康管理ができていない私にとって、ブログに飲んだ薬や通院の記録が残っているのは、とても便利です。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

| ホーム |


 ホーム  » 次のページ