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『スプートニクの恋人』 村上春樹

この村上春樹著『スプートニクの恋人」は20年前に書かれた作品です。

「この世の物とは思えない奇妙な恋の物語

22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。それは行く手のかたちあるものを残らずなぎ倒し、片端から空に巻き上げ、理不尽に引きちぎり、完膚なきまでに叩きつぶした。――そんなとても奇妙な、この世のものとは思えないラブ・ストーリー!!」

:::
スプートニクとは1957 年10月4日、ソヴィエト連邦によって打ち上げられた世界初の人工衛星。翌月にはライカ犬を乗せたスプートニク2号の打ち上げにも成功。宇宙空間に出た最初の動物となるが、衛星は回収されず、宇宙における生物研究の犠牲となった。と第1ページ目に書かれています。

「すみれ」というモーツァルトの歌曲から名付けられた女性すみれの激しい恋の相手は17歳年上で、既婚者で「ミュウ」という名の女性でした。すみれが唯一心を許し、「友情」を培う大学の男友達Kによって語られた物語です。

すみれは作家志望で、「救い難いロマンチストであり、頑迷でシニカルで、よく表現して世間知らずだった。(中略)気の合わない相手とはろくに口もきかなかった」と「ぼく」が語ります。

「ぼく」はそんなすみれに恋していた。「ぼく」にとって長いあいだすみれしか存在しないのも同じだった。すみれは小説家になるため中退し、「ぼく」は卒業して小学校の教師となる。

すみれはいとこの結婚式で出会ったミュウを心の中で「スプートニクの恋人」と呼ぶようになった。スプートニクとはロシア語で「旅の道連れ」という意味だという。

そしてすみれはミュウの経営する貿易会社で働くようになり、「文章を書くという行為そのものに、以前みたいにはっきりとした確信が持てなくなる。」と「ぼく」に嘆き、「ぼく」は「君にはいつか素晴らしい小説が書ける。君の書いたものを読んでいれば、それはわかる」と確信を持って、励ます。

すみれはミュウに誘われ、ワインの買い付けにイタリアとギリシャに行く。そこでミュウは自分の過去の出来事をすみれに語る。ミュウはフランス留学中に観覧車に閉じ込められ、そこから自分の部屋を見た。そこには自分が(同じ自分が)いたのだ。

ミュウは一夜にして白髪となり、自分が二つに引き裂かれたと語る。どちらの自分が本当の自分なのか。自分に欠けているものに気付くミュウ。

この小説には「あちら側」と「こちら側」という表現が出てくる。幼い頃に亡くなったすみれの母。木に登ったまま消えてしまった幼い頃に飼っていた猫。そして忽然と消えてしまったすみれ。

前半はいつもの春樹と違うと思って読みましたが、後半はやはり「春樹」でした。

テーマ : 最近読んだ本 - ジャンル : 本・雑誌

『西行花伝』辻邦生

本書は500数ページに及ぶ大作です。

内容的にも重厚な本で簡単に読める本ではありませんでした。平安末期の西行のお話です。この本は1995年に購入し、20数年積んどいた本ですが、いい本だという評判を聞いていて、ずっと心に引っかかっていました。間に色々な本をつまみ食いし、やっと読み終えました。

時間がかかった理由は保元平治の乱あたりの歴史的知識の不足、歌が柱となって話が進んでいきますが、その歌心の欠如、書かれている用語の難しさがありました。読めない漢字もありました。作者はどれだけ資料にあたって執筆したか、その苦労が偲ばれました。

作者辻邦生((1925-1999)東京生れ。

「構想30年 美に生きる乱世の人間を描き続けた辻文学の集大成 美と行動の歌人西行の生涯を浮かび上がらせた絢爛たる歴史小説」

「花も鳥も風も月も――森羅万象が、お慕いしてやまぬ女院のお姿。なればこそ北面の勤めも捨て、浮島の俗世を出離した。笑む花を、歌う鳥を、物ぐるおしさもろともに、ひしと心に抱かんがために……。高貴なる世界に吹きかよう乱気流のさなか、権能・武力の現実とせめぎ合う“美”に身を置き通した行動の歌人。流麗雄偉なその生涯を、多彩な音色で唱いあげる交響絵巻。谷崎潤一郎賞受賞。」

話は西行を苦しいほど師と慕う、藤原秋実が師西行のことをさらに知りたくて、西行を知る人を訪ねて歩きます。それぞれの立場から幼い頃の西行(佐藤義清)のあれこれから語ります。

各帖を見ると全体のあらすじがわかります。

序の帖 藤原秋実、甲斐国八代荘の騒擾を語ること、ならびに長楽寺歌会に及ぶ条々

  「あの人のことを本当に書けるだろうか。あの人ーー私が長いこと師と呼んできたあの円位上人、西行のことを」と始まります。

一の帖 蓮照尼、紀ノ国田仲荘に西行幼時の乳母たりし往昔を語ること、ならびに黒菱武者こと氷見三郎に及ぶ条々
二の帖 藤原秋実、憑女黒禅尼に佐藤憲康の霊を喚招させ西行年少時の諸相を語らしむること、義清成功に及ぶ条々
三の帖 西住、草庵で若き西行の思い出を語ること、鳥羽院北面の事績に及ぶ条々
四の帖 堀河局の語る、義清の歌の心と恋の行方、ならびに忠盛清盛親子の野心に及ぶ条々
五の帖 西行の語る、女院観桜の宴に侍すること、ならびに三条京極第で見る弓張り月に及ぶ条々
六の帖 西住、病床で語る清盛論争のこと、ならびに憲康の死と西行遁世の志を述べる条々
七の帖 西住、西行の出離と草庵の日々を語り継ぐこと、ならびに関白忠通の野心に及ぶ条々
八の帖 西行の語る、女院御所別当清隆の心変りのこと、ならびに待賢門院の落飾に及ぶ条々
九の帖 堀河局の語る、待賢門院隠棲の大略、ならびに西行歌道修行の委細に及ぶ条々
十の帖 西行の語る、菩提院前斎院のこと、ならびに陸奥の旅立ちに及ぶ条々
十一の帖 西行が語る、陸奥の旅の大略、ならびに氷見三郎追討に及ぶ条々
十二の帖 寂然、西行との交遊を語ること、ならびに崇徳院の苦悶に及ぶ条々
十三の帖 寂念、高野の西行を語ること、ならびに鳥羽院崩御、保元の乱に及ぶ条々
十四の帖 寂然の語る、新院讃岐御配流のこと、ならびに西行高野入りに及ぶ条々
十五の帖 寂然、引きつづき讃岐の新院を語ること、ならびに新院崩御に及ぶ条々
十六の帖 西行、宮の法印の行状を語ること、ならびに四国白峰鎮魂に及ぶ条々
十七の帖 秋実、西行の日々と歌道を語ること、ならびに源平盛衰に及ぶ条々
十八の帖 秋実、西行の高野出離の真相を語ること、蓮花乗院勧進に及ぶ条々
十九の帖 西行の独語する重源来訪のこと、ならびに陸奥の旅に及ぶ条々
二十の帖 秋実の語る、玄徹治療のこと、ならびに西行、俊成父子に判詞懇請に及ぶ条々
二十一の帖 秋実、慈円と出遇うこと、ならびに弘川寺にて西行寂滅に及ぶ条々

西行がずっと支え続けてきた新院(崇徳院で、鳥羽院の第一皇子、母は待賢門院。西行はこの待賢門院(鳥羽院の中宮)を恋い慕う)がなくなった後半の16帖あたりから心に沁みる描写が増えてきます。

「私の修行とは、そうした物(森羅万象いきとしいけるもの)の好さに、深く心を済まして聞き入ることであった。(中略)物の好さに聞き入るには、自分を出なければならない、と感じた。自分を出るとは、最も深い意味で、自分という家を出ることなのである」

「歌の心とは、森羅万象を好きものとして受け取るところから始まるからだ。(中略)新院は歌の心を知っておられる。(中略)それなのにどうして歌の道を生きられなかったのか」と嘆く西行。

「秋実。この世は夢のようなものだと知ったとき、私は、それを留めうるのは歌であることも感じたのだ。」(中略)「私は師西行が生きるというとき、この夢幻を本気で引き受けているのを感じた。

心なき 身にもあはれは 知られけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮 ーーー西行

「人はつねに何かの動機で心を失う、ある人は利害にとらわれて、ある人は愛欲にとらわれて。(中略)そう押したこの世の理法(ことわり)を超えて物の本源(おおもと)を開いてくれるのは、このあわれという思いなのだ。(中略)心が生命たる限りは、必ず戻ってくるべき場所がある。それが真の理法であり、この森羅万象の持つ愛しさ(かなしさ)、あわれなのだ」

「歌が仏像のように独立してそこに在るためには、やはり歌びとの手を離れ、もはや自分の評価とは別個に、それ自身で立つものでなければならない」

西行辞世の歌
願はくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの望月の頃

「私自身が現実を超え、美の優位を心底から肉化できなければ、この作品を書いても意味がないーーそんなぎりぎりの地点で生きていたような気がするーーー辻邦生

この本は若い頃ではなく、今この歳で読んだので、こんなに心に沁みたのではないかと思いました。歌心のない私は歌を写真に置き換えて読みました。写真も同じように思われました。

とても上質な本です。ちょっと大変ですが、ぜひお読みください。

テーマ : 最近読んだ本 - ジャンル : 本・雑誌

『むらさきのスカートのスカートの女」 今村夏子

本書は第161回芥川賞受賞作。

著者今村夏子は1980年広島生まれ。大学卒業後、アルバイトを転々としたと言っています。その一つがホテルの客室清掃。村田沙耶香の『コンビニ人間』同様、バイトから生まれた小説です。芥川賞2度候補となり、3度目で受賞したとのこと。

著者は友達のいない女を書きたかったと言っています。とは言っても作者は結婚もしているし、子供もいる人です。

「うちの近所に「「むらさきのスカートの女」と呼ばれている人がいる。いつもむらさき色のスカートを穿いているのでそう呼ばれているのだ」と書き始まる。

「むらさきのスカートの女」と「オレンジのカーディガンの女」。
むらさきのスカートの女は日野まゆ子という名前があるのに、オレンジのカーディガンの女(ナレーターである「わたし」でホテルの客室清掃員をしている)に最後までずっと「むらさきのスカートの女」と呼ばれ続ける。仕事の制服を着ている時でさえ、そう呼ばれている。
「むらさきのスカートの女」は元スポーツ選手で抜群に運動神経がいい。そして公園で遊ぶ子供たちからも強い関心を持たれている。

近所の公園には「むらさきのスカートの女専用シート」と名付けられたベンチまである。「むらさきのスカートの女」は「わたし」の姉に似ているし、幼馴染にも似ている。「わたし」はこの「むらさきのスカートの女」と友達になりたいのだ。「わたし」は不定期のアルバイト暮らしの「むらさきのスカートの女」の勤務状況、就活状況等を詳細に調べ上げており、まるでストーカーだ。

就活をする「むらさきのスカートの女」が「わたし」と同じホテルに採用されるよう、求人雑誌をコンビニにもらいに行ったりし、「わたし」の努力が功を奏して、同じホテルで働くことになる。「わたし」は常に「むらさきのスカートの女」を観察し続ける。

「むらさきのスカートの女」は「わたし」の予測を超えた行動を起こす。上司と不倫関係になるのだ。

ホテルの客室清掃員の様子、人間関係も軽妙に描かれています。最後はびっくりするような展開が用意されていて、話の展開が実にうまい。シュールでドキっとさせられます。

サクサク読めるので、お読みになってください。読みやすい本はいいですね。このところ読むにくい本を読んでいたのでとりわけそう感じました。

テーマ : 最近読んだ本 - ジャンル : 本・雑誌

『マークスの山』 高村薫

今夏は暑くて、お彼岸になっても彼岸花がまだ蕾。巾着田の曼珠沙華もやっと今頃早咲きが見頃になったそうです。

以前から読みたいと思っていた高村薫(1953年大阪生まれ)の本書を娘の本棚から見つけました。
高村の作品を読むのは『土の記』に続いて2冊目です。先に『土の記』を読み、感動したので、この『マークスの山』も『土の記』と同系統の本だろうと思い込んで読み始めました。サスペンス(刑事物)だと思ってもいませんでした。

1ページの文字数が多く、漢字も多くて、ページは真っ黒です。面白いのになかなか読み進められませんでした。目が悪いからか、読む速度が格段に落ちています。

文庫の上巻に
「俺は今日からマークスだ!マークス!いい名前だろう!」ー 精神に<暗い山>を抱える殺人者マークス。南アルプスで播かれた犯罪の種子は16年後発芽し、東京で連続殺人事件として開花した。被害者たちにつながりはあるのか?姿なき殺人犯を警視庁捜査第一課七係の合田雄一郎刑事が追う。直木賞受賞作品(1993年)。」

下巻に
「殺人犯を特定できない警察をあざ笑うかのように、次々と人を殺し続けるマークス。捜査情報を共有できない刑事たちが苛立つ一方、事件は地検にも及ぶ。事件を解くカギは、マークスが握る秘密にあった。凶暴で狡知に長ける殺人鬼にたどり着いた合田刑事がみたものは・・・・・。リアルな筆致で描く警察小説の最高峰」

私が読んだ文庫は単行本から改編されたものだそうです。

表紙の次に「元警視庁刑事 故鍬本實敏氏へ」と書かれています。鍬本氏に取材し、合田像を作り上げていったのでしょう。刑事像がリアルです。

本書は
1 播種 2 発芽 3 生長 4開花 5 結実 6 収穫となっています。

序章として殺人犯マークス水沢の頭を去来する山からはじます。「山だ。黒一色の山だ・・・」

それから昭和51年秋 場面は山梨県の南アルプス。そこの飯場で働く岩田が酒を飲み、夢うつつで聞いた夜明けの物音。自分の元を去った妻が獣に化けたと思って振りかざしたスコップで登山者を殺してしまうところから事件は始まる。
さらにこの北岳周辺で心中死体や白骨死体も発見される。この白骨死体は誰なのか。犯人は誰なのか。

昭和57年秋
精神病棟に入れられた水沢と看護師真知子との出会い。マークスは病棟で患者を虐待する男性看護師を殺害する。

平成元年夏
白骨死体発見。岩田が自白。この自白の信憑性はあるのか?

平成4年春
水沢マークスと飯場の犯人岩田は刑務所で出会う。これがどのように展開するのか?

平成4年10月1日
水沢出所。水沢は看護師の真知子のところへ行く。

10月5日
次々に殺人事件勃発。ここまでが第2章の始め。それから12日間の捜査でびっくりするような事実が出てきます。

*****
まず、主人公の合田雄一郎が実によく描かれています。合田の仕事に対する姿勢、昼夜を徹して行われる捜査のなかで、同僚、上司、部下との関係も詳細にリアルに描かれています。別れた妻、友人でもあり妻の双子のきょうだいの加納(検事)との関係やバックミュージックのように流れる合田の孤独感もなかなかいいです。

「こんな状態は今夜が最後だ。明日にはお前は元の合田雄一郎だ、と自分を叱咤し続けた。そうでなければ、俺はお前がもっと嫌いになる、と」

一方、殺人犯の水沢は精神異常者の犯罪ということですが、北岳近くでの一家心中の生き残りの子供で、両親を亡くし、一酸化炭素中毒による後遺症とPTSDによるものなのか、3年毎に入れ替わる暗い山と明るい山の躁鬱状態と、極度の健忘などが現れています。暗い山の時は頭を動かせず、眠っているようですが、明るい山の時は頭も体も活発に動くのです。水沢があまりに異常すぎて、ついていけない部分もあるのですが。

たくさん出てくる刑事の外見、行動、警察内部の様子、捜査1課の組織としての動き、職人のような刑事の仕事、個々人の性格描写が素晴らしいと思いました。(が、あまりに人数が多くて、登場人物をつかむまで読みにくかったです)

えっ。この展開はありえないと思うところはありましたが、作者の構成力、背景描写、人物描写、調査力は素晴らしく、脱帽です。スケールの大きい本でした。
「山とは何だろう」

私の読んだ2冊の本の共通点は現実と夢うつつの状態を行ったり来たりする点にあります。作者高村はこれによって何を表現したいのでしょうか。人間の不確かさか、危うさか?

長編ですが、一気に読むことをお勧めします。間が空くと時間経過と人間関係がわからなくなってしまいます。

テーマ : 最近読んだ本 - ジャンル : 本・雑誌

『キルプの軍団』 大江健三郎

本書は1988年に岩波書店から単行本として刊行されています。それが昨年(2018)岩波文庫化され、作者による加筆修訂がおこなされて発行されたとのことです。

本ブログを始めてから大江の本としては『水死』、『晩年様式集 In Late Style』を載せていて、3冊目となります。

主人公は高校二年生の僕、理系志望でオリエンテーリング部の部長です。父は小説家で、知的障害のある兄と姉がいる次男で、大江の家庭を連想させられます。

「高校生の僕は、ディケンズの『骨董屋』を読み、作中のキルプにひかれる。そして、刑事の忠叔父さんと一緒に原文で読み進めるうちに、事件に巻き込まれてしまう。「罪のゆるし」「苦しい患いからの恢復」「癒し」を、書くことと読むことが結び合う新たな語り口で示した大江文学の結晶。」

文章は平易なのですが、文中に注釈が入り込み、相変わらずの読みにくさです。その上、この本のベースにチャールズ・ディケンズの『骨董屋』やドフトエフスキーの『虐げられし人びと』のストーリーが入り込みます。それに聖書のアブラハムとイサクの話も。

若い頃にドフトエフスキーは数冊読みましたが、ディケンズは読んだことがなく、これを読まずにはこの本は読み進めないのではと思わせる展開でした。

題名となるキルプ(Quilp)は『骨董屋』に登場する、強欲で狡猾で悪の権化のような高利貸しです。彼が軍団を持っているわけではありません。主人公は少女ネルで、祖父が孫娘を幸せにしたくてギャンブルにハマり、キルプから借金のかたに骨董屋を奪われ、祖父と放浪の旅に出るのです。このネルと『虐げられし人びと』のネリーを重ね合わせています。

一方、主人公の僕はディケンズ好きの忠叔父さんが上京している間、叔父さんの手助けでディケンズの『骨董屋』を原書で読んでいきます。忠叔父さんは四国の警察官ですが、故郷で知り合ったサーカスの一輪車乗りの百恵さんとその伴侶である映画監督の原さんをキルプのような借金の取り立てから守ろうとしています。2人は小田原の人里離れた山奥に隠れ住んでいます。

忠叔父さんは結局オリエンテーリングをやっている僕(オーちゃん)に百恵さんたちとの連絡係を依頼することとなります。原さんはかつては学生運動の活動家でした。今原さんは昔の仲間と以前から撮りためた百恵さんの一輪車に乗るシーンをもとに、新しく映画を作ろうとし始めます。

本書にディケンズの原文も訳文とともに紹介されています。ディケンズの文章は、構文は中学生でも読めそうなほどシンプルですが、平易な分、いろいろな解釈が可能な表現で、決して易しいとは言えません。

文庫の巻末に「読み・書くことの治癒力(あとがきにかえて)」という大江自身の解説がついています。
「この小説の、主人公の高校生にとってと同様、さらにそれ以上に書き手の私にとって重要であったのが、「罪の許し」という主題」だと述べています。
「少年が苦しい経験をし、なんとかそれを乗り越えもした、そしてある安息の思いと共に新しい展望が彼のものになった、その点では、これは文化人類学でいう通過儀礼(イニシエーション)の小説だと」も言えると述べています。

後半は活劇のような急展開となるのですが、大江のいうこの主題がそこに生かされているでしょうか。祈りと罪のゆるし。この重いテーマとテーブルをひっくり返すような大事件を通して語るには無理があるように思いました。他の持っていき方はなかったのでしょうか。

図書館より返却催促のきた本、やっとお返しできます。ごめんなさい。

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『ある男』平野啓一郎

作者平野啓一郎は1975年愛知県生まれ。

彼の作品を読むのは多分処女作『日蝕』以来だと思います。20年くらい前に読みました。内容はほとんど思えていないのに、難解だったという印象だけが残っています。

本書は同じ作家の作品とは思えないほど読みやすく、面白く、一気に読み終えました。

「弁護士の城戸は、かつての依頼者である里枝から、「ある男」について奇妙な相談を受ける。
宮崎に住む里枝には、2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。長男を引き取って、14年ぶりに故郷に戻った後、「大祐」と再婚して、幸せな家庭を築いていた。ある日突然、「大祐」は事故で命を落とす。悲しみに打ちひしがれた一家に、「大佑」が全くの別人だという衝撃の事実がもたらされる・・・・」

キーパーソンの弁護士城戸は真摯にいろいろな仕事に取り組む弁護士です。城戸は在日3世ですが、それをカミングアウトした上で、良家の子女と結婚をし、長男をもうけます。今は夫婦の間はしっくりしていません。

一方、依頼人の里枝も2歳半の次男を脳腫瘍で亡くします。この時の治療を巡って夫と対立し、決定的な齟齬が生じ、離婚することとなります。その際、弁護士の城戸に依頼し、長男の親権を得ます。その後、父の死をきっかけに郷里宮崎に帰り、両親の文具店を継ぎます。

里枝は店の客だった谷口大佑と再婚し、女児が生まれ、慎ましく幸せでした。そんなとき夫大佑は仕事の事故で突然亡くなります。大佑は父親の臓器移植を巡って実家とは疎遠になっているので、一切の連絡をするなと言っていました。

大佑の死後一年して、大佑の兄恭介に連絡を取るとすぐにやって来て、」「大佑」の写真を見て、大佑ではないといいいます。そして、里枝はかつて離婚の際世話になった東京の弁護士に連絡を取るのでした。城戸は依頼人里枝のお金にもならない案件にも誠実に対処していきます。

本物の大佑は今どこで何をしているのか。里枝の夫だった大佑は誰なのか。城戸の結婚生活は?

夫婦間の価値観や社会観、小児の難病、離婚、臓器移植、兄弟関係、セックスレス、在日問題、嫌韓、ヘイトスピーチ、犯罪者の家族、死刑制度、いじめ、なりすまし、死生観、血縁 生きる、自分の過去、愛

この本のキーワードを並べてみたら、こんなに重いワードが並びました。350ページの本にこのような重要なテーマが盛り沢山にぎっしり詰まっています。

作者の思い入れも深いものがあったのではないかと思いますが、もっとテーマを絞った方が良かったのではないかと思いました。

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「送り火」 髙橋弘希

髙橋弘希 (1979年青森生まれ) 

本書で第159回芥川賞受賞 4度目の芥川賞候補で受賞。選者より圧倒的な文章力と高い完成度を絶賛されていた。漫画家、塾講師、棋士と彷徨って小説家になったとのこと。

「少年たちは暴力の果てに何を見たのか?東京から山間の町へ引っ越した中学三年生の歩。級友とも、うまくやってきたはずだった。あの夏、河へ火を流す日までは―。」

男子生徒5名の小さな中学校。そこに転勤族の歩が加わった。勉強のできる歩に先生は生徒間の話を聞く。彼らは花札のような燕雀というカードゲームを行い、その敗者に罰ゲームをする。初めはナイフの万引きだった。胴元の晃はイカサマをして、いつも稔を敗者にする。罰ゲームは次第に残虐性を増していく。作者は津軽の田舎の様子、土着の風土を丹念に描写する。それを背景に行われる壮絶ないじめ。

小説として素晴らしくても、なんとも読後感が良くないです。

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『言い寄る』 田辺聖子

涼しかった7月も、末からやはり本格的に夏となりましたね。暑くて用事でもないと家から出る気がしません。

さぼりにさぼっていたブログを思い出しました。もう旅行記も今更続ける気にもなりません。ネパール旅行の後、4日間新幹線乗り放題の「大人の休日倶楽部」を利用して青森を旅しました。雨季でしたが、雨は嫌いではないので、まずまずでした。もう数十年前からですが、地方は車がないと本当に不便で、2時間に一本の五能線や津軽鉄道を使って、ゆっくりと旅をしました。

この間読んだ本も数冊ありますが、これはそのうちの1冊です。田辺聖子さん(1928年大阪生まれ)、お亡くなりになりました。大阪のおばちゃんという感じの人で、今までほとんど読んだことがありませんでした。私のとって関西文化、特に大阪文化は結構遠くてなかなか手が出せませんでした。

本書『言い寄る』は昭和48年に初出です。
惚れた弱み
股眼鏡
お毒味
熱いお茶
キズのいたみ
と章題がつけられています。

「乃里子、31歳。フリーのデザイナー、画家。自由な一人暮らし。金持ちの色男・剛、趣味人の渋い中年男・水野など、いい男たちに言い寄られ、恋も仕事も楽しんでいる。しかし、痛いくらい愛している五郎にだけは、どうしても言い寄れない・・・・。乃里子フリークが続出した、田辺恋愛小説の最高傑作」

昭和48年。この本がこんな時代に書かれていたことにびっくりしました。おせいさんは、一歩も二歩も進んでいます。こんなに自立したかっこいい女、周りに1人でもいたかなあ。羨ましいくらい乃里子さんは心が解き放されていて、自由です。私は若い頃に戻りたいと思わないタチですが、久しぶりに若い時代をやり直したい気分になりました。

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『この女』 by 森絵都

森絵都(1968年生まれ)
「風に舞いあがるビニールシート」、「みかづき」に引き続いて読みました。

主人公甲坂礼司は釜ヶ崎で働く青年で、どうしてこの釜ヶ崎の住人となったか最後に明かされる。礼司はチープ・ルネッサンスを標榜するホテルチェーンのオーナー、二谷啓太より、彼の妻、二谷結子を主人公とする小説を書いてくれと依頼される。二谷結子は神戸・三宮のホテルに一人で住む。15歳からホステスをやってきた常識では測れないつかみ所がない女。27歳

釜ヶ崎に卒論のためにやってきた大輔。彼は礼司に小説書きのバイト話を持ち込み、礼司に神戸の自分の住まいを提供する。
礼司が頼りにし、なにかと相談する釜ヶ崎の有名人の松ちゃん。
二谷結子の弟分の敦。

時は神戸の大震災の前、オウム真理教の事件発覚の前。会話文はコテコテの関西弁。

礼司の書いた小説が震災後15年して、礼司を評価していた大学教授の部屋から見つかる。そこからこの小説が始まります。釜ヶ崎にカジノを作ろうと暗躍する中に巻き込まれる礼司と結子。

話がちょっと散らばりすぎかな。礼司が最後どうやって小説を終わらせていいかわからないと苦悩していたが、本書のエンディングはうまくいったのだろうか。

読み手を引きつける面白い本でした。

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『平場の月』 朝倉かすみ

旅行記は中断したまま、正確に書こうとすると全てが止まってしまいます。我ながら呆れたものです。

また本の紹介です。これもだいぶ前に読み終えていたものですが、また忘れてしまうので、簡単な紹介だけでも。

著者、朝倉かすみ 1960年北海道生まれ 初めて本著者の本を読みました。

「朝霞、新座、志木。家庭を持ってもこのへんに住む元女子たち。元男子の青砥も、このへんで育ち、働き、老いぼれていく連中のひとり。元女子須藤とは病院で再会した。50歳になった男と女の、心のすき間を、求めあう熱情を、生きる哀しみを、圧倒的な筆致で描く大人の恋愛小説。」

平場とは
① 平たんな土地。平地。
② 「平土間(ひらどま)」に同じ。
③ (幹部だけの場に対して)一般の人たちの場。 「 -の意見を聞く」

だそうだ。普通の人たちの居場所といったところだろうか。

第1章 「夢みたいなことをね。ちょっと」で主人公青砥がハコと呼ばれていた須藤葉子との再会のシーンと須藤の訃報を聞いて花を買うシーンから始まる。なので、はじめからネタバレのようなオープニングだ。二人は中学校の元同級生だ。青砥は中学時代にはモテて、須藤に告ったが振られてしまう。須藤はちょっとドーンとしたところのある女子だ。青砥はそんな須藤を「太い」と形容する。

2 「ちょうどよくしあわせなんだ」
3 「話しておきたい相手として、青砥はもってこいだ」
4 「青砥はさ、なんでわたしを『おまえ」って言うの?」
5 「痛恨だなぁ」
6 「日本一気の毒なヤツを見るような目でみるなよ」
7 「それ言っちゃあかんやつ」
8 「青砥、意外としつこいな」
9 「合わせる顔がないんだよ」

これらの章の題名はみな須藤が青砥に向けて言ったセリフだ。これらの言葉はとてもよく須藤を表している。

須藤はとても自立し、自律的だ。びっくりするような結婚をし、夫に先立たれ、若い男に貢ぎ、財産をなくすが、それでも自立している。須藤はハンサムウーマンだ。そんな須藤が青砥と再会し、目下独身の二人は「友達」となる。そして須藤はガンを発症し、ストーマをつけることになる。二人は半同棲をするようになるが、須藤は決して青砥にもたれかからない。

青砥は思う。「須藤は人に相談しない。なんでも一人で決めたがる。だいたいにおいて須藤が口に出すのは結論だ」

男性の読者はきっと青砥の心に沿って読むのだろうと思いました。そしてこんな青砥をどう思うのか聞いてみたいと思いました。
公立中学、高校で出会った人と結婚した50代の人が読んだら、もっとあるある感で心に沁みただろうなと思いました。

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