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『土の記』 上・下 高村薫

いい本でした。良質の本でした。でも、サクサク読めるというわけにはいかず、随分時間がかかりました。農業の手順、稲作、土、土壌、雨の描写が細部に渡り、長くて読むのが大変でしたが、素晴らしい筆力だと思いました。

さて、著者高村薫(1953年大阪生まれ)は有名な作家で、何冊も大作を書いていて、いつも心惹かれていましたが、今までチャンスがなく、初めて読んだのが本書です。

一人暮らしとなった72歳の伊左夫が主人公です。夢と現、正気とボケの狭間を揺れ動いているようなところが、先に読んだ『おらおらでひとりいぐも』とよく似ています。本書の主人公も妻を亡くしたばかりです。

「東京の大学を出て関西の大手メーカーに就職し、奈良県は大宇陀の旧家の婿養子となった伊佐夫。特筆すべきことは何もない田舎の暮らしが、ほんとうは薄氷を踏むように脆いものであったのは、夫のせいか、妻のせいか。その妻を交通事故で失い、古希を迎えた伊佐夫は、残された棚田で黙々と米をつくる。」

「ラスト数瞬に茫然、愕然、絶叫! 現代人は無事、土に還れたのだろうか――。青葉アルコールと青葉アルデヒド、テルペン系化合物の混じった稲の匂いで鼻腔が膨らむ。一流メーカー勤務に見切をつけ妻の里に身を落着けた男は、今年の光合成の成果を測っていた。妻の不貞と死の謎、村人への違和感を飼い馴らす日々。その果てに、土になろうとした男を大異変が襲う。それでもこれを天命と呼ぶべきなのか……。」と書かれています。

雨の描写から始まります。雨を夢うつつに聞く伊佐夫。雨は作物を育てる恵みで、日本は雨が多く、雨を表す言葉も多いのですが、高村はそれにばたばた、ぼとぼととオノマトペを豊かに使っています。賢治の世界を思わせますが、奈良の里山を描いた河瀬直美氏の映画のシーンを思い浮かべて読みました。

本書には「」がないのです。会話はあるのですが、実際の会話も、伊佐夫の妄想も地の文に溶け込んでしまっています。何もかも夢か現かわからないような世界を描いています。

物語は2010年、奈良の大宇陀の山中に独りで暮す伊佐夫が梅雨の雨音に目覚めるところから始まります。
妻は16年前に交通事故に遭い、植物状態になり、伊佐夫はずっと介護にあたってきましたが、今年その妻が亡くなります。

伊佐夫は東京出身で地質学を専攻し、早川電機に就職し、それから旧家に婿入りしますが、ずっとサラリーマンを続けました。今は妻昭代の実家を継いで化学実験のように作物を慈しみ育てています。最近物忘れが多く、妻が生きているかのように姿を見、声を聞きます。どこまでが正気かボケてしまったのか、起きているのか夢を見ているのか定かではありません。

伊佐夫は実に勤勉で毎朝稲や野菜を見て回り、土を耕し、畦を築き、寒い季節には農業暦を克明に記し、犬や鯰の世話もしたり、孫娘を預かったり、田んぼを小学校に貸して指導をしたりと、ゆっくりする暇もない忙しさです。農家は季節季節にこんなに大変なものなでしょうか。

そんな忙しくも単調な暮らしをしてるかにみえる伊佐夫にもいろいろな出来事が起こります。妻はなぜ交通事故にあったのか。その加害者もなくなり、東京の兄も亡くなり、妻の昭代の妹久代の夫も亡くなります。そんな中、村の娘が離縁して、双子を出産します。伊佐夫は妻の不貞を疑いながらも自らの手で石を削り、文字を入れて夫婦石を作るのです。

伊佐夫の娘の陽子は優秀だが母親昭代と不仲で、アメリカへ留学し結婚し、一人娘を授かるが、母の死後離婚します。その後渡米した陽子はアイリッシュアメリカンと再婚します。

こんな時も雨が来る日も来る日も降り、作物の心配をし続けます。上谷(伊佐夫と昭代)の家系は女系で代々婿養子をとってきましたが、今は一人娘の陽子もアメリカに渡り、跡継ぎがなく、上谷も自分の代で終わりと覚悟しています。ジタバタなどしないのです。記憶の迷宮に迷い込んでしまったような伊佐夫ですが、しっかり根を張った土との暮らしは強いです。

2011年の3月には、東北大震災と原発事故が起き、村でも若者がボランティアに出かけます。その巨大な土の変動がこの物語につながっていきます。そして8月末に発生した台風が奈良県に大雨を降らすのです。

本の表紙は伊佐夫も作成したモノリス(土壌サンプル)が使われています。

みんなに特に年配者に勧めたい本でした。ぜひ辛抱強くお読みください。きっと深い感動が得られると思います。

読みたいと思っている高村薫の本に『マークスの山』、『レディ・ジョーカー』、『新リア王』、『晴子情歌』などがありますが、ほかの本も重いのでしょうか。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『騎士団長殺し』 ー第1部 顕れるイデア編、 第2部 遷ろうメタファー編 村上春樹 (英題  Killing Commendatore)

村上春樹(1949年京都生まれ 兵庫県育ち)の7年ぶりの1050ページの超長大作です。図書館の予約して1年以上待ちました。(図書館が著作権を侵害しているというのはよく理解できるけど、新刊書は年金生活者には高くて。。。)

面白くて、グイグイと引っ張られて、久しぶりに熱中した読書ができました。「面白い」というと「ハルキスト?」と聞かれますが、数冊しか読んでいないし、特にファンということではありません。

「『1Q84』から7年――、
待ちかねた書き下ろし本格長編

その年の五月から翌年の初めにかけて、私は狭い谷間の入り口近くの、山の上に住んでいた。夏には谷の奥の方でひっきりなしに雨が降ったが、谷の外側はだいたい晴れていた……それは孤独で静謐な日々であるはずだった。騎士団長が顕れるまでは」

私は上下巻の副題にある「イデア」とか「メタファー」という西洋哲学の概念は苦手で、よく理解できません。どちらかというと日本昔ばなしや怪異譚に置き換えて読んだ方がわかりやすいかもしれません。

主人公は「私」、36歳の男性の肖像画家。 まず、プロローグで、メタファーの「顔のない男」の肖像画を描こうとするが、「何もないものをどう造形すればいいの」かわからず、描けなかったというところから始まります。

主人公「私」は突然、思いもよらず妻から離婚を突きつけられ、ボロのプジョーで北へと傷心の旅に出かけます。旅から戻り、住むところのない「私」に、美大時代の友達雨田政彦が父親の家に留守番として住まないかと持ちかける。彼の父は雨田具彦という高名な日本画家で、今は90歳を超えて認知症を患い、伊豆の施設に入居している。雨田具彦の小田原郊外の山の上にあるアトリエ兼住居は空き家となっていた。「私」は生活のための肖像画を描くことを断り、この雨田具彦の山の上の家で自分の本当に描きたい絵を模索するようになる。

この物語は小田原郊外の山の上で暮らした9ヶ月間の回想です。

ある日、「私」はがさがさいう音がアトリエの屋根裏から聞こえ、上ってみると、そこには「騎士団長殺し」と題した大きな日本画があった。それは雨田具彦の画集には掲載されていない、モーツアルトの「ドン・ジョバンニ」をモチーフにしたもののようだった。

「私」は友人雨田政彦から小田原駅前のカルチャー教室で絵の講師を紹介される。そして山の上の家で、教室で出会った女性と関係を持ったり、日本画家雨田具彦について調べたり、具彦のレコードを聴いたり、別れた妻を回想したりして暮らす。

ある深夜に鈴の音が聞こえて、目を覚ました。そんな時、山向こうの富豪、免色渉が法外な金額で肖像画を描いてほしいと現れる。そして、彼と一緒にその鈴の音が聞こえる穴を掘ることになり、その穴の中には古い鈴がひとつ残されており、それを持ち帰りる。

免色渉は大きな屋敷に住み、外車を4台も持ち、「華麗なるギャッツビー」や村上ファンドの村上氏を連想させます。この富豪も色彩のない名前です。作者は名前に色のないということにこだわりを持っているようです。それはなんのメタファーなのでしょうか?
http://wako1202.blog50.fc2.com/blog-entry-571.html

免色渉の依頼により、彼の生徒である絵画教室に通う中学一年の美少女、秋川まりえの肖像を描くことになる。まりえは「私」の12歳でなくなった妹を思い出させる。免色はこのまりえを自分の娘ではないかと思って、この豪邸を半ば強引に買い、山向こうから毎夜双眼鏡でまりえを見ていたのだ。一方、具彦の絵の「騎士団長」は絵から抜け出て、「私」の前に姿を見せる。絵と同じサイズの60cmのイデアだが、「私」とまりえ(第2部)にしか見えない。

この間に別れた妻柚(ユズ)や妹小径(コミ)との回想が織り込まれています。ここで第1巻が終わります。

下巻ではこの「騎士団長」のイデアや「顔なが」のメタファー助けを借りて行方不明になったまりえを助けるため、何かに導かれるように異界の世界を探し回ることになります。

現実と非現実(時に夢)、存在と非存在、目に見えるものと見えないもの(見える人と見えない人)、イデア(観念)の世界。『1Q84』同様現実の世界と異界の壁が溶けてなくなるような狭間の世界が描かれています。

免色のセリフ
「自分という存在の意味が、自分がこうしてここに生きていることの理由が、今ひとつよくわからなくなってきました。 ・・・・ これまで確かだと見なしていたものごとの価値が、思いもよらず不確かなものになっていくみたいに」

「涅槃(ねはん)は生死を超えたところにあるものです。 ・・・・肉体は死滅したとしても、魂は生死を超えた場所に移っていることもできるでしょう。 ・・・・この世の肉体というのはあくまでかりそめの宿に過ぎませんから。 」

この免色は容姿、資産、頭脳、知識、自己抑制について抜きん出た人物として描かれています。

本書には相変わらず音楽、車、絵画、哲学などの深い造詣が随所にキラキラと光っています。これをうざいと感じる人もいることでしょう。

まりえの父がオウム真理教を思わせる宗教団体に入れ込んでいたり、神戸や東日本大震災があったり、歴史的にはナチス、南京大虐殺が重要な背景として描かれています。

「私」は免色の肖像画を描く時、「アイデアは唐突に、しかし自然にやってきた。・・・・それがどのような絵に進展していくのか、自分でも予想がつかなかった・・・・・もしそこにひとつの流れがあるのなら、流れとともに進んでいくしかない。・・・ 考えないことが何より大事だった。・・・・しかるべき時間の経過がおそらく私に、それがなんであるかを教えてくれるはずだ。それを待たなくてはならない」と肖像画の定石を外して描き始める。

「騎士団長」は言う。「つまり他者による認識のないところにイデアは存在し得ない。・・・イデアは他者の認識そのものをエネルギー源として存在している。・・・・・ なぜならば、人が何かを考えるのをやめようと思って、考えるのをやめることは、ほとんど不可能だからだ。何かを考えるのをやめようと考えるのも考えのひとつであって、その考えを持っている限り、その何かもまた考えられているからだ。何かを考えるのをやめるためには、それをやめようと考えること自体をやめなくてはならない」

村上春樹は小説を書く時、この画家「私」のように物語を紡いでいるのでしょうか。穴の中に入り、暗闇の中に身を置いて、現実と非現実の狭間で自分の魂に出会って、それを再現しているのでしょうか。「穴」ー大江健三郎や安部公房も穴にこだわっていたなあと思いました。

目に見えない現実の世界。

ハルキらしくなく、ハッピーエンド?でしたが、この本は「上下巻」ではなく、第1巻、第2巻なので、『1Q84』のように第3巻があるのでしょうか。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『R帝国』 中村文則

本書は作者中村文則(1977年、愛知生まれ)の18冊目の本だそうです。私の読んだ彼の本はこれが3冊目です。本書は『教団X』と似たような重量感を持っています。
http://wako1202.blog50.fc2.com/blog-entry-827.html

作者中村は「作家として覚悟を持って書いた」と語っています。さらに執筆動機を「現在が右傾化しているという危機感があるからです。フェイクニュースであるとか、メディアの委縮、ネット上の差別などがものすごく広がっているなかで、作家として何ができるだろうと考えて、こういう小説になった。」そうです。

表題の裏ページに「人々は、小さな嘘より大きな嘘に騙されやすい」というアドルフ・ヒトラーの言葉が引用されています。

「舞台は、近未来の架空の島国・R帝国。ある日、矢崎はR帝国が隣国と戦争を始めたことを知る。だが、何かがおかしい。国家を支配する絶対的な存在”党”と、謎の組織「L」。やがて世界は、思わぬ方向へと暴走していく――。世界の真実を炙り出す驚愕の物語。」

絶対権力の「党」に支配された島国・R帝国は国民の圧倒的な支持のもとに他国との戦争を繰り返している。R帝国は民主主義国家を標榜するため、野党もあるが、実態は与党R党が99%を占める独裁国家だ。街には防犯カメラが設置され、常に国民は国家から徹底的に監視されている。党の施策に疑問を呈すれば、巧妙な情報操作で排除されていく全体主義の管理社会だ。ジョージ・オーウェルの『1984』を思わせるデストピア小説です。
http://wako1202.blog50.fc2.com/blog-entry-796.html

「朝、目が覚めると戦争が始まっていた」という一文で始まります。AIが搭載された携帯電話HP (Human Phone) は自ら意志を持ち、会話することができます。

本書の主人公は矢崎とアルファ、栗原とサキ、二組の男女とHP。
R帝国最北の島コーマ市に暮らす会社員の矢崎は突然街はY宗国による激しい空爆に襲われ、原発が占拠された。大勢の人が虫けらのように殺される。矢崎はそんな中、Y宗国のテログループの女兵士アルファに助けられる。

一方首都では弱小野党の議員片岡の秘書、栗原が地下組織「L」のサキと出会うが、国家の策謀に巻き込まれて行く。 

R帝国の「党」の主要人物である加賀が「人々が欲しいのは、真実ではなく半径5メートルの幸福なのだ」と繰り返し言う。「党」は移民を軽蔑、差別し、ヘイトスピーチにより憎悪を掻き立てる。コーマ島が占拠され、原発が破壊される。

登場人物の姓は日本人の名前だが、「日本」という国は小説に出てくる国であり、舞台はR帝国だ。加賀は栗原に小説の中の日本国ではかつて沖縄戦があったと沖縄戦の国家の非道さと悲惨さを語る。

本書に登場する全ての国々はアルファベット1文字です。きっと意味があって作者がつけていると思いますが、このR帝国のRはRound(日の丸)、地下組織のLはLibertyかなと思いました。

それに加賀のような悪の非道な人物をもっと魅力的に描けていれば、SF的ディストピアもさらにリアルに感じられたと思います。


絶対多数の自民党が森友学園のような教育方針を推奨し、次々に戦前へ回帰するような法案を通してきています。R帝国の国民を監視する管理社会がもうそこまできているようで、背筋がゾッとしてきます。孫たちの時代は平和で、自由に自分の意見の言える社会でなければなりません。今私たちに何ができるでしょうか。


『教団X』も、本書も面白かったのですが、読売新聞の連載小説だったからか、エンターテイメントに傾きすぎているように思いました。
本書だけではなく、近年ディストピア小説がよく書かれ、読まれていますが、どれも、ジョージ・オーウェルの『1984』には及びませんね。

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『千の扉』 柴崎友香

またまた続けて女性作家、柴崎友香(1973年大阪生まれ)の『千の扉』の紹介です。柴崎は1999年作家デビュー、2014年『春の庭』で芥川賞受賞。私は初めて読む作家です。

「39歳の千歳は、親しいわけでもなかった一俊から「結婚しませんか?」と言われ、広大な都営団地の一室で暮らし始める。その部屋で40年以上暮らしてきた一俊の祖父から人捜しを頼まれ、いるかどうかも定かでないその人物を追うなかで、出会う人たち、そして、出会うことのなかった人たちの人生と過去が交錯していく……。」

場面は、具体的な地名や名前は出てきませんが、早稲田大学そばの、戦後1949年に旧陸軍跡地に建てられた巨大団地、都営戸山ハイツだとわかります。新宿から徒歩圏の広大な敷地に高層(14階)、中層(5階)からなる35棟が並んでいます。世帯数は3100以上です。本書にも書かれているように敷地内に通称箱根山と呼ばれる小山もあります。本書の『千の扉』はこの団地の玄関ドアでしょう。

住民の半数は65歳以上で、本書の義祖父の勝男と同様の、80歳以上の独居老人も多いそうです。一人になり、こんな便利なところにあれば、引っ越したくないだろうと思います。出て行った子供達が戻ってきて同窓会のように集まる姿は、田舎の限界集落のようです。防空壕のようなトンネルの入り口があったり、近くで人骨が発見されたりして、先に読んだ恩田陸の『失われた地図』を連想しました。そこには新宿区は出てきていませんでしたが。

著者柴崎も15歳まで大阪の似たような団地で育ったと語っています。どこも似たような間取りだったようです。主人公の千歳がこの団地の住人義祖父の日野勝男が骨折して入院し、元気になって戻るまでの8ヶ月間に出会った人々を描いています。

好奇心旺盛な主人公千歳は勝男に頼まれた高橋さんを探して団地内を彷徨います。団地内にいるのかいないのかもわかりません。この高橋さんは誰なのか。勝男の娘圭子の回想も加わります。夫一俊の中学時代の友人、中村直人、枝里兄弟、千歳がアルバイトする団地内のスナック?「カトレア」の女主人あゆみ、団地の中学生メイ。

くるくると場面人物が変わり、時代も変わってしまうので、間をおいて読むと分からなくなってしまいます。。。最近こういう書き方が流行っているのでしょうか。ここ3冊続けてこういう本を読みました。

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「百年泥』 石井遊佳

引き続き、芥川賞ダブル受賞作のもう一点の石井遊佳(1963年大阪生まれ)の『百年泥』です。

この石井遊佳さんと若竹千佐子さんは同じ師について小説を勉強していたそうです。その師の名は「海燕」の元編集長の根本昌夫さん。二人の小説の舞台は全く違うものの、現在といろいろな時期の過去が入り混じっているところがよく似ていて、ともにわかりやすいとは言えない構成になっています。

本としてはこの「百年泥」のほうがまだ読みやすかったです。舞台は混沌とした南インドのチェンナイ、主人公「私」はそこのIT企業で日本語を教えている日本語教師。作者石井も南インド在住の日本語教師だそうです。

「私はチェンナイ生活三か月半にして、百年に一度の洪水に遭遇した。橋の下に逆巻く川の流れの泥から百年の記憶が蘇る! かつて綴られなかった手紙、眺められなかった風景、聴かれなかった歌。話されなかったことば、濡れなかった雨、ふれられなかった唇が、百年泥だ。流れゆくのは――あったかもしれない人生、群れみだれる人びと……」

男に名義を使われ、多重債務者となって、やむなく泣きついた元夫より紹介されたのがこの南インドでの日本語教師の仕事。

インドの現状?や文化が紹介されています。

スクーターに乗るとき、スカーフで頭部をぐるぐる巻きにした上にサングラスをかけた月光仮面と化す女性たち。名状しがたい悪臭、ラッシュ時の想像を絶する混乱を避けるため、飛翔して通勤するエグゼクティブ。

細部はリアリティがあるので、私も作者の罠にはまって、飛翔するのはどんな乗り物かユーチューブを調べてしまいました。百年泥からはあり得ない話が発掘されます。それも大阪人のユーモアなのでしょうか。

私は南インドにはいったことがありませんが、18年前に北インドを友達と回りました。想像を絶するカルチャーショックを受けました。インドは南北で文化が違うと聞きますが、一部の場所の悪臭、混沌は共通しているようです。それに私もインド人に日本語を教えていたことがあるので、彼らの日本語の誤用やくせがよくわかります。母語に干渉された間違いなのです。

「私」は無口で愛想がない。借金返済のために日本語教師になり、時にうまく授業が進めなくなる教師ですが、生徒の助けを利用して、教え方もなかなか上手です。

チェンナイ生活3ヶ月半にして、100年に一度の洪水でアダイヤール川の堤防が決壊してしまいます。洪水3日目に、住んでいるアパートと川をはさんで対岸にある会社で仕事をするために、水が引いた後の、恐ろしく混雑した人に溢れ、悪臭のする橋を渡ります。その数十分間に「私」の頭を去来する出来事があちこちと時代も場所も飛びながら進んでいきます。

「私」はこの橋で、日本語の生徒、デーヴァラージに出会います。優秀だが扱いにくい生徒で、デーヴァラージは交通違反の罰則として、橋の清掃の労務を科せられているのです。カースト上位の子息が多いこのIT企業で、デーヴァラージは地方の村々を巡回して熊と相撲をとっていた父親と一緒に旅をして育ったのです。彼は投げ銭を拾い集める係でした。

「私」は日本語の授業の中で、デーヴァラージのそんな話の誤用から、職業を表す「〜ています」を「相撲をとっていました」、やりもらいの「〜てくれます」を「お金を入れてくれました」と導入します。なかなかいい導入の仕方です。

掻き出されるゴミの中から、「私」もまた、自分の過去 ー 元夫との別れのいきさつを象徴する「サントリー山崎12年」や、極端に無口だった母を思い出す「小さな、古ぼけたガラスケースのようなもの」や「大阪万博のメモリアルコインペンダント」を見つけていきます。

中学生時代の無口な友達、誕生日に近くのおばあさんがプレセントしてくれた運動靴。

「私」の頭を去来する日本語教室の授業からインドの文化が紹介されています。

「私にとってはるかにだいじなのは話されなかったことばであり、あったかもしれないことばの方だ。この世界に生れ落ちてから、ついに『なぜ』が私を見つけだす以前の、二度ともどらない母との無音の時間の方だ」

一気に読む時間がない読者にはわかりにくいですが、小説としての組み立てが実に上手だと思いました。次作を読んで見たいです。

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『おらおらでひとりいぐも』若竹千佐子

思いがけないボタン雪が舞いましたね。もう桜も3〜5分咲き、日曜日には満開になるかもしれません。

さて、話題の芥川賞受賞作品を読みました。主人公の74歳の桃子さんの頭の中の会話が岩手弁で、声優のように音読しながら読みました。いや、音読せずには読めなかったというのが正しいかもしれません。

「あいやぁ、おらの頭このごろ、なんぼがおがしくなってきたんでねべが (中略)あいやぁ、そういうおめは誰なのよ 
決まってっぺだら。おらだば、おめだ。おめだば、おらだ」と始まります。

作者若竹千佐子(63歳、岩手県遠野市生まれ)は受賞の言葉で「人にはそれ抜きにして自分を語れない決定的な「時」があるのだと思う。私の場合、夫の死だった。悲しかった。絶望しかなかった。それでも、私は喜んでいる私の心もを見つけてしまった。悲しみは悲しみだけじゃない、そこには豊穣がある、と気づいた。このことを書かずに私は死ねないと思った。」と語っています。(文藝春秋より)

「結婚を3日後に控えた24歳の秋、東京オリンピックのファンファーレに押し出されるように、故郷を飛び出した桃子さん。
身ひとつで上野駅に降り立ってから50年――住み込みのアルバイト、周造との出会いと結婚、二児の誕生と成長、そして夫の死。
「この先一人でどやって暮らす。こまったぁどうすんべぇ」
40年来住み慣れた都市近郊の新興住宅で、ひとり茶をすすり、ねずみの音に耳をすませるうちに、桃子さんの内から外から、声がジャズのセッションのように湧きあがる。
捨てた故郷、疎遠になった息子と娘、そして亡き夫への愛。震えるような悲しみの果てに、桃子さんが辿り着いたものとは――」

無数にいる脳内の「柔毛突起ども」と話す声、桃子さんの標準語とが入り交じり、現在と過去が入り混じって書かれています。
夫が亡くなった後、ずっと一緒だった老犬もいなくなり、桃子さんは一人。人は皆一人になる、桃子さんはこの一人のゆったりした時を楽しみ、心地よさを感じています。理屈っぽくて、意味を探したい人なのです。桃子さんは娘とも近づくとうまくいかない。ああ、きっとそんなもの。

桃子さんは強い。桃子さんに限らない。私の周りの先輩女性たちは強いのです。落ち込むこともあるでしょうが、前を向いて生きています。春の匂いを感じながら。

千佐子さんが桃子さんの年になった時に書かれた本を読んでみたいです。

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『遠い山なみの光』 "A Pale View of Hills" カズオイシグロ

三寒四温 朝夕は寒いですが、日中の日差しはすっかり春めいてきました。それとともに花粉が飛び始め、風邪だか花粉症だかはっきりしない症状が現れています。

この2月、インフルエンザは猛威を振るい、あと少しで6年間皆勤となるはずだったゆうたんが、とうとうインフルエンザB型にかかり、欠席してしまいました。我が一族の快挙とみんなで見守っていたのですが、残念なことでした。39度の熱が3日も続きました。

さて、ノーベル文学賞受賞作家、カズオイシグロ(1954年、長崎生まれ)の『遠い山なみの光』を読みました。『日の名残り』以来の2冊目です。

「故国を去り英国に住む悦子は、娘の自殺に直面し、喪失感の中で自らの来し方に想いを馳せる。戦後まもない長崎で、悦子はある母娘に出会った。あてにならぬ男に未来を託そうとする母親と、不気味な幻影に怯える娘は、悦子の不安をかきたてた。だが、あの頃は誰もが傷つき、何とか立ち上がろうと懸命だったのだ。淡く微かな光を求めて生きる人々の姿を端正に描くデビュー長編。王立文学協会賞受賞作。『女たちの遠い夏』改題。」

文庫の解説を池澤夏樹が書いていますが、さすがで、それを読んだ後では感想文など書きにくいですが、あくまでも本の紹介と、私の感想を書いてみました。

5歳で渡英したイシグロ氏の母語は英語。原文では登場人物はローマ字表記ですが、翻訳では漢字が当てられています。主人公の悦子、長女の景子、次女だけカタカナでニキ、長崎時代に出会った親子は佐知子と万里子。

この本はほとんどが女性同士の会話で綴られています。自死した姉景子の葬式に出席するため、次女ニキが実家に戻ってきます。ニキが冷淡なようでいて、母親悦子を気遣っている様子がうがかがわわれるところから始まりました。娘を亡くした悦子は取り乱したりなどしていません。苦しみがとても静かなのです。悦子の長崎時代の回想と今とが交錯しながら進んでいきます。

悦子はイギリス人の夫の国に住んでいます。その夫ももう他界したようです。長崎時代は原爆の傷跡がまだ生々しい時代。悦子は景子を身ごもり、平凡だが幸せそうな新婚生活を送っています。佐知子と万里子という母娘に出会います。佐知子はアメリカ軍人の愛人となっていて、娘のためと言いながらも育児放棄の気味があります。

悦子は今の自分を当時の佐知子に投影させています。母娘の心の動きのさりげない描写がなんとも言えません、悦子と佐知子のそれぞれの立場と、なんとも噛み合わない二人の会話。

悦子と夫となるイギリス人男性との出会いやイギリスに渡った経緯やなどは一切書かれていません。佐知子はアメリカに渡ったのでしょうか。

5歳で渡英したというイシグロが日本的な霞んだような余白や空気感が書けるいるのが不思議です。
静かな映画のシーンのような小説でした。

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『失われた地図』 恩田陸

立春が過ぎ、寒い中にも春の匂いが感じられます。

今回は『蜜蜂と遠雷』で直木賞受賞後の恩田陸(1964年生まれ)の第一作目、『『失われた地図』です。

同じ作家かと思うほど、違う内容、展開です。引き出しのたくさんある作家なのですね。

「 “恩田ワールド”全開のエンターテインメント長編錦糸町、川崎、上野、大阪、呉、六本木・・・・・・。
日本各地の旧軍都に発生すると言われる「裂け目」。
かつてそこに生きた人々の記憶が形を成し、現代に蘇る。
鮎観の一族は代々、この「裂け目」を封じ、記憶の化身たちと戦う“力”を持っていた。
彼女と同じ一族の遼平もまた、同じ力を有した存在だった。
愛し合い結婚した二人だが、息子、俊平を産んだことから運命の歯車は狂いはじめ・・・・・・。

――新時代の到来は、闇か、光か」

本作は
第1章 錦糸町コマンド
第2章 川崎コンフィデンシャル
第3章 上野ブラッディ
第4章 大阪アンタッチャブル
第5章 呉スクランブル
第6章 六本木クライシス

となっていて、呉以外私の時々行く町からなっています。

主なる登場人物は蝶を操る鮎観(あゆみ)、結い上げた髪に銀の簪を挿した遼平。彼らはいとこ同士の元夫婦で俊平という息子がいます。それに遼平の甥でレフ板持つ無口な浩平。「裂け目」があらわれたという「煙草屋」の情報で、3人は錦糸町に集まったのです。錦糸公園は陸軍の糧秣廠倉庫があったところ、錦糸掘公園で小火があり、遼平は簪で「裂け目」を縫い、「グンカ」(軍靴?)たちを黄泉の国に送り返すのが仕事のようです。

第1章はこんな按配で、かろうじて作者の意図を感じながらも、何が何だかさっぱりわからないまま進んでいきます。

三人は風雅一族という血脈に属し、「グンカ」を見つけ出し、彼らが出てくる入り口、「裂け目」を閉じて黄泉の国に戻することを使命としているらしい。各章は錦糸町の他に軍需工場があった鶴見線(私の好きな工場地帯)の川崎、維新で彰義隊が戦った上野、秀吉が築いた大阪城、戦艦大和建造の呉、軍の関係施設があった六本木が舞台になっています。

「煙草屋」の指令で、「裂け目」からやってくる「グンカ」が現れる地へ赴き、人々のルサンチマン(恨み)に触れて膨張する「グンカ」と死闘を繰り返して、封じ込めていくのです。

押し寄せてくる時代のきな臭さに背筋がぞ〜としてきます。最後鮎観と遼平の離婚の理由が語られています。

この本は構成に成功したのでしょうか。訳のわからないまま3章あたりまで進んでいきます。最初の方にもう少し種明かしがあっても良かったのではないかと思います。作者の想像力についていけませんでした。

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

『能 650年続いた仕掛けとは』 安田登

今年は寒いですね。

雪景色を撮りに行ったので、その写真を載せたいところですが、まだ整理ができていないのです。

さて、日頃手にしない本を借りて読んだので、また本の紹介です。
題名は『能 650年続いた仕掛けとは』 

「なぜ650年も続いたのか――。足利義満、信長、秀吉、家康、歴代将軍、さらに、芭蕉に漱石までもが謡い、愛した能。世阿弥による「愛される」ための仕掛けの数々や、歴史上の偉人たちに「必要とされてきた」理由を、現役の能楽師が縦横に語る。「観るとすぐに眠くなる」という人にも、その凄さ、効能、存在意義が見えてくる一冊。【巻末に、「能をやってみたい」人への入門情報やお勧め本リスト付き】」

著者は安田登氏。能の流派の家元に生まれた人ではなく、元高校の先生だそうです。24歳で初めて能「松風」を見て、「幻視体験」をし、ワキ方の能楽師の門をたたいてプロになった人で、下掛宝生流の能楽師です。能に対する熱い思いがほとばしっていて、一人でも多くの人に能に触れて、能の良さを知ってもらいたいと念じている人です。

私は薪能、狂言など、何回か見たことがありますし、若い頃に能に夢中になっていた人も出会ったし、職場に金春流の人もいましたが、残念ながら私は能に魅せられることはありませんでした。本書を読むと、私の心の能への扉が開かれていなかったみたいです。

本書は
はじめに
第一章 能はこうして生き残った
650年続いた理由

第ニ章 能はこんなに変わってきた
第三章 能はこんなふうに愛された
第四章 能にはこんな仕掛けが隠されていた

第五章 世阿弥はこんなにすごかった (この辺りから面白くなっていきます)

第六章 能は漱石と芭蕉をこんなに変えた (そうか、謡や能は必須の教養だったのですね。良いものだけが長く残っていくのですね。) 

第七章 能は妄想力をつくってきた (この章が一番面白かったです)

第八章 能を知るとこんなにいいことがある (蛇足の感あり)
〈付録〉「能を観たい、習ってみたい、知りたい」方へ

著者は能は過去のものではなく、「今に生きる」、「今に活かせる」芸能だということを語りたかったのだと思います。

この本を読んでほんのちょっとだけ能の基礎知識ができたので、忘れないうちに観たいものだと思います。

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インフルエンザが大流行しているとか。今のところ免れていますが、孫のかい(6歳)がかかってしまい、今登園停止となっています。
皆様もくれぐれもマスク、手洗い、うがいをお忘れなく。

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『本日は、お日柄もよく』 & 『総理の夫』 原田マハ & テレビドラマ「民衆の敵」

今年もあと2週間。寒くなりましたね。まだ、年賀状も掃除も済んでいません。拙ブログにまたスポンサーサイトが出てしまいました。
こんな年の瀬に写真展なんぞやっているものですから。モノクロの写真展ですが、お知らせもせず、今日が最終日となります。

さて、本の感想も同じ作家のものなので、2冊分まとめてです。

今まで 『楽園のカンヴァス』、『暗幕のゲルニカ』と2冊美術館のキューレーター物を読みました。今回の2冊、『本日は、お日柄もよく』(2010年刊行)と、『総理の夫』(2013年刊行)はネタがガラリと変わって政治物です。

『本日は、お日柄もよく』は
「OL二ノ宮こと葉は、想いをよせていた幼なじみ厚志の結婚式に最悪の気分で出席していた。ところがその結婚式で涙が溢れるほど感動する衝撃的なスピーチに出会う。それは伝説のスピーチライター久遠久美の祝辞だった。空気を一変させる言葉に魅せられてしまったこと葉はすぐに弟子入り。久美の教えを受け、「政権交代」を叫ぶ野党のスピーチライターに抜擢された!目頭が熱くなるお仕事小説。」と書かれています。

テレビドラマのような本だと思っていたら、比嘉愛未主演,‎ 長谷川京子ほかで、wowowから放映されていました。

第1ページ目にスピーチの極意10箇条が書かれています。
参考になると思うので引用しますね。

「一、スピーチの目指すところを明確にすること。
二、エピソード、具体例を盛りこんだ原稿を作り、全文暗記すること。
三、力を抜き、心静かに平常心で挑むこと。
四、タイムキーパーを立てること。
五、トップバッターとして登場するのは極力避けること。
六、聴衆が静かになるのを待って始めること。
七、しっかりと前を向き、右左を向いて、会場全体を見渡しながら語りかけること。
八、言葉はゆっくり、声は腹から出すこと。
九、導入部は静かに、徐々に盛り上げ、感動的にしめくくること。
十、最後まで、決して泣かないこと。」

どうですか。参考になりましたか。作者原田マハはスピーチライターをしていたことがあるそうです。
立候補することになる初恋の厚志の街頭演説、選挙演説は一人一人に平易な言葉で語りかけ、言わんとすることが明確で、さすがです。こういうスピーチをしてみたい(みたかった)と思いました。

ハッピーエンドの見本のような本です。

さて、もう一冊の『総理の夫』は21世紀に女性の総理が誕生するという近未来小説です。最近流行りのディストピアではなく、これもハッピーエンドです。この文庫の解説を安倍昭恵氏が書いています。

「「待ったなし」の日本に、史上初の女性&最年少総理誕生

20××年、相馬凛子(そうま・りんこ)は42歳の若さで第111代総理大臣に選出された。
鳥類学者の夫・日和(ひより)は、「ファースト・ジェントルマン」として妻を支えることを決意。
妻の奮闘の日々を、後世に遺すべく日記に綴る。
税制、原発、社会福祉。
混迷の状況下、相馬内閣は高く支持されるが、陰謀を企てる者が現れ……。
凛子の理想は実現するのか!?

痛快&感動の政界エンターテインメント! 」 

この日記を書く夫日和は38歳、総理大臣となる妻凛子は42歳。日和は今時の気立ての良い優しい男の子。私の世代にはいない男性です。大声で怒鳴ることも偉そうに威張ることもない。相馬財閥の次男でイケメン。この総理となる妻の凛子は東大、ハーバード出の政治学者で、信念の人。夫はそんな妻を尊敬し、愛しています。

海外に目を向ければ、だいぶ前にイギリスにはサッチャー首相が誕生し、今はドイツのメルケル首相、そしてまたイギリスも再びメイ首相が誕生しました。こんな凛子のような若くてバイタリティがあって、理想を貫く女性総理の誕生を、私が生きているうちに見たいものだと思います。

今、「民衆の敵」というテレビドラマが放映されています。佐藤智子(篠原涼子)は中卒で漢字の読みもままならない働く主婦。失業し、職探しをする中で、ネットで当選確率が高く、給料もいい市会議員を探し出します。智子は市議に立候補すると宣言し、「世の中、おかしくないですか」と訴えて、当選します。そして市長のなるというお話です。(来週最終回かな??)

この夫公平(田中圭)も、「総理の夫」の日和のようなサラブレッドじゃないけれど、やはり優しい夫で、市会議員、市長の仕事に挫折しながらも、邁進する妻を支えています。

今女の子が元気で強く、男の子が元気がなく、優しいと言われています。
私には3人の孫がいますが、みんな男の子です。しっかりした女の子を見ると大丈夫かなと思うこともありますが、この優しさがこのまま育ってくれたら、それでいいのではないかと思う昨今です。

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