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『失われた地図』 恩田陸

立春が過ぎ、寒い中にも春の匂いが感じられます。

今回は『蜜蜂と遠雷』で直木賞受賞後の恩田陸(1964年生まれ)の第一作目、『『失われた地図』です。

同じ作家かと思うほど、違う内容、展開です。引き出しのたくさんある作家なのですね。

「 “恩田ワールド”全開のエンターテインメント長編錦糸町、川崎、上野、大阪、呉、六本木・・・・・・。
日本各地の旧軍都に発生すると言われる「裂け目」。
かつてそこに生きた人々の記憶が形を成し、現代に蘇る。
鮎観の一族は代々、この「裂け目」を封じ、記憶の化身たちと戦う“力”を持っていた。
彼女と同じ一族の遼平もまた、同じ力を有した存在だった。
愛し合い結婚した二人だが、息子、俊平を産んだことから運命の歯車は狂いはじめ・・・・・・。

――新時代の到来は、闇か、光か」

本作は
第1章 錦糸町コマンド
第2章 川崎コンフィデンシャル
第3章 上野ブラッディ
第4章 大阪アンタッチャブル
第5章 呉スクランブル
第6章 六本木クライシス

となっていて、呉以外私の時々行く町からなっています。

主なる登場人物は蝶を操る鮎観(あゆみ)、結い上げた髪に銀の簪を挿した遼平。彼らはいとこ同士の元夫婦で俊平という息子がいます。それに遼平の甥でレフ板持つ無口な浩平。「裂け目」があらわれたという「煙草屋」の情報で、3人は錦糸町に集まったのです。錦糸公園は陸軍の糧秣廠倉庫があったところ、錦糸掘公園で小火があり、遼平は簪で「裂け目」を縫い、「グンカ」(軍靴?)たちを黄泉の国に送り返すのが仕事のようです。

第1章はこんな按配で、かろうじて作者の意図を感じながらも、何が何だかさっぱりわからないまま進んでいきます。

三人は風雅一族という血脈に属し、「グンカ」を見つけ出し、彼らが出てくる入り口、「裂け目」を閉じて黄泉の国に戻することを使命としているらしい。各章は錦糸町の他に軍需工場があった鶴見線(私の好きな工場地帯)の川崎、維新で彰義隊が戦った上野、秀吉が築いた大阪城、戦艦大和建造の呉、軍の関係施設があった六本木が舞台になっています。

「煙草屋」の指令で、「裂け目」からやってくる「グンカ」が現れる地へ赴き、人々のルサンチマン(恨み)に触れて膨張する「グンカ」と死闘を繰り返して、封じ込めていくのです。

押し寄せてくる時代のきな臭さに背筋がぞ〜としてきます。最後鮎観と遼平の離婚の理由が語られています。

この本は構成に成功したのでしょうか。訳のわからないまま3章あたりまで進んでいきます。最初の方にもう少し種明かしがあっても良かったのではないかと思います。作者の想像力についていけませんでした。

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

『能 650年続いた仕掛けとは』 安田登

今年は寒いですね。

雪景色を撮りに行ったので、その写真を載せたいところですが、まだ整理ができていないのです。

さて、日頃手にしない本を借りて読んだので、また本の紹介です。
題名は『能 650年続いた仕掛けとは』 

「なぜ650年も続いたのか――。足利義満、信長、秀吉、家康、歴代将軍、さらに、芭蕉に漱石までもが謡い、愛した能。世阿弥による「愛される」ための仕掛けの数々や、歴史上の偉人たちに「必要とされてきた」理由を、現役の能楽師が縦横に語る。「観るとすぐに眠くなる」という人にも、その凄さ、効能、存在意義が見えてくる一冊。【巻末に、「能をやってみたい」人への入門情報やお勧め本リスト付き】」

著者は安田登氏。能の流派の家元に生まれた人ではなく、元高校の先生だそうです。24歳で初めて能「松風」を見て、「幻視体験」をし、ワキ方の能楽師の門をたたいてプロになった人で、下掛宝生流の能楽師です。能に対する熱い思いがほとばしっていて、一人でも多くの人に能に触れて、能の良さを知ってもらいたいと念じている人です。

私は薪能、狂言など、何回か見たことがありますし、若い頃に能に夢中になっていた人も出会ったし、職場に金春流の人もいましたが、残念ながら私は能に魅せられることはありませんでした。本書を読むと、私の心の能への扉が開かれていなかったみたいです。

本書は
はじめに
第一章 能はこうして生き残った
650年続いた理由

第ニ章 能はこんなに変わってきた
第三章 能はこんなふうに愛された
第四章 能にはこんな仕掛けが隠されていた

第五章 世阿弥はこんなにすごかった (この辺りから面白くなっていきます)

第六章 能は漱石と芭蕉をこんなに変えた (そうか、謡や能は必須の教養だったのですね。良いものだけが長く残っていくのですね。) 

第七章 能は妄想力をつくってきた (この章が一番面白かったです)

第八章 能を知るとこんなにいいことがある (蛇足の感あり)
〈付録〉「能を観たい、習ってみたい、知りたい」方へ

著者は能は過去のものではなく、「今に生きる」、「今に活かせる」芸能だということを語りたかったのだと思います。

この本を読んでほんのちょっとだけ能の基礎知識ができたので、忘れないうちに観たいものだと思います。

*****
インフルエンザが大流行しているとか。今のところ免れていますが、孫のかい(6歳)がかかってしまい、今登園停止となっています。
皆様もくれぐれもマスク、手洗い、うがいをお忘れなく。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『本日は、お日柄もよく』 & 『総理の夫』 原田マハ & テレビドラマ「民衆の敵」

今年もあと2週間。寒くなりましたね。まだ、年賀状も掃除も済んでいません。拙ブログにまたスポンサーサイトが出てしまいました。
こんな年の瀬に写真展なんぞやっているものですから。モノクロの写真展ですが、お知らせもせず、今日が最終日となります。

さて、本の感想も同じ作家のものなので、2冊分まとめてです。

今まで 『楽園のカンヴァス』、『暗幕のゲルニカ』と2冊美術館のキューレーター物を読みました。今回の2冊、『本日は、お日柄もよく』(2010年刊行)と、『総理の夫』(2013年刊行)はネタがガラリと変わって政治物です。

『本日は、お日柄もよく』は
「OL二ノ宮こと葉は、想いをよせていた幼なじみ厚志の結婚式に最悪の気分で出席していた。ところがその結婚式で涙が溢れるほど感動する衝撃的なスピーチに出会う。それは伝説のスピーチライター久遠久美の祝辞だった。空気を一変させる言葉に魅せられてしまったこと葉はすぐに弟子入り。久美の教えを受け、「政権交代」を叫ぶ野党のスピーチライターに抜擢された!目頭が熱くなるお仕事小説。」と書かれています。

テレビドラマのような本だと思っていたら、比嘉愛未主演,‎ 長谷川京子ほかで、wowowから放映されていました。

第1ページ目にスピーチの極意10箇条が書かれています。
参考になると思うので引用しますね。

「一、スピーチの目指すところを明確にすること。
二、エピソード、具体例を盛りこんだ原稿を作り、全文暗記すること。
三、力を抜き、心静かに平常心で挑むこと。
四、タイムキーパーを立てること。
五、トップバッターとして登場するのは極力避けること。
六、聴衆が静かになるのを待って始めること。
七、しっかりと前を向き、右左を向いて、会場全体を見渡しながら語りかけること。
八、言葉はゆっくり、声は腹から出すこと。
九、導入部は静かに、徐々に盛り上げ、感動的にしめくくること。
十、最後まで、決して泣かないこと。」

どうですか。参考になりましたか。作者原田マハはスピーチライターをしていたことがあるそうです。
立候補することになる初恋の厚志の街頭演説、選挙演説は一人一人に平易な言葉で語りかけ、言わんとすることが明確で、さすがです。こういうスピーチをしてみたい(みたかった)と思いました。

ハッピーエンドの見本のような本です。

さて、もう一冊の『総理の夫』は21世紀に女性の総理が誕生するという近未来小説です。最近流行りのディストピアではなく、これもハッピーエンドです。この文庫の解説を安倍昭恵氏が書いています。

「「待ったなし」の日本に、史上初の女性&最年少総理誕生

20××年、相馬凛子(そうま・りんこ)は42歳の若さで第111代総理大臣に選出された。
鳥類学者の夫・日和(ひより)は、「ファースト・ジェントルマン」として妻を支えることを決意。
妻の奮闘の日々を、後世に遺すべく日記に綴る。
税制、原発、社会福祉。
混迷の状況下、相馬内閣は高く支持されるが、陰謀を企てる者が現れ……。
凛子の理想は実現するのか!?

痛快&感動の政界エンターテインメント! 」 

この日記を書く夫日和は38歳、総理大臣となる妻凛子は42歳。日和は今時の気立ての良い優しい男の子。私の世代にはいない男性です。大声で怒鳴ることも偉そうに威張ることもない。相馬財閥の次男でイケメン。この総理となる妻の凛子は東大、ハーバード出の政治学者で、信念の人。夫はそんな妻を尊敬し、愛しています。

海外に目を向ければ、だいぶ前にイギリスにはサッチャー首相が誕生し、今はドイツのメルケル首相、そしてまたイギリスも再びメイ首相が誕生しました。こんな凛子のような若くてバイタリティがあって、理想を貫く女性総理の誕生を、私が生きているうちに見たいものだと思います。

今、「民衆の敵」というテレビドラマが放映されています。佐藤智子(篠原涼子)は中卒で漢字の読みもままならない働く主婦。失業し、職探しをする中で、ネットで当選確率が高く、給料もいい市会議員を探し出します。智子は市議に立候補すると宣言し、「世の中、おかしくないですか」と訴えて、当選します。そして市長のなるというお話です。(来週最終回かな??)

この夫公平(田中圭)も、「総理の夫」の日和のようなサラブレッドじゃないけれど、やはり優しい夫で、市会議員、市長の仕事に挫折しながらも、邁進する妻を支えています。

今女の子が元気で強く、男の子が元気がなく、優しいと言われています。
私には3人の孫がいますが、みんな男の子です。しっかりした女の子を見ると大丈夫かなと思うこともありますが、この優しさがこのまま育ってくれたら、それでいいのではないかと思う昨今です。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『劇場』又吉直樹

10月に気管支に来る風邪を引きました。夜にはなると毎晩熱っぽく、電池切れになったようにエネルギーがなくなり、長引きました。やっと良くなりました。今年の風邪は要注意です。

本書は『火花』で芥川賞を受賞した又吉直樹の第2作です。200ページの会話文の多い作品で、すぐ読めます。

「演劇を通して世界に立ち向かう永田と、その恋人の沙希。夢を抱いてやってきた東京で、ふたりは出会った――。『火花』より先に書き始めていた又吉直樹の作家としての原点にして、書かずにはいられなかった、たったひとつの不器用な恋。夢と現実のはざまでもがきながら、かけがえのない大切な誰かを想う、切なくも胸にせまる恋愛小説。」

ミーハー的期待をして読みました。これは恋愛小説なのかな?前作同様、青年期の成長物語だと思いました。

主人公の僕(永田)は、中学でクラスメート、野原と知り合います。彼は音楽、映画、文学、格闘技に詳しく、議論し合うようになります。彼と同じ高校に進学し、演劇部に所属し、小劇団の演劇を見るようになります。僕は台本を書き、野原と作り上げていきます。卒業後上京し、野原と一緒に劇団「おろか」を立ち上げます。その小劇団で脚本を書き、演出もします。だが、「おろか」は世間から酷評され、永田はバイトをしながら食うや食わずの生活を送っていました。

 ある日、街で見たけた女性に、声をかけます。彼女は沙希といい、服飾系の大学に通いながら、女優になる夢を持っています。いつしか、金の無い永田が沙希の家に転がり込み、同棲することになります。明るく屈託のない早希はある種尊敬の念を持って永田と暮らしています。
田舎の両親からの仕送りとバイトで暮らす沙希。ますます演劇にのめり込んで、収入のない僕。

途中まで前作の二番煎じと感じ、がっかりしましたが、後半になるにつれて良くなってきたと思います。演劇の世界のことはわかりませんが、演劇は。集団で作り上げて行く芸術でなので、自分の理想を追求していく辛さは想像できます。意見のぶつかり合い、自分の才能に対する自信と揺らぎ、認められた者への嫉妬、優しく受け入れてくれる女性への甘え、それに対する自己嫌悪、葛藤、もがき。この部分がとてもいいです。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『 i  アイ 』 西加奈子

「i」 、iの点と縦棒の間にカナカナで「アイ」と入れられている変わった題名。著者は西加奈子です。

西加奈子の本を読むのは直木賞受賞作品『サラバ!』についで2冊目です。

西加奈子は1977年生まれ。父の赴任先イランのテヘランで生まれ、エジプトで幼少期を過ごします。キーワードとして並べてみると 出生から青年期まで、中東生まれ、美形、養子、東日本大震災、友情など、『サラバ!』との共通点が見られます。

「「この世界にアイは存在しません。」入学式の翌日、数学教師は言った。ひとりだけ、え、と声を出した。ワイルド曽田アイ。その言葉は、アイに衝撃を与え、彼女の胸に居座り続けることになる。ある「奇跡」が起こるまでは―。「想うこと」で生まれる圧倒的な強さと優しさ―直木賞作家・西加奈子の渾身の「叫び」に心揺さぶられる傑作長編!」と書かれています。

「この世界にアイは存在しません」。このフレーズはなんども繰り返し、出てきます。
高校の数学で習う虚数「 i 」で、実数ではない複素数。i×i=-1。

アイの父親はアメリカ人、母親は日本人です。アイは1988年シリア生まれ。裕福で自由で慈愛深いこの両親にもらわれた養子で、血の繋がった実子ではないのです。誕生後ほんの数カ月で、ニューヨークに住むこの夫婦の元にやって来ました。そして、アイは何不自由なく愛しまれて、育てられました。

アイは聡明で繊細な叱れることのない「いい子」でした。どうして自分がこの家の養子として選ばれたのかと、「養子」であることをずっと意識し続け、恵まれた環境の置かれたことに罪悪感を感じています。

家族とともに中学生から東京に住むことになります。高校でミナという親友ができます。アイはスマトラ地震で、22万人もの人が犠牲になったことを忘れないよう、それ以後、世界の大きな事件や事故で何人がなくなったか、ノートに記録するようになります。

ミナは高3の時にアイに自分がレスビアンであり、遠距離の恋人がいることを打ち明けます。

アイは数学に魅せられ、国立大学の数学科に入学し、数学に打ち込みます。
両親にはそれぞれの家族があり、ファミリーツリーが描かれています。しかしアイ自身は養子で、出自がわからない根無し草。

マイノリティーのアイとミナ。そうじゃなくても自分探し期の青春時代は傷つきやすく、生きていくのがしんどい。
I 、私は何者?
こんな本を40歳の作者が書きました。私自身は大人になって以来、楽しかったけど、苦しかった青春時代に戻りたいとは思わないのです。

300ページ足らずの会話の多い作品で、すぐ読めます。読んでみてください。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『暗幕のゲルニカ』  Guernica Undercover 原田マハ

本書『暗幕のゲルニカ』は元キューレーターの原田マハの作品で、私はアンリ・ルソーを書いた『楽園のカンヴァス』以来2冊目です。
本書で2016年本屋大賞受賞。本のカバーは「ゲルニカ」です。

ちなみに作者原田さんの「マハ」という名はピカソと若き愛人マリー=テレーズとの間の娘の名前だそうです。作者がどんなにピカソを敬愛しているかがわかりますね。

「反戦のシンボルにして20世紀を代表する絵画、ピカソの「ゲルニカ」。国連本部のロビーに飾られていたこの名画のタペストリーが、2003年のある日、突然姿を消した――誰が「ゲルニカ」を隠したのか? ベストセラー『楽園のカンヴァス』から4年。現代のニューヨーク、スペインと大戦前のパリが交錯する、知的スリルにあふれた長編小説」

「芸術は、飾りではない。敵に立ち向かうための武器なのだ。−ー パブロ・ピカソ」

本書は
序章   空爆  1937年 パリ/2001年 ニューヨーク
以下同様に各章は、ピカソの時代と本書の主人公であるMoMAのキューレータ-八神遥子の2001年からとが交互に描かれています。

第一章  創造主、 第二章  暗幕、 第三章  涙、 第四章  泣く女、 第五章  何処へ
第六章  出航、 第七章  来訪者、 第八章  亡命、 第九章  陥落、 第十章  守護神、 第十一章 解放

最終章  再生  1945年 パリ/2003年 ニューヨーク

となっています。

1997年夏、私もマドリッドのソフィア王妃芸術センターを訪れ、展示されていた「ゲルニカ」をじっと見つめました。この作品のためだけに入場した美術館でしたから。縦350㎝、横780㎝というとても巨大な絵です。その時にあまりに大きくて移動させることができないので、他美術館での展示はできないと聞いた記憶があります。お土産に「ゲルニカ」のポストカードやマグカップを買って帰りました。あまりコーヒーが美味しくなるようなカップではありませんが。

ピカソは91歳(1973年)まで生きた画家で、作品も多く、日本でもなんどもピカソ展が開催されて、実物を見ていますが、この「ゲルニカ」はモノクロで、他の作品と全く異なっていました。


ピカソはスペイン共和国政府から1937年に開幕するパリ万国博覧会のスペイン館のために作品制作を依頼されていました。テーマを思いあぐんでいたピカソはある朝の新聞「ゲルニカ 空爆される/スペイン内戦始まって以来 もっとも悲惨な爆撃――」を読み、アトリエに引きこもって一気に「ゲルニカ」を描き上げます。

ピカソの愛人で、「泣く女」などのモデルとなった写真家のドラ・マール。のちに「ゲルニカ」制作過程の写真を撮影し、ピカソがどのように制作していったのかを記録したと評価されています。本書のピカソ時代の主人公で、彼女の目から、「ゲルニカ」誕生とその後の「ゲルニカ」の辿った軌跡が描かれています。

一方、日本人の若きピカソ研究者、八神瑤子はニューヨーク近代美術館(MoMA)に採用されたが、夫、イーサンは2001年のワールド・トレード・センターを襲ったテロで帰らぬ人となります。

このドラとヨーコを結ぶのがスペインの貴公子のパルド・イグナシオで、彼がドラマのキーパーソンです。

ゲルニカは本物以外にピカソ監修のもと、実物大のタペストリーが3点作られました。その1点がニューヨークの国連本部、国連安全保障理事会の入口に飾られていました。(他2点のうちの1点は群馬県立近代美術館にあるそうです)

2003年2月、国連本部、国連安全保障理事会の入口でコリン・パウエル米国務長官がイラク空爆の演説をした際、このゲルニカは濃紺の布で覆われていたのだそうです。これを囲んで取材していた報道陣は、会見の内容のみならず、「ゲルニカ」が消えたことに衝撃を受けて、大きく報じました。この史実を下敷きに、作者のフィクションが始まったのです。

著者は21世紀の部分は全てフィクションだと断っていますが、私にはどこまでがフィクションでどの部分がノンフィクションなのかわかりませんでしたが、最後のヨーコのサスペンスは不要だったのではないかと思います。ドラに子供がいたというのはドラマチックでしたけど。

読みやすく、面白かったです。お読みになってみてください。

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『国家の罠ー外務省のラスプーチンと呼ばれて』  佐藤優 

旅行記もまだ旅半ばですが、少しずつ読んでいた『国家の罠』を読み終えたので、ちょっと中断して、本の感想を。

著者佐藤優は1960年生まれ。同志社大学院で、神学で修士号取得後、外務省入省。ロシアの日本大使館を経て、外務省国際情報局分析第1課に勤務。本書で毎日出版文化賞特別賞を受賞。『自壊する帝国』、『獄中記』、『交渉術』など書ききれないほど著書が多い。

「著者はロシア外交のプロとして鳴らした外交官佐藤優であったが、2002年、いわゆる「鈴木宗男事件」で背任と偽計業務妨害の容疑により逮捕された。512日間に及ぶ拘置、独房生活の末、今年2月の第1審で下された判決は「懲役2年6カ月、執行猶予4年」。著者は即日控訴の手続きを取った。

 本書は、著者の目が捉えた事件の内幕を赤裸々に綴った手記である。逮捕前夜に渦巻いていた外務省内部の権力闘争や自民党の内部抗争、さらには本件を「国策捜査」であると明言したという検事とのやり取りを、冷静に再現していく。また、政治家・鈴木宗男を著者は極めて高く評価している。バッシングにさらされた“腹黒い政治家”というイメージとは対極にあるような意外な人物像が浮かび上がってくる。

内容紹介
ロシア外交、北方領土をめぐるスキャンダルとして政官界を震撼させた「鈴木宗男事件」。その“断罪"の背後では、国家の大規模な路線転換が絶対矛盾を抱えながら進んでいた――。外務省きっての情報のプロとして対ロ交渉の最前線を支えていた著者が、逮捕後の検察との息詰まる応酬を再現して「国策捜査」の真相を明かす。執筆活動を続けることの新たな決意を記す文庫版あとがきを加え刊行!」 と書かれています。

***
まず、この事件から15年経ってしまったことに驚きます。当時新聞記事を鵜呑みにしていたので、恫喝するヤクザのような政治家鈴木宗男とその影にいる眼光鋭いノンキャリ外交官佐藤優というイメージでした。

本書を貸してもらったので、トロトロと読み始めました。

こちらサイドの話をまた鵜呑みにしていいのかという問題もありますが、とにかくイメージが180度変わりました。恐ろしいことですね。

本書の構成も文章もわかりやすく、外交問題、国際政治、北方領土、特捜の取り調べ、政官の関係などに疎い素人にも理解しやすく、克明に書かれています。この「克明」は「太平記」を拘置所で繰り返し読んで、学んだというのですから恐れ入ります。

本書は次の構成になっています。
序章 「わが家」にて
第1章 逮捕前夜
第2章 田中眞紀子と鈴木宗男の闘い
第3章 作られた疑惑
第4章 「国策捜査」開始
第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査」
第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ
あとがき 文庫本あとがき

外交官現役中も勾留中も、とにかくぶれることなく、精力的に「仕事」をし、冷静に相手に提示していきます。特捜の西村検事との人間くさいやりとりとお互いに対する敬意。ヤクザの仁義を思わせる、一度信頼した人間(鈴木宗男を含む)をとことん信頼する厚い性格。弁護人がいくら保釈を促しても、拒否する筋の通し方。どれ一つとっても尋常な人ではありません。独居房生活すら看守ともいい関係を作り、たくさん読書ができ、思索ができ、文が書け、語学の勉強ができると楽しんでしまうのですから。

実名でリアルな会話文で出てきますので、結構シビアです。鈴木宗男への信頼に対し、田中眞紀子氏に対する評価は最悪(ひどいとは思っていたけど)。虚偽証言をする外務省職員や学者。

逮捕後三日目に「これは国策捜査」と言ったのは西村検事の方だった。
西村 「国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、何か象徴的な事件を作り出して、それを断罪するのです」
佐藤 「今まで、普通に行われてきた、否、それよりも評価、奨励されてきた価値が、ある時点から逆転するわけか」
西村 「評価の基準が変わるんだ。何かハードルが下がってくるんだ」(中略)
西村 「時々の一般国民の基準で適用基準は決めなくてはならない。(中略)外務省の人たちの基準が一般国民から乖離しすぎているということだ」

鈴木宗男氏は田中角栄同様、ひと世代前の親分肌の政治家のようです。

佐藤氏はクリスチャン。命は一つだが魂はたくさんあるという。あとがきで、ナショナリストしての魂、知識人としての魂、キリスト教徒としての魂があった、と述べている。

外交官としてインテリジェンスに関わっていた時より、今の執筆中心の生活の方が氏には向いているだろう。この本一冊しか読んでいませんが、この人の人物像スケールも歴史が証明するのでしょうか。

面白い本でした。
海の向こうの「ロシアスキャンダル」はどうなるでしょうか。

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『私の消滅』 中村文則

作者、中村文則(1977生まれ)の長編「教団X」がすごく面白かったので、本書を読んでみました。
本書は私好みの作品ではなく、最後まで私が誰か混線したまま読み終えました。
わからないからといって、もう一度読み直す気持ちにもなれませんでした。

「このページをめくれば、
あなたはこれまでの人生の全てを失うかもしれない。

一行目に不気味な文章が書かれた、ある人物の手記。
それを読む男を待ち受けるのは、狂気か救済か。

『掏摸 スリ』『教団X』を越える衝撃。
中村文則が放つ、新たな最高傑作!」 と書かれています。

「僕」が小塚亮大に成り代わろうとするところから始まる。
「僕」とは誰なのか。「小塚亮大」とはどんな人物なのか。僕が小塚の手記(ここでの一人称は私)を読んでいく。

本文は時々太字ゴシックとなり、斜体字となります。この太字ゴシックは僕が小塚の手記を読むとき印象付けるために小塚がわざわざそのようなフォントを使ったのか。

本書の参考文献に連続幼女殺人事件の犯人宮崎勤の著書やこの事件についての本、他に『マインドコントロール』、『記憶のしくみ』といった本が並んでいます。

小塚は手記の中で宮崎勤の事件に言及していきます。
宮崎に対する精神鑑定は揺らぐが、「解離性同一性障害(多重人格)」の鑑定が出てくる。

7章で僕は自分を明らかにしていく。心療内科の医師であると。そこでうつ病患者のゆかりと出会い、ゆかりに惹かれ、治療と称して、ゆかりに催眠や脳に電流ショックのETCをかけ、彼女は記憶を失ったり、戻ったりするようになる。ゆかりの以前の医者吉見が重要人物として登場する。

「でも疑念が浮かんだ。彼女は、本当に僕のことが好きなのだろうか? 僕のあの催眠がきっかけで、こうなってるのでは? いや、そもそも、これは医師と患者の転移現象であるから、本当は彼女は僕のことが好きではないのでは? これは洗脳でないのだろうか。でもこれが恋愛でないなら、本当の恋愛とは何だろう?」

男(和久井だと思われる。和久井はゆかりの最後の恋人)は
「あなたはその木田と間宮に復讐することになる。恐ろしい復讐です。あなたの存在そのものを彼らの脳内に埋め込もうとした。・・・わかりますか間宮さん」

ってことは僕は間宮?? 小塚が心療内科医? 間宮が小塚に入れ替わる?

作者にとって「私」が誰かわからせることは必要ないのか?記憶が操作され、入り乱れ、私が誰だかわからなくなる。
最後は和久井と小塚の登場で、「僕」も「私」も出てこない。手記も終了し、「僕」はもう死んだからか?
「私」、「僕」とは何者なのか?
ここまで読んで分からなかった私が頭が悪いのか?

悪意、暴力、記憶、人格。サスペンス的に展開され、精神分析や洗脳の歴史も詳しく紹介されている。話が入り乱れて、深い意味で「私」とは何かを読者に問うているようです。

自殺者がたくさん出てくる本ですが、あとがきの最後で「読んでくれた全ての人達に感謝する。この世界は時に残酷ですが、共に生きましょう」と結んでいます。

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『みかづき』 森絵都

作者 森 絵都は1968年東京都生まれ。06年『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞を受賞。この受賞作を読んだことがあります。

本書『みかづき』は467ページの長編ですが、面白くて読みやすく、どんどん読めました。

「『私、学校教育が太陽だとしたら、塾は月のような存在になると思うんです』昭和36年。人生を教えることに捧げた、塾教師たちの物語が始まる。胸を打つ確かな感動。著者5年ぶり、渾身の大長編。

小学校用務員の大島吾郎は、勉強を教えていた児童の母親、赤坂千明に誘われ、ともに学習塾を立ち上げる。女手ひとつで娘を育てる千明と結婚し、家族になった吾郎。ベビーブームと経済成長を背景に、塾も順調に成長してゆくが、予期せぬ波瀾がふたりを襲い――。」

主人公が誰と特定できない塾をめぐる家族の群像劇です。

戦中から戦後にかけての熱い教育論が飛び交います。千明(昭和9年生まれ)は戦前の教育の反動から公教育に対し強い不信を抱いており、一方大島吾郎はソ連の教育家スホムリンスキー(1918年生まれ)に魅せられ、理想の教育を追い求めます。

私はその少し前のヴィゴツキー(発達心理学)について少し勉強をしたことがありますが、このスホムリンスキーについては全く知りませんでした。

戦後の教育史が綴られています。

昭和36年、用務員の大島吾郎は小学校の用務員室で、勉強の分からなくなった子供達に補習を行なっていました。子供達の自発を促す待ちの指導を行い、「大島教室」と評判になっていました。ある日1年生の蕗子は母・赤坂千明に頼まれ、生徒として大島教室に教え方を偵察に行くのです。そのあと、吾郎は蕗子の母、千明から学習塾立ち上げの協力を求められます。そして千明と吾郎は千葉の一軒家を借りて塾を始めます。

昭和30年代の教室や先生、自分自身や子供達の教育を追想しながら読みました。

千明は母親頼子と娘蕗子の女3人暮らし。5歳年下の吾郎と結婚し、二人の娘をもうけ、家族総出で塾を経営していきます。女5人の女系家族です。千明は熱く燃えた鋼鉄のごとき女性で、自分の意志を曲げることを知らず、「学校教育が太陽だとしたら、塾は月のような存在」、「太陽の光を十分に吸収できない子どもたちを、暗がりの中で静かに照らす月」と自分の塾を位置づけ、信念を持って突き進んで行きます。

吾郎と千明の塾が大きくなって行くにつれ、吾郎はあくまで規模を広げない補習塾、千明は受験競争に勝つ経営規模拡大と、二人の方針の違いが明確になり、千明は夫であり塾長でもある吾郎を追い落とします。

長女蕗子は義父を慕い、母への反発から「理想理想ってお母さんは言うけど、本当にそんなものがあるんですか。あるとしたら、どこに?」と言って家を出て、学校の教師となります。

母親似の強さを持つ次女の蘭、自由マイペースな三女菜々美、そして、蕗子の長男一郎と話は続いていきます。一郎はおっとりしていて、卒業後も漫然と日々を過ごしていましたが、厳しかった千明の死後、恵まれない子供達への教育の道を見つけていきます。

ひたすら強い女性陣に対し、器の大きさの感じられるおっとりした吾郎、学生時代の信念を貫く蕗子の夫の上田など、男性陣がなかなかいい。
そうかなあ。私は女性の方が男性より柔軟だと思ってきたけど。。。

夫婦、親子、子育て、老後、死、学校、教育史、教育論、女性・男性の生き方、どの観点から読んでも面白かったです。

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『蜜蜂と遠雷』 恩田陸

本書の著者は恩田陸(1964年、宮城県生まれ)で、本書で157回直木賞と本屋大賞を受賞しました。500ページを超える長編で、目下本屋で平積みになっているベストセラーです。

この本を持って入院しました。術後の1時間の安静時間(読書は禁止と言われてしまいました)を除いて、眼帯をした眼でずっとこの本を読み続け、2泊3日の入院中に読み終えました。病室でテレビを見る気がしないほど、面白かったです。

「私はまだ、音楽の神様に愛されているだろうか? ピアノコンクールを舞台に、人間の才能と運命、そして音楽を描き切った青春群像小説」

「3年ごとに開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。「ここを制した者は世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」ジンクスがあり近年、覇者である新たな才能の出現は音楽界の事件となっていた。
養蜂家の父とともに各地を転々とし自宅にピアノを持たない少年・風間塵16歳。かつて天才少女として国内外のジュニアコンクールを制覇しCDデビューもしながら13歳のときの母の突然の死去以来、長らくピアノが弾けなかった栄伝亜夜20歳。音大出身だが今は楽器店勤務のサラリーマンでコンクール年齢制限ギリギリの高島明石28歳。完璧な演奏技術と音楽性で優勝候補と目される名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳。彼ら以外にも数多の天才たちが繰り広げる競争という名の自らとの闘い。
第1次から3次予選そして本選を勝ち抜き優勝するのは誰なのか?」と帯に書かれています。

まず、目次が面白い。エントリー、第一次予選、第二次予選、第三次予選、本選となっていますが、コンクールで弾かれる有名なピアノ曲に混じって、「ずいずいずっころばし」や「『ローキー』のテーマ」、「It's only a paper moon」といった曲名が入っています。???

そして次に芳ヶ江国際ピアノコンクールの課題曲と、主だった登場人物が弾く曲が全て紹介されていて、その後で本文が始まります。

本書はこのコンクールの2週間の開催中に有能な若いピアニストたち、恩師、調律師、出場者を支える人々、審査員、取材者たちの交錯した物語です。若いコンテスタントたちは天才的なピアノ演奏から刺激を受け、このわずか2週間の間に成長していくのです。

いくら素晴らしい耳と音感を持つ天才とはいえ、風間塵のように16歳で、自分のピアノも持っていないのに、コンクールで入賞するほど難曲が弾けるようになるものでしょうか。早くにピアノに挫折した者としてはあり得ないと思わざるを得ません。

この塵は今は亡き伝説のピアニスト、ユウジ=フォン・ホフマンからの

「皆さんに、カザマ・ジンをお贈りする。文字通り、彼は『ギフト』である。恐らくは、天から我々への。だが、勘違いしてはいけない。試されているのは彼ではなく、私であり、皆さんなのだ。
彼を『体験』すればお分かりになるだろうが、彼は決して甘い恩寵などではない。彼は劇薬なのだ。
中には彼を嫌悪し、憎悪し、拒絶する者もいるだろう。しかし、それもまた彼の真実であり、彼を『体験』する者の中にある真実なのだ。
彼を本物の『ギフト』とするか、それとも『災厄』にしてしまうのかは、皆さん、いや、我々にかかっている。
ユウジ=フォン・ホフマン」

という推薦状を持って現れたのです。

そして塵は「狭いところに閉じこめられている音楽を広いところに連れ出す」ことをテーマにピアノを弾いているのです。

たくさんのピアノ曲が紹介されていますが、私にはその中の数曲しか曲名とメロディが一致しません。著者恩田は3回に一度開催される浜松国際ピアノコンクールに4回通ったと言っています。ずいぶんクラッシックに造詣の深い人です。それにしても演奏シーンの描写の豊かなことに驚嘆するばかりです。病床でiphoneのyoutubeでその曲を聴きながら読みました。この曲を風間塵や栄伝亜夜はどんな風に弾いたのか。

本文の最後のページにこのコンクールの結果が書かれています。私は途中で、クラシックに並々ならぬ知識を持つ恩田陸の経歴を知りたくて、後ろからページを開け、それを見てしまいました。サスペンスドラマの最後を途中で知ってしまったのと同じです。お読みになる方、お気をつけください。

今写真を撮っている私はこんな風な写真を撮りたいと思いました。

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