作者馳星周(1965年、北海道生まれ)の名前を初めて知ったのは『不夜城』というノアールの作品です。それしか知りませんでした。ノアールの匂いは色濃く残っているものの、全く異なる作風の作品です。作者は方向転換したのでしょう。
本書は第163回、直木賞受賞作です。
「傷つき、悩み、惑う人びとに寄り添っていたのは、一匹の犬だった――。
2011年秋、仙台。震災で職を失った和正は、認知症の母とその母を介護する姉の生活を支えようと、犯罪まがいの仕事をしていた。ある日和正は、コンビニで、ガリガリに痩せた野良犬を拾う。多聞という名らしいその犬は賢く、和正はすぐに魅了された。その直後、和正はさらにギャラのいい窃盗団の運転手役の仕事を依頼され、金のために引き受けることに。そして多聞を同行させると仕事はうまくいき、多聞は和正の「守り神」になった。だが、多聞はいつもなぜか南の方角に顔を向けていた。多聞は何を求め、どこに行こうとしているのか……
犬を愛するすべての人に捧げる感涙作!」と書かれています。
東日本大震災で被災し、飼い主を亡くした犬(シェパードと和犬のミックス)が釜石から熊本まで旅をするロードムービー?です。
といってもディズニーのように犬が語るわけではないので、それぞれの章はその時々に突然目の前に現れた痩せ細った犬、多聞の飼い主となり、多聞に孤独を癒され、守られる。
男(上記の和正)、
泥棒(和正が加担した窃盗団の一味、ミゲル。ゴミ山の中で凄惨な少年時代を過ごす。多聞を連れて仙台から新潟から故国を目指す)
夫婦(富山の山の麓でくらす、子供のように自分の楽しみばかりに熱中する夫とその夫に愛想を尽かす働き者の妻)、
娼婦(大津市、ギャンブル狂いのクズのような男に貢ぎ、娼婦に落ちた女)、
老人(島根の山。腕のいい猟師だが、妻を亡くし、娘ともうまくいっておらず、孤独で、膵臓癌で余命いくばくもない老人)、
少年(釜石で震災にあい、今は熊本に暮らす少年の一家。震災の恐怖から言葉を発することのなくなった8歳の少年が多聞によって言葉と表情を取り戻す。熊本でも被災する)
多聞は仙台で和正に出会い、相棒となるのですが、和正の死によってさらに南下していきます。いく先々で飼い主も変わり、呼び名も変わっていきます。元々の名「多聞」で呼ばれるのは、まだ首輪に名前の残っていた第1章とマイクロチップで名前のわかった最終章だけです。
それぞれの飼い主は皆貧しく、それぞれに懸命に生きています。そんな中、空腹で痩せ細り、傷だらけになったシ「多聞」が現れ、その家に以前からいたかのように居着き、その時々の飼い主を守り、「守り神」と呼ばれ、慈しまれるのですが、各章全て誰かが非業の死を遂げることになってしまいます。そして多聞は南に向かう旅に出るのです。
作者馳星周は30歳の時からバーニーズ・マウンテン・ドッグを飼い、犬への愛の溢れた人です。
私は子供の頃に一度だけ犬を飼ったことがありますが、我が家は猫派でずっと猫がいましたが、「人の心を理解し、人に寄り添ってくれる。こんな動物は他にはいない」と言えるほど犬を知りません。この本を読むと、そんな「犬」を知らなかったことが悔やまれるほど多聞は賢く、優しく、愛おしいのです。
釜石から熊本まで犬が旅をするというとお伽噺のようですが、こんな犬のニュースを聞いた覚えがありますから、実話に近いのかもしれません。
最終章は涙なしには読めませんでした。犬好きの人が読んだら深い感動を覚えることでしょう。
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