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『暗幕のゲルニカ』  Guernica Undercover 原田マハ

本書『暗幕のゲルニカ』は元キューレーターの原田マハの作品で、私はアンリ・ルソーを書いた『楽園のカンヴァス』以来2冊目です。
本書で2016年本屋大賞受賞。本のカバーは「ゲルニカ」です。

ちなみに作者原田さんの「マハ」という名はピカソと若き愛人マリー=テレーズとの間の娘の名前だそうです。作者がどんなにピカソを敬愛しているかがわかりますね。

「反戦のシンボルにして20世紀を代表する絵画、ピカソの「ゲルニカ」。国連本部のロビーに飾られていたこの名画のタペストリーが、2003年のある日、突然姿を消した――誰が「ゲルニカ」を隠したのか? ベストセラー『楽園のカンヴァス』から4年。現代のニューヨーク、スペインと大戦前のパリが交錯する、知的スリルにあふれた長編小説」

「芸術は、飾りではない。敵に立ち向かうための武器なのだ。−ー パブロ・ピカソ」

本書は
序章   空爆  1937年 パリ/2001年 ニューヨーク
以下同様に各章は、ピカソの時代と本書の主人公であるMoMAのキューレータ-八神遥子の2001年からとが交互に描かれています。

第一章  創造主、 第二章  暗幕、 第三章  涙、 第四章  泣く女、 第五章  何処へ
第六章  出航、 第七章  来訪者、 第八章  亡命、 第九章  陥落、 第十章  守護神、 第十一章 解放

最終章  再生  1945年 パリ/2003年 ニューヨーク

となっています。

1997年夏、私もマドリッドのソフィア王妃芸術センターを訪れ、展示されていた「ゲルニカ」をじっと見つめました。この作品のためだけに入場した美術館でしたから。縦350㎝、横780㎝というとても巨大な絵です。その時にあまりに大きくて移動させることができないので、他美術館での展示はできないと聞いた記憶があります。お土産に「ゲルニカ」のポストカードやマグカップを買って帰りました。あまりコーヒーが美味しくなるようなカップではありませんが。

ピカソは91歳(1973年)まで生きた画家で、作品も多く、日本でもなんどもピカソ展が開催されて、実物を見ていますが、この「ゲルニカ」はモノクロで、他の作品と全く異なっていました。


ピカソはスペイン共和国政府から1937年に開幕するパリ万国博覧会のスペイン館のために作品制作を依頼されていました。テーマを思いあぐんでいたピカソはある朝の新聞「ゲルニカ 空爆される/スペイン内戦始まって以来 もっとも悲惨な爆撃――」を読み、アトリエに引きこもって一気に「ゲルニカ」を描き上げます。

ピカソの愛人で、「泣く女」などのモデルとなった写真家のドラ・マール。のちに「ゲルニカ」制作過程の写真を撮影し、ピカソがどのように制作していったのかを記録したと評価されています。本書のピカソ時代の主人公で、彼女の目から、「ゲルニカ」誕生とその後の「ゲルニカ」の辿った軌跡が描かれています。

一方、日本人の若きピカソ研究者、八神瑤子はニューヨーク近代美術館(MoMA)に採用されたが、夫、イーサンは2001年のワールド・トレード・センターを襲ったテロで帰らぬ人となります。

このドラとヨーコを結ぶのがスペインの貴公子のパルド・イグナシオで、彼がドラマのキーパーソンです。

ゲルニカは本物以外にピカソ監修のもと、実物大のタペストリーが3点作られました。その1点がニューヨークの国連本部、国連安全保障理事会の入口に飾られていました。(他2点のうちの1点は群馬県立近代美術館にあるそうです)

2003年2月、国連本部、国連安全保障理事会の入口でコリン・パウエル米国務長官がイラク空爆の演説をした際、このゲルニカは濃紺の布で覆われていたのだそうです。これを囲んで取材していた報道陣は、会見の内容のみならず、「ゲルニカ」が消えたことに衝撃を受けて、大きく報じました。この史実を下敷きに、作者のフィクションが始まったのです。

著者は21世紀の部分は全てフィクションだと断っていますが、私にはどこまでがフィクションでどの部分がノンフィクションなのかわかりませんでしたが、最後のヨーコのサスペンスは不要だったのではないかと思います。ドラに子供がいたというのはドラマチックでしたけど。

読みやすく、面白かったです。お読みになってみてください。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『国家の罠ー外務省のラスプーチンと呼ばれて』  佐藤優 

旅行記もまだ旅半ばですが、少しずつ読んでいた『国家の罠』を読み終えたので、ちょっと中断して、本の感想を。

著者佐藤優は1960年生まれ。同志社大学院で、神学で修士号取得後、外務省入省。ロシアの日本大使館を経て、外務省国際情報局分析第1課に勤務。本書で毎日出版文化賞特別賞を受賞。『自壊する帝国』、『獄中記』、『交渉術』など書ききれないほど著書が多い。

「著者はロシア外交のプロとして鳴らした外交官佐藤優であったが、2002年、いわゆる「鈴木宗男事件」で背任と偽計業務妨害の容疑により逮捕された。512日間に及ぶ拘置、独房生活の末、今年2月の第1審で下された判決は「懲役2年6カ月、執行猶予4年」。著者は即日控訴の手続きを取った。

 本書は、著者の目が捉えた事件の内幕を赤裸々に綴った手記である。逮捕前夜に渦巻いていた外務省内部の権力闘争や自民党の内部抗争、さらには本件を「国策捜査」であると明言したという検事とのやり取りを、冷静に再現していく。また、政治家・鈴木宗男を著者は極めて高く評価している。バッシングにさらされた“腹黒い政治家”というイメージとは対極にあるような意外な人物像が浮かび上がってくる。

内容紹介
ロシア外交、北方領土をめぐるスキャンダルとして政官界を震撼させた「鈴木宗男事件」。その“断罪"の背後では、国家の大規模な路線転換が絶対矛盾を抱えながら進んでいた――。外務省きっての情報のプロとして対ロ交渉の最前線を支えていた著者が、逮捕後の検察との息詰まる応酬を再現して「国策捜査」の真相を明かす。執筆活動を続けることの新たな決意を記す文庫版あとがきを加え刊行!」 と書かれています。

***
まず、この事件から15年経ってしまったことに驚きます。当時新聞記事を鵜呑みにしていたので、恫喝するヤクザのような政治家鈴木宗男とその影にいる眼光鋭いノンキャリ外交官佐藤優というイメージでした。

本書を貸してもらったので、トロトロと読み始めました。

こちらサイドの話をまた鵜呑みにしていいのかという問題もありますが、とにかくイメージが180度変わりました。恐ろしいことですね。

本書の構成も文章もわかりやすく、外交問題、国際政治、北方領土、特捜の取り調べ、政官の関係などに疎い素人にも理解しやすく、克明に書かれています。この「克明」は「太平記」を拘置所で繰り返し読んで、学んだというのですから恐れ入ります。

本書は次の構成になっています。
序章 「わが家」にて
第1章 逮捕前夜
第2章 田中眞紀子と鈴木宗男の闘い
第3章 作られた疑惑
第4章 「国策捜査」開始
第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査」
第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ
あとがき 文庫本あとがき

外交官現役中も勾留中も、とにかくぶれることなく、精力的に「仕事」をし、冷静に相手に提示していきます。特捜の西村検事との人間くさいやりとりとお互いに対する敬意。ヤクザの仁義を思わせる、一度信頼した人間(鈴木宗男を含む)をとことん信頼する厚い性格。弁護人がいくら保釈を促しても、拒否する筋の通し方。どれ一つとっても尋常な人ではありません。独居房生活すら看守ともいい関係を作り、たくさん読書ができ、思索ができ、文が書け、語学の勉強ができると楽しんでしまうのですから。

実名でリアルな会話文で出てきますので、結構シビアです。鈴木宗男への信頼に対し、田中眞紀子氏に対する評価は最悪(ひどいとは思っていたけど)。虚偽証言をする外務省職員や学者。

逮捕後三日目に「これは国策捜査」と言ったのは西村検事の方だった。
西村 「国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、何か象徴的な事件を作り出して、それを断罪するのです」
佐藤 「今まで、普通に行われてきた、否、それよりも評価、奨励されてきた価値が、ある時点から逆転するわけか」
西村 「評価の基準が変わるんだ。何かハードルが下がってくるんだ」(中略)
西村 「時々の一般国民の基準で適用基準は決めなくてはならない。(中略)外務省の人たちの基準が一般国民から乖離しすぎているということだ」

鈴木宗男氏は田中角栄同様、ひと世代前の親分肌の政治家のようです。

佐藤氏はクリスチャン。命は一つだが魂はたくさんあるという。あとがきで、ナショナリストしての魂、知識人としての魂、キリスト教徒としての魂があった、と述べている。

外交官としてインテリジェンスに関わっていた時より、今の執筆中心の生活の方が氏には向いているだろう。この本一冊しか読んでいませんが、この人の人物像スケールも歴史が証明するのでしょうか。

面白い本でした。
海の向こうの「ロシアスキャンダル」はどうなるでしょうか。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『私の消滅』 中村文則

作者、中村文則(1977生まれ)の長編「教団X」がすごく面白かったので、本書を読んでみました。
本書は私好みの作品ではなく、最後まで私が誰か混線したまま読み終えました。
わからないからといって、もう一度読み直す気持ちにもなれませんでした。

「このページをめくれば、
あなたはこれまでの人生の全てを失うかもしれない。

一行目に不気味な文章が書かれた、ある人物の手記。
それを読む男を待ち受けるのは、狂気か救済か。

『掏摸 スリ』『教団X』を越える衝撃。
中村文則が放つ、新たな最高傑作!」 と書かれています。

「僕」が小塚亮大に成り代わろうとするところから始まる。
「僕」とは誰なのか。「小塚亮大」とはどんな人物なのか。僕が小塚の手記(ここでの一人称は私)を読んでいく。

本文は時々太字ゴシックとなり、斜体字となります。この太字ゴシックは僕が小塚の手記を読むとき印象付けるために小塚がわざわざそのようなフォントを使ったのか。

本書の参考文献に連続幼女殺人事件の犯人宮崎勤の著書やこの事件についての本、他に『マインドコントロール』、『記憶のしくみ』といった本が並んでいます。

小塚は手記の中で宮崎勤の事件に言及していきます。
宮崎に対する精神鑑定は揺らぐが、「解離性同一性障害(多重人格)」の鑑定が出てくる。

7章で僕は自分を明らかにしていく。心療内科の医師であると。そこでうつ病患者のゆかりと出会い、ゆかりに惹かれ、治療と称して、ゆかりに催眠や脳に電流ショックのETCをかけ、彼女は記憶を失ったり、戻ったりするようになる。ゆかりの以前の医者吉見が重要人物として登場する。

「でも疑念が浮かんだ。彼女は、本当に僕のことが好きなのだろうか? 僕のあの催眠がきっかけで、こうなってるのでは? いや、そもそも、これは医師と患者の転移現象であるから、本当は彼女は僕のことが好きではないのでは? これは洗脳でないのだろうか。でもこれが恋愛でないなら、本当の恋愛とは何だろう?」

男(和久井だと思われる。和久井はゆかりの最後の恋人)は
「あなたはその木田と間宮に復讐することになる。恐ろしい復讐です。あなたの存在そのものを彼らの脳内に埋め込もうとした。・・・わかりますか間宮さん」

ってことは僕は間宮?? 小塚が心療内科医? 間宮が小塚に入れ替わる?

作者にとって「私」が誰かわからせることは必要ないのか?記憶が操作され、入り乱れ、私が誰だかわからなくなる。
最後は和久井と小塚の登場で、「僕」も「私」も出てこない。手記も終了し、「僕」はもう死んだからか?
「私」、「僕」とは何者なのか?
ここまで読んで分からなかった私が頭が悪いのか?

悪意、暴力、記憶、人格。サスペンス的に展開され、精神分析や洗脳の歴史も詳しく紹介されている。話が入り乱れて、深い意味で「私」とは何かを読者に問うているようです。

自殺者がたくさん出てくる本ですが、あとがきの最後で「読んでくれた全ての人達に感謝する。この世界は時に残酷ですが、共に生きましょう」と結んでいます。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『みかづき』 森絵都

作者 森 絵都は1968年東京都生まれ。06年『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞を受賞。この受賞作を読んだことがあります。

本書『みかづき』は467ページの長編ですが、面白くて読みやすく、どんどん読めました。

「『私、学校教育が太陽だとしたら、塾は月のような存在になると思うんです』昭和36年。人生を教えることに捧げた、塾教師たちの物語が始まる。胸を打つ確かな感動。著者5年ぶり、渾身の大長編。

小学校用務員の大島吾郎は、勉強を教えていた児童の母親、赤坂千明に誘われ、ともに学習塾を立ち上げる。女手ひとつで娘を育てる千明と結婚し、家族になった吾郎。ベビーブームと経済成長を背景に、塾も順調に成長してゆくが、予期せぬ波瀾がふたりを襲い――。」

主人公が誰と特定できない塾をめぐる家族の群像劇です。

戦中から戦後にかけての熱い教育論が飛び交います。千明(昭和9年生まれ)は戦前の教育の反動から公教育に対し強い不信を抱いており、一方大島吾郎はソ連の教育家スホムリンスキー(1918年生まれ)に魅せられ、理想の教育を追い求めます。

私はその少し前のヴィゴツキー(発達心理学)について少し勉強をしたことがありますが、このスホムリンスキーについては全く知りませんでした。

戦後の教育史が綴られています。

昭和36年、用務員の大島吾郎は小学校の用務員室で、勉強の分からなくなった子供達に補習を行なっていました。子供達の自発を促す待ちの指導を行い、「大島教室」と評判になっていました。ある日1年生の蕗子は母・赤坂千明に頼まれ、生徒として大島教室に教え方を偵察に行くのです。そのあと、吾郎は蕗子の母、千明から学習塾立ち上げの協力を求められます。そして千明と吾郎は千葉の一軒家を借りて塾を始めます。

昭和30年代の教室や先生、自分自身や子供達の教育を追想しながら読みました。

千明は母親頼子と娘蕗子の女3人暮らし。5歳年下の吾郎と結婚し、二人の娘をもうけ、家族総出で塾を経営していきます。女5人の女系家族です。千明は熱く燃えた鋼鉄のごとき女性で、自分の意志を曲げることを知らず、「学校教育が太陽だとしたら、塾は月のような存在」、「太陽の光を十分に吸収できない子どもたちを、暗がりの中で静かに照らす月」と自分の塾を位置づけ、信念を持って突き進んで行きます。

吾郎と千明の塾が大きくなって行くにつれ、吾郎はあくまで規模を広げない補習塾、千明は受験競争に勝つ経営規模拡大と、二人の方針の違いが明確になり、千明は夫であり塾長でもある吾郎を追い落とします。

長女蕗子は義父を慕い、母への反発から「理想理想ってお母さんは言うけど、本当にそんなものがあるんですか。あるとしたら、どこに?」と言って家を出て、学校の教師となります。

母親似の強さを持つ次女の蘭、自由マイペースな三女菜々美、そして、蕗子の長男一郎と話は続いていきます。一郎はおっとりしていて、卒業後も漫然と日々を過ごしていましたが、厳しかった千明の死後、恵まれない子供達への教育の道を見つけていきます。

ひたすら強い女性陣に対し、器の大きさの感じられるおっとりした吾郎、学生時代の信念を貫く蕗子の夫の上田など、男性陣がなかなかいい。
そうかなあ。私は女性の方が男性より柔軟だと思ってきたけど。。。

夫婦、親子、子育て、老後、死、学校、教育史、教育論、女性・男性の生き方、どの観点から読んでも面白かったです。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『蜜蜂と遠雷』 恩田陸

本書の著者は恩田陸(1964年、宮城県生まれ)で、本書で157回直木賞と本屋大賞を受賞しました。500ページを超える長編で、目下本屋で平積みになっているベストセラーです。

この本を持って入院しました。術後の1時間の安静時間(読書は禁止と言われてしまいました)を除いて、眼帯をした眼でずっとこの本を読み続け、2泊3日の入院中に読み終えました。病室でテレビを見る気がしないほど、面白かったです。

「私はまだ、音楽の神様に愛されているだろうか? ピアノコンクールを舞台に、人間の才能と運命、そして音楽を描き切った青春群像小説」

「3年ごとに開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。「ここを制した者は世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」ジンクスがあり近年、覇者である新たな才能の出現は音楽界の事件となっていた。
養蜂家の父とともに各地を転々とし自宅にピアノを持たない少年・風間塵16歳。かつて天才少女として国内外のジュニアコンクールを制覇しCDデビューもしながら13歳のときの母の突然の死去以来、長らくピアノが弾けなかった栄伝亜夜20歳。音大出身だが今は楽器店勤務のサラリーマンでコンクール年齢制限ギリギリの高島明石28歳。完璧な演奏技術と音楽性で優勝候補と目される名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳。彼ら以外にも数多の天才たちが繰り広げる競争という名の自らとの闘い。
第1次から3次予選そして本選を勝ち抜き優勝するのは誰なのか?」と帯に書かれています。

まず、目次が面白い。エントリー、第一次予選、第二次予選、第三次予選、本選となっていますが、コンクールで弾かれる有名なピアノ曲に混じって、「ずいずいずっころばし」や「『ローキー』のテーマ」、「It's only a paper moon」といった曲名が入っています。???

そして次に芳ヶ江国際ピアノコンクールの課題曲と、主だった登場人物が弾く曲が全て紹介されていて、その後で本文が始まります。

本書はこのコンクールの2週間の開催中に有能な若いピアニストたち、恩師、調律師、出場者を支える人々、審査員、取材者たちの交錯した物語です。若いコンテスタントたちは天才的なピアノ演奏から刺激を受け、このわずか2週間の間に成長していくのです。

いくら素晴らしい耳と音感を持つ天才とはいえ、風間塵のように16歳で、自分のピアノも持っていないのに、コンクールで入賞するほど難曲が弾けるようになるものでしょうか。早くにピアノに挫折した者としてはあり得ないと思わざるを得ません。

この塵は今は亡き伝説のピアニスト、ユウジ=フォン・ホフマンからの

「皆さんに、カザマ・ジンをお贈りする。文字通り、彼は『ギフト』である。恐らくは、天から我々への。だが、勘違いしてはいけない。試されているのは彼ではなく、私であり、皆さんなのだ。
彼を『体験』すればお分かりになるだろうが、彼は決して甘い恩寵などではない。彼は劇薬なのだ。
中には彼を嫌悪し、憎悪し、拒絶する者もいるだろう。しかし、それもまた彼の真実であり、彼を『体験』する者の中にある真実なのだ。
彼を本物の『ギフト』とするか、それとも『災厄』にしてしまうのかは、皆さん、いや、我々にかかっている。
ユウジ=フォン・ホフマン」

という推薦状を持って現れたのです。

そして塵は「狭いところに閉じこめられている音楽を広いところに連れ出す」ことをテーマにピアノを弾いているのです。

たくさんのピアノ曲が紹介されていますが、私にはその中の数曲しか曲名とメロディが一致しません。著者恩田は3回に一度開催される浜松国際ピアノコンクールに4回通ったと言っています。ずいぶんクラッシックに造詣の深い人です。それにしても演奏シーンの描写の豊かなことに驚嘆するばかりです。病床でiphoneのyoutubeでその曲を聴きながら読みました。この曲を風間塵や栄伝亜夜はどんな風に弾いたのか。

本文の最後のページにこのコンクールの結果が書かれています。私は途中で、クラシックに並々ならぬ知識を持つ恩田陸の経歴を知りたくて、後ろからページを開け、それを見てしまいました。サスペンスドラマの最後を途中で知ってしまったのと同じです。お読みになる方、お気をつけください。

今写真を撮っている私はこんな風な写真を撮りたいと思いました。

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『半席』 青山文平

作者青山文平は1948年神奈川県生まれ。2016年、『つまをめとらば』で第154回直木賞を受賞。この作者の本を初めて読みました。

「分別ある侍たちが、なぜ武家の一線を越えたのか。直木賞受賞後、待望の第一作!」

「若き徒目付の片岡直人に振られたのは、腑に落ちぬ事件にひそむ「真の動機」を探り当てることだった。精勤していた老年の侍がなぜ刃傷沙汰を起こしたのか。歴とした家筋の侍が堪えきれなかった積年の思いとは。語るに語れぬ胸奥の鬱屈を直人が見抜くとき、男たちの「人生始末」が鮮明に照らし出される。本格武家小説の名品六篇。」と書かれています。

本書はそれぞれ約40ページの「半席」、「真桑瓜」、「六代目中村庄蔵」、「蓼を喰う」、「見抜く者」、「役替え」から成っています。

時は江戸幕府が開かれ200年ほど経った「文化」の世。世は戦もなくなり、平和になり、生涯刀を抜いて人を切ることもなくなった武士達は幕府の官吏としてのお役目を果たしながら、必死で一歩上の階級を登ろうとお役を勤めています。

主人公ほか主要人物は6編共同じ。主人公、片岡直人は20代半ばを過ぎた徒目付(かちめつけ)で、そんな武士の一人です。
それに直人の上司、徒目付組頭の内藤雅之は懐の広い、器の大きな魅力的な男です。それにちょっと得体の知れない浪人澤田源内(時には名前も変える)も登場します。

本書の題名「半席」とは一代御目見(将軍の儀に列席できる)のことで、子孫まで身分が保証される旗本ではありません。彼の父は旗本でしたが、一度きりの御目見で無役になってしまいました。子も旗本と認められる永々御目見以上になるためには、ふたつの御役目に就かなくてはなりません。これは父子二代で達成しても可です。

直人は「半席、半席」とつぶやきながら、落ち度がないように、上からの引きがあるようにと、徒目付を出世のための踏み台と考えて、真面目にお勤めを果たしています。「自分は無理でも、いずれは生まれてくるのであろう自分の子には、要らぬ雑事に煩わされることなく、御勤めだけに集中させてやりたい」と。

上司、雅之は剣の腕もたつが、出世競争から一歩下がったところで、にこにこと釣りや食べ物の話をしています。「旨いもんを喰やあ、人間知らずに笑顔になる」というのが雅之の口癖です。

7年も徒目付をしている雅之のところには、表向きにできない頼めれ御用が持ち込まれてきます。そんな御用を半年に1回ぐらい直人にやってみないかと振るのです。

当時、事件が起き、下手人が逮捕され、自白すれば、お裁きは終わりで、あとは刑の執行を待つばかり。その動機は本人が言わない限り、解明されることはありません。今の時代では考えられませんね。テレビ時代劇、「大岡越前」でも、動機は解明されていたように思うのですが、どうだったでしょうか。この頼まれ御用とはある人からその動機解明を依頼されたものなのです。

それは、あまり出世には役立たないので、直人は渋々引き受けたのですが、その度、人の心の機微に触れ、雅之の魅力に惹かれ、依頼されると引き受けるようになり、若い直人は成長していきます。

この「文化」の時代の浅草、上野、神田、日本橋界隈の空気感がそこにいるように感じられる、素晴らしい描写力です。真面目に生きてきた老武士はプライドが傷つけられると、些細なことから一線を越えて、犯罪人となってしまいます。しかし、自白はしても、その動機を話そうとしません。それでも、死ぬ前にその訳を誰かに話したいと思っているのです。話のきっかけができると、堰を切ったように話し始めます。

平和な時代の階級社会。真面目に勤めを果たす武士達は今の平成の世の会社員のようです。こんなサラリーマン生活で、雅之のような上司に出会えたら、いいでしょうね。

時代小説を読みなれないので、江戸幕府の組織や読み方が頭に入らず、はじめの数ページは進みませんでした。その組織図が添付されていたらよかったのにと思いました。

単行本刊行にあたって、筆を入れたとのことですが、各編に「半席」や町の説明が入るので、これを整理、削除した方が読みやすかったと思います。

「文化」の時代、人はとにかく歩きます。そんな町の香りが残っているところがあるでしょうか。夏目漱石の明治時代と合わせて、ゆっくりカメラを持って散歩したいとも思いました。

藤沢周平がお好きな方はこの本を面白いと思われると思います。お読みになってください。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『コンビニ人間』 村田沙耶香

「第155回芥川賞受賞作!

36歳未婚女性、古倉恵子。大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。これまで彼氏なし。オープン当初からスマイルマート日色駅前店で働き続け、変わりゆくメンバーを見送りながら、店長は8人目だ。日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ!」の掛け声が、毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。仕事も家庭もある同窓生たちからどんなに不思議がられても、完璧なマニュアルの存在するコンビニこそが、私を世界の正常な「部品」にしてくれる――。
ある日、婚活目的の新入り男性、白羽がやってきて、そんなコンビニ的生き方は「恥ずかしくないのか」とつきつけられるが……。
現代の実存を問い、正常と異常の境目がゆらぐ衝撃のリアリズム小説。」

作者村田沙耶香の作品は『消滅世界』を読んだことがあります。

これは「戦争により極度に子供が少なくなり、その対策として人工授精の技術が飛躍的な進化を遂げた。戦後も人工授精が通常化し、高等な人間は交尾(性交とは呼ばれない)で妊娠する例はめったになくなった。」という奇妙な近未来小説でした。

本書『コンビニ人間』は現在が舞台で、36歳のコンビニでアルバイトをする女性が主人公です。150ページの中編。

恵子は子どもの頃から「普通」じゃなく、周囲をギョッとさせてきた。母にも妹にも心配され、「治療」を勧められていた。恵子も「普通」じゃないと自覚する。

そんな彼女はオープンしたばかりのコンビニで仕事を始めた。正社員ではなく、フルタイムに近いアルバイト店員だ。同じ制服を身にまとい、接客マニュアルを身につけ、コンビニ店員になった。「そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。(中略)世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった」と自覚する。以来18年間、彼女は同じコンビニでアルバイトを続けてきた。

家族、同級生、みんなが就職も結婚もしない恵子を「普通じゃない、大丈夫?」と案ずる。「何で結婚しないの?」「何でアルバイトなの?」と。

コンビニはマニュアルがあるから、恵子は普通でありえる。同僚の喋り方、ファッションを真似し、笑顔を作り、自分なりの「普通」となり、マニュアル通りにコンビニ人間を演じることで、自分の居場所を見つけてきたのに。

それが、自分にちょっと似たダメ男白羽を自宅に住まわせることになったために、周囲の態度は激変する。

「普通」って何?「普通」じゃなきゃ、どうしてダメなの?作者はシニカルにそれを見つめています。村田の作品は半透明のガラスのような色を感じさせます。

短いし、お読みになってみてください。

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『天使と悪魔』 上 中 下 Angels & Demons by Dan Brown 訳 越前敏弥

暮れからお正月にかけてダン・ブラウンの長編『天使と悪魔』を読みました。
本書は2000年出版。2003年日本語訳本出版

新年に読むのにあまりふさわしい本ではありませでしたが、面白くてどんどん読めました。そして、録画しておいた映画『天使と悪魔』を読み終えてから見ました。ちょうどダン・ブラウン原作の映画「インフェルノ」が公開されるので、放映されたのでしょう。(今公開中です)

以前、ダン・ブラウンの大ベストセラー『The Da Vinci Code』(2003年)を読みました。当時まだ翻訳が出ていなかったので、珍しく原書で読みました。たくさん辞書を引き、時間がかかりましたが、ストーリーに引き込まれて、読み終えました。苦労して読んだからか、これも珍しくストーリーを覚えています。

この『天使と悪魔』は『ダヴィンチコード』より先に書かれています。主人公は両書ともハーヴァード大学の宗教図像学の教授、ロバート・ラングドン。『天使と悪魔』はシリーズ第1作です。

主人公が同じ、そして問題解決には美しい有能な女性が同行、異常な死体の発見、その被害者はその女性の養父や祖父、不気味な暗殺者、それを操る人物、死体に残された暗号の解読、キリスト教や教会、秘密結社、後半のどんでん返しに次ぐどんでん返し、などなど、類似点があまりに多く、デジャブな気分で読みました。

「ハーヴァード大の図像学者ラングドンはスイスの科学研究所長から電話を受け、ある紋章についての説明を求められる。それは16世紀に創設された科学者たちの秘密結社”イルミナティ”の伝説の紋章だった。紋章は男の死体の胸に焼印として押されていたのだという。殺された男は、最近極秘のうちに反物質の大量生成に成功した科学者だった。反物質はすでに殺人者に盗まれ、密かにヴァチカンに持ち込まれていた。」とあります。

作者は注記として「ローマの美術品、墓所、地下道、建築物に関する記述は、その位置関係の詳細も含めて、全て事実に基づくものである。これらは、今日でも目にすることができる。イルミナティに関する記述もまた、事実に基づいている」としています。

このイルミナティとは、「光を与える、光から来たもの」、「啓蒙、開化」を意味するラテン語です。カトリック教会と対立してきた科学者の秘密結社で、フリーメイソンとの関係があるとされています。ダヴィンチコードではこのフリーメイソンとシオン修道会がその秘密結社でした。実在の有名人(ジョージ・ワシントン、ハミルトン、モンロー、ジャクソン、セオドア・ルーズベルト、フランクリン・ルーズベルト、トルーマン、フォード、ジョージ・ブッシュを含む米国の著名人)もフリーメイソンの会員だと作者は言っています。

消えたはずのイルミナティが実は地下で脈々と生き残っており、様々な陰謀に関与し続けているというのです。本書はこのイルミナティがキリスト教会に対して復讐するサスペンスです。

ローマ法王が急逝し、コンクラーベで次々と次期法王の候補である4人のプレフェリーティが失踪します。犯人は1時間ごとに一人ずつ公共の場で殺害すると予告してきました。ラングドンはガリレオの残した詩からイルミナティのメンバーだった思われる彫刻家ベルニーニの彫刻を手掛かりに、犯行現場を探します。4人は四大元素(Earth, Aire,Fire, Water)の残忍な方法で殺されてしまいます。(映画では最後のWaterの枢機卿のみが助かることになっています)

テーマは宗教と科学です。
『神は間違いなく存在する、と科学は語っている。自分が神を理解することは永遠にない、とわたしの頭は語っている。理解できなくていい、と心は語っている。』

さて、「天使と悪魔」の映画ですが、ダヴィンチコードと同様、著者のダン・ブラウンが制作に関わっています。主人公には同じトム・ハンクス。映画の方が色々な人物や事象が省かれていて(時に変更され)、シンプルになって、わかりやすいかもしれません。それに建築物やコンクラーベの衣装などの映像が、理解の助けになりました。原作の方がずっと映像的でアクションも華々しいです。

映画より原作の方が面白かったし、また、本書より「ダヴィンチ・コード」の方が鮮烈で、面白かったです。

本書はローマの観光ガイドブックのようでもあります。この本を頼りに、もう一度ベルニーニの彫刻を見ながら、ローマを歩いてみたいと思いました。

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『バラカ』 桐野夏生

本書は桐野夏生の650ページもの大作です。

著者は
「私の「震災履歴」は、この小説と共にありました。
重力に逆らい、伸びやかに書いたつもりです。
まだ苦難の中にいる人のために、ぜひ読んでください。」と言っています。

泉鏡花文学賞受賞の『グロテスク』同様、事実から発した事件を小説家ならではの発想で小説としてとして表現したものです。

「今、この時代に、読むべき物語。
桐野文学の最高到達点!
震災のため原発4基がすべて爆発した! 警戒区域で発見された一人の少女「バラカ」。彼女がその後の世界を変えていく存在だったとは――。
ありえたかもしれない日本で、世界で蠢く男と女、その愛と憎悪そして勇気。想像を遥かに超えるスケールで描かれるノンストップ・ダーク・ロマン!
子供欲しさにドバイの赤ん坊市場を訪れる日本人女性、酒と暴力に溺れる日系ブラジル人、絶大な人気を誇る破戒的牧師、フクシマの観光地化を目論む若者集団、悪魔的な権力を思うままにふるう謎の葬儀屋、そして放射能警戒区域での犬猫保護ボランティアに志願した老人が見つけた、「ばらか」としか言葉を発さない一人の少女……。人間達の欲望は増殖し、物語は加速する。そして日本は滅びに向かうのだろうか――。
桐野夏生が2011年夏から4年にわたって、危機的な日本と並行してリアルタイムに連載してきた作品が、震災から5年を経た今、ついに書籍化! 」

と書かれています。

とにかく面白く、どんどん読めました。

原発の被害がもっと壊滅的だったらという発想で書かれています。ひつと間違えば、十分可能性はあったと思います。本書で、著者の思いががうまく表現できたでしょうか。

本書はプロローグ、第一部、第二部、第三部、エピローグで構成されています。

タイトルの「バラカ」は主人公の少女の名前でアラビア語で「神の恩寵」という意味です。ドバイのベビースーク(子供マーケット)で売られていた幼児はみんなバラカと呼ばれていた。

プロローグで震災4カ月後、老人ボランティアたちは飼い主のいなくなった犬と一緒にいた、まだオムツの取れない少女を発見。少女の話した言葉は唯一「バラカ」。ボランティアの豊田は少女を引き取る。

あの日の震災で、福島第一原発がすべて爆発し、東京は避難勧告地域に指定されて住民は西に逃げ、首都機能は大阪に移り、天皇も京都御所に移住したという設定になっている。

第1章では、場面は変わり、震災前。
アラフォーの女性二人(テレビディレクター優子と出版社勤務の沙羅)、共に独身。その二人が大学時代に同じ男性(川島)と関係を持ち、共に堕胎の経験がある。そのことはお互いに知らない。沙羅は男にはうんざりしながらも、子供が欲しいと熱望する。

川島は外見もすっかり変わり、葬儀屋となり、二人の前に現れる。

またまた場面は変わり、群馬県太田市を思わせる町に住む、小さな女の子のいる日系ブラジル人夫婦。男は酒に溺れ、女はある教会にはまっていて、夫婦間には亀裂が走っている。

こうして主要登場人物が紹介される。ここまで書くと、大方のパッチワークが繋がるのではないでしょうか。

次は大震災から8年後。2020年のオリンピックは大阪に開催地が変更された。日本という国自体が西日本と東日本に分断され、西日本は大阪を首都としているのに対して、東日本は震災であたかも壊滅状態になっている。

豊田に発見されたバラカは被爆し、のちに甲状腺癌にかかります。それからもバラカの試練はまだまだ続くのです。その加害者には川島もいるし、バラカを自分たちの運動のシンボルとして利用しようとする原発推進派や反原発派もいます。
 
葬儀屋の川島は悪魔ともいうべき、とんでもない男で、バラカが超能力ともいうべき力を窮地に発揮します。この男がもう少し普通の人間だったら、そしてバラカがたまたまの幸運が重なって生き延びたようにした方(大災難の時に、実際こういう人がいます)が説得力があるように思うのですが、いかがでしょうか。

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『伯爵夫人』 蓮實重彦

図書館に貸し出しを申し込んでから半年近く経って届きました。

本書の著者は元東大総長の蓮實重彦、1936年東京生まれ。仏文学者、映画評論家、文芸評論家、小説家。2014年『「ボヴァリー夫人」論』刊行。

元東大総長という肩書き、本書で三島由紀夫賞受賞、その時の「不機嫌記者会見」、80歳という年齢、話題にならないわけがありません。

三島由紀夫賞受賞の記者会見において不機嫌であったことから、受賞を喜んでいるかと記者から問われ、「はた迷惑な話だと思っております。80歳の人間にこのような賞を与えるという機会が起こってしまったことは、日本の文化にとって非常に嘆かわしいことだと思っております」と答え、いしいしんじのような若手が受賞に相応しいとし、自分を選んだことを「暴挙」とまで言い放ったそうです。

「世界の均衡は保たれるのか? エロスとサスペンスに満ちた文学的事件! 帝大入試を間近に控えた二朗は、謎めいた伯爵夫人に誘われ、性の昂ぶりを憶えていく。そこに容赦なく挑発を重ねる、従妹の蓬子や和製ルイーズ・ブルックスら魅力的な女たち。しかし背後には、開戦の足音が迫りつつあるらしい――。蠱惑的な文章に乗せられ、いつしか読者は未知のエクスタシーへ。著者22年ぶりとなる衝撃の長編小説。」


この本を手にし、パラパラとめくった時から、なにか違和感を感じました。段落が長く、1ページにほとんど隙がないくらい文字が埋まっているのです。そして読むと会話は多いのに、地の文の中に埋め込まれていて、いわゆる「」といった会話の区切りがありません。

ナレーターの視点が次々と変わっていくのに、誰の会話かわからないということはまったくなく、どうしたらこういう文が書けるのかいう不思議な本です。

そして、このブログに載せるのをためらうほどエロチックなのです。言葉がアラビアンナイトのように露骨で、ストレートでそのものズバリ表現されていて、ここに引用することもできません。

物語は日米開戦前夜の東京。主人公は二朗という帝大法科の受験を控えた旧制高校生と、二朗の家に住む「伯爵夫人」と呼ばれる得体のしれない女性。年上の女性が未成年の少年に手ほどきをするお話です。そこに、二朗の従妹の蓬子が背伸びして、好奇心いっぱいで、二朗を振り回すのです。

映画評論家でもある作者は古い映画のいろいろな主人公、俳優を登場させます。本書の二朗も作者を思わせる映画好きです。

何かを暗示するように同じ表現が繰り返し出てきます。例えば、「ばふりばふりと回って重そうな回転扉」と「尼僧が手にしている盆の上のココア缶にも同じ角張った白いコルネット姿の尼僧が描かれており、その尼僧が手にしている盆の上にも同じココア缶が置かれているのだから、この図柄はひとまわりずつ小さくなりながらどこまでも切れ目なく続く」のドロステ・ココアの缶。

本日、12月7日の朝日新聞の「回顧2016文芸」欄で、「青年と元高級娼婦とのエロチックな交流を自在な筆致で描いた怪作。日米開戦前夜を生きる女性たちのしたたかな強さが痛快で、若手作家たちが描き出す現在の息苦しさとの対照が印象的だった。」と書かれていて、片山杜秀氏が今年の3点の中の1点に選んでいます。

私には実験的な本だったようにも思えますが、ポルノ小説のようにも思えます。作者の狙いが今ひとつわかりませんでした。そんなにお薦めの本とは思えなかったのですが、読みが浅いですか。

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イスラエル旅行記が一向に進みません。年内には終えたいと思っているのですが。。。

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