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イスラエル旅行 14  ハーン・ハシャロット&ヤッフォ&テルアビブ

11月1日

昼ごはんはベドゥンのテントで食べました。

ベトウィン おもてなしをすることを誇りに思っています。

おもてなしの準備をするために、旅人は音を立ててやってきます。長老が自ら迎え出て、旅人の手足を洗います。一杯の水を出し、お茶を出します。それから食事 薄いパンの上に野菜や羊の肉をのせ、リズミカルにトントン叩き、男たちが食べるのだそうです。食後にはコーヒーと音楽。

テントをハーンと呼んでいました。大商隊宿
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ベドウィンはアラブ人です。

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昼食は座って食べました。ご飯と野菜のピラフの上に丸鶏が乗って出てきました。丸鷄がピラフの上に乗っていた。大きなジャガイモ。ピクルス各種、オレンジジュース。コーヒー、ケーキなどなど。

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ラクダがたくさんいました。
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ベドウィンの青年がラクダを連れて砂漠を歩きました。
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女性が風のように砂漠を走り抜けて行きました。
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テルアビブに向かって出発です。

イスラエルはエルサレムを首都としていますが、国連はそれを認めておらず、世界各国の大使館(日本大使館も)はテルアビブにあります。テルアビブは経済の中心地でもあり、国際都市です。

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ロスチャイルド通り
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ヤッフォの街へやってきました。漁港です。

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ヤッフォの旧市街
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こんな小さな岩にもイスラエル国旗がありました。領土を主張しているのでしょうね。

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結婚式がふた組ありました。
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***
イスラエルメモ
イスラエルでは皆兵制で18歳から男性3年、女性は2年兵役があります。そのため、高校を出たら軍隊へいき、兵役終了後、大学へ進学します。高校まで義務教育。大学へ行きながら就職したり、会社に勤めていても、その間に大学へ戻ったりもします。女性が働きやすい環境があります。

ハイファは働く町、テルアビブは遊ぶ町、エルサレムは祈りの町と言われています。テルアビブはゲイの町でもあり、フェスティバルでは30万人集まったと言われています。一般の人のビーチ、超正統派のユダヤ人のビーチ、それにゲイのビーチと分かれています。ハイレグはユダヤ人は作ったのだそうです。

超正統派は3歳にして席を同じゅうせず。
ダイヤの研磨が有名です。ベルギーの研磨が有名ですが、それはユダヤ人が行なっていたそうです。イスラエルでダイヤの40%〜50%の研磨が行われています。ダイヤモンドの国際取引所になっています。今はほとんどがコンピューター化されている。

最後イスタンブールのトランジットで飛行機に乗り遅れ、空港に24時間滞在し(イスラエル旅行2)大変な旅行となりましたが、イスラエルは期待通り面白い国でした。今度はゆっくり個人旅行をしてみたいです。

****
今年も拙ブログをお読みいただき、ありがとうございました。
2017年もよろしくお願いいたします。

皆さま 良いお年を!
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イスラエル旅行 13  エンポケック(死海地方)〜砂漠

11月1日 

死海地方のエンポケックのダニエルホテルホテルの部屋から撮りました。
いいリゾート地です。

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ホテル内の塩水プール
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朝から観光客は死海で浮遊していました。
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9時にホテルを出発。エンポケックはエルサレムの南東にありますが、エルサレムの北西にあるテルアビブに向かって出発です。

車窓から 白い部分が塩です。あたりは砂漠
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アラバ砂漠のソドム展望台から

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5月頃の風をハムシーンと呼びます。砂塵のようなものが舞い上がるだそうです。

ベングリオン記念国立公園に立ち寄りました。ベングリオンのお墓がありました。
こんな角を持ったアイベックスがたくさんいました。
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アイベックスの親子
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こんな長〜い蛇も
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チンの荒野が見渡せます。
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アカシカの木 地中深く根を張って、水分を吸収するのだそうです。
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イスラエル旅行 12  マサダ(Masada) & 死海(Dead Sea)

エルサレム以外はかつては皆荒野だったそうです。

マサダはエルサレムの南東の死海の辺りにあります。マサダとは要塞という意味です。エルサレムは標高800m、ここは400m。一面赤茶けた丘陵ワディ(涸れ川)の間を進みます。

死海
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ワディ 乾燥した荒野です。
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頂上へはロープウェイで上がりました。
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まさに自然の要塞
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マサダは紀元前百年ごろから地形を利用した要塞として使われていて、ヘロデ王が豪華な冬の宮殿を建てました。
70年ローマ軍がエルサレムを攻撃し、ローマの手中に落ちたことで、ユダヤ戦争は終わり、ユダヤ人の離散の歴史がはじまることになります。このユダヤ戦争で最後967人が立て籠もったのがマサダです。1万ものローマ兵を相手に2年、堪えたが、最後は全員自決したそうです。

下に死海が見えます。
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要塞
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ここマサダでもバルミツバを見ることができました。

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マサダで死海の泥やミネラル豊富な海水から作られた石鹸、ハンドクリームなどを購入しました。アハバ(Ahaba) でお土産も買いましたが、高くてびっくり。

エンポケックのダニエルホテルへと向かいました。素敵なホテルでしたが、ここは一泊だけです。
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到着時間が遅くなり、残念ながらホテルのプライベートビーチは終了してしまい、パブリックビーチに行きました。

ここは海面下420m、世界で最も低地にある塩水湖。この湖の反対側はもうヨルダンです。塩分含有量が通常の10倍、33%もあるという。ちょっと舐めてみました。苦くてまずい。

早速浮遊体験。浅瀬で時間もほんのちょっと。文字どおり体験に終わりました。泳いではいけないと言われていたので、浮いていただけでした。ホテルの塩水プールは1m以上あったので、浮きすぎて、スリ足で歩かないと、足を取られてしまいます。

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貴重な経験をしました。

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イスラエル旅行 11  旧市街&成人式(バルミツバ)&マサダ(Masada)

今週は年末の大掃除と年賀状書きに精を出しています。今朝は冷蔵庫の掃除、正月の花や苗を買ってきて、活けたり、植えたりしました。日頃が日頃なもので、年に一度くらい、隅々まで綺麗にと張り切って掃除をするのですが、今年も時間切れで積み残してしまいそうです。

さて、まだイスラエル旅行は続きます。

10月31日(月)

今朝もホテルの屋上から日の出を見ました。
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ダビデの星の国旗が翻っています。
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こんな洗濯物が見えるとこの古い街に現代の人の息遣いが感じられます。
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また聖墳墓教会に行ってみました。奥がイエスの墓のあるアナスタシス(復活聖堂)で修復中でした。朝から並んでいました。
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一人静かに祈る女性
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路地を小学生が登校して行きます。一緒について行きましたが、ここは私有地だからと追い返されてしまいました。当然です。。。

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左下 万国民の教会(イエスが最後の夜祈って過ごした) 中央 マグダラのマリア教会 (ロシア正教の教会)
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さて、今日は月曜日、月曜日は毎週バルミツバ(Bar Mitzvah)という成人式の儀式が行われます。バルは息子、ミツバは神の掟という意味だそうです。13歳の誕生日(その1週間の)を祝います。13歳で宗教上は成人です。

バルミツバを見るため、嘆きの壁に糞門から入りました。


礼拝で、初めてトーラ(巻物の聖書)の一部を朗読し、ユダヤ人社会で成人になった証として祝い、楽団が先頭で、家族みんなで歌い踊ります。
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ミャンマーの得度式を思い出しました。。フッパという四角の布を広げ、その下に少年がいます。
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ショファールという角笛
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嘆きの壁の前では 何人もの成人式が行われていました。頭に山伏のような黒い箱を載せています。
こうして柵から女性は覗くことができます。
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少年も箱(テフィリン)をつけています。
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こんな成人式に出会え、心を旧市街に残しながら、死海地方へとバスで向かいました。

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イスラエル旅行 10 今日も旧市街 (嘆きの壁&神殿の丘)

10月30日の旧市街散策の続きです。太陽が燦々と照りつけていました。

嘆きの壁の上の通路を通って、「神殿の丘」にやってきました。ここは3つの宗教の聖地と言われています。丘に建つ金色に輝く岩のドームは7世紀末に完成し、エルサレムのシンボルともなっています。 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとって重要な関わりを持つ聖なる岩(Foundation Stone)を祀っています。ここはムスリム以外は入場できません。印象としてはムスリムが多く、イスラム教の聖地という感じがしました。

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オリーブの実を取る少年
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写真を撮っていたら、時間が限られているのか、集合時間の前に警備の人に追い出されてしまいました。

嘆きの壁へと向かいました。
嘆きの壁は男女柵で分けられていまが、椅子の上に乗って柵から自由に覗くことができます。

女性の壁
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椅子に座って聖典を読んでいる人もあり、小さなテーブルと本が置かれています。
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男性の壁
このように正装をして、祈る男性もいれば、
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体を揺すりながら、朗々と歌う男性もいました。帽子のない男性はそこに置かれたキッパを被らなければなりません。
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鳩もいました。石のつなぎ目のくぼみに願いことを書いた紙をねじ込みます。下にたくさん落ちていました。私も願いことを書きました。
神社の絵馬みたいに。
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嘆きの壁のそばのQuarter Cafeで昼食。

午後は再び旧市街のユダヤ人地区とカルド(ダマスカス門とシオン門を結ぶメインストリート)を散策
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カルドに若い兵士たちがたくさん集まっていました。リーダーは女性のようでした。
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お店では猫のお昼寝をパチリ
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旧市街内にある教会に入りました。入り口の写真を撮ったのに読めません。窓からは岩のドームが見えました。
その教会には十字架を背負って歩いた当時の石が教会の床の一部になっていました。

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イスラム地区の店先で、ムスリムの男性がマイカーペットを広げ、お祈りを始めました。
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再び夕方、嘆きの壁に行きました。このままここに残った人はライトアップされた壁をみられたそうですが、私は再びヴィアドロローサをさまよいました。もっとゆっくり隅々まで歩いてみたい街でした。

ホテルに戻り再び屋上から旧市街の夜景
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神殿の丘
Wikiによれば、
この場所には紀元前10世紀頃、ソロモン王によりエルサレム神殿(第一神殿)が建てられた。しかし、紀元前587年、バビロニアにより神殿は破壊される。その後、紀元前515年に第二神殿が再建されるが、西暦70年に今度はローマ帝国によりエルサレム攻囲戦が行われ、再び神殿は破壊される。また、このときの城壁の一部が嘆きの壁である。
ヨルダン支配下の東エルサレム(1948年~1967年)では、イスラエル人は旧市街への立ち入りを禁じられていた。現在、神殿の丘はイスラエルの領土内にあるが、管理はイスラム教指導者により行なわれている。そのため、ユダヤ人とキリスト教徒は神殿の丘で宗教的な儀式を行う事を禁止されている。2000年9月28日、右派リクードのアリエル・シャロン党首が神殿の丘を訪問し、これに反発したパレスチナ市民によりアル=アクサ・インティファーダ(英語版)(第二次インティファーダ)が引き起こる。この暴力の応酬によりキャンプ・デービッド合意は事実上、破綻している。

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イスラエル旅行 9 今日も旧市街

すっかり間が空いてしまいましたが、イスラエル旅行も後半になりました。

10月30日(日) 

朝食前にホテルの屋上に登って、旧市街を上から撮影しました。今日もいい天気です。

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ダビデの塔とヤッフォ門
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前日に行った新市街のイェミンモシェの風車が見えました。
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朝食を食べて、7時40分にホテルを出発。今日も一日旧市街を歩きます。

アルメニア人地区
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ユダヤ人地区
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車はヴィアドロローサの段差をこうして上ります。
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この壁は嘆きの壁(Western Wall)、その奥で金色に光っているのがイスラムの岩のドーム
嘆きの壁も、その奥の神殿の丘も入場料はありませんが、セキュリティゲートがあって、荷物検査が行われます。そこからモロッコ門には入ります。

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通路から嘆きの壁の前で祈る男性たちを撮りました。ゲートの前でかなり並びました。
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イスラエル旅行 8 再び旧市街

10月29日 夕方

エルサレムは標高800mにあります。日中は結構暑いのですが、木陰に入れば涼しく、朝夕は羽織るものが必要なくらい寒暖差があります。

今回の旅行で知ったユダヤ教についてちょっとメモ

ユダヤ教を信仰している人には習慣文化としている人たち(世俗派)やキッパ(丸い小さなお皿のような帽子)をかぶっている保守派がいますが、基本的に戒律を守っています。613の戒律(ミツヴァ)があります。

金曜の日没から土曜日の日没までは安息日(シャバット)なので、仕事をしません。ですからバスもほとんどの店も休みとなります。

ユダヤ教では、食べてよい食物と食べてはいけない食物を定めています。イスラム教より厳しいと言われています。この律法のことをヘブライ語でカシュルート(適正食品規定、食事規定)といい、食べてよい食物のことを一般にコーシェル(KOSHER)といわれます。

コーシェルではない食べ物に豚肉、エビ、カキ、タコ、イカなどがあります。チーズと肉を一緒に食べてはいけません。

服装では超正統派は小さいお皿のキッバの上に山高帽をかぶり、長いコートのような黒い服を着ています。男の子は3歳までは髪を切らず、そのあとはもみあげ以外を切ります。

正統派は山高帽に普通の背広を着ています。山高帽は外出用だそうです。

ユダヤ教では女性は独身時代は顔を隠すこともありません。超正統派、正統派の人と結婚した女性は髪を隠しています。剃ってカツラを被っている人もいるそうです。ストッキング、長めのスカートをはき、顔と手以外は出さず、地味な服を着ています。


さて夕方再び旧市街に戻ってきました。ダマスカス門から入って、イスラム地区を歩きました。
がらっと雰囲気が変わります。イスラムのベールをかぶった人が行き交い、写真を撮られるのを嫌がる女性が多いです。

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キリスト教地区へ戻り、ゴルゴダの丘に建つ聖墳墓教会に三たびやってきました。

きれいなネコちゃん 古い建物によく似合います。
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外観
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キリストが処刑された地点と言われ,ヴィア・ドロローサの最終塁となっています。
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祈る人々
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ホテルへの帰り道 シスターたち

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この日の夜中の0時から冬時間になりました。それで時計を一時間遅らせました。日本との時差は7時間となりました。これが帰路イスタンブールで飛行機に乗り遅れ、アタチュルク空港で24時間滞在することになった原因です。空港で時計を修正する必要があったのに、添乗員をはじめ誰も気がつかなかったのです。

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イスラエル旅行 7 エルサレム 新市街

10月29日 

早朝旧市街散策をしたあと、サラダ中心の朝ご飯を食べ、ジュースをたくさん飲みました。イスラエルは野菜が豊富です。(野菜好きにはよかったのですが、そうヴァリエーションがなく、滞在中ずっと同じようなものを食べていた気がします。)

9時、徒歩でアルメニア人地区を通って、ユダヤ人が多く住むという19世紀の住宅街、新市街へ行きました。

ブランド店が集まっている、お洒落できれいなショッピングモール(マミラモール)です。各店舗の隅には街の彫刻家の作品が並んでいました。
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街角でトランペットを吹く男性
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こんなモダンな街を超正統派の服装をした男性が通ります。
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明るいジョガーたちが走り抜けていきました。
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途中風車のある公園に立ち寄り、安息日をゆったり過ごすエルサレムの人々の様子を垣間みることができました。
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戒律を厳しく守る人は車にも乗らず、カメラのシャッターを押すこともしないそうです。

新市街の住宅は綺麗に花で飾られ、空は抜けるように青く、ギリシャのサントリーニのような町でした。サントリーニは真っ白ですが、こちらはベージュのイスラエル石で落ち着きがあります。19世紀のユダヤ人の住居跡が今は高級住宅街イェミンモシェ(モーゼの手)になっています。

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静かに聖書を読みながら安息日を過ごしています。絵のようなご夫妻でした。
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ユダヤ人がシナゴーグに集まっていました。教会というより集会所のような感じです。女性や子供たちはテラスで談笑していました。

ラビの登場
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イスラエルは女性兵士がいます。主に後方部門を担当し,指揮するそうで、女性が強いそうです。イスラエル男性は以前よりイクメンで、育児に積極的に関わっているとのこと。
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子供たちが遊ぶベル公園(アメリカから平和の鐘が贈られた)に行って、シネマテック映画館のレストランで昼食をとりました。初めて電車が通ったという、昔の線路や遊歩道が残っているFirst Stationに行ったりました。子供たちの遊び場になっています。

安息日には公営の交通機関はみんな止まり、静かです。線路内に入る車や人。
こうした近代的な街が安息日には眠ったようになり、文字通り安息生活を過ごしているとは驚きを禁じえませんでした。

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旧市街のインパクトが強く、みんなの希望で、旧市街のダマスカス門、アラブ人地区市場に戻ることになりました。

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イスラエル旅行 6 エルサレム 旧市街

10月29日(土)早朝 

土曜日で安息日です。
朝5時半から前夜歩いた旧市街に再び出かけました。

まだ暗いうちから、ムスリム、ユダヤの人たちが次々と急ぎ足で石畳の街を歩いています。ユダヤ教徒もひとくくりにはできません。いろいろな分け方があるようですが、ガイドのきょうこさんからは世俗派、正統派、超正統派があると聞かされました。観光客から一番目につくのは超正統派の男性たち。黒い長い上着を着て、黒い帽子をかぶり,生まれてから一度も剃らないというもみあげを長く伸ばして、きれいにカールさせています。

エルサレムは東京より暑いです。乾燥しているとはいえ、こうきちんとした正装を身に付けているのは大変だろうと思いました。

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前夜行った聖墳墓教会に行くつもりでした。迷路のような道を間違えたのでしょう。教会の入り口だと思ったところはムスリムの人たちの祈りの場所でした。日曜日の朝まで入れないと言われました。外国人だからダメなのかと聞いたら、only muslimsだと言います。

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自由人のネコたち
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段差のある路地を押していきます。
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戻ろうとした路地でユダヤ教の人たちが急ぎ足で右へ曲がっていきます。その後を追っていくと嘆きの壁のぶつかりました。そこには検問所があって、「写真を撮ってはいけない。写真を撮らないなら入っても良い」と言われて中に入りました。中は男女別です。私とKさんは右へ。でも、写真も撮れず女性は圧倒的に人数も少ないので、戻ることにしました。

若い男性もきちんとした服装です。多分正統派です。
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ホテルの角ではこんなパン屋さんが出ていました。
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旧市街にはまた夕方行くことになります。朝食後新市街へ出かけました。

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イスラエル旅行 5 エルサレム 聖墳墓教会とVia Dolorosa

10月28日

3時半ごろ、旧市街にあるグロリアホテルに到着しました。バスを降り、荷物だけおろし、チェックインもせずにすぐに聖墳墓教会(Church of the Holy Sepulchre)へ向いました。

エルサレムはイスラエルの首都で、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地であり、政治と文化の中心地です。旧市街と新市街があり、旧市街は重々しい城壁で囲まれており、4つの地区(キリスト教地区、アルメニアン地区、ユダヤ地区、ムスリム地区)に分かれています。薄いベージュのイスラエル石で造られた石畳と壁面の狭い暗い路地が入り組んでいます。観光客には歴史の重みの感じられる、魅力的な街であり、信仰を持つ人々には一度は訪れたい聖地なのでしょう。

私たちのホテルはキリスト教地区のヤッフォ門に近く、ダビデの塔の近くでした。
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旧市街の中は徒歩圏内です。城壁に囲まれたエルサレムの歴史は旧約聖書のカナン時代から始まっていますが、現在の城壁は16世紀のオスマン帝国の時代に作られたものです。小さな段差があってほとんど車は通りません。旧市街の路地の両脇は店屋が立ち並んでいます。エジプトカイロのバザールに似ていますが、こちらの方がずっと静かです。

キリストが十字架を背負って歩いたという、ゴルゴタへの道はVia dolorosa(悲しみの道)と呼ばれています。その道出のキリストの出来事ごとに塁(station)と呼ばれ、番号が振られています。(第7塁 キリストが再び倒れた)
この道をどれほどの人たちが踏みしめて歩いたのでしょう。
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道行く人はどの宗派の人なのでしょうか。シスターたちも急ぎ足で行きます。
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この日のビアドロローサ(Via Dolorosa)の行列は中止となりました。すごくがっかりです。あとでわかったことですが、この日は200年振りにキリストの墓が開けられ,修理をするため、聖職者の行列はなくなったのだそうです。

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聖墳墓教会に入りました。イスラエル石で築かれた重量感ある建築物です。イエスの墓のある教会で、キリスト教各派(ギリシャ正教、ローマカトリック、エチオピア正教、アルメニア正教、コプト正教、シリア正教)が管理をしています。

ギリシャ正教の人々が祈ります。キャンドルや線香を灯し、祈ります。
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入り口近くに香油を注がれたたたみほどの大きさの赤い大理石版があります。十字架から下ろされたイエスの聖骸に香油をぬったと言われる石です。巡礼者が列をなし、石に手をおき、頬刷りをし、口づけをし、香油の香りを自分の大切な物に移します。その信仰心に釘付けになりました。

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外観
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旧市街の路地をくねくねとホテルへと向いました。
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ホテルの部屋は2階のダブルベットシングルルーム。ホテルも部屋も古いけど、まあまあかな?
シャワーを浴びて、夕飯、地元の地ビールを飲みました。味はいまいち。ワインのが良さそうです。食事はビュッフェスタイルです。つい食べ過ぎるので、気をつけなくっちゃ。
テレビは英語のニュースをやっていました。トランプががなりたてていました。(とうとう大統領になりましたね。アメリカよ。どこへ行く)

ベッドにごろりと横になったら電気をつけっぱなし、テレビもつけっぱなしで寝てしまいました。目が覚めたのが11時、3時。それから寝られず、撮った写真をパソコンに取り込み、外付けにもインストールしました。

見てみるとせっかくの写真がボケボケです。。マニュアルを見ると、どうやら新しいD5500にはAF機能が付いていないようです。それにレンズにAF機能がない広角レンズをつけたので、AFが全く効いていなかったようです。キットの小さい18−55は大丈夫だったので、旅行に出る前は気がつきませんでした。

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

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