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イギリス旅行 4 ロンドン テムズ川クルーズ&グリニッジ&ナショナルギャラリー

7月7日 午後
グリニッジ行きのクルーズの往復を買いました。ウエストミンスターの桟橋から2階建てのボートに乗りました。川の両岸はロンドンの古い建造物が並び、風も心地よく、両岸にカメラを向けました。今日は一眼レフ一台に携行しました。

船の案内人はエンターテナーで、面白おかしく説明してくれました。

右岸にロンドンアイ、シャードが見えました。
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ロンドンアイでちょっと停泊。
テートモダン 現代美術コレクション
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。シェークスピアのグローブ座です。
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ここから先の川べりは昔は風紀が悪い場所だったと言った説明を受けました。川が重要な交通路だった時代、船着場は日本もそうでしたね。

モダンなロンドン市庁舎
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HMSベルファスト号 1936年建造 第2次大戦、朝鮮戦争でかつやしくた巡洋船
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遠くにセントポール大聖堂が見えました。 クリストファー・レン設計 ドームの下がささやきの回廊 (行くつもりでいたのに、川から遠く見ただけです。。。)
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タワーブリッジを通りました。
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ロンドンタワーで停泊し、グリニッジに向かいました。

グリニッジで下船するとすぐカティーサーク船が見えました。
1869年建造、当時世界最速を誇った快速帆船でインド洋で活躍したそうです。
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有名な旧天文台は広大なグリニッジ・パークの丘の上にあります。見晴らしがいいというので、旧王立海軍学校を通って、丘を登りました。

ここにたどり着いたのは13時23分、経度0度。
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世界遺産にもなっている旧王立海軍学校、その向こうに金融街のシティが見えます。(ここも歩いて見たかった)
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軽くランチを食べて、またボートで戻りました。

歌で有名なロンドン橋。地味な橋です。昔はどんな橋だったのでしょうね。今の橋は1973年開通だそうです。
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船から見るビッグベン
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船でゆっくり往復したので、もう夕方になってしまい、ウエストミンスター寺院も中に入ることができなくなってしまいました。
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ナショナルギャラリーは金曜日は遅くまで開館しているので、そちらへ行くことにしました。
すごい美術品の数です。パンフレットをもらい、見どころだけを走るように見ましたが、それでも2時間ぐらいかかりました。
フラッシュを焚かなければ撮影も自由です。

フェルメール 「ファージナルの前に立つ若い女」 ルーム16
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ターナー 「戦艦テメレール号」 ルーム34
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モネ 「睡蓮の池」 ルーム41
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ファン・ゴッホ 「ひまわり」 ルーム43
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有名名画の前には数名の人が鑑賞していましたが、それでも、空いていました。ゆっくり味わえ、やはり海外で美術館はかかせませんね。ルームは60以上ありました。1日目の最後が美術館だったので、足が棒のよう。

帰りの地下鉄 
日本の地下鉄網のようです。もっと駅と駅の間は短いでしょうか。でも、エスカレーターの設置が少ないため、何度も上ったり下りたり。
つかまるための縦棒がたくさんあり、車軸が狭い車両が多かったように思います。
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テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

イギリス旅行 3 ロンドン ハイドパーク&国会議事堂

7日(金)

この日も晴れ、いい天気は喜ぶべきことなのですが、出国前は予報は雨。そして直前にソウル・ライター展(写真)を見たので、雨のロンドンを撮影するつもりでいたのです。。。

B&Bの朝食は8時から10時だという。日本だったら6時半頃からやっているのに、とぼやきながら、朝食前にまたカメラを持ってハイドパークに出かけました。
街のカフェ、ハンギングが綺麗です。朝トラックで順に水を入れていました。
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ハイドパーク、リスが飛び跳ねています。
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子連れの白鳥がいました。人がそばを通っても、おどおどする様子もありません。この地の人は動物を追い回したり、いじめたりすることがないのでしょうか。
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それから犬天国です。大型犬が多いです。犬はよくしつけられているのか、リードを外した犬もいました。
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ホテルに戻り、朝ごはんを食べてから、地下鉄のパディントン駅に行きました。地下より地上のほうがいいと思い、駅前から2階建ての赤いバスに乗りました。(帰国後このバスは運転が荒く、交通事後が多いという記事を読みました。)

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自転車ロードがしっかりしている(手前)ので、自転車に乗っている人が多いです。レンタル自転車はいろいろなところで乗り捨てられます。
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2階建てバスの2階前列に座り、ロンドン市内を見学しました。
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オックスフォードストリートとリージェントストリートを通って、トラファルガー広場で下車しました。

ああ、これがネルソン記念柱。手前のライオンは三越のライオンのモデルになったそうです。
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その奥がナショナルギャラリーで、素晴らしい美術品が詰まっているのに入場無料です。(夕方行きました)
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ビッグベン目指して、歩きました。
途中は官庁街。
Horse Guards ( 近衛騎兵隊の司令部)
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騎兵さんは決して笑わず、微動だにしません。
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ビッグベンと国会議事堂(Parliament)です。大学1年のゼミで、”Parliament”を読んで、イギリスの国会の成り立ちと民主主義の仕組みを勉強しました。ビッグベンからテムズ川沿いにずっとつながった大きな建物です。内部は予約制のツアーでしか見ることができないので、時間が合わず、諦めました。
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テムズ川に架かるウエストミンスターブリッジを渡りました。テロがあって多くの人が亡くなりました。
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コカコーラのロンドンアイ。1999年、高さ135m。
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シャード 2013年、310m
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日本でも新しい建築物には異論反論がありますが、ロンドンでもずいぶん論争があったそうです。観光客としては新しいこうした近代建築はないほうがいいですね。

全部見ることはできないので、いくつかを選ばなければなりません。天気が素晴らしいので、テムズ川のクルーズ船に乗ることにしました。グジニッジビレッジ行きのコースに決めました。

*****
今日はゆっくりうちにいます。手術をしたのを忘れるくらい何の違和感もありません。目薬をさすのを忘れそう。頑張って旅行記を書きたいと思っています。

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イギリス旅行 2 ロンドン パディントン&ハイドパーク

7月6日(木)、始発で最寄駅を出ました。早朝リムジンは満席でした。朝から出張のビジネスマンたち、大変ですね。
今回は羽田発8時50分ですので、成田よりずっと楽です。

飛行機はBritish Airでほぼ満席。ロンドンでテロや事件が多発していたので、観光客はヨーロッパを避け、空いていると思っていたのですが、ウィンブルドン開催中で観戦に行く人が多いのでしょうか。

乗機中は狭い空間に長時間閉じ込められるわけなので、長いフライトを嫌う人は多いのですが、通路側を予約したということもあり、フラフラ機内をうろつき、映画を3本見ているうちに、「イギリス」の予習もろくにしないうちに、20分遅れで13時20分ごろで到着しました。通関は長蛇の列、1時間以上かかりました。

ヒースロー空港の5番ターミナルから成田エクスプレスのようなエクスプレスに乗って20分、
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終点のパディントン駅に着きました。ここにホテルを予約してあります。パディントンは国鉄と地下鉄2本が通っている乗換駅でもあります。下町のような雰囲気です。パディントン駅周辺はホテルばかり。全てのビルがホテルのよう。

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イギリスはどんな小さな道路にも名称がついています。それで目の前にあるのについ通り越してしまい、ほんとうは5〜6分の近いところなのに、スーツケースを引っ張って、あっちこっち行って、やっとたどり着きました。

ロンドンは晴れ、日差しが強く、とても暑い。

私のホテル(ホテルという名のB&B)は大きな古いビルで、一つの入り口ごとにはそれぞれ違う名称のホテルになっています。
3階と言われましたが、イギリスでは4階、エレベーターなし。狭い階段を他の男性のお客さんが私のスーツケースを運んでくれました。。。

ホテル コロンブス

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荷物を片付けホッとしました。ロンドンの様子がわからないので、小さなコンデジを一つ下げて、外に出ました。
(カメラの設定が狂っていたようで、みんなブルー被りをしていて色がヘン??)

ホテルのすぐ前に公園があり、大きなチェスを楽しむ男性二人
今日本は将棋ブーム、縁台将棋もいいけれど、こんな大きな将棋が公園にあったら楽しいですね。
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近くのハイドパークに歩いて行きました。10分もかかりません。
夕方の公園を楽しむ人々、
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噴水 花
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アオサギ
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ベリーがたくさん実をつけていました。
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広々した自然を生かした大きな公園です。
ハイドパークはケンジントンガーデンとつながっています。

駅へ行って、懸案のオイスターカードを買いました。カードではうまく買えず、現金で買いました。
夕食のためにチーズや飲み物、果物などを買ってホテルに戻りました。

ホテルの部屋はとにかく狭い。こんな小さいバスルームは見たことがない。もちろんバスダブなどありません。エアコンも冷蔵庫もない。ここに3泊することになっています。日本のビジネスホテルよりずっと高かったのに。。。。ロンドンは物価が高いです。

日没は9時過ぎ、ロンドンの夏の夜はなかなか更けません。

***
無事手術が終わり、今日退院しました。ご心配いただき、ありがとうございます。元気です。

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イギリス旅行 1

6日早朝、ロンドンへ向かって出発しました。目はお医者さんに行動に制約はありませんと言われているので、大丈夫だと思いますが、膝は長時間歩行や荷物に耐えられるか心配ですが、行くことにしました。

私はイギリスは初めてです。通常の観光旅行ではなく、行きたいと思っていました。イギリス人の知り合いが何人もいて、案内してあげると言われていたのにチャンスを逃しました。

今更語学学校で英語を勉強したり、イングリッシュガーデンのクラスを受講する気になれませんでしたが、一人でぶらつくとほとんど誰とも話をせずに旅行が終わってしまうような気もしていました。

そんな時、友達からイギリス旅行の話が出たのです。色々調整した結果、私は一人でロンドンで数日過ごし、ドイツ経由で訪英するSさんと合流することになりました。手際のいいSさんは話が決まるとすぐホテルを予約してくれました。一緒に北の湖水地方、南のライ、ヘイスティング、西のコッツウォルズの現地ツアーに参加することになりました。

私はネットで安い直行便(British Airways)を予約し、アクセスの良い場所にあるホテル B&Bを予約しました。飛行機はあまり選択肢がないので、すぐ決まったのですが、ホテルは位置関係もわからない中、たくさんあるホテルを探すのは大変でした。

ヒースロー空港からエクスプレスの終点で、地下鉄の主要駅のパディントンに決めました。ロンドン駐在の長かったAさんからパディントンはどこへ行くにもアクセスがいいとアドバイスをいただき、その駅から徒歩圏内のホテルを探しました。

今旅行会社を通さず、ネットでなんでも予約ができます。不安はありましたが、迅速に返事があり、出発直前にはホテルからは空港からのアクセルが詳細に記されたメールが届き、British Airwaysからは24時間前のチェックインのメールが届き、うちにいながらにして、ボーディングパスを印刷できました。膝に不安があるので、通路側の席を前もって押さえました。往復で八千円の出費です。不安解消のためには仕方ありません。

携帯電話をどうするか迷いましたが、レンタルwifiはやめ、紙の地図を頼ることにしました。最近どこへ行くにもスマホ頼りのため、不安に思いましたが、パリもベネチアも紙の地図だけでまわれたのだし、小さい建物を探すわけではないので、なんとかなるだろうと思います。

カメラ3台(フルサイズカメラ、軽いDXカメラ、コンデジ)とMacbook Airを持って行くので、これだけでも重いのです。郊外は大きいカメラ、街中は小さいカメラと使い分けようと思っています。最近はツアーが多かったので、移動はバスで、荷物はバスに置いて行けたので、大きいカメラを2台持って行っていました。

さて、4日間一人でロンドンのどこへ行くかですが、大まかの計画は立てましたが、その日の天気に合わせて行き場所を決めようと思って、見たい本場ミュージカルの予約もやめました。この街は東京の銀座、ここは原宿などと、長くロンドンに住んでいた方々から教えてもらいました。

今日本の銀座、浅草は外国人ばかり。ロンドンも外国人観光客ばかりなのかもしれません。でも、それが今のロンドン。今のロンドンを見てきたいと思っています。飛行機の12時間の間にロンドンの予習をもう一度しましょう。事前に読んだのはほとんど頭に残っていません。

この歳で一人でできるのか、全く知らない国での初経験は不安があります。テロよりずっと不安です。でも、今日がこれからの人生で一番若い日。

******
無事ロンドンに着きました。
あとは帰国してからになると思います。

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イスラエル旅行 14  ハーン・ハシャロット&ヤッフォ&テルアビブ

11月1日

昼ごはんはベドゥンのテントで食べました。

ベトウィン おもてなしをすることを誇りに思っています。

おもてなしの準備をするために、旅人は音を立ててやってきます。長老が自ら迎え出て、旅人の手足を洗います。一杯の水を出し、お茶を出します。それから食事 薄いパンの上に野菜や羊の肉をのせ、リズミカルにトントン叩き、男たちが食べるのだそうです。食後にはコーヒーと音楽。

テントをハーンと呼んでいました。大商隊宿
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ベドウィンはアラブ人です。

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昼食は座って食べました。ご飯と野菜のピラフの上に丸鶏が乗って出てきました。丸鷄がピラフの上に乗っていた。大きなジャガイモ。ピクルス各種、オレンジジュース。コーヒー、ケーキなどなど。

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ラクダがたくさんいました。
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ベドウィンの青年がラクダを連れて砂漠を歩きました。
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女性が風のように砂漠を走り抜けて行きました。
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テルアビブに向かって出発です。

イスラエルはエルサレムを首都としていますが、国連はそれを認めておらず、世界各国の大使館(日本大使館も)はテルアビブにあります。テルアビブは経済の中心地でもあり、国際都市です。

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ロスチャイルド通り
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ヤッフォの街へやってきました。漁港です。

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ヤッフォの旧市街
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こんな小さな岩にもイスラエル国旗がありました。領土を主張しているのでしょうね。

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結婚式がふた組ありました。
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***
イスラエルメモ
イスラエルでは皆兵制で18歳から男性3年、女性は2年兵役があります。そのため、高校を出たら軍隊へいき、兵役終了後、大学へ進学します。高校まで義務教育。大学へ行きながら就職したり、会社に勤めていても、その間に大学へ戻ったりもします。女性が働きやすい環境があります。

ハイファは働く町、テルアビブは遊ぶ町、エルサレムは祈りの町と言われています。テルアビブはゲイの町でもあり、フェスティバルでは30万人集まったと言われています。一般の人のビーチ、超正統派のユダヤ人のビーチ、それにゲイのビーチと分かれています。ハイレグはユダヤ人は作ったのだそうです。

超正統派は3歳にして席を同じゅうせず。
ダイヤの研磨が有名です。ベルギーの研磨が有名ですが、それはユダヤ人が行なっていたそうです。イスラエルでダイヤの40%〜50%の研磨が行われています。ダイヤモンドの国際取引所になっています。今はほとんどがコンピューター化されている。

最後イスタンブールのトランジットで飛行機に乗り遅れ、空港に24時間滞在し(イスラエル旅行2)大変な旅行となりましたが、イスラエルは期待通り面白い国でした。今度はゆっくり個人旅行をしてみたいです。

****
今年も拙ブログをお読みいただき、ありがとうございました。
2017年もよろしくお願いいたします。

皆さま 良いお年を!

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イスラエル旅行 13  エンポケック(死海地方)〜砂漠

11月1日 

死海地方のエンポケックのダニエルホテルホテルの部屋から撮りました。
いいリゾート地です。

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ホテル内の塩水プール
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朝から観光客は死海で浮遊していました。
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9時にホテルを出発。エンポケックはエルサレムの南東にありますが、エルサレムの北西にあるテルアビブに向かって出発です。

車窓から 白い部分が塩です。あたりは砂漠
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アラバ砂漠のソドム展望台から

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5月頃の風をハムシーンと呼びます。砂塵のようなものが舞い上がるだそうです。

ベングリオン記念国立公園に立ち寄りました。ベングリオンのお墓がありました。
こんな角を持ったアイベックスがたくさんいました。
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アイベックスの親子
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こんな長〜い蛇も
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チンの荒野が見渡せます。
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アカシカの木 地中深く根を張って、水分を吸収するのだそうです。
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イスラエル旅行 12  マサダ(Masada) & 死海(Dead Sea)

エルサレム以外はかつては皆荒野だったそうです。

マサダはエルサレムの南東の死海の辺りにあります。マサダとは要塞という意味です。エルサレムは標高800m、ここは400m。一面赤茶けた丘陵ワディ(涸れ川)の間を進みます。

死海
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ワディ 乾燥した荒野です。
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頂上へはロープウェイで上がりました。
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まさに自然の要塞
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マサダは紀元前百年ごろから地形を利用した要塞として使われていて、ヘロデ王が豪華な冬の宮殿を建てました。
70年ローマ軍がエルサレムを攻撃し、ローマの手中に落ちたことで、ユダヤ戦争は終わり、ユダヤ人の離散の歴史がはじまることになります。このユダヤ戦争で最後967人が立て籠もったのがマサダです。1万ものローマ兵を相手に2年、堪えたが、最後は全員自決したそうです。

下に死海が見えます。
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要塞
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ここマサダでもバルミツバを見ることができました。

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マサダで死海の泥やミネラル豊富な海水から作られた石鹸、ハンドクリームなどを購入しました。アハバ(Ahaba) でお土産も買いましたが、高くてびっくり。

エンポケックのダニエルホテルへと向かいました。素敵なホテルでしたが、ここは一泊だけです。
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到着時間が遅くなり、残念ながらホテルのプライベートビーチは終了してしまい、パブリックビーチに行きました。

ここは海面下420m、世界で最も低地にある塩水湖。この湖の反対側はもうヨルダンです。塩分含有量が通常の10倍、33%もあるという。ちょっと舐めてみました。苦くてまずい。

早速浮遊体験。浅瀬で時間もほんのちょっと。文字どおり体験に終わりました。泳いではいけないと言われていたので、浮いていただけでした。ホテルの塩水プールは1m以上あったので、浮きすぎて、スリ足で歩かないと、足を取られてしまいます。

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貴重な経験をしました。

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イスラエル旅行 11  旧市街&成人式(バルミツバ)&マサダ(Masada)

今週は年末の大掃除と年賀状書きに精を出しています。今朝は冷蔵庫の掃除、正月の花や苗を買ってきて、活けたり、植えたりしました。日頃が日頃なもので、年に一度くらい、隅々まで綺麗にと張り切って掃除をするのですが、今年も時間切れで積み残してしまいそうです。

さて、まだイスラエル旅行は続きます。

10月31日(月)

今朝もホテルの屋上から日の出を見ました。
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ダビデの星の国旗が翻っています。
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こんな洗濯物が見えるとこの古い街に現代の人の息遣いが感じられます。
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また聖墳墓教会に行ってみました。奥がイエスの墓のあるアナスタシス(復活聖堂)で修復中でした。朝から並んでいました。
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一人静かに祈る女性
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路地を小学生が登校して行きます。一緒について行きましたが、ここは私有地だからと追い返されてしまいました。当然です。。。

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左下 万国民の教会(イエスが最後の夜祈って過ごした) 中央 マグダラのマリア教会 (ロシア正教の教会)
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さて、今日は月曜日、月曜日は毎週バルミツバ(Bar Mitzvah)という成人式の儀式が行われます。バルは息子、ミツバは神の掟という意味だそうです。13歳の誕生日(その1週間の)を祝います。13歳で宗教上は成人です。

バルミツバを見るため、嘆きの壁に糞門から入りました。


礼拝で、初めてトーラ(巻物の聖書)の一部を朗読し、ユダヤ人社会で成人になった証として祝い、楽団が先頭で、家族みんなで歌い踊ります。
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ミャンマーの得度式を思い出しました。。フッパという四角の布を広げ、その下に少年がいます。
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ショファールという角笛
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嘆きの壁の前では 何人もの成人式が行われていました。頭に山伏のような黒い箱を載せています。
こうして柵から女性は覗くことができます。
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少年も箱(テフィリン)をつけています。
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こんな成人式に出会え、心を旧市街に残しながら、死海地方へとバスで向かいました。

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イスラエル旅行 10 今日も旧市街 (嘆きの壁&神殿の丘)

10月30日の旧市街散策の続きです。太陽が燦々と照りつけていました。

嘆きの壁の上の通路を通って、「神殿の丘」にやってきました。ここは3つの宗教の聖地と言われています。丘に建つ金色に輝く岩のドームは7世紀末に完成し、エルサレムのシンボルともなっています。 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとって重要な関わりを持つ聖なる岩(Foundation Stone)を祀っています。ここはムスリム以外は入場できません。印象としてはムスリムが多く、イスラム教の聖地という感じがしました。

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オリーブの実を取る少年
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写真を撮っていたら、時間が限られているのか、集合時間の前に警備の人に追い出されてしまいました。

嘆きの壁へと向かいました。
嘆きの壁は男女柵で分けられていまが、椅子の上に乗って柵から自由に覗くことができます。

女性の壁
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椅子に座って聖典を読んでいる人もあり、小さなテーブルと本が置かれています。
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男性の壁
このように正装をして、祈る男性もいれば、
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体を揺すりながら、朗々と歌う男性もいました。帽子のない男性はそこに置かれたキッパを被らなければなりません。
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鳩もいました。石のつなぎ目のくぼみに願いことを書いた紙をねじ込みます。下にたくさん落ちていました。私も願いことを書きました。
神社の絵馬みたいに。
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嘆きの壁のそばのQuarter Cafeで昼食。

午後は再び旧市街のユダヤ人地区とカルド(ダマスカス門とシオン門を結ぶメインストリート)を散策
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カルドに若い兵士たちがたくさん集まっていました。リーダーは女性のようでした。
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お店では猫のお昼寝をパチリ
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旧市街内にある教会に入りました。入り口の写真を撮ったのに読めません。窓からは岩のドームが見えました。
その教会には十字架を背負って歩いた当時の石が教会の床の一部になっていました。

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イスラム地区の店先で、ムスリムの男性がマイカーペットを広げ、お祈りを始めました。
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再び夕方、嘆きの壁に行きました。このままここに残った人はライトアップされた壁をみられたそうですが、私は再びヴィアドロローサをさまよいました。もっとゆっくり隅々まで歩いてみたい街でした。

ホテルに戻り再び屋上から旧市街の夜景
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神殿の丘
Wikiによれば、
この場所には紀元前10世紀頃、ソロモン王によりエルサレム神殿(第一神殿)が建てられた。しかし、紀元前587年、バビロニアにより神殿は破壊される。その後、紀元前515年に第二神殿が再建されるが、西暦70年に今度はローマ帝国によりエルサレム攻囲戦が行われ、再び神殿は破壊される。また、このときの城壁の一部が嘆きの壁である。
ヨルダン支配下の東エルサレム(1948年~1967年)では、イスラエル人は旧市街への立ち入りを禁じられていた。現在、神殿の丘はイスラエルの領土内にあるが、管理はイスラム教指導者により行なわれている。そのため、ユダヤ人とキリスト教徒は神殿の丘で宗教的な儀式を行う事を禁止されている。2000年9月28日、右派リクードのアリエル・シャロン党首が神殿の丘を訪問し、これに反発したパレスチナ市民によりアル=アクサ・インティファーダ(英語版)(第二次インティファーダ)が引き起こる。この暴力の応酬によりキャンプ・デービッド合意は事実上、破綻している。

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イスラエル旅行 9 今日も旧市街

すっかり間が空いてしまいましたが、イスラエル旅行も後半になりました。

10月30日(日) 

朝食前にホテルの屋上に登って、旧市街を上から撮影しました。今日もいい天気です。

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ダビデの塔とヤッフォ門
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前日に行った新市街のイェミンモシェの風車が見えました。
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朝食を食べて、7時40分にホテルを出発。今日も一日旧市街を歩きます。

アルメニア人地区
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ユダヤ人地区
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車はヴィアドロローサの段差をこうして上ります。
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この壁は嘆きの壁(Western Wall)、その奥で金色に光っているのがイスラムの岩のドーム
嘆きの壁も、その奥の神殿の丘も入場料はありませんが、セキュリティゲートがあって、荷物検査が行われます。そこからモロッコ門には入ります。

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通路から嘆きの壁の前で祈る男性たちを撮りました。ゲートの前でかなり並びました。
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