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青龍祭 清川村

清川村で行われた青龍祭を見に行きました。時々小雨煙る夏の日でした。8月9日。

青龍祭は江戸時代天保のころから昭和初期にかけて、煤ヶ谷地区で行われていた雨乞いの祈りでした。

昭和61年に昭和4年を最後に姿を消した「雨乞いの龍」を復元したそうです。お祭りは、青龍太鼓の連打の中、雌雄2頭の龍が厳粛に舞い降り(降龍の儀)、子供を始め多くの人たちに担がれて会場、村内を練り歩きます。

校庭にはもうすでに藁で作られた2頭の龍が並んでいました。午後から緑小学校で入魂式が行われました。
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子供たちに担がれ、いよいよ校庭を出ます。
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2頭順に町に繰り出しました。
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畑の中も
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町の中も
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雨が振り出し、見ている人もカメラマンも傘やレインコートを来て、龍に付いていきました。龍もレインコートをきました。DSC_2063_convert_20140827171457.jpg

神社の周りをめぐり、運動公園に着き、日が落ちるのを待ちました。かがり火がたかれ、隅ではハワイアンダンスなどのアトラクションが始まり、屋台も出ました。

レインコートも外され、薄暮に生える2頭の龍
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龍に点火
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燃え盛る龍
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龍が昇天していきました。
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そして最後は花火です。龍が天に昇っていくようでした。
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奈良井宿

暑さも厳しい8月2日、信州の奈良井宿に行きました。本当は灯りの灯る頃、または小雨煙る時に行きたい街でしたが、この日は薄曇りの空でした。

中山道の木曽路には11の宿場があります。江戸寄りの奈良井宿は初めてです。中央本線奈良井宿駅から約1キロの街並みです。塩尻からレンタカーで入りました。

数十年前に京都側の妻籠、馬籠に行ったことがありますが、やはり夏で、埃っぽくて暑く、泊まった宿も床が傾いていたのを思い出します。が、奈良井宿はきれいでした。きれいすぎるぐらいでした。ほとんどが観光のためのそば屋、宿屋、木曽漆器屋です。夏休みだというのにとても空いていました。

この街はどうも生活感が感じられません。なにかディズニーランドの西部劇の宿場街のようなのです。子供たちはどこにいるのでしょうか。

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信州と言えば、そば。

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お蕎麦をいただきましたが、お値段の割にはどうもイマイチ。

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防火対策のない木造の家がびっしり並んでいるので、火災には気をつけているのでしょうね。
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一番京都寄りに鎮神社がありました。
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高ボッチに移動しました。

あけましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。

2012年。年の変わり目をお風呂の中で迎えました。特に痛いところも、苦しいところもなく、新しい年を迎えられたことに感謝です。

このブログも2011年の総括を書き始めましたが、2行書いたところで中断。年が明けてしまいました。

2011年は3月11日14時46分にマグニチュード9.0の大地震が発生し、10Mのおよぶ津波が人々の生活する町が根こそぎえぐりとり、放射能汚染という副産物まで生み出しました。未だ行方の知れない人、身元のわからない人がたくさんいます。日本中の人が人ごとではなく、我がこととして胸塞がる思いをしました。

今年は復興の年、明るい年となりますように。

娘は退院後落ち着き、月満ちるのを待っています。検診でもう間もなくですねと言われたそうで、私達も落ち着かないお正月を迎えました。

このブログも中断がありますが、読んでくださる方のお陰で、なんとか続いています。感謝.多謝。ほっこりするようなブログを続けたいと思っています。

今年もよろしくお願いいたします。
みなさまにとってよいお年となりますように。

車のエアコン故障

車のエアコンが効かなくなりました。10日ほど前からついたりつかなかったりしていたのですが、とうとう送風しかきかなくなってしまいました。

このところ涼しかったので、よかったが、明日からまた猛暑が舞い戻ってくるそうです。
今日ディーラーにもって行くと、部品を取り寄せるのに1週間かかるそうです。

今日は友達をピックアップすることになっているのに、エアコンの効かないボロ車で参ったなあ。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『唐山大地震』中国映画

今日は雪でしたね。昨日とはうってかわって寒かったこと。今年の三月は寒いですね。

今日はKさんに試写会の切符をいただいたので、久々に夫と九段会館まで映画を見に行きました。「唐山大地震」は中国で昨年公開され、アカデミー賞外国語賞の中国代表作品となりました。

唐山は北京の東。唐山地震は、当時文化大革命の最中、1976年7月に、中国河北省唐山市付近を震源として発生したマグニチュード7.8の直下型地震。激しい振動によって当時中国有数の工業都市であった唐山市は壊滅状態となり、死者24万人、重傷者16万人。実際の被害はその3倍とも4倍とも言われている。(wikiより)

映画では地震で離ればなれになった家族の32年を追っています。母親に捨てられたと思って、過去を封印した幼い少女。娘をなくしたと思い、想い続ける母と弟。そして32年の間の更なる離別、苦しみ、悲しみ、喜びが描かれています。

地震で離ればなれに育った双子の姉弟が四川地震の救援活動にやってきて、瓦礫の中で家族を捜す母親の姿に当時の自分の母親の姿、幼い自分の姿を投影していきます。そして偶然姉弟が災害現場で再開。

折しもニュージーランドの地震では166人が亡くなり(今日現在)ました。今回は日本人の被害者も多数いたので大きく報道されました。日本人の遺体もまだ1人確認できただけ。映画の弟も救出されたものの、左腕を失います。NZでもサッカーを愛する日本人青年が足を失ってしまいました。

入場の際、感涙ティシューが配られました。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

職場復帰(?)

今日2年ぶりに職場に顔を出しました。休職期限終了日が近づいて,秋からの仕事の依頼などの電話がかかってくるようになったので、一度挨拶に行かなきゃと思っていました。

もとよりのんびり,ゆっくり家にいるなんてことは苦手。仕事をしない生活が1年も続くうち、長年したいと思っていたことに次々と手を出し、最近はテレビを見る暇がないほど忙しい。

一方、娘も職場復帰に向けて準備を始め、お嫁さんも往復1時間も遠くなるところへ異動とか。

諸事情を話し、長期の仕事はできないなど、しばらく条件付きということで受け入れてもらいました。

駅の交差点のところにあったOFFICE DEPOがなくなり(当てにしていた買い物が出来なかった)、通りの向こうにTSUTAYAが出来ていました。

霞ヶ関の駅は2年前から引き続き工事中。職場は、景気は今一のようですが、人もあまり変わっておらず、暖かく迎えてくれました。

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

大統領就任式

1月25日

日本からオバマ大統領就任に沸き立つ変な日本というメールをもらった。

1月20日は大学ではこの就任式を見るために11時から2時まで休講となり、学生は大学内のスタジアムや教室に集まって大きな画面でInaugurationを見ることになった。

私はテレビをもらったばかりなので、自分の部屋で見ようかと思ったが、アメリカ人の様子が見たくて、ファディラとオルガ(ロシア人)と9時40分に近くのJohn Paul Stadiumに行った。数人が会場を待っていた。10時半開場だという。外で待っていると凍えるような寒さだ。毛布を纏う人もいた。
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早すぎたので、近くのスタジアムで寒さよけをした。この寒さの中、多くの学生がバスに乗ってDCに向かったという。国会の前で夜明かしをした人も多かったそうだ。

このスタジアムはエルトンジョンのコンサートやマッケンロ―のテニスの試合が行われたという、大きな室内スタジアムだ。大きなテレビ画面が3方に設置されている。
設置された会場が多かったからか、2方の座席のみが人で埋まった。
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人気のある元大統領(クリントン、カーター)が画面に映されると、拍手が起きる。オバマ新大統領が現れると「オ・バ・マ」とかけ声がコーラスとなる。
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国会議事堂の前に人たち同様、こちらでも画面の前で、国歌斉唱時などには起立し、立ったり、座ったりして、1時頃まで見た。

11月末にワシントンに行ったばかりなので、ワシントン記念塔から国会議事堂までの広さがよくわかる。DCに200万人の人が集まったという。ケネディー大統領就任式以上のフィーバーだそうだ。経済が低迷する中、新大統領に対する期待が熱となる。オバマ大統領の家族に対する思いに共感を寄せる人も多い。新大統領に夢を託せるアメリカ人がうらやましい。日本にも未来の子供たちを託せる指導者が現れないものなのか。

日本からはいいニュースが聞こえてこないなあ。

テーマ : アメリカ生活 - ジャンル : 海外情報

異文化適応(2)

1月10日(土)

前回のブログで、一人で海外で働く上での異文化適応について書いたところ,私のことを心配して何人かの方がメールをくださいました。ありがとうございます。持つべきものは家族,友と感謝しています。

私の仕事の方は前回書いたように、Japan Week の会場がこの地域で集客力の優れた Fashion Squareに決まりました。ひろ~いモール部分を一日中借りることができ,なお広報宣伝にそこの宣伝媒体を使わせてくれると言ってくれたのは願ってもないことでした。さらにわずかですが、大学からファンドが取れ、目下Japan Foundation に提出するGrantの申請書を書いているところです。最大5000ドル下りるので、来週中に予算を見積もって、grantがもらえるようなプロポーザルを書かなければと思っています。

こちらへ来てから私にとって一番大変だったのは9月でした。この頃のブログにこの間の経過を書いてきましたが、Social Security Numberと大学のIDがなかなかもらえなかったため、インターネットのアクセス、車、自動車保険、電話の購入、運転免許の取得にとても時間と精力を費やしました。携帯電話のセットアップ、日本からの送金手続き一つとっても、何一つ日本のようにスムースにことが運びませんでした。気の短い私はそのうちにできるようになるとのんびり構えていることができずに、その度にイライラし、情けない思いをしていました。
それにこちらでの自分の仕事内容(派遣されたサイトによってみんな違うので、サイトに来てみるまで具体的には分かりません)が今一つ把握できず、この国で自分ができることなのか、自分が大学内でどんな立場なのか分からず、不安ばかりが募りました。夜もよく寝られず,食欲もなく,体重も急に減少したのはこの頃です。(せっかくダイエットができたのですが、すっかり元に戻ってしまいました)
ご心配をかけましたが、(前回そんなつもりで書いたのではなかったのですが)それ以降、こんなひどい落ち込みはありません。

今異文化の中で苦しんでいるのは私よりの同居人のファディラです。自信に溢れ,忙しそうに分刻みに仕事をしていた彼女が昨年ニューヨークから帰って,ひどいインフルエンザ(?)にかかりました。それ以降、仕事のペースを落とし、私たちとも無駄話をするようになりましたが、このクリスマス休暇が始まった頃から(ファディラも私も数日の休みでしたが)、始終体調不良を訴え、顔色も悪く、元気がなくなりました。励ますと“I am a loser. I need a rest"というようになりました。

今日はファディラを誘って、モンティチェロに行き、トレイルを1時間半ほど歩きました。いろいろな話をしました。来週から春学期が始まり、すごく忙しくなるんだと言っていました。きっと忙しさに紛れて,ファディラは元気になれると思いました。
私もがんばらなくっちゃ。。。

ご心配ありがとうございました。
前回書いたこのイベントについて少しでもアドバイスがあったら,ぜひ教えてください。

テーマ : アメリカ生活 - ジャンル : 海外情報

異文化適応

異文化適応 2009年1月7日

異文化適応について、かつて修論を書くために何冊か読んだが、本に書かれていたことは皆忘れてしまった。これは全く関係のない個人的な話。

こちらへ来てから気持ちのアップダウンが激しくなった。これは異文化によるものか,年齢のせいかよくわからない。こんなじゃもうここでやっていかれないとひどく落ち込んだり、数時間後に少しでも助けてくれる人が現れると,みんな頑張っているんだから,私も頑張らなくっちゃと気を取り直す。その気持ちの振幅が日本もいた時よりずっと大きく,周期も短い。

言語が不自由なところで仕事をすると、自分が子供になったような気がする。まず話の理解力、表現力が子供並みだ。日常会話においては子供以下だ。人生で築いて来た人脈もここに何もない。あげくにどこへ行けば適切な情報が得られるのか、そしてその情報を取捨選択し、咀嚼する能力も子供並だ。その上、言語は非常にメンタルな部分が大きく、落ち込むと聞き取る能力が低下する。異文化の中では自立すること自体が難しいのだ。

同居人のファディラが今ひどく落ち込んでいる。ファディラについては何度かブログにも書いたことがあるが、モロッコ出身、40歳、モスリム、独身の優秀な癌研究の科学者だ。故国を出て20年、パリでPhDを取り、ここに来て8年になる。アラブ語、仏語、英語が堪能で、人への心配りもできる素晴らしい人だ。そんな彼女が毎日、国の家族に電話をしていたが、ホームシックに苦しんでいる。体調が優れないこと、仕事の成果がなかなか見られないこと、論文が書き上がらないことなど、要因はいろいろありそうだ。でもそばで見ていると、たった一人の異文化生活に疲れたように見える。時々声をかけたり、ドライブに誘ったり、彼女の好きな日本料理を分けてあげることしかできない。

私はと言えば、4月に始まるJapan WeekのOpening Eventをする会場探しが難航して落ち込んでいたが、Fashion Square というこの地域では一番大きなショッピングモールのモール部分を一日200ドルで借りることができたのだ。日本だったら予算が先にあって(または会費を取って)、その予算内でよりよいイベントを考える。こちらでは会場探し、協力してくれるボランティア募集、ボランティアアーティストとプロのアーティストとの交渉、さらに大学にお金が全くないので、そのfunding(資金集め)、すべて同時進行で進めていく。それがアメリカ流だそうだ。私から見るとまさに綱渡りだ。これをするのが私の仕事だと言う。できるのかできないのかわからないが,できると思って進めるしかないのだ。何人、何組かのプロアマの参加承諾も得られた。何人かの人に協力もお願いできた。

やっと会場が決まったので、これから具体的なプログラム作成、広告宣伝、チラシ作成、資金集め(これが一番の難関)、それに日常のアウトリーチ活動。。。

できるだけ多くの人を巻き込み,成功(人を多く集める)へ導くためにはどうすればいいのだろうか。資金集めをするコツは?

誰か教えて!!

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明けましておめでとうございます。

2009年1月1日

明けましておめでとうございます。日本の自宅にお年賀状をくださった皆様、帰国しませんでしたので、ここで新年のご挨拶とさせていただきます。
今年もよろしくお願いいたします。


新しい年にふさわしい穏やかな元旦だ。朝家族からの電話で起こされた。家に子供たちがみんな集まり,一人ずつ声を聞かせてくれた。夫がおせちを作ったと言う。息子曰く「お父さん、すごいよ」

こちらは静かだ.昨晩吹き荒れていた風も嘘のように静まり、音一つ聞こえない。大きなターキーが焼ける大きいオーブンにお餅を3つ入れて焼いた。そして小松菜はないが、ほうれん草で例年同様とり雑煮を作り、大晦日につくった煮しめをつまみながら、一人の正月を祝った。

午後からファディラと一緒に空港近くのChris Greenlakeへ行った。DSC_0037_convert_20090102095103.jpg
気温は低いが寒くなく、風もなく、いいお正月だ。gooseが青空に舞い上がり、湖に飛び込み、また陸に上がって列をつくって歩いていた。
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今更ながら、水鳥ってすごいなあ。泳げて飛べて歩けて。。
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4月にJapan Weekをすることになっている。明日から前を向いて、早速仕事だ。

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