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『劇場』又吉直樹

10月に気管支に来る風邪を引きました。夜にはなると毎晩熱っぽく、電池切れになったようにエネルギーがなくなり、長引きました。やっと良くなりました。今年の風邪は要注意です。

本書は『火花』で芥川賞を受賞した又吉直樹の第2作です。200ページの会話文の多い作品で、すぐ読めます。

「演劇を通して世界に立ち向かう永田と、その恋人の沙希。夢を抱いてやってきた東京で、ふたりは出会った――。『火花』より先に書き始めていた又吉直樹の作家としての原点にして、書かずにはいられなかった、たったひとつの不器用な恋。夢と現実のはざまでもがきながら、かけがえのない大切な誰かを想う、切なくも胸にせまる恋愛小説。」

ミーハー的期待をして読みました。これは恋愛小説なのかな?前作同様、青年期の成長物語だと思いました。

主人公の僕(永田)は、中学でクラスメート、野原と知り合います。彼は音楽、映画、文学、格闘技に詳しく、議論し合うようになります。彼と同じ高校に進学し、演劇部に所属し、小劇団の演劇を見るようになります。僕は台本を書き、野原と作り上げていきます。卒業後上京し、野原と一緒に劇団「おろか」を立ち上げます。その小劇団で脚本を書き、演出もします。だが、「おろか」は世間から酷評され、永田はバイトをしながら食うや食わずの生活を送っていました。

 ある日、街で見たけた女性に、声をかけます。彼女は沙希といい、服飾系の大学に通いながら、女優になる夢を持っています。いつしか、金の無い永田が沙希の家に転がり込み、同棲することになります。明るく屈託のない早希はある種尊敬の念を持って永田と暮らしています。
田舎の両親からの仕送りとバイトで暮らす沙希。ますます演劇にのめり込んで、収入のない僕。

途中まで前作の二番煎じと感じ、がっかりしましたが、後半になるにつれて良くなってきたと思います。演劇の世界のことはわかりませんが、演劇は。集団で作り上げて行く芸術でなので、自分の理想を追求していく辛さは想像できます。意見のぶつかり合い、自分の才能に対する自信と揺らぎ、認められた者への嫉妬、優しく受け入れてくれる女性への甘え、それに対する自己嫌悪、葛藤、もがき。この部分がとてもいいです。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

『 i  アイ 』 西加奈子

「i」 、iの点と縦棒の間にカナカナで「アイ」と入れられている変わった題名。著者は西加奈子です。

西加奈子の本を読むのは直木賞受賞作品『サラバ!』についで2冊目です。

西加奈子は1977年生まれ。父の赴任先イランのテヘランで生まれ、エジプトで幼少期を過ごします。キーワードとして並べてみると 出生から青年期まで、中東生まれ、美形、養子、東日本大震災、友情など、『サラバ!』との共通点が見られます。

「「この世界にアイは存在しません。」入学式の翌日、数学教師は言った。ひとりだけ、え、と声を出した。ワイルド曽田アイ。その言葉は、アイに衝撃を与え、彼女の胸に居座り続けることになる。ある「奇跡」が起こるまでは―。「想うこと」で生まれる圧倒的な強さと優しさ―直木賞作家・西加奈子の渾身の「叫び」に心揺さぶられる傑作長編!」と書かれています。

「この世界にアイは存在しません」。このフレーズはなんども繰り返し、出てきます。
高校の数学で習う虚数「 i 」で、実数ではない複素数。i×i=-1。

アイの父親はアメリカ人、母親は日本人です。アイは1988年シリア生まれ。裕福で自由で慈愛深いこの両親にもらわれた養子で、血の繋がった実子ではないのです。誕生後ほんの数カ月で、ニューヨークに住むこの夫婦の元にやって来ました。そして、アイは何不自由なく愛しまれて、育てられました。

アイは聡明で繊細な叱れることのない「いい子」でした。どうして自分がこの家の養子として選ばれたのかと、「養子」であることをずっと意識し続け、恵まれた環境の置かれたことに罪悪感を感じています。

家族とともに中学生から東京に住むことになります。高校でミナという親友ができます。アイはスマトラ地震で、22万人もの人が犠牲になったことを忘れないよう、それ以後、世界の大きな事件や事故で何人がなくなったか、ノートに記録するようになります。

ミナは高3の時にアイに自分がレスビアンであり、遠距離の恋人がいることを打ち明けます。

アイは数学に魅せられ、国立大学の数学科に入学し、数学に打ち込みます。
両親にはそれぞれの家族があり、ファミリーツリーが描かれています。しかしアイ自身は養子で、出自がわからない根無し草。

マイノリティーのアイとミナ。そうじゃなくても自分探し期の青春時代は傷つきやすく、生きていくのがしんどい。
I 、私は何者?
こんな本を40歳の作者が書きました。私自身は大人になって以来、楽しかったけど、苦しかった青春時代に戻りたいとは思わないのです。

300ページ足らずの会話の多い作品で、すぐ読めます。読んでみてください。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

彼岸も過ぎて & 腰痛 (ぎっくり腰)

ブログを怠けている間にすっかり秋、肌寒くなって来ました。

今年は夏らしくなく夏でしたね。晩夏の撮影に出かけたりしていましたが、その写真の整理もつかないうちにお彼岸も過ぎてしまいました。今年はうちの庭では彼岸前に彼岸花が咲き始めました。彼岸前に彼岸花を撮りに出かけたのですが、やはりもう半分枯れていました。

小出川の彼岸花 小出川は慶應藤沢キャンパスの近くで、湘南台から頻繁にバスが出ています。

彼岸花を撮影する男性 まだ綺麗な花もありましたが、日当たりがいいところはもう終わり。。。
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彼岸花の蜜を求めていろいろな蝶々が来ていました。でも、蝶々の撮影は難しい。
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それから数日後、矢倉沢に出かけました。大雄山の近くです。

棚田ではちょうど収穫のシーズンでした。狭い棚田では車ではなく、稲刈り機を押していました。

彼岸花とたわわに実った稲とハザかけと、矢倉岳。
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ここでもクロアゲハがたくさんいました。
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稲刈り機は自動で、束にして落としていきます。それを集めるのは奥さんたちのお仕事。
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お父さんから息子さんにバトンタッチ
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小さい子も戦力。感心するほどよく働いていました。
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おやつの手作りクッキーまでいただきました。一番小さい坊やは3歳、お姉ちゃんは5歳。バッタを捕まえたり、おやつを食べたり、おばあちゃんより年上の私たちを歓迎してくれました。みんなで写真をたくさん送りますね。

***
9月中旬に2度目のぎっくり腰をやってしまいました。前回は数年前です。前回は整形外科で、注射、内服薬、鍼、湿布薬としましたが、薬で治ったような気がしませんでした。

腰痛のベテランさんに教えてもらいました。「ひたすら動かずに海老のように丸くなって3日間寝ていれば良くなる」という話。
今回はそれを実践してみました。動けなくなって2日目からです。

本当に海老のように転がっていましたが、4日目には嘘のように立ち上がれました。そのあとも少し痛みが残り、湿布薬を貼ったり、うちではコルセットを使っていましたが、とうとうお医者さんには行きませんでした。

試してみる価値がありそうですよ。まだ全治とは言えませんが、水泳を開始し、お出かけもしています。

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

『暗幕のゲルニカ』  Guernica Undercover 原田マハ

本書『暗幕のゲルニカ』は元キューレーターの原田マハの作品で、私はアンリ・ルソーを書いた『楽園のカンヴァス』以来2冊目です。
本書で2016年本屋大賞受賞。本のカバーは「ゲルニカ」です。

ちなみに作者原田さんの「マハ」という名はピカソと若き愛人マリー=テレーズとの間の娘の名前だそうです。作者がどんなにピカソを敬愛しているかがわかりますね。

「反戦のシンボルにして20世紀を代表する絵画、ピカソの「ゲルニカ」。国連本部のロビーに飾られていたこの名画のタペストリーが、2003年のある日、突然姿を消した――誰が「ゲルニカ」を隠したのか? ベストセラー『楽園のカンヴァス』から4年。現代のニューヨーク、スペインと大戦前のパリが交錯する、知的スリルにあふれた長編小説」

「芸術は、飾りではない。敵に立ち向かうための武器なのだ。−ー パブロ・ピカソ」

本書は
序章   空爆  1937年 パリ/2001年 ニューヨーク
以下同様に各章は、ピカソの時代と本書の主人公であるMoMAのキューレータ-八神遥子の2001年からとが交互に描かれています。

第一章  創造主、 第二章  暗幕、 第三章  涙、 第四章  泣く女、 第五章  何処へ
第六章  出航、 第七章  来訪者、 第八章  亡命、 第九章  陥落、 第十章  守護神、 第十一章 解放

最終章  再生  1945年 パリ/2003年 ニューヨーク

となっています。

1997年夏、私もマドリッドのソフィア王妃芸術センターを訪れ、展示されていた「ゲルニカ」をじっと見つめました。この作品のためだけに入場した美術館でしたから。縦350㎝、横780㎝というとても巨大な絵です。その時にあまりに大きくて移動させることができないので、他美術館での展示はできないと聞いた記憶があります。お土産に「ゲルニカ」のポストカードやマグカップを買って帰りました。あまりコーヒーが美味しくなるようなカップではありませんが。

ピカソは91歳(1973年)まで生きた画家で、作品も多く、日本でもなんどもピカソ展が開催されて、実物を見ていますが、この「ゲルニカ」はモノクロで、他の作品と全く異なっていました。


ピカソはスペイン共和国政府から1937年に開幕するパリ万国博覧会のスペイン館のために作品制作を依頼されていました。テーマを思いあぐんでいたピカソはある朝の新聞「ゲルニカ 空爆される/スペイン内戦始まって以来 もっとも悲惨な爆撃――」を読み、アトリエに引きこもって一気に「ゲルニカ」を描き上げます。

ピカソの愛人で、「泣く女」などのモデルとなった写真家のドラ・マール。のちに「ゲルニカ」制作過程の写真を撮影し、ピカソがどのように制作していったのかを記録したと評価されています。本書のピカソ時代の主人公で、彼女の目から、「ゲルニカ」誕生とその後の「ゲルニカ」の辿った軌跡が描かれています。

一方、日本人の若きピカソ研究者、八神瑤子はニューヨーク近代美術館(MoMA)に採用されたが、夫、イーサンは2001年のワールド・トレード・センターを襲ったテロで帰らぬ人となります。

このドラとヨーコを結ぶのがスペインの貴公子のパルド・イグナシオで、彼がドラマのキーパーソンです。

ゲルニカは本物以外にピカソ監修のもと、実物大のタペストリーが3点作られました。その1点がニューヨークの国連本部、国連安全保障理事会の入口に飾られていました。(他2点のうちの1点は群馬県立近代美術館にあるそうです)

2003年2月、国連本部、国連安全保障理事会の入口でコリン・パウエル米国務長官がイラク空爆の演説をした際、このゲルニカは濃紺の布で覆われていたのだそうです。これを囲んで取材していた報道陣は、会見の内容のみならず、「ゲルニカ」が消えたことに衝撃を受けて、大きく報じました。この史実を下敷きに、作者のフィクションが始まったのです。

著者は21世紀の部分は全てフィクションだと断っていますが、私にはどこまでがフィクションでどの部分がノンフィクションなのかわかりませんでしたが、最後のヨーコのサスペンスは不要だったのではないかと思います。ドラに子供がいたというのはドラマチックでしたけど。

読みやすく、面白かったです。お読みになってみてください。

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イギリス旅行 16 感想 & スリ & 6度目の入院

今回のイギリス旅行で一番印象に残ったのはロンドンで見たPride in London のLGBTのパレードでした。性的少数者だけではなく、マイノリティーとの連帯を強く感じました。

旅行として良かったのはロンドン市内とライです。ロンドン市内はまだまだ見たいところがたくさんあり、ニューヨークやパリそして東京と同様、きっと何日いても飽きることはないでしょう。もっと美術館を見たり、路地をぶらぶら歩きたかったです。

ロンドンは物価が高い。消費税が20%、(ただしスーパーの食品は0%)で、公共のサービスが厚いと感じました。そのための予算が多いのでしょう。それに携わる人、ゴミ処理をする人や警官の多も日本よりずっと多いと思いました。

刺青をしている人がびっくりするほど多かったです。刺青が普通のファッションになっていると感じました。スポーツの世界でも世界陸上、世界水泳をテレビで見ていても感じていたのですが、ピアスを空ける感覚なのかもしれません。

イギリスの有名な交差点ロータリー
イギリスで運転をするチャンスはありませんでしたが、歩行者としては誠に不便なものだと思いました。よく文句が出ないものだと。目の前の通りを渡るのに場合によると3辺を通らなくてはならなくて、大変面倒なのです。

犬、特に大型犬が多いなあと思いました。でも、始末の袋やシャベルを持っている人は見かけませんでした。困ったものです。

私の旅行記はいつも食事の写真がないのですが、イギリスの食事は美味しくないんでしょと聞かれましたが、イタリア料理はイタリア人が作っているようでしたし、そんなことはありませんでした。しかし外食は東京よりはるかに高いです。20%の税金にサービス料にチップ。

日本のようにきちんとコトが運ぶというわけにはいきませんでしたが、杓子定規ではなく、人々は親切でした。地下鉄や電車の中の人々、ハイドパークで夕暮れのひと時を過ごす人々、牧場の羊飼いたち、もっと生活感の感じられるところを見たかったなあと思います。
きっとホームステイでもしないと無理なのでしょうね。

いつも旅行の最終日に問題が発生します。腹痛だったり、熱が出たり、飛行機に乗り遅れたり。

今回はコッツウォルズの帰り、バスを降り、地下鉄に乗り、二駅間で財布を二つすられたのです。日本並みのラッシュアワーで、すごく混んでいました。乗る前にポシェットのファスナーが閉まっているのを確認しました。一駅目で人が乗り降りし、また奥に入った時、ポシェットのファスナーが開いているのに気がついたのです。財布がありません。そんな時、右側にいた大きな男性が私のカバンがぶつかったと文句を言ってきたのです。謝りましたが、今思うとスった人とグルだったと思います。

次の駅で降り、Sさんに財布をすられたことを話し、駅の事務所に行きました。交通警察に電話してくれましたが、雑音が多くてよく聞き取れませんでした。直接会って被害届を出したいと言ったら、2箇所教えてくれました。タクシーで最初に行ったところはやっておらず、ヴィクトリア駅に行きました。

若い警官が被害届を受理してくれ、書式ではなく、レターを書いてくれました。この日は最終日だったので、パブに行く予定でしたが、そんな元気はなくなってしまいました。イギリスの文化の一つであるバブに行かれなかったのが心残りです。あと2日ロンドンに残ったSさんは友達とパブに行けたと聞いて良かったと思いました。Sさんにはお世話になりました。感謝です。

ホテルに帰ってすられたカードを止めなければなりません。クレジットカード2枚とバンクカード1枚。電話が通じた段階で被害はなかったので、ホッとしました。ポンドはそれほど持っていなかったのですが、米ドルを持ち歩いていたのが失敗でした。

旅行前に日本人は狙われやすいから、スリに注意するようにと散々言われていたのに。財布をポシェットに入れるのを見ていて、乗る前から狙われていたのでしょう。ファスナーを開けられたのすら気がつきませんでした。子供の頃、「親指サム」という鉄道スリの話を読んだことがあります。まさにその道のプロですね。

後日ピカデリーラインはカメラがついておらず、捜査ができないので捜査終了という日本語の手紙が届きました。日本に戻ってそれぞれのカードの再発行の手続きをとりました。

現金は海外旅行保険が適用されません。考えてみれば、いくらでも申告ができるわけですから、やむを得ないのかもしれません。財布に対し、幾らか保険がおりましたので、それで新しい財布を買いました。

こんなことがありましたが、イギリスが好きになりました。またチャンスがあったら行きたいと思います。今度はスコットランドにも。そしてアイルランドにも。

帰国してすぐ5回目の眼の手術をしました。それから1ヶ月経ち、19日に6回目の手術をしました。術後は順調ですが、またしばらく泳げません。もう終わりになってくれると嬉しいのですが。

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イギリス旅行 15 ロンドン セントジェームズパーク&コヴェントガーデン

7月14日 (金)

今日はもうイギリスを去る日です。午後便なので昼にホテルを出れば間に合います。
最後の半日をまたロンドン市内を回ることにしました。

地下鉄に乗って、セントジェームスパークを散歩することにしました。ロンドンの中心地にあります。

公園を散策する家族
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公園の真ん中にレイクがあります。白鳥と黒鳥
ひながたくさん生まれたみたい。ずいぶん大きくなってきました。この子供たちは大きくなったら白鳥?黒鳥?
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この子達は白鳥?
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馬に乗った見回りの人
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お土産も買いたいし、マイ・フェア・レディの舞台になったコヴェントガーデンに行って見ました。すっかり綺麗になっていて映画の面影はありませんでした。
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こんなマーケットが通りごとにありました。
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ケーキのような石鹸
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家族づれ
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ロンドンのこの電話ボックスは間もなくなくなるのだそうです。
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ホテルの近くのイタリアンレストランでランチを食べました。
いよいよまたパディントン駅からエクスプレスに乗ってヒースロー空港まで行きます。帰りの飛行機は順調に飛び立ちました。
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次回まとめてイギリス旅行記は終わりとなります。

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イギリス旅行 14 コッツウォルズ ストウ オン ザ ウォルド(Stow on the Wold) & チッピング カムデン(Chipping Campden

7月13日 (木 午後)

コッツウォルズコッツウォルズ3つ目の村ストウ オン ザ ウォルドへ行きました。

北へ行くに従ってライムストーン(コッツウォルズストーン)の色が濃くなってきています。どの村も石造りの立派な歴史の感じられる家々と丹精した花が見られ、美しい村々です。これらのうちの住みごごちはどうなのでしょうね。イギリスは涼しいのでエアコンのないところが多いのですが、温暖化で暑い日もあり、風通しはどうなのでしょうか。(私たちが訪英する前はヨーロッパは猛暑だったそうです)

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村の教会に行きました。
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椅子には可愛いクッションが並んでいました。
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教会の墓地では親子がボール投げをしたりしていました。
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読書する男性
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お散歩
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路地
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また慌ただしく、最後の村チッピング・カムデンへとバスに乗り込みました。事前の資料を見て、私が一番行きたかった村です。
正直に言えば、どの村も川が流れ、木々が豊かで、石造りの素敵な家々が点在していて、どこがいいか、どのツアーがいいか選ぶのはとても難しかったです。

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この村には茅葺き屋根の家があるというのです。私の頭は白川郷を連想していました。が、
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茅は短く刈られ、細かい金網のネットで覆われていました。建物が石造りですから、どっしりしています。
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この村の中心から少し歩くと大邸宅が点在しています。フェンスからのぞいて見ました。マナーハウスというのでしょうか。
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お散歩する人
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家々は本当に立派です。
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庭の手入れをする人
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天気も良く、雲も綺麗でした。15時半
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夏物のバーゲンセール。こうした買い物をする時間もなかったなあ。
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4時37分の雲
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ロンドン西部のタワービル火災現場 まだそのままです。危険じゃないのでしょうか。5時20分
まだ似たような造りのビルがいくつも建っていました。火災現場の映像を思い出しました。
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イギリス旅行 13 コッツウォルズ(Cotswolds) バイブリー(Bibury)&ボートン オン ザ ウォーター((Bourton on the Water)

7月13日 (木)

いよいよ旅程も残り少なくなってきました。

グロースターロード駅、7時45分集合。人気のコッツウォルズ。大型バスのツアーとなりました。コッツウォルズには小さな村がたくさん点在していますが、それぞれの村へのアクセスが良くないし、またタクシーがうまく捕まるかわならないので、ツアーに参加することになりました。

この北にはシェークスピアの誕生の地ストラットフォード・アポン・エイヴォンも、西には娘が昔ホームステイしたチェルトナムも、南にはバースもあり、どれも行った見たかったのですが、もともと一つところをゆっくり見たいタイプなので、仕方ありません。
このツアーは4つの村を回ることになっていますが、自分で行ったらゆっくりと2つぐらいしか回れないでしょうね。

で、まずは2時間かかってバイブリーの村へ。
ウィリアム・モリスにイングランドで最も美しい村と評された村です。村の中心に大きな養鱒場がありますが、寄っている時間がありませんでした。ライムストーン色の家々が点在する川の流れる綺麗な村でした。見学時間はわずか40分

蔦の絡まるスワンホテル
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川にマスが泳いできました。
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村と言われても田舎の感じは全然ありません。家々が立派すぎて、都市郊外の素晴らしい住宅地という感じです。
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川のゴミを拾う男性
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庭にブランコが見えました。やっと人が住んでいる感じが見られました。
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家々の花が綺麗です。
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次の村はボートン オン ザ ウォーター。水辺の村です。

古い石造りの建物に素敵なカフェ。街の中央にはウィンドラッシュ川が流れています。お昼休憩も入れて70分。カフェでパイを買って、川に面したベンチで食べました。

パン屋さん
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馬が通ります。
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ウィンドラッシュ川に鴨が泳いでいました。
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川辺で楽しむ人々
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古い建物
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素敵な住まい
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カフェ
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午後のひととき、こんなふうにくつろげたらいいですね。
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路地を覗くと
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ここに住む人々の普段着の暮らしが見えないのが残念です。

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イギリス旅行 12  ヘイスティング&シシングハースト城ガーデン

7月12日 午後

ライの街からバスで30分ぐらいでヘイスティング(Hastings)に着きました。ここは歴史の町です。1066年、イングランド王ハロルド2世はここでフランスのノルマンディー公ウィリアムを迎え撃ちましたが、ウィリアムが勝利し、ノルマン王朝の初代国王ウィリアム1世として即位しました。

ケーブルカーで上に登って、ウィリアムが建てたヘイスティングズ城の廃墟跡が見えました。
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この街も海辺の町です。イギリス海峡が見渡せます。
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町並み
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下に戻りて、街をぶらぶら
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どこへ行ってもストリートミュージシャンがいます。
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ランチを食べたら、もう時間がいっぱい。急いで道を下ったら、道を曲がり損ね、バスが見当たりません。大慌てをしました。

シシングハースト城ガーデンへ。イングリッシュガーデンの好きなSさんが楽しみにしていたところです。

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建物の中に入ると
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上から見ると
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ガーデンを散策しました。
1ヶ月前だったら、もっとお花が綺麗だったでしょうね。
ガーデンで植物の手入れをする人々

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私はとにかくイギリスの建物がとても気に入りました。
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ガーデンを楽しむ人々
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もう5時半 空はこんなに綺麗でした。
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一路ロンドンへと向かいました。

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イギリス旅行 11  ライ Rye

7月12日(水)

湖水地方から戻り、この日はイングランド南部イースト・サセックスへのツアーに出かけました。南方なので駅も市内の南の駅、ビクトリア駅8時20分集合です。

ヴィクトリア駅
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ゴミの収集車
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途中高速の反対車線で事故があり、その影響で1時間遅れで着いたのはライ。ここは色々な人から勧められた中世の街並みが残る町で、イギリス海峡に面しています。

小石を敷き詰めた道、古い町並み、タイムスリップしたような素敵な町です。
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蔦の絡まるマーメイドイン
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1561年に建造されたセントメアリー教会が見えました。
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セントメアリー教会の上に上ると街を一望できると聞いていたので、入場料を払って教会の狭い狭い階段を登って展望台まで上がりました。

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アドリア海のドブロブニクを思い出しましたが、あちらの方が明るい。そういえばドブロブニクに行ったのもSさんと一緒でした。
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オレンジ色の屋根をカモメが飛んでいます。海はすぐそばです。
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イギリスの教会で使われているものとしては最古の時計だそうです。
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時計のからくりも見られます。
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ステンドグラスも12世紀のもの。
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教会の近くのイプラ・タワー(Ypres Tower) 1249年、フランスの侵略に備えて建造された塔
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小さい町です。すぐぐるっと回れてしまいましたが、この街がとても気に入りました。ゆっくり散策したら、面白いものが見つけられそうな街でした。残念。

すぐ近くのヘイスティングへと向かいました。

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