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イギリス旅行 12  ヘイスティング&シシングハースト城ガーデン

7月12日 午後

ライの街からバスで30分ぐらいでヘイスティング(Hastings)に着きました。ここは歴史の町です。1066年、イングランド王ハロルド2世はここでフランスのノルマンディー公ウィリアムを迎え撃ちましたが、ウィリアムが勝利し、ノルマン王朝の初代国王ウィリアム1世として即位しました。

ケーブルカーで上に登って、ウィリアムが建てたヘイスティングズ城の廃墟跡が見えました。
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この街も海辺の町です。イギリス海峡が見渡せます。
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町並み
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下に戻りて、街をぶらぶら
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どこへ行ってもストリートミュージシャンがいます。
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ランチを食べたら、もう時間がいっぱい。急いで道を下ったら、道を曲がり損ね、バスが見当たりません。大慌てをしました。

シシングハースト城ガーデンへ。イングリッシュガーデンの好きなSさんが楽しみにしていたところです。

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建物の中に入ると
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上から見ると
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ガーデンを散策しました。
1ヶ月前だったら、もっとお花が綺麗だったでしょうね。
ガーデンで植物の手入れをする人々

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私はとにかくイギリスの建物がとても気に入りました。
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ガーデンを楽しむ人々
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もう5時半 空はこんなに綺麗でした。
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一路ロンドンへと向かいました。

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

イギリス旅行 11  ライ Rye

7月12日(水)

湖水地方から戻り、この日はイングランド南部イースト・サセックスへのツアーに出かけました。南方なので駅も市内の南の駅、ビクトリア駅8時20分集合です。

ヴィクトリア駅
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ゴミの収集車
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途中高速の反対車線で事故があり、その影響で1時間遅れで着いたのはライ。ここは色々な人から勧められた中世の街並みが残る町で、イギリス海峡に面しています。

小石を敷き詰めた道、古い町並み、タイムスリップしたような素敵な町です。
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蔦の絡まるマーメイドイン
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1561年に建造されたセントメアリー教会が見えました。
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セントメアリー教会の上に上ると街を一望できると聞いていたので、入場料を払って教会の狭い狭い階段を登って展望台まで上がりました。

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アドリア海のドブロブニクを思い出しましたが、あちらの方が明るい。そういえばドブロブニクに行ったのもSさんと一緒でした。
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オレンジ色の屋根をカモメが飛んでいます。海はすぐそばです。
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イギリスの教会で使われているものとしては最古の時計だそうです。
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時計のからくりも見られます。
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ステンドグラスも12世紀のもの。
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教会の近くのイプラ・タワー(Ypres Tower) 1249年、フランスの侵略に備えて建造された塔
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小さい町です。すぐぐるっと回れてしまいましたが、この街がとても気に入りました。ゆっくり散策したら、面白いものが見つけられそうな街でした。残念。

すぐ近くのヘイスティングへと向かいました。

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

『国家の罠ー外務省のラスプーチンと呼ばれて』  佐藤優 

旅行記もまだ旅半ばですが、少しずつ読んでいた『国家の罠』を読み終えたので、ちょっと中断して、本の感想を。

著者佐藤優は1960年生まれ。同志社大学院で、神学で修士号取得後、外務省入省。ロシアの日本大使館を経て、外務省国際情報局分析第1課に勤務。本書で毎日出版文化賞特別賞を受賞。『自壊する帝国』、『獄中記』、『交渉術』など書ききれないほど著書が多い。

「著者はロシア外交のプロとして鳴らした外交官佐藤優であったが、2002年、いわゆる「鈴木宗男事件」で背任と偽計業務妨害の容疑により逮捕された。512日間に及ぶ拘置、独房生活の末、今年2月の第1審で下された判決は「懲役2年6カ月、執行猶予4年」。著者は即日控訴の手続きを取った。

 本書は、著者の目が捉えた事件の内幕を赤裸々に綴った手記である。逮捕前夜に渦巻いていた外務省内部の権力闘争や自民党の内部抗争、さらには本件を「国策捜査」であると明言したという検事とのやり取りを、冷静に再現していく。また、政治家・鈴木宗男を著者は極めて高く評価している。バッシングにさらされた“腹黒い政治家”というイメージとは対極にあるような意外な人物像が浮かび上がってくる。

内容紹介
ロシア外交、北方領土をめぐるスキャンダルとして政官界を震撼させた「鈴木宗男事件」。その“断罪"の背後では、国家の大規模な路線転換が絶対矛盾を抱えながら進んでいた――。外務省きっての情報のプロとして対ロ交渉の最前線を支えていた著者が、逮捕後の検察との息詰まる応酬を再現して「国策捜査」の真相を明かす。執筆活動を続けることの新たな決意を記す文庫版あとがきを加え刊行!」 と書かれています。

***
まず、この事件から15年経ってしまったことに驚きます。当時新聞記事を鵜呑みにしていたので、恫喝するヤクザのような政治家鈴木宗男とその影にいる眼光鋭いノンキャリ外交官佐藤優というイメージでした。

本書を貸してもらったので、トロトロと読み始めました。

こちらサイドの話をまた鵜呑みにしていいのかという問題もありますが、とにかくイメージが180度変わりました。恐ろしいことですね。

本書の構成も文章もわかりやすく、外交問題、国際政治、北方領土、特捜の取り調べ、政官の関係などに疎い素人にも理解しやすく、克明に書かれています。この「克明」は「太平記」を拘置所で繰り返し読んで、学んだというのですから恐れ入ります。

本書は次の構成になっています。
序章 「わが家」にて
第1章 逮捕前夜
第2章 田中眞紀子と鈴木宗男の闘い
第3章 作られた疑惑
第4章 「国策捜査」開始
第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査」
第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ
あとがき 文庫本あとがき

外交官現役中も勾留中も、とにかくぶれることなく、精力的に「仕事」をし、冷静に相手に提示していきます。特捜の西村検事との人間くさいやりとりとお互いに対する敬意。ヤクザの仁義を思わせる、一度信頼した人間(鈴木宗男を含む)をとことん信頼する厚い性格。弁護人がいくら保釈を促しても、拒否する筋の通し方。どれ一つとっても尋常な人ではありません。独居房生活すら看守ともいい関係を作り、たくさん読書ができ、思索ができ、文が書け、語学の勉強ができると楽しんでしまうのですから。

実名でリアルな会話文で出てきますので、結構シビアです。鈴木宗男への信頼に対し、田中眞紀子氏に対する評価は最悪(ひどいとは思っていたけど)。虚偽証言をする外務省職員や学者。

逮捕後三日目に「これは国策捜査」と言ったのは西村検事の方だった。
西村 「国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、何か象徴的な事件を作り出して、それを断罪するのです」
佐藤 「今まで、普通に行われてきた、否、それよりも評価、奨励されてきた価値が、ある時点から逆転するわけか」
西村 「評価の基準が変わるんだ。何かハードルが下がってくるんだ」(中略)
西村 「時々の一般国民の基準で適用基準は決めなくてはならない。(中略)外務省の人たちの基準が一般国民から乖離しすぎているということだ」

鈴木宗男氏は田中角栄同様、ひと世代前の親分肌の政治家のようです。

佐藤氏はクリスチャン。命は一つだが魂はたくさんあるという。あとがきで、ナショナリストしての魂、知識人としての魂、キリスト教徒としての魂があった、と述べている。

外交官としてインテリジェンスに関わっていた時より、今の執筆中心の生活の方が氏には向いているだろう。この本一冊しか読んでいませんが、この人の人物像スケールも歴史が証明するのでしょうか。

面白い本でした。
海の向こうの「ロシアスキャンダル」はどうなるでしょうか。

テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

イギリス旅行 10 湖水地方の2日目

昨晩はあんなに綺麗な夕焼けを見せてくれたのに、一夜明けると、湖水地方は霧雨です。ロンドンでも1日ぐらい雨が降ってくれればよかったのに。霧がかかり幽玄な趣。湖水地方はやはり緯度も高度も高く、涼しいです。
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ホテルの前の湖も今朝はこんな感じ
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このホテルは朝食付き、最初のホテルよりずっと種類も豊富でした。

この日は8時50分に迎えが来て、北方の湖を周ることになっています。
雨に濡れて緑が瑞々しい。
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まずはワーズワースが住んだDove Cottage(1799〜)があるグラスミア(Grasmere)湖畔
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Dove Cottage
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その村もしっとりと濡れていました。
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その後、羊が放牧されていされている牧場を通り、小さい湖を通り抜け、3000~4000年前に造られたと言われているストーンサークルへ行きました。草原の中に大小の石が48個並んでいます。

Castlerigg Stone Circle
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今回の旅行で行かれなかったイングランド南部の有名なストーンヘンジは巨大な石だそうですが、これを造ったのはそれと同じ民族なのでしょうか。

クネクネ蛇行する川 サプライズビューからの眺め
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雨はほとんど上がりました。

ダーヴェント(Derwent Water) 湖

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のどかな羊たち
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次はスレートの採石場というので、採石しているところを見られるのかと楽しみにしていたのですが、石を目的に合わせて、切っているところでした。
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この地方は石材を積み上げて、塀や家の外壁を作っています。
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採石場の裏

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羊たちの落し物がたくさん。こんな道をサイクリストが一人走って行きました。

今様羊飼いたち
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牧草地は石材を積んで堺を作ります。遠くに群がる羊たち
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昨日もちょっと通った、ベアトリクス・ポターのヒルトップコテージ
と言っても、ポターの生み出したピーターラビットにこれといって思い出もなし。子供達は読んだのだろうか?
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イギリス人にはドラえもんや鉄腕アトムのようなものなのだろうか。孫のお土産に絵本やDVDを買いました。パパやママ、英語の絵本を読んであげてね。

ウィンダミア湖畔の船着場のボウネス(Bowness)でツアーは解散となり、5時半まで自由時間となりました。

本場のアフタヌーンティーを食べたいと思って、教えてもらった湖畔のホテルへ行ってみましたが、あまりの高さにびっくりして取りやめました。

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サンドイッチとケーキの軽食(分量的には軽食ではない)に数千円を払う気にはなれず、結局、フィッシュアンドチップスを食べました。これも一回食べればもういいです。(アタヌーンティーはまた横浜西洋館で食べることにします。)

ボウネスの波止場はグースや白鳥、カモメが飛び交い、飽きることがありませんでした。
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ウィンダミア湖で45分のクルーズ船に乗りました。 イギリスは「家」がいいです。
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湖畔を散歩するカップル(船上から)
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迎えの車が来るまでボウネスの街でちょっと買い物をして、
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また鳥たちの撮影。
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迎えの車で駅まで送ってもらい、列車の中で、夕食を食べ、ロンドンへと帰りました。

湖水地方は何か憧れがありましたが、高い山のないイギリス。景色を楽しむなら日本の方が数段変化があって面白いなあと思いました。

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

イギリス旅行 9 湖水地方

湖水地方(Lake District) はイングランドの北、もうすぐスコットランドになります。
ロンドンでは北へ行く時にはシティの北の駅、ユーストンから出発します。早めに駅についたのでランチを買って、カフェに入りました。
駅で、旅行会社の人から切符を受け取って、電車に乗り込みました。

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指定席です。

列車はヴァージントレイン。オクセンホルム駅まで3時間半の旅です。都会からだんだん牧草地に変わっていきました。

車内でランチを食べ終え、ホームでドライバーと会うことになっていましたが、迎えが来ません。遅れて到着。イギリスはこんなものかな?ウィンダミアヘと向かいました。
車窓から 羊が草を喰むのどかな風景です。

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空はどんより。でも、これが私が持っていたイングランドのイメージ。エミリー・ブロンテの「嵐が丘」のせいかしら。
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ウィンダミアで日本人の若い女性ガイドと合流しました。イギリス歴も浅い様子。

湖水地方は多くの湖が点在し、標高1000mの山々が連なっています。ワーズワース(1770年〜 1850年)、ピーターラビットの作者、ビアトリクス・ポター(1866〜1943)がこよなく愛した土地です。ナショナルトラストの管理下にあるので、湖水地方の自然はそのまま残っています。ビアトリスポターが絵本の収益で湖水地方の土地を買い取り、それをナショナルトラストに託したからだそうです。

ホークスヘッド村に着きました。ピーターラビットの世界です。
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ビクトリクス・ポターギャラリーのウインドウを覗くとこんな古いものがありました。時間が止まったようです。
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丘の上に立つセントマイケルズ教会です。
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教会の中もひっそりとして素敵でした。
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教会の外、墓石の向こうに家々の屋根が見えます。
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ニア・ソーリ村はすぐお隣です。
ポターが亡くなるまで住んでいたヒル・トップと呼ばれる家がありました。
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家の中から
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村々、湖と湖はそう遠くなく、車で走るとすぐ近くです。

ターン・ハウズ(Tarn Hows) うっすら煙った湖は絵のようでした。
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ホテルのあるウィンダミア湖の南方へと移動しました。このイギリス旅行で一番いいホテルでした。ビーチヒルホテル。部屋から庭に出られ湖が眼前に見えます。

小雨が煙りしっとりとした庭です。

晩ご飯はレストランではなくて、2人でラウンジでゆったりと食べました。
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雨が上がり、日が沈むのを眺めました。空は真っ赤に焼けました。イギリスの天候は変わりやすいです。

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こんなところにゆったりできたらいいでしょうね。

テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

イギリス旅行 8 バッキンガム宮殿&ロンドン塔

7月9日 昼

一人でロンドン市内を歩く最後の日。行きたいところは大英博物館、セントポール大聖堂、シアター街、テンプル教会、ロンドンの路地裏などたくさんあるので、どこへ行こうかと思いましたが、日曜日で教会は休館なので、お上りさんをすることにしました。

イギリスと言えば、バッキンガム宮殿。ウィンザー城で衛兵交代を見たので、どちらでもいいと思ったのですが、日本の皇居同様、ロンドンの真ん中にあるんですよね。

ホテルをチェックアウトし、移動しなければならなかったので、ヴィクトリア駅から迷ったこともあり、思いの外時間がかかって、バッキンガム宮殿に着いた時には衛兵交代が始まる11時半を過ぎていました。いずれにしても、柵とすごい観光客数とで、ウィンザー城のように近くで見ることはできませんでした。

衛兵交代
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バッキンガム宮殿 英国旗がはためいているので、女王は宮殿にいらっしゃいます。
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宮殿の門
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ヴィクトリア女王記念碑 大英帝国の全盛期ですね。インドの初代皇帝でもありました。
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女王像の上で
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宮殿前
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ここからロンドン塔に向かいました。地下鉄でタワーヒル駅で下車しました。
2日目のテムズ川クルーズの時、ボートで戻らず、地下鉄で、こちらへ向かえばよかったのですが。。。ここはシティの東に位置しています。入場料25ポンド ということは約3750円。高いですよね。

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ウイリアム征服王(ウィリアム1世 11世紀)の時代に完成。重厚で城塞といった感じです。ここは時の権力者王が反対勢力者を幽閉し、処刑したところです。シェークスピアの「リチャード三世」でもエドワード5世、その弟りチャードが殺され、トマス・モア、アン・スーリンもここで処刑されました。

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イギリスとライオン あちこちでライオン像を見かけました。国章もライオンだし、権力の強さを象徴するものなのでしょうか。

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たくさんの観光客。私は今回の旅行で日本人にあまり出会いませんでした。やはり日本人はテロを警戒したのでしょうか。

説明しているのは、Beefeater(正式にはヨーマン・ウォーダー)と呼ばれているガイドです。暑い季節に正装を纏った衛兵さんもガイドさんも大変なこと。汗でびっしょりの衛兵さんも見ました。

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ロンドン塔をぐるっと回ったら随分時間がかかりました。中庭に出て、

ジュエルハウスでは国王即位の時に使用される、王冠、宝珠などの宝物が展示されていました。「アフリカの星」と呼ばれるダイアモンドは3106カラットとのこと。もう大きすぎてダイアに見えませんでした。

聖ジョン礼拝堂
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ホワイトタワー ここがロンドン塔の中でメインのタワーです。
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不気味な展示が続きます。
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日本の鎧と兜
1613年、徳川幕府の2代将軍徳川秀忠からジェームズ1世へ贈られた日本の鎧かぶとも展示されています。この鎧かぶと、1662年からこのロンドン塔で展示されているそうです。

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外を見るとタワーブリッジが開きました。クルーズの時には見られなかったので、ラッキーでした。
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友達が6時ごろ到着するので、早めにホテルに戻って出迎えることにしました。
Sさん、無事到着。一回り若いSさんと合流するので、これからは心強いです。

次の日から湖水地方に出かけます。

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イギリス旅行  7 ケンジントンガーデン

7月9日 (日)

この日はパディントンのホテルをチェックアウトして、隣駅のホテルへ移動する日です。Sさんが夕方ドイツ経由でロンドンに到着し、合流します。

ホテルコロンバスは狭くて、暑くて、居心地のいいホテルではありませんでしたが、ハイドパークが近く、ロンドンシティへのアクセスが便利でした。

この日も朝食前にハイドパークへ出掛けました。チャールズ皇太子とダイアナ妃が住んでいた宮殿のあるケンジントンガーデンはパイドパークト繋がっています。朝早いのでケンジントンパレスの中に入ることはできませんでした。

池で遊ぶ犬たち
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アルバートメモリアル(アルバート公記念碑) なんかイギリスっぽくありません。
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公園内のリス
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ケンジントン宮殿 白い花が咲き乱れていて、優しい感じで、素敵でした。
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この宮殿で生まれたヴィクトリア女王(19世紀)の像
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ラウンド・ポンドの白鳥 この公園には白鳥がたくさんいます。住み着いているのでしょうか。
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ヒナに餌をあげる人
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ハイドパークへ3度も行ったのに、行ってみたかったスピーカーズ・コーナー(多分中学の英語の教科書に載っていて、言論の自由の大切さを記述したものだったと思います)を見ることはできませんでした。公園の外れにあるからです。この広大な公園が大好きになりました。

朝食をとって、チェックアウトし、スーツケースを引っ張って、次のホテル(ヒルトンメトロポール)に移動しました。まだチェックインのできる時間ではなかったので、荷物を預けて、手荷物だけ持ってバッキンガム宮殿に出掛けました。

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イギリス旅行 6 Pride in London (パレード)

7月8日 午後

ピカデリーサーカス駅から地上に上がったら、レインボーカラーの布をまとった人たち、エロスの像に上っている人たち、ピカデリーストリートは人で埋め尽くされています。

エロスの像
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ああ、レインボーカラーで、LGBT(性的マイノリティであるレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)の人たちのパレードと気がつきました。その規模たるや大変なもの。

ストリートアート
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リージェントストリートは日本の銀座のような街です。重厚な建物が並んでいて、とても素敵です。

Love is Universe
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空手の連
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大きな警察の連 
警察はこういうのを規制するものと思っていたら、自ら参加。当事者だけでなく支援者もいるのでしょう。
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救急車、消防車の連
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色々なNPOや会社などの連も続きます。God loves us all. 台湾独立を望む連もありました。
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キスする人も
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ロンドンの街がみんな連帯したようで、とても幸せそう、楽しそうでした。
でも、こういうパレードをするということはまだまだ少数派の悲しみがあるのでしょうね。

パフォーマンスも始まりました。
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次にびっくりしたのがゴミ。美しいリージェントストリートがあっという間にゴミの街に
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このゴミ、どうするのと聞こうとした時、数台の清掃車が来て、これもあっという間に大規模な掃除が始まりました。
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そしてまた元の綺麗なリージェントストリートに変わっていきました。
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綺麗なソーホーの街
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イギリスの消費税は20%(ただしスーパーの食料品は0%)、そして警官も、地下鉄の職員もとても多くて、サービスが行き届いています。清掃員の数も多いのでしょうが、何もこんなにゴミを散らかさなくても。税金の無駄遣いと日本人の私は思うのでした。

また地下鉄に乗って、ホテルの戻ったのは8時近くになりました。この人たちが移動して来たのか、9時過ぎにホテルのあるパディントンの街も賑やかになりましたが、もう見に行く元気がありませんでした。

テレビをつけると今日見て来たこのパレード Pride in London をニュースが詳しく取り上げていました。

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イギリス旅行 5 ウインザー城

7月8日(土)

この日は朝からパディントン駅から国鉄に乗ってウィンザー城に行くことにしました。ロンドン市内からちょっと離れているので、省こうと思っていたのですが、ここを勧めてくれる人が何人かいたので、行って見ることにしました。

パディントン駅で、券売機での買い方がわからないので、窓口に行ったら、往復も片道も料金が同じだと説明されました???なので、往復きっぷを買い、出発ホームを教えてもらいました。運よく直行便で40分弱。乗客はみんな降りました。

駅のすぐそばにお城が見えました。ツアーだったら、チャーターバスでさっと行けて、半日で市内に帰ってこられるのでしょうが、自分で確認しながら行く旅は時間がかかります。

さすが観光地、観光バスがたくさん並んでいました。
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ウィンザー城は現在使われている王室の城としては世界最大とのこと。ラウンドタワーに英国旗が掲げられているので、女王はいらっしゃいません。ウィリアム1世が1066年にイングランドを征服して以来使用されているそうです。日曜日は聖ジョージ礼拝堂は日曜日は入場できないと聞いて、土曜日にしました。

華美ではありませんが、どっしりした重みの感じられる城塞のようなお城です。
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11時から衛兵交代式があるというので、急ぎました。
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王妃メアリーの人形の家には完璧な縮尺12分の1の人形の家がありました。とても豪華でミニチュアは精巧ですが、人形が苦手な私にはちょっと不気味です。

聖ジョージ礼拝堂 教会、ステートアパートメンのほとんどは撮影禁止でした。
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見事なステンドグラスでした。
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イングランド内にあるゴシック教会の中でもゴシック建築を誇る有数の礼拝堂です。
ヘンリー8世やヘンリー8世の3番目の王妃ジェーン・シーモアを含む10人の王と女王ならびに他の王族と貴族の最終的な休息所であるだけでなく、チャペルはビクトリア女王の子供たちをも含むその歴史を通して、14の王室の結婚式を主催したそうです。

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ステート・アパートメント
レンブラント、ルーベンス、など名画で飾られていて、ここも美術館。ステートアパートメントという名前から想像もつかない豪華な御殿でした。

城外に出ると、白馬の馬車が通りました。
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簡単に昼ごはんを食べ、駅に向かいました。来た電車に乗ったのですが、行き先はリッチモンド。途中パディントンを通るのかと思いきや、方向は全然違って、そのまま南下して行きました。リッチモンドは知り合いの出身地で、聞き覚えがあったので、まあそのまま行ってみようと思いました。

行き当たりばったりの、いい加減な旅です。結局リッチモンドでは外に出ず、そのまま地下鉄のディストリクト線に乗り、ヴィクトリア駅で乗り換え、ピカデリーサーカスで降りてみました。降りる時に電車を間違えたと言ったら、そのまま出してくれました。なんとも鷹揚な。

午後3時過ぎ、地上に上がったらびっくりするほどの人人人。何が起きていたのか次回ご紹介します。

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イギリス旅行 4 ロンドン テムズ川クルーズ&グリニッジ&ナショナルギャラリー

7月7日 午後
グリニッジ行きのクルーズの往復を買いました。ウエストミンスターの桟橋から2階建てのボートに乗りました。川の両岸はロンドンの古い建造物が並び、風も心地よく、両岸にカメラを向けました。今日は一眼レフ一台に携行しました。

船の案内人はエンターテナーで、面白おかしく説明してくれました。

右岸にロンドンアイ、シャードが見えました。
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ロンドンアイでちょっと停泊。
テートモダン 現代美術コレクション
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。シェークスピアのグローブ座です。
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ここから先の川べりは昔は風紀が悪い場所だったと言った説明を受けました。川が重要な交通路だった時代、船着場は日本もそうでしたね。

モダンなロンドン市庁舎
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HMSベルファスト号 1936年建造 第2次大戦、朝鮮戦争でかつやしくた巡洋船
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遠くにセントポール大聖堂が見えました。 クリストファー・レン設計 ドームの下がささやきの回廊 (行くつもりでいたのに、川から遠く見ただけです。。。)
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タワーブリッジを通りました。
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ロンドンタワーで停泊し、グリニッジに向かいました。

グリニッジで下船するとすぐカティーサーク船が見えました。
1869年建造、当時世界最速を誇った快速帆船でインド洋で活躍したそうです。
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有名な旧天文台は広大なグリニッジ・パークの丘の上にあります。見晴らしがいいというので、旧王立海軍学校を通って、丘を登りました。

ここにたどり着いたのは13時23分、経度0度。
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世界遺産にもなっている旧王立海軍学校、その向こうに金融街のシティが見えます。(ここも歩いて見たかった)
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軽くランチを食べて、またボートで戻りました。

歌で有名なロンドン橋。地味な橋です。昔はどんな橋だったのでしょうね。今の橋は1973年開通だそうです。
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船から見るビッグベン
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船でゆっくり往復したので、もう夕方になってしまい、ウエストミンスター寺院も中に入ることができなくなってしまいました。
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ナショナルギャラリーは金曜日は遅くまで開館しているので、そちらへ行くことにしました。
すごい美術品の数です。パンフレットをもらい、見どころだけを走るように見ましたが、それでも2時間ぐらいかかりました。
フラッシュを焚かなければ撮影も自由です。

フェルメール 「ファージナルの前に立つ若い女」 ルーム16
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ターナー 「戦艦テメレール号」 ルーム34
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モネ 「睡蓮の池」 ルーム41
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ファン・ゴッホ 「ひまわり」 ルーム43
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有名名画の前には数名の人が鑑賞していましたが、それでも、空いていました。ゆっくり味わえ、やはり海外で美術館はかかせませんね。ルームは60以上ありました。1日目の最後が美術館だったので、足が棒のよう。

帰りの地下鉄 
日本の地下鉄網のようです。もっと駅と駅の間は短いでしょうか。でも、エスカレーターの設置が少ないため、何度も上ったり下りたり。
つかまるための縦棒がたくさんあり、車軸が狭い車両が多かったように思います。
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テーマ : 写真日記 - ジャンル : 日記

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